電脳筆写『 心超臨界 』

最善を尽くして後悔した者はいない
( ジョージ・ハラス )

不都合な真実 《 「富田メモ」なる謀略文書 》

2020-05-07 | 04-歴史・文化・社会
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謀略文書と私が断定するのは、単純なことです。1988(昭和63)年4月28日に昭和天皇は「プレスとの会見」(原文は「pressとの会見」)を行われてはいません。この日に「プレスとの会見」を行ったのは徳川前侍従長です。主旨は4月中旬に退職した侍従長の「退職会見」です。


◆「富田メモ」なる謀略文書

『続・日本人が知ってはならない歴史』
【 若狭和朋、朱鳥社、p191 】

平成18年は「靖国神社」問題が盛んに議論されました。中でもA級戦犯の合祀について議論が沸きました。ついには「富田メモ」なる謀略文書まで出るにおよんだのです。

謀略文書と私が断定するのは、単純なことです。1988(昭和63)年4月28日に昭和天皇は「プレスとの会見」(原文は「pressとの会見」)を行われてはいません。この日に「プレスとの会見」を行ったのは徳川前侍従長です。主旨は4月中旬に退職した侍従長の「退職会見」です。そこには富田宮内庁長官も同席しており、メモが本物というのなら、徳川前侍従長の言葉をメモったものと解するほかないものです。昭和天皇の記者会見は4月29日(お誕生日)当日です。繰り返しますが、28日は徳川前侍従長の会見があったのみです。当時の新聞でこれらはすべて明らかです。単純な事実を指摘しているのであって、私は何かを主張しているのではありません。

(中略)

【 同、第8章資料、p227 】

(6)「私は或る時にA級が合祀され、その上、松岡、白取までもが……だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」

大騒ぎの箇所です。昭和天皇は「A級が合祀され」てから靖国神社参拝をしていないと述懐されたというのです。述べてきたように富田メモは徳川元侍従長の発言録です。何時の発言かというと、昭和63年4月28日・記者会見のものです。元侍従長と書くのは4月12日に退職し、昭和天皇の誕生日の前日に在任中の思い出などを求められて自由闊達にトークしたものです。おそらくオフレコだったと思われます。

昭和天皇の記者会見は5日前の23日と誕生日当時・29日に行われています。元侍従長がこうした日程の中で専ら昭和天皇の代言人であるような会見をするとは、在り得ぬものです。これは元侍従長の回顧録です。それ以上でも以下でもありません。

大騒ぎは、反日劣情日本人の秘めた悪意に発しています。各々方、用心めされよ。
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