聖騎士の案内の元、ネイア達は聖王城に向かっていた。

ネイアは向かいながら、思考を巡らせていた。

（一体、何があったのだろうか？間者からはなんの情報も入ってなんだけど…）

　現在の聖王国内の勢力図は、半年前とはかけ離れていた。

　聖戦以降、聖王国と北と南は分裂状態にある。もはや北聖王国、南聖王国とは異なる国と言っていい。

　聖戦直後、カスポンドは半ば強引に聖王の座に就いた。

　南の貴族達の根回しもしない状態の即位は、当然の如く南聖王国の貴族達の反感を買った。

　しかも、聖戦を逃れた亜人達が南に逃れ、南聖王国との戦いが始まったのだ。

　そのせいで、魔皇ヤルダバオトと亜人達の戦いで、甚大な被害を被った北聖王国は、南聖王国の援助なしで復興を行わなければならない状況に陥った。

　その間に、南聖王国は疲弊し、逆に魔導国の援助を受けた北聖王国は、見事な復興を遂げて今に至る。

　現在、南聖王国と聖王国のパワーバランスは逆転した状態となっている。

　南にしてみたら、魔導国というアンデットが支配する国と同盟関係になっている北を嫌悪している。

　北にしてみたら、聖戦時、こちらを助けもせず自衛に走った南を憎悪していた。

　そして、ここ三か月で繁栄が訪れた北聖王国内でも勢力図が多く動いた。

　そのパワーバランスの大半を占めているのが、我々、魔導教団である。

聖王は、聖騎士団を解散して、復興の支援に人材は当てたが、治安は悪化した。

そこで魔導王陛下の恩情によりデスナイトを借り受け、治安を整備した。

そして、魔導王陛下の物資支援によりこの聖王国の復興を遂げた。

　これを聞いた国民はどう思うだろうか？

　私が真っ先に思ったのが、聖王自身は何もしてないじゃん。である。

そう、すべては魔導王陛下のおかげである。

　そうした思いを抱いた国民は挙って魔導教団の信者となった。

　今や、北聖王国の六割が魔導教団の信者であり、協力関係にある貴族、教会、組織、の関係者を含めると八割が、魔導教団側の勢力と言っていい。

　残りは、聖王側についている世間知らずのバカ貴族とその関係者といったところか…

　そんな中、カスポンドは、聖王城で毎晩、晩餐会というどんちゃん騒ぎをしているという話を聖王側の間者から、聞いていた。

　そう、聖王側の情報はこちらにほぼ100％筒抜けの状態である。

私が聞いた情報では、本当ならば今頃は、四人目の妾と励んでいる最中という事になっていた。

（間者が情報をこちらに渡せない程の緊急事態は発生したって事？）

思考を巡らせていた間に、ネイア達は正門付近に差し掛かる。

ギィィィィーとその大きな正門はゆっくりと開いていく。

　そしてその門扉が開ききる前に、門の奥から三人の聖騎士がゆっくり歩いてこちらに向かってきた。

　その真ん中にいる男は、よく知っている男であった。

「ネイア殿。お久しぶりですな。いや、ネイア様とお呼びしなければいけないでしょうな」

その男は、馬に乗っているネイアを見上げて行った。

「グスターボ。殿で構いません。あなたにそう呼ばれると落ち着きません。」

ネイアはヤレヤレという顔で答える。

「それで、聖王様のご用件とはどのような事なのでしょうか？」

「すいません。私も聞いていないのです。こちらも急に呼び出されましたから」

グスターボはそう言うと、ため息をついた。

「では、聖王様に直接お聞きしましょう」

ネイアは聖王城の門の奥へと、馬の歩を進める。

　聖王城内の廊下をグスターボの案内で歩いていた。

ネイアは歩きつつ、目線だけを動かして、場内の装飾をチェックしていた。

（以前、来た時とまた内装が変わってる…）

　ネイアは、その魔導教団教主という立場から、定期的に聖王より呼び出されていた。

　以前来たのは、一月程前であろうか、その間に、以前より壁紙が豪華になっている。

　柱には金をあしらった物になっていたし、以前はなかった壺などの調度品が増えていた。

　いくら国が豊かになったといっても、今の聖王国の金銭事情を考えてもかなりの資金が国王に流れているのは明白だ。

　しかも、それが魔導王陛下が聖王国の国民の為に、援助した物と考えると怒りで手が震えた。

　魔導教団内で、クーデターを起こそうという勢力がある。

　何もしていない聖王が、我らの魔導王陛下の恩情を貪っている。粛清すべき。という意見が、一部燻っているのだ。

　ネイアもその意見には同調するが、再び、国を混乱させる事は、魔導王陛下の恩情にさらに泥を塗ることになると思い、その勢力を抑え込んでいた。

　しかし、この現状を見るとその勢力の意見の方が国の為になるのではないかと思ってしまう。

　謁見の間の扉の前でグスターボは立ち止まると、大きな声を上げた。

「聖王陛下、魔導教団教主ネイア様をお連れ致しました！」

　両開きの扉が自然に開き、奥には聖王が正装して玉座に座っていた。

　ネイアは一礼して部屋に入り、国王の前まで歩を進め、そして、ひざまずき、再度、一礼をする。

「国王陛下のご命令により馳せ参じました」

「ご苦労」

カスポンドは労いの声を掛ける。

ネイアは顔を上げ、カスポンドに問いかける。

「それで至急のご用件とは、どのような事でしょうか？」

「う、うむ」

カスポンドは咳き込んで言葉に詰まる。

「私よりも実際、その現状を見てきた者に話を聞いた方がいいだろう」

カスポンドはそういうと、手を上に上げ、部屋の入口にいた兵士達に目線を送る。

その兵士は、一度閉めた扉を再度、ゆっくりと上げた。

扉が開いたその奥には、一人の兵士が立っていた。

　それは遠目で見ても異常であった。女の聖騎士が着る軽装の鎧を着ているが、頭、腕、そして脚は全身に包帯のようなものが巻かれていた。

　顔も、目と口の部分以外がほぼ包帯のようなもので覆われ、新手のアンデッドのような姿をしていたのだ。そのため、知っている人間だとしても誰かは認識できないであろう。

　その兵士は、小走りにカスポンドの元へと歩み寄る。

「聖王！私の話を理解していなかったのか？至急、軍隊を編成せねば！」

　その兵士は、ネイアの横で立ち止まるとカスポンドに向かって大きな声を張り上げる。

　ネイアはその声でこの人物が誰なのか、一瞬で理解した、そう、この世で一番会いたくない人物だったからだ。

「レメディオス・カストディオ。落ち着きなさい。」

カスポンドのその声でも、一向に落ち着かないレメディオスがそこに居た。

「これが落ち着いていられるか！」

相変わらず目上の者にも態度を変えないその姿勢に驚愕する。これでよく聖騎士団の隊長を務めていたものだ。

「レメディオス！私に話したことをこちらのネイア殿にもお話して上げなさい。」

そう言うと、カスポンドがネイアに目を合わせた。そしてレメディオスも。

「なんだ。聖騎士の従者であった奴ではないか？いや、あの魔導王の従者といった方がいいのか？」

レメディオスは鼻で笑う。

ネイアはただ黙っていた。

　この人物はまともの相手にしてはいけない、という事を理解しているのと、さっきの言葉って後半はある意味、誉め言葉であったからだ。

「レメディオス！そなたは知らないだろうが、今や彼女はこの国の要職についている。はっきり言ってそなたより位は遥かに高いことを覚えておけ！」

カスポンドはキツめの口調で言う。

その態度にレメディオスは立ち退いた。

（？）

ネイアの中に一瞬疑問が生まれた。

　ネイアの知っているレメディオスであれば、決して今の言葉程度では動揺しないはずである。いつもであれば、さらに右斜め上をいく、無頓着な返しをしていたはずだ。

　それに、今の新手のアンデッドのような包帯グルグル巻き状態であるレメディオスを見て、尋常ではない事が起こているという事を再認識した。

「レメディオス殿、その話、お聞かせ頂けないでしょうか？」

ネイアは、その眼を見据えてレメディオス向ける。

　ネイアは即座に理解した。今は、嫌悪、憎悪で物事を判断してい状況ではないと。

先の聖戦でネイアは魔導王陛下より学んだのだ、どんな時も冷静に周りを俯瞰して見ることが大切であると。

　先の聖戦の時も、魔導王陛下は、一切、その態度を崩さなかった。

そして、すべては筋書きがあったかのように、物事は収束していった。

　これは、どのような状況であっても、冷静に判断することが大切で、その結果を常に計算し、行動することが正義！という事である。

「わ、わかった。そこまでいうなら話してやろう。」

レメディオスは、語り始める。

何もない荒野だった。

　周りには砂嵐が舞い、自分が何をしているのかもわからなくなるような白い粉塵の中、レメディオスは、ただその荒野を眺めていた。

「レメディオス殿！」

その粉塵の中、一つの人影がレメディオスに近づいてくる。

「ここでの捜索は、意味がありません。野営地まで戻りましょう！」

一人の兵士がレメディオスに声を掛ける。

（こいつ、誰だ？）

レメディオスの頭にはそんな言葉が浮かんでいた。

「ああ。わかった。すぐ行く」

そういうと、覚束ない足取りでその兵士と共に野営地に向かった。

「今日も、収穫なしだったな」

「いいじゃないか。その方が俺は助かる。あと一か月だしな」

「なんだよ。亜人共を狩って報奨金が欲しくないのかよ。」

「俺には待っている人がいるんだ。報奨金よりも生きて帰る方が重要だよ。」

「ふーん。つまんねぇ～」

若い兵士達が話しているのを薄っすら聞き流し、レメディオスは焚火の前で干し肉をただかじっていた。

「レメディオス殿は、聖騎士団の隊長を務められていたのですよね。」

また、違う若い兵士が、私の肩をに手を当て、話し掛けてきた。

「…」

　自分は答えなかった。いや、こんな若僧共と、群れる事に何の感情も湧かなかった。

　その若僧は、自分の反応がない事を理解すると、スゴスゴとテントの中に入っていった。

　この部隊は、ヤルダバオトの戦いにて逃亡した亜人共を狩る部隊だ。

その構成メンバーは、どれも新人の兵士で構成されていた。

　そこに、自分のような使い勝手の悪いが強い聖騎士や傭兵が当てが割れているのだ。

　自分がなぜこのような場所に今いるかというと、そのキーワードは”聖剣”だろう

ヤルダバオトの戦い以降、自分は蟄居させられた。

いくら、声を上げようともそれは覆らなかった。

しかし、一ヵ月前、急に聖騎士団に呼び出されたのだ。

自分は歓喜した。やっと自分の重要性を理解したのか、と。

　しかし、聖騎士団を訪れた自分に、待っていたのは亜人狩り部隊への招集であった。

自分は、断固拒絶した。

だってそうだろう。この国の為に必死に命を懸けてきた者に敗残兵の討伐という汚れ仕事を押し付けたのだ。

　レメディオスは、激高し、聖騎士団本部から立ち去ろうとした。

その時だ。”聖剣”の譲渡を条件に出されたのは。

　その聖剣は以前にも増して光り輝いていた。以前、ヤルダバオトと対峙した時、この聖剣であれば奴を討てたのかもしれないと思う程に。

　その聖剣を受け取った代償として、この若僧共を押し付けられたのだ。

レメディオスは、思う。

この任務が終わった先に、以前のような聖王国聖騎士隊長という任が待っているであろうと。