レメディオスの話を一通り聞いてたネイアは、黙りこんだ。
聖王妃が生きていた事もそうだが、ヴァンパイアになっていたことにも驚きであった。
しかし、その程度?というのが、正直な感想であろうか?
今の話を聞く限り、ヴァンパイアにの勢力は、百から二百と言ったところであろう。
南聖王国がすでにヴァンパイアに支配されているというのも、ブラフの可能性もある。
「どう判断する?」
カスポンドがネイアを見て聞いてきた。
「今の話を聞く限り、それ程の脅威とも思えません。ヴァンパイアは確かに厄介ですが、聖水等の弱点も御座います。数で圧倒すれば、撃退は可能かと。」
ネイアは冷静に答える。
「お前は、私の話を聞いていなかったのか?敵は、南聖王国を支配しているのだぞ。
ヴァンパイアの数も相当な数になる筈だ」
「それを確認されたのですか?」
ネイアは目を細めてレメディオスに質問で返す。
「そ、それは確認はしていないが…」
レメディオスが少し怯んだ。
(やはり、おかしい)
ネイアは、また、疑問を覚える。自分が知っているレメディオスとは、少し、違う。
それに今の奇妙な恰好の説明を求める必要があるだろう。
「レメディオス殿。その姿はどうされたのですか?」
「ああ、そうだ説明していなかったな。私はカルカ様の魔法で呪いを受けた。全身の皮膚が剥がれ落ちる呪いだ。だから、今は”安眠の屍衣”を纏って進行を遅らせている。」
「そうですか。その状態で戦えますか?」
「無論、問題ない!」
レメディオスは胸を張って答える。
性格には多々問題はあるが、戦力としては必要不可欠になるとネイアは思った。
「それで、ヴァンパイアが攻めてくるのは何日後ですか?」
レメディオスの話の時点では、十日後という事だが、当然、すでにそれから数日の時間が経過している筈なので、ネイアは確認する。
「わからん!」
「は?」
ネイアは大きな口を開ける。
「わからんと言ったのだ。あれから何日経っているのか。あれから馬を発見するのに一日掛かり、そして、ここまで一心不乱に走ってきたのだ。日にち等覚えていられるか!」
レメディオスのは腕を組み、逆ギレする。
ネイアは頭を抱える。同時にカスポンドも同様の仕草をした。
「わかりました。すぐに魔導兵団を招集します。」
ネイアは、気持ちを切り替えてカスポンドに進言した。
「何を言っている。招集するべきは聖騎士団であろうが!」
レメディオスは怒鳴る。
ネイアは、また、頭を抱える。
「レメディオス、聖騎士団はもう無いのだ。そなたが蟄居している間に解散した。今では、魔導兵団がこの聖王国の軍事を司っている。」
カスポンドの言葉に、レメディオスは絶句する。
「レメディオス、暫く黙れ、これは命令だ。」
レメディオスは舌を噛み、下を向いて黙り込んだ。
「それで、数はどの程度用意できる?」
カスポンドはネイアに尋ねる。
「今すぐとなると、王都内だけの数となりますので、二万と言った所でしょうか?」
ネイアの答えに、レメディオスが怒りの目を向ける。
「そうか、そうなると今のこちらの戦力は、魔導兵団二万、余の親衛騎士団三千、デスナイト五体といった所か?」
カスポンドの答えを聞き、レメディオスが今度はカスポンドに怒りの目を向けた。
「はい、ヴァンパイアの数ははっきりしていませんが、例え、千か二千であっても対処できると考えております。」
ネイアは軽く頭を下げて答えた。
その時だった。
―バン!
突然、背後の扉が勢い良く開いた。開かれた扉から一人の兵士が走って入り、その場にひざまずく。
「陛下、都市カリンシャが堕ちました!」
入ってきた兵士は大声で言う。
「誠か?その情報はどこから来た。信頼できる情報なのか?」
カスポンドは、兵士に問う。
「先程、カリンシャを治められていたモルドーレ卿がお越しになり、早急に陛下に伝えてほしいと言付かりました。」
「何、モルドーレ卿が?」
「はい、詳しくはモルドーレ卿にお伺い頂ければと思います。」
「わかった。下がってよい。」
「は!」
兵士は、その場を立ち去った。
「先程のヴァンパイアの所業かわからぬが、早急にモルドーレ卿に話を聞かなくてはな。ネイア殿、レメディオス、同席してもらうぞ。」
そう言うと、カスポンドは兵士に至急、モルドーレ卿を呼ぶように伝える。
暫くして、謁見の間の扉が開く、そして、二人の兵士を引き連れて、白髪の貴族然とした人物が入ってきた。
顔立ちは端麗、歳はカスポンドより少し上といった所であろうか。
表情は険しく、鬼気迫るものがあった。ネイア達の横に並び、カスポンドの前にひざまずく。
「陛下、至急のお目通りありがとうございます。」
「前置きはいい、何が起こったのかを話せ。」
「は、カリンシャがヴァンパイアの襲撃をうけ、堕ちました。」
ある意味、想定内の言葉にカスポンドの動揺はない。
「その経緯は?」
「はい、三日前の夜、私宛に襲撃の予告が御座いました。」
「‼」
その言葉には、カスポンドもネイア達も衝撃を受けた。
普通、襲撃とは奇襲がもっとも効果的である。予告をするという事は、相当の自信がなければ、行えない。
「詳しく話せ。」
「は、三日前の夜、私の屋敷に一体のヴァンパイアが現れました。そのヴァンパイアは私の屋敷の者を皆殺し、私に襲撃の予告をして去っていきました。」
モルドーレ卿は、体を震わせながら唇を噛み締めた。モルドーレ卿の説明は続く。
「私は、早急に軍を組織してヴァンパイアの襲撃に備えました。愚かでした。あの時、私は、避難を選択するべきだった。」
モルドーレ卿は、目を瞑り、黙り込む。
「敵の数は?」
「少なく見積もっても、五万はくだらないでしょう。」
「‼」
モルドーレ卿の答えにそこにいる者、皆、絶句した。
「私は、一万の軍を投入しましたが、五分と持ちませんでした。」
「そなたはどうやって助かったのだ?」
カスポンドは、モルドーレ卿に問う。当然の質問だ。その戦力差ならば、逃げる事も難しい。
「私は、運はよかった。後ろの二人の兵士が私を逃がしてくれたのです。」
その言葉が、発せられた時だった。
その二人の兵士の服が波打つ、そして服が破れ、中から、黒い蠢く物が飛び出してきた。
兵士の鎧は、その黒く蠢く物と一体となり、目は真っ赤に歪み、口は大きく裂けていく。頭には二本の角が生え、背中には蝙蝠のような翼が生えた。
―悪魔。そう呼ばれるものに、変化していた。
その変化に、気づいたモルドーレ卿は驚いた顔で後退り、ネイア、レメディオスは間合いを取り、構える。二人とも、武器は所持していないので、どんな攻撃が来ても躱そうとする構えをとった。
「―何者だ?」
カスポンドは、冷静にその化物に問う。こんな状況でも冷静なのは、さすが、聖王という地位にいるものだと感心する。
「ふふ、さすが聖王様。この姿を見て、冷静でいられるとはな。」
悪魔の一体が答える。
「俺達は、ただのメッセンジャーだ、ただ、伝言を伝えに来ただけだ。カルカ様のな。」
もう一体の悪魔が答える。
「その伝言とは?」
カスポンドは、表情を崩さない。
一体の悪魔が、コホン、と一息つくと、
「”愛するお兄様へ、私、ヴァンパイアになっちゃいました。ごめんね。ペロ。
私、そのお城欲しいから、襲ちゃうね。五日後の夜に。
逃げるなり、戦うなりしてもいいけど、戦うなら仲間にしちゃうから。ペロ。”
だそうだ。」
悪魔なりに聖王妃の口調を真似て、ボディーランゲージで伝えられたその伝言に、周りの皆が固まった。もう一体の悪魔も少し引き気味だった。
「………」
感覚的にこの部屋のすべてが、白と黒の静寂へと変わる。
「さ、さあ、やるべきことはやったから帰るぞ!」
伝言を伝えた悪魔が、もう一体の悪魔に慌てて言う。
「そ、そうだな!」
そう言うと、悪魔は逃げるように背後の扉に向かう。
扉の前の兵士達は、槍を構え、顔を恐怖に歪ませてその悪魔に立ち向かい走った。
「ワァァァ」
――バチャ、バチャ!
それは、一瞬であった悪魔の殴打で兵士はただの肉塊となり側面の壁に叩きつけられる。まるでトマトのように。
悪魔たちは、扉を出ると、廊下の窓を打ち破り、その翼を広げ、空に飛び立った。
ネイアとレメディオスも扉を出て、壊れた窓の淵に立ち、悪魔たちを補足しようとするが、その姿は、あっという間、米粒の大の大きさへと変わる。
悪魔たちが姿を現した時、ネイア達は、動けなかった。武器を所持していないという事もあるが、直感的にヤバい相手と感じたからである。例え、武器を所持していたとしても、勝てたかどうかわからない。
これ以上の補足しても無駄と判断したネイア達は、黙って玉座の間に戻る。
中には、腰を抜かしているモルドーレ卿と、頭を抱えているカスポンドがいた。
問題は山積みだ。
敵の勢力は、想定以上。
敵の襲撃まで五日、ヴァンパイアが五万と考えると、こちらのデスナイトの戦力を考えても、他に最低でも十万の軍勢が必要になると考える。しかも、中にはさっきのような悪魔までいるという事になるとそれでも足りない。
北聖王国の全魔導兵団を結集すれば、何とか足りるかもしれないが、五日で招集できる戦力はたかが知れている。つまり、こちらの全滅は必至。という事だ
「へ、陛下どうかカリンシャをお救い下さい。」
モルドーレ卿がカスポンドに懇願する。
(そうか、そっちもあったか。)
ネイアは、また、一つ難題があったことに気付く、敵の勢力が五万以上というのはカリンシャ襲撃時点の問題である。さらに、仲間を増やしている可能性は高い。
それに、仲間になっていなくても人質として捕らえられてる可能性もある。
さらなる絶望がネイアを襲った。
「ネイア。使者になってはくれないか?」
カスポンドがネイアに向かって言った。
「使者とは?今更、他の都市に救援を依頼しても間に合いません!」
ネイアはカスポンドにくってかかる。
「魔導国のだ。魔導王陛下に救援を求める。」
―‼
その言葉に、ネイアは衝撃を受ける。そう自分達だけで何とかする事だけを考えて、もっとも最善の選択に今まで、気づけなかったのだ。いや、しかし、
「しかし、ここから魔導国まで早馬でも五日は掛かります。」
そう、時間が足りない。魔導王陛下のように転移の魔法が使える者は、魔導兵団に僅かならがいるが、魔導国に転移できるものはいなかった。
「魔導王陛下から借り受けている”魂喰らい”がある。アンデットの馬ならば、日昼夜全速で走れる。さすれば、三日は掛からないだろう。あとは、魔導王陛下と一緒に転移して戻ってくればいいのだ。」
カスポンドは納得のいく説明をした。
確かに、道理的だ。これ以外に方法がないように思った。
―しかし、
アインズ様に会いたい。でも、たった半年程でまた助けを求めにいったら、呆れられるのではないだろうか。別れ際、掛けて下さったあの言葉を思い出し、思う。私は、頑張れているのだろうか、と。
ネイアが黙り込んでいると、カスポンドは言った。
「これは、命令だ、至急準備を整えよ。」
―命令なら仕方ないよ、ね? 内心、欲望の方が勝ってしまった。
「わかりました。至急準備を整えます!」
喜々揚々としてネイアは受諾した。
「私もいくぞ!」
そんな中、レメディオスも名乗りを上げる。
「は?」
ネイアは何を言ったのかわからない顔をした。
「私も行くといったのだ!殿下よろしいでしょう!」
レメディオスがカスポンドに目で訴える。
「この件についてはすべてネイア殿に一任する。行きたいならネイア殿の許可が必要だ。」
カスポンドは、レメディオスに言い放つ。
「どうだ?ネイア殿。」
カスポンドはネイアに問いかけた。
「許可できません。」
勘弁してくれ!とネイアは思った。
(自分がどれほど魔導王陛下に失礼な言動をしていたのかわかってないの?)
彼女を連れていくというのがどれ程のリスクになるのか、理解しているネイアは即座に却下した。
「ネイア殿。すまぬ。先程は嘘をついた。実はカルカ様にかけられた魔法は、”全身の皮膚が剥がれ落ちる呪い”ではないのだ。本当は、”アンデッドになる呪い”だ。今は、”安眠の屍衣”で進行を抑えているが、後、数日で私はアンデッドになるだろう。」
その答えに、今までのレメディオスのらしくない態度に納得した。
もし、ネイアも数日で死ぬ、いや、アンデッドになる呪いなどを掛けられたら、弱気にもなると考えたからだ。
「本当は、聖王国を守り、死にたかったが、魔導王はアンデッドの王、この呪いを解く方法も知っているかもしれない。」
その言葉を聞けば、誰でも絶対にダメとは言えなくなってしまう。
「絶対に、魔導王には失礼な態度はとらない。今までの無礼も詫びよう。同行を許してはくれないか?」
まるで人が変わったような態度にネイアの同行を許可するしかなかった。
「話はまとまった様だな。至急準備を整えてくれ。」
「は!」
カスポンドの言葉に、ネイア達は勢いよく玉座の間を出た。
それから暫くして、カスポンドは王城の最も奥まったところに位置する聖王の間に、一人、座っていた。
「これでよろしかったのでしょうか?」
誰もいない部屋でカスポンドは虚空に向けて独り言を呟く。
「ええ、上出来です。」
カスポンドの背後の影から一人の紳士が現れた。カスポンドの上司にあたる存在だ。
「デミウルゴス様。このような事はご計画にはなかったと思いますが?」
カスポンドは上司に尋ねた。上司の計画では、私は近々死ぬことになっている。私といっても、カスポンドという存在が、という事であるが、
「はい、私の計画にはありませんでした。」
その上司―デミウルゴスは、微笑みながら言った。さも嬉しそうに。
「では、一体?イレギュラーな出来事なのですか?」
「フフフ」
デミウルゴスは不敵に笑う。
「私の想定できない存在を貴方はご存じではないのですか?」
その言葉に、カスポンドの言葉が詰まる。
そう、デミウルゴスの想定できない存在。それはこの世にたった一人しかいない。
――魔導王 アインズ・ウール・ゴウン
我々を創造された至高の御方の頂点に立たれているお方である。
「フフ、アインズ様のご計画の一部を知り、悪魔を派遣しましたが、危ない所でした。少し、気づくのが遅かったら私なしでご計画が遂行されるところでしたよ。」
「それでよろしかったのですか?」
カスポンドは心配になる。その計画がアインズ様の物だとして、それにイレギュラーを発生させる事は、不敬にあたるのではないかと考えたからだ。
「心配しなくていいですよ。アインズ様の計画にイレギュラーなどある訳がないじゃないですか。」
デミウルゴスが手のひらを天に向け、首を左右に振った。
「私達は、アインズ様の計画の一部とすでになっているのです。」
「それは、どういう事なのですか?」
全く理解できていないカスポンドは答えを求めた。
「アインズ様の中では、我々などただの駒に過ぎないのです。勝敗の決しているゲームのね。後は、我々の動きで、そのゲームが面白くなるのか、つまらなくなるのかが決まるだけなのですよ。」
つまり、アインズ様はこの世のすべてを見透かされているという事であろう。さすがは、至高の御方の頂点に立たれているお方だ。とカスポンドは思う。
「それは、どのような計画なのでしょうか?」
創造された者にとって、創造主の計画を知りたいと思うのは、当然の事だろう。
「そうですね。僭越ながら、私が名づけるならば、”英雄王の凱旋”と言った所でしょうか?」
「英雄王?アインズ様が再び聖王国をお救いになるという事ですか?」
「フフッ、まあ、あなたには少し難し過ぎたかもしれませんね。」
そのような言葉であるが、決して馬鹿しようとしていない優しい言い回しだった。
「いるじゃないですか。魔導国にはとっておきの英雄が。」