英雄王の凱旋   作:トミサト

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第1話 魔導教団の日常1

 大きなステンドグラスに優しい朝日の光が差し込む。

 

 高い天井に大きな柱、その壁面は輝くような白い塗装がされ、差し込み朝日の光が反射して輝き、神聖な雰囲気を醸し出していた。

 

 そして、とてつもない広さのその空間には、その場所に似つかわしくないものが複数立っていた。

 

―射的の的である。

 

 

 

―シュッ、シュッ、シュッ、

 

 

 

 その的の中心に、一切の狂いなく三本の矢がほぼ同時に刺さった。

 

 

 

 そしてその的のはるか向こうには、矢を構えている少女がいた。

 

 

 

 頭から足元まである漆黒の艶やかなローブを纏ったその少女は、自らの顔半分を覆う程のバイザーを掛けていた。

 

 

 

 矢が同時に刺さると同時に今度は、的付近に立っていた四人ほどの弓兵から矢がその少女に放たれた。

 

 

 

 少女は即座に腰の矢筒から矢を四本同時に取り出し、それを高速で四連射した。

 

 

 

 少女の放ったその矢は、三本の弓兵の矢をかすめ、矢の方向を変えていく。

 

 

 

 惜しくも、方向を変えられなかった一本の矢が少女に向かって行った。

 

 

 

 その矢が、少女の肩に突き刺さろうという寸前、少女は素手でその矢を掴んだ。

 

 

 

「おおー!」

 

「さすが、ネイア様だ!」

 

「すばらしい!」

 

 矢を放った弓兵、周りにいた数名のローブを着た人々が賞賛の声を上げた。

 

 

 

「いえ、すべての矢を打ち落とせなかったので、まだまだ、未熟者です。」

 

 その声は、大声ではなかったが、その大きな空間のすべてに響く透き通った声であった。

 

 

 

「ネイア様。ヒョーショーシキのお時間ですのでご準備を。」

 

 その少女と同じような黒いローブを纏った中年の男性は、そう言うとハンカチをネイアに差し出した。

 

 

 

「ありがとう。ベルトラン」

 

 バイザーを掛けた少女―ネイアは、そのハンカチを受け取ると顔に薄っすら浮かんだ汗を拭った。

 

 

 

「では、参りましょう。」

 

 ネイアはそう言うと、その場を後にした。

 

 

 

 部屋から出た途端、ネイアは倒れこみ、両手を廊下に叩きつけ崩れ落ちた。

 

 

 

(や、やばかった~)

 

 

 

 そう、ネイアは素手で矢を掴むことなど狙っていなかったのだ。本当は、矢が当たる寸前に躱した方がかっこいいかな~と思っていただけであった。

 

 しかし、躱そうと思った時、足がローブに引っ掛かったため、一か八かの真剣白矢取りをかましたのだ。

 

 

 

「ネイア様、無茶はお止めください。肝を冷やしましたよ。」

 

 ベルトランは、ネイアの耳元に口を近づけて、小声で囁いた。

 

 

 

 ベルトランとは、何だかんだでもう一年近くの付き合いである。

 

 半年前の聖戦からの戦友であり、この魔導教団を一緒に立ち上げた同志でもある。

 

 そして、私のよき理解者でもある。

 

 面と向かっては言えないが、両親が亡くなった私にとって、父親的存在と内心思っていた。

 

 

 

「ごめんなさい。調子に乗りました。」

 

「ネイア様に何かあったら、今やこの教団、いや、聖王国がどうなるかわからないのですから。」

 

 その言葉に、肩をビクつかせてネイアは答える。

 

「それは、大袈裟ですよ。」

 

「何を言っているんですか!」

 

 ネイアの顔の目の前に、少し紅潮した顔で迫る。

 

 

 

「今や、ネイア様は、北聖王国の六割の信者を抱えるこの魔導教団の教主ですぞ。それに今の復興があるのも、我々が崇拝する魔導王陛下のおかげです。陛下の従者を務められたネイア様に何かあれば、国民に不安が広がります。」

 

 ネイアは、その余りの迫力に押され、ただ黙り込んだ。

 

「あ、そうだ!早くヒョーショーシキに行かないと!」

 

 思い出したようにネイアは小走りで走り出す。

 

 

 

―魔導教団

 

 それは、魔導王陛下の正義を世に広めるために、設立された教団である。

 

 先の聖戦で魔導王陛下が魔皇ヤルダバオトを滅ぼされて以降、その偉業は、北聖王国に広まった。

 

 一部を除いてすべての国民が魔導王陛下に感謝し、そして救いを求めた。

 

 聖戦中、魔導王陛下のその雄姿を直近で見られた者として、救いを求める人々に陛下の偉大さを伝えるべく、ネイア達がこの魔導教団を設立したのだ。

 

 そして、この教団の教えは、魔導王陛下の正義、そして弱いというのは悪で、強くなろうと努力していく事がモットーという教えである。

 

 そのため、全信者には基本、最低限の戦闘訓練はしてもらっているし、教団には、聖騎士ならぬ―魔導騎士、魔導兵からなる魔導兵団を組織して、日々鍛錬に励んでもらっている。

 

 先程の訓練演習もそうした兵団長の指揮を高めるために行っている。

 

―半分は、自分の訓練のためでもあるが…

 

 

 

 いろいろ考えてる間に、ネイアは大きな扉の前に立っていた。

 

そして、その扉を開けて入る。

 

 高い天井、そしてそれに比例して大きな立派なガラス張りの窓、重厚な机、棚に置かれた高価そうな調度品、煌びやかな壁紙が張られたその部屋は、魔導教団教主の部屋、つまりはネイアの部屋であった。

 

 改めてみると、豪華過ぎる。まさか、一年半前、聖騎士の従者であった少女が使っていい部屋ではない。

 

 最初にこの部屋を見た時、ベルトランに違う部屋にしてほしいと希望したが、

 

(「教主様が、一番良い部屋に居られないと我々は、心が休まりません」)

 

という理屈で却下されたのだ。

 

 これまた、豪華なタンスの引き出しを開けて、洗礼用の衣服を取り出した。

 

ネイアは、バイザー型ミラーシェードを外し、今まで来ていた漆黒のローブを脱いだ。

 

 これまた部屋にあった大きな鏡に下着姿になったネイアが映り、下着姿となった自分を見つめていた。

 

 ネイアが見つめていたのは、自分の首に下がってるペンダントである。そのペンダントの、宝石部分には魔導国の紋章が刻まれて、白銀に光り輝いていた。

 

 

 

「アインズ様…」

 

 ネイアは、その宝石部分を両手に握りしめて、目を閉じて呟いた。

 

 このペンダントは、三か月前、急に遊びに来たシズ先輩が「アインズ様から」と言って、贈られた物だ。その時、一度は返却したはずのミラーシェードと豪王バザーの鎧も「おみあげ」と言って贈られた。

 

 こんな高価なものは受け取れないと断ろうとしたが、シズが「困る」というので、渋々受け取ってしまったのだ。

 

 どうしてこんな高価な物を私に下さるのか、とシズに聞くと、

 

「ネイア頑張ってる。アインズ様の知ってる」と言ったのだ。

 

 ネイアはその言葉に号泣した。アインズ様との別れの日以来の号泣であった。

 

 

 

(私は、これだけの事をして頂いているのに、何も返せていない。もっと頑張らないと)

 

 目を見開いて顔を上げると、両頬を両手で叩いて気合を入れる。

 

「さあ、ヒョーショーシキに行こう!」

 

 

 

 魔導教団の大講堂は、その名の通り五百人は入る大講堂である。

 

 しかし、その講堂内の席は信者で満席になり、入りきれなかった信者は講堂の扉の外から立ち見をしていた。

 

 その講堂のステージには、魔導王陛下の銅像ならぬ、金像が祭られており、その後には、先の聖戦の魔導王陛下の雄姿を描かれた壮大な絵画が描かれていた。

 

 はっきりいって、本人が見たら、卒倒必死の状況である。

 

奥の扉が開き、ネイアとベルトランを含む複数の側近が、登壇した。

 

 ネイアが現れると、多くの信者でざわついていた大講堂が、一瞬の内に、静寂に包まれた。

 

ステージの中央に立つとネイアが声を張り上げる。

 

 

 

「魔導王陛下は正義!」

 

 

 

 その声の後から、すべての信者が、大きな声を一つにして同じように声を張り上げた。

 

 

 

「魔導王陛下は正義‼」

 

 ネイアはもう一度、声を張り上げる。

 

 

 

「魔導王陛下は正義!」

 

 その声の後から、また、すべての信者が、大きな声を一つにして同じように声を張り上げた。

 

 

 

「魔導王陛下は正義‼」

 

 その一連の流れが、一分程続いた後、また、誰も話していない状態になった。

 

 しかし、話していないだけで、すべての者が、ハアハアと荒い息遣いになっていた。

 

 

 

 ネイアも荒くした息を整えた後、再度、声を発する。

 

「それでは、ヒョーショーシキを始めます。」

 

 

 

 背後にいたベルトランから書状を受け取り、それを広げて読み上げた。

 

「リムン支部のロバート・ギルトレン!前に出なさい!」

 

「ハイッ」

 

 そう声を発した三十才そこそこの成年が最前列から立ち上がる。そして、階段を上り登壇した。

 

 ネイアの前に立つと頭を下げ、一礼をした。

 

 

 

「あなたは、リムン支部にて多くの国民に教えを広め、そして、土木業にて多大な貢献をしました。よって今後の布教資金として金貨五十枚を贈呈致します。」

 

 ネイアは金貨の詰まった小さな宝箱を差し出す。

 

 

 

「おおー!」

 

 他の信者の一部から大きな歓声が生まれた。

 

 それはそうだ。復興を遂げて繁栄している今の聖王国でも金貨三枚もあったら、一か月遊んで暮らせる。ヒョーショーシキに初めて出席した者は大抵、その金額に驚くのだ。

 

 

 

「有難う御座います。この褒美に見合う働きをお約束致します。」

 

 宝箱を両手で受け取った成年は、真剣なそう言うと一礼をして踵を返して振り返る。

 

 しかし、ネイアは振り向き様にその青年の口元が緩んだのを見逃さなかった。

 

 

 

(効果テキメンよね。さすが、アインズ様)

 

 

 

 このヒョーショーシキという儀式は、アインズ様が考案された儀式なのだ。

 

三か月前に遊びに来たシズに教えてもらった。

 

 この儀式は、いつもよく働いている者への労いの意味もあるのだが、それだけではないとシズは言った。

 

―そう、これは踏み絵だ。

 

 本当によく働いているものであれば、何の問題もない。しかし、面従腹背の人間や、陰で悪事を行っている人間が褒美を貰ったら、どうするか?

 

 賢い面従腹背の人間、陰で悪事を行っている人間程、厄介なものはない。そう簡単には尻尾を掴ませてくれないだろう。

 

 しかし、褒美を貰う事で、万が一でも改心するかもしれないし、しなくても、必ずボロを出す。褒美の宝箱、金貨には追跡の魔法が掛けてある。

 

 その人間のお金の流れを見れば、本当はどのような人間か測れるのだ。

 

 さすが魔導王陛下、と思った。常にその思考は我々よりはるか高みにある。

 

 シズにその話を聞いた時、褒美をもらった事に複雑な感情を抱いたが、よく考えると魔導王陛下に面従腹背の者など許されて良い訳がないのだ。

 

 そして、魔導王陛下から頂いた物を大事にしない者など存在してはならないと考えると、迷いが晴れた。

 

 

 

 その他に数人の儀式を行い、無事、ヒョーショーシキは終わった。

 

 

 


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