英雄王の凱旋   作:トミサト

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第6話 魔導国の日常

 薄闇が空を覆う夕方、店に薄っすら灯りが灯る。その店に陳列されたマジックアイテムを棚の端から端まで隈なく眺める女性がいた。

 

 腰までかかるその長く美しい金髪は根元で少し赤い帯で結われている。女性に似合わない重装備の鎧を纏い。右側半分の顔はその長い髪に覆われているが、その間から覗かせる容姿は美しかった。

 

 その女性は、一通りマジックアイテムの棚を見回ると、店の店主に詰め寄る。

 

 

 

「店主、この中で呪いに効くマジックアイテムはないかしら?」

 

「呪いってどんな呪いじゃ?」

 

店主の初老の男は女性に問いかけた。

 

「どんな呪いでもいいでしょ。とにかく、あるの?ないの?」

 

矢継ぎ早に女性は店主尋ねる。

 

「呪いに効くマジックアイテムなんて、ここにはないね。他探しなよ。」

 

「この魔導国のマジックアイテム屋はすべて回ったわ。」

 

それを聞いた店主は、ビクっとした。

 

「あ、あんた、もしかして顔が溶けてるネーちゃんか!」

 

店主は後ろ退り大きな声で言った。

 

 

 

 店主は、マジックアイテム屋仲間から聞いていたのだ。顔が半分溶けている女が夜な夜なマジックアイテム屋を廻り、呪いを解くアイテムを探していると。

 

そして、そのマジックアイテムがないと分かると、その店主に同じ呪いをかけていくという噂を。

 

「お、お助けを―」

 

 店主は、店の裏口から逃げだした。

 

 一人残された女性は溜息をつく。

 

 店の入口のドアの取っ手を持つと、力を込めて握り、そのドアを引き剥がした。そして、そのドアを陳列していたマジックアイテムの棚にぶん投げる。

 

 マジックアイテムの飾ってあるショーウィンドウが凄い音を立てて、飛び散った。

 

 窓の外の多くの通行人が何があったのかと、そのマジックアイテム屋の目の前に群がる。

 

 ドアが無くなって、ただの空間になった入口を通り、その群衆の一人に小さな紙を渡した。

 

「この店の店主が戻ってきたら、この店の修理代はここに請求してって伝えてくれる?」

 

 その女性の言葉に、紙を受け取った若者は小さく頷いた。

 

 それを確認すると、その群衆の避ける様に通り抜け、冷かな顔で女性は言った。

 

「ああ、すっきりした。」

 

その女性―レイナース・ロックブルズは、魔導国の街道の中に消えていった。

 

 

 

―魔導国

 

 それは、恐ろしきアンデッドが支配する国である。

 

 そのアンデッドは、恒例となっていた帝国と王国の小競り合いの戦いに突如、参戦した。

 

 そして、魔法一撃で十八万人という虐殺を行い、王都の領土であったエ・ランテルを奪取し、今から約一年半程前、建国された。

 

 同盟関係にあった帝国もその後、直ぐに、属国として恭順する事になる。

 

 

 

 恭順後の帝国は、酷いものであった。

 

何が酷いのかと言うと、その統治をすべて魔導国に一任したのだ。

 

 魔導国に言われるがまま、軍事力を縮小し、アンデッドの軍勢を自国内に招いた。

 

はっきり言って、完全に支配されたのだ。

 

 多くの貴族を粛清し、鮮血帝と呼ばれていたジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスも今では、骨抜きにされてしまった。

 

 

 

 その事に、特別思う所などなかった。

 

 レイナースは、基本的にジルクニフの部下でありはしたが、信頼とは程遠い関係で結ばれていたからである。そう利害関係である。

 

 ジルクニフの元に居たもの、自分の目的が達成しやすいと判断したからに過ぎない。

 

 初めは、復讐であった。

 

 すべては、あのモンスターから受けた死の呪いが原因だ。そのせいで、私の人生はくるってしまった。

 

 顔の右半分が醜く溶けてしまう呪い。常に膿を分泌してるので、時折、布で拭かないと体の方まで流れ落ちてくる。なにより臭い。だから、体にはきつい香水を常に振りまかなくてはならない。

 

 この呪いのせいで、家族からは追放され、婚約者からは拒絶された。

 

 それについては、今となってはどうでもいい事だ。彼らもあの世でしっかり反省してくれている思うからである。

 

 しかし、この呪いを解かない限り、自分には安息は訪れないだろう。

 

帝国ではこれ以上の情報が得られないと判断した私は、ジルクニフに魔導国への転属を進言した。

 

 帝国四騎士の”重爆”が魔導国に行くというのだ。反対されるか思われたが、その進言は、二つ返事で許可された。

 

 その後、いろいろな手続きを経て、現在、魔導国の訓練担当騎士として赴任していた。

 

 

 

 すっかり日も暮れた市街地には、街灯に魔法の光が灯り、すっかり夜の街へと変わっていた。

 

 レイナースは、魔導国の市街地の中央を歩いていた。夜になっても、周りには、多くの人々が往来する。いや、正確には、多くの、人間、異形種、亜人、アンデッド共と言った方がいいだろう。

 

 一か月前、レイナースが赴任直後、この光景を見た時、どこの地獄絵図だと思ったものだ。

 

 しかし、人間とは順応性が高い生物だと、我ながら思う。三日としない内に慣れてしまった。

 

 レイナースは、周りの情景を眺めながら思う。

 

(不思議な国だ。)

 

 レイナースは、ここに赴任して一か月になるが、この光景以外でも驚きの連続であった。

 

 まずは、この国の労働環境である。

 

 この国では、一週間に二日も休みがあるのだ。しかも、二日連続で休んでもいいという。そんなに休んでも兵士は月単位で給金が貰えるが、減額等は一切ない。

 

それに、一年以上働くと”ユーキュウ”と言う好きな時に休んでいい日が与えられるという制度があるらしい。はっきり言ってどんだけ休ませる気だと思ってしまう。

 

 この国の治安状況も異常だ。

 

 はっきり言ってこの国で犯罪は、無いといっていい。

 

デスナイトからなる警備兵の存在もあるが、犯罪が起こった際、精神を操作する魔法を使用するという事が、窃盗などの軽微な犯罪の抑止となっているのだろう。

 

 それに、この国の税金徴収も異常だ。

 

この国の税金は給与の一割程と格安となっている。

 

 帝国では身分によって異なるが、概ね三割程である。それでも他の国と比べると安い方である。私の聞く限り、通常は四割、酷い国では八割以上の税金を掛けている国もあると聞く。

 

 そしてこの国の福利厚生がもっともヤバい。

 

 医療費は、国が半分を負担し、十二歳以下の子供は、無償で”ショーガッコ―”なる施設で教育が受けられる。しかも、食料まで無償で提供されるという大盤振る舞いだ。

 

どんな者にも、仕事が与えられ、病気などで働けない者も、そう行った者を介抱する施設がある。

 

 つまりは、この国では職にも、金にも、食事にも困る人間が一人もいないのだ。

 

どこの桃源郷かと思う。とてもアンデッドが支配している国だとは到底思えない。いや、アンデッドという人ではない存在だから可能なのであろうか。

 

 そうした制度もあり、休日を見つけては、魔導国中のマジックアイテム屋を廻り、自分の呪いを解くマジックアイテム探しを行っていた。

 

 しかし、それも今日で終わりである。

 

 このままでは、魔導国に来た意味がない。考えていた最初のプランに移行する必要があった。

 

 そう、”魔導王に頼んじゃおう”プランである。

 

それは、一つ間違えば、死よりも恐ろしい事になるという自覚がある。

 

 そのプランを実行する勇気がなかったので、マジックアイテム屋巡りを始めたのだ。

 

 無謀な考えだと思ったが、この魔導国の現状を見る限り、魔導王は、人間を無下に扱うようなアンデッドではないと判断した。

 

 後は、どう接触するかである。今や、自分の立場は、帝国四騎士が一人”重爆”のレイナース・ロックブルズではない、赴任したての新米訓練担当騎士、レイナースである。とても、一国の王に面会を求められる立場に居ない。

 

 顎に手を当てて、これからの事を考えながら街道を歩いていた時、後ろから声を掛けられた。

 

「あの、魔導国の兵士の方でしょうか?」

 

 

 

 

 

 黄金の輝き亭。それは、魔導国にある上級冒険者御用達の宿屋である。

 

 そのラウンジにある高い椅子には、ちょこんと赤いローブが掛かっていた。いや、そう見えただけで、実際は、赤いローブを全身に纏った小さな体躯の者だった。

 

「あああ!」

 

 苛立ちの声を上げてラウンジの机を両手で叩く。顔には、仮面を付けているので、その表情は、分からなかった。

 

「せっかく、魔導国までに来たというのにモモン様にいつ会えるんだ!」

 

仮面の女―イビルアイが苛立ちながら言う。

 

 

 

魔導国に入って三日、イビルアイのモモン様に会いたい欲求は限界に来ていた。

 

「おいおい、落ち着けよ。イビルアイ。」

 

向かいにいた巨躯の女がイビルアイを諫めようとする。

 

「これが、落ち着いていられるか!モモン様に会うために魔導国に来たんだぞ。早く、任務を遂行するのが冒険者の責務じゃないか!」

 

「どっちかっていうと、お前のは、責務じゃなくて、私情の方だと思うがね」

 

「うっ」

 

巨躯の女―ガガーランの言葉をイビルアイは否定できない。

 

「だから、最初から、魔導王の城に行って、たのもうって言っちまえばいいっていったんだよ。」

 

「お前は、だから脳筋って言われるんだよ。」

 

「なんだと!」

 

「我々は、ラナーの書状を、魔導王に知られないようにモモン様に渡す様依頼されたのだ。魔導王の城に行ったら、元も子もないだろう。」

 

「そういうもんか?モモン様を先に出して下さい。って言えば良くね。」

 

 ガガーランの言葉にイビルアイは頭を抱える。こいつに何を言っても無駄と判断する。

 

「今、調査に行っているラキュース達の帰りを待つしかないな。」

 

イビルアイは話題を変えた。

 

 ラキュース達の帰りを待つ間、イビルアイは、ローブの中にある今日市場で買ったある物を握りしめて、顔(仮面)を赤くする。

 

 仮面に中で、「フフフ」と不気味な笑いが生まれる。

 

 イビルアイは今日市場でとんでもない物を見つけてしまったのである。

 

そう”モモン様フィギュア”である。

 

 それは、まるでモモン様がそのまま小さくなってしまわれたのかと思う程、精巧に作られていた。

 

 金貨五枚という高価な品物であるが、長年のモモン不足に陥っていたイビルアイにとって、何の障害にもならなかった。

 

(ああ、今日はこのモモン様と一緒に寝るんだ~)

 

 イビルアイは思考はすでに違う次元に飛んでいた。

 

 しかし、このフィギュアを売っていたドワーフの店主の話を思い出し、我に返る。

 

(なんで、モモン様のフィギュアよりアンデッドのフィギュアの方が売れるんだ!)

 

情報収集を兼ねて、そのドワーフの店主にいろいろ話を聞いたのだが、フィギュアの売り上げのダントツ一位は、”魔導王フィギュアシリーズ”だという。

 

 金貨十枚、各シリーズ限定十体という高級品であるが、その人気は凄まじく、新作の発売日の徹夜待ちは当たり前、中には一ヶ月泊まり込みが発生する程の人気だったらしい。

 

 しかもその列に並ぶのは、美しい女性ばかりだったという。だが、暫くして、なぜか魔導王フィギュア生産が、魔導国の法律で禁止となったらしい。

 

 噂ではあるが、裏社会ではフィギュアを賭けたデスマッチが起こっていたとかいないとか。

 

 モモン様フィギュアは、今ではそれ程、売れてはいないとその店主は言った。

 

(この国の人間は頭がおかしいんじゃないのか?モモン様より格好いい男などこの世に存在しないだろうが。)

 

イビルアイは怒りで体を震わせた。

 

 

 

「ただいま」

 

「戻ったわ」

 

ラキュース、ティア、ティナが戻ってきた。ラウンジの空いている椅子に各々座っていく。

 

「遅かったな。どうだった?」

 

イビルアイは三人に尋ねる。

 

「モモン様は、やっぱり魔導王の城に籠っているらしいわ。」

 

ラキュースは答える。

 

「で、魔導王の城の方は?」

 

イビルアイは、魔導王の城の調査に向かったティア、ティナに尋ねる。

 

「ダメ」

 

「ムリ」

 

「入ったら」

 

「死ぬ」

 

二人は声を合わせて答える。

 

「そうか…」

 

イビルアイは、頭を垂れる。

 

「城の背面に入れそうな箇所があったけど」

 

「あれはおそらく罠」

 

二人が分担して話す。いつもの事なので誰もツッコまない。

 

 普段の仕事であれば、こういう時、そこいらのスラム街で、金をやれば何でもやるような禄でもない男を雇って確かめるのだが、残念ながらこの魔導国にスラム街は無い。っていうか、金をやれば何でもやるような禄でもない男がいないという方が正解か。

 

 この国は恵まれ過ぎている。

 

 この国の冒険者ギルドに顔を出してみたが、そこは冒険者ギルドであって、我々の知っている冒険者ギルドではなかった。

 

 冒険者ギルド内は活気に溢れていた。

 

依頼書のボードを見ると。

 

”新人研修募集のお知らせ”

 

”ミスリルソード貸し出し無料 数に限りがありますのでお早めに”

 

”はじめてのダンジョン攻略 初回参加者には金貨一枚贈呈”

 

”レッツ!ドブの大森林で薬物採集 デスナイト無料貸し出しあり”

 

”リザードマンと遊ぼう!リザードマンの村で生活体験!報奨金あり”

 

”鍛冶屋見習い募集 未経験可 ドワーフの親切指導有”

 

etc.

 

と言った。ゆるい依頼書が乱雑していたのだ。

 

 はっきり言ってこんな仕事で金を貰えるなら、危険を冒して金を貰おうとする人間はこの国には存在しないだろう。

 

 かといって、初めて訪れるこの魔導国に、モモン様と引き合わせてくれる人脈もなかった。

 

 そう仮面の顎に手を当てて考えている時、後ろから声を掛けられた。

 

「あの、青の薔薇のみなさんですよね?」


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