塩田亮吾

「主張しないOSだったから世界に広がった」TRONの生みの親・坂村健が語る

5/6(水) 10:06 配信

日本発のコンピュータOSで世界シェアの約60%を占めるものがある。1984年にプロジェクトが開始された、組み込み型OS「TRON」だ(現在、正式にはT-Kernel)。このTRONを発案・牽引してきたのが東洋大学の坂村健教授だ。現在のIoTの先駆けとして国際電気通信連合(ITU)の「ITU150周年賞」も受賞している。未来をいちはやく構想してきた坂村氏に、世界に広がった理由などを聞いた。(ジャーナリスト・森健、撮影:塩田亮吾/Yahoo!ニュース 特集編集部)

H2Aロケット、GoProなど多様な機器にのるOS

コンピュータを動かす基本的なシステム=OS(オペレーティング・システム)というと、Windows、macOS、あるいはスマートフォンのAndroidやiOSなど「情報処理用OS」が頭に浮かぶだろう。だが、名前こそあまり知られていないが、世界中の多様なコンピュータに関わる日本発のOSがある。「TRON」だ。「組み込み型OS」というタイプで、最初から特定の機械に組み込み、その制御プログラムを作り込むためのOSだ。高いリアルタイム性を持ち、ある機器について必要のない機能は削除し、必要最低限の機能で動かすことができるのが特徴だ。

──2018年8月、TRONが世界におけるOSとして標準化されたという報道がありました。

正確に言うと、私がつくったOSを米国電気電子学会(IEEE)が「IEEE 2050-2018」と名付けて、IEEEのIoT向けの組み込みOSの標準として認定したということ。原型は「μ T-Kernel2.0」というIoT用の組み込み型OS。IEEEはコンピュータ分野では代表的な標準化機関ですから、TRONが世界標準のOSとして認められたと言っていいと思います。

ほかにIEEEで標準化されているOSはもう一つだけあって、情報処理用OSの分野で「POSIX」です。これは一般的にはLinux、もともとの流れで言うとUNIXです。このPOSIXをベースとしたコアOSの上にWindowsもMacOSもiOSもAndroidも作られている。

坂村健(さかむら・けん)。1951年、東京都生まれ、現在、INIAD (東洋大学情報連携学部) 学部長。東京大学名誉教授(撮影:塩田亮吾)

──パソコンやスマホのOSと違って、TRONは組み込み型OSです。どれくらいのシェアですか。

把握できていないものもありますが、組み込み型OSとしてはシェアで60%ぐらいです。

世界で使われているマイクロプロセッサの総数から見ると、パソコンやスマートフォンは総計でも5%程度と言われています。他の95%は機械の中に組み込まれたコンピュータです。その95%の中でTRONは半分以上のシェアを持っているので、台数ベースでは最も使われているOSになると思います。

TRONが使われている機器で有名なものはたくさんあります。たとえば、小惑星探査機「はやぶさ」、H2Aロケット。あるいは、アクションカメラのGoPro、トヨタのエンジン制御、BOSCHなどのカーナビ、各社のプリンタや複合機、デジタルカメラ、携帯電話の電波制御部……と世界のさまざまな電子機器で使われています。

H2Aロケットの打ち上げ(2006年3月、写真:ロイター/アフロ)

ソースコードも無償で公開

坂村氏は1984年、東京大学理学部の助手時代にTRONプロジェクトを発表。当時からTRONはリアルタイム処理に特化させていたが、工場の産業用機器を動かすITRON、パソコンなどビジネス用のBTRON、リアルタイム・サーバー用のCTRON、それらをネットワークで統合するMTRONなど用途の種別によって設計されていた。このプロジェクトが発足すると、学術界のみならず企業もこぞってプロジェクトに参加を表明。TRON協議会(現トロンフォーラム)も設置され、多くの技術者が関わるプロジェクトとして始動した。

──TRONはその中身の設計や仕様をすべて公開する「オープンアーキテクチャ」を謳っています。これはどういうことですか。

システムの機能を定めた仕様書もソースコードも公開しているので、入手した人はどのように使っても、改変しても構いません。入手したことを言わなくていいし、自分たちのために作り変えたものを公表する必要もない。自分で作った部分の知的所有権は守れる。これはLinuxなどほかのオープンソース系のOSにはないことです。

──なぜそうしたんですか。

まず私はこれを売って儲けているわけではなく、無償で公開しているのだから、自由に使って社会を発展させてほしいという願いがある。

Linuxなどの情報処理用OSでは、OSを作る人だけでなく、利用する人もプログラミングができることが多い。そこで、OSを改変や拡張した場合、その部分を公開せよというルールがあります。一方、組み込みOSの世界では、自動車とかプリンタを使っているのは、基本的に利用するだけの一般消費者です。ですから、OSの改善や改良を公開することにこだわらなくていい。だったら、公開しないでいいよと。

組み込みOSはあくまで黒子ということで、TRONは主張しないんです。だから、逆に技術者には受けて、広がった。

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