研究ブログ

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研究の歩みと備忘録

法政大学大学院の史学専攻に籍をおく博士後期課程院生です(学部は帝京大学で、修士課程から法政大学です)。

茨城県の出身ですが、高校卒業と同時に東京に出て十数年たっているのでほとんど東京都民です。学部時代の卒業論文は、初の政党内閣としての意義を強調した「第一次大隈重信内閣の成立と崩壊」、修士課程進学後の修士論文は、地元の資料を元に分析した「茨城県の自由民権運動研究」としてまとめました。

 研究の変遷を少しだけお話します。第一次大隈内閣を卒論テーマに選んだのも、漠然と明治期の政治史をやりたいと考えている中で、日本で初の「政党」(所謂、今でいうところの共通の政治的知識や意識を持つ結合体ではないですが)を立ち上げた板垣退助と大隈重信に興味をもって知りたいと考えたからです。

彼らの明治10年代の活動の延長線上に、日本で初の政党内閣があっただろう、という安易な考えが卒論に向けての原動力になりました。なんとか無事に提出はできましたが帝京大学には自分がいた当時、院ゼミが存在せず、史学専攻なるものもありませんでした(院自体はあり、日本文化研究科なるものはあったと記憶しています。卒論をみてくださったのはその当時、慶應義塾大学からうつってこられていた坂井達朗教授という方でした。)

院にいきたい一心で就職はせず、1年間の留年を経て、法政大学大学院修士課程に無事に入学できた後は本格的に卒論の内容を研究したいと考えました。政党内閣を考えるに際して、そもそもの始まりは「政党」(自由民権運動のころの政党と、議会開設後の政党の位置付けは大きく違いますが)、そして板垣と大隈がそれぞれ関わった自由民権運動にあるのではないか、と考え自由民権運動研究に移行しました。それを指導教授として今もお世話になっている、長井純市教授(日本近代史 専門は明治期の地方自治論)に話をしたら、すごく難しい顔をされたことを覚えています(研究史が分厚い中でどう切り込むか、難しさを感じていたのかもしれません)。しかしその研究を受け入れていただきました。

ゆえに修士では、自由民権運動を主研究としてM1から取り組んできました。その際に最初は西洋からの思想流入(ベンサム、ミルと中村正直らによるその翻訳書の分析)から始まり、自由党激化事件(福島・喜多方事件、加波山事件など)、私擬憲法案の分析(特に五日市憲法)など自由民権運動といってもそのカテゴリーの中の個別的研究を転々としました。

最終的に、一番まとめやすかった地域の民権運動研究路線(加波山事件が起こった茨城県の自由民権運動の下地とは?の研究)を土台に、前記の修士論文を書き上げました。いま、思えば修士論文のできは納得のいくものではなくのちに一部を活字化するときに、苦労しました。この時はあまり深く考えずただ、まとめやすい素材をみつけては書いていた、という点があり大変恥ずかしい記憶しかありません。

 数年前にその研究を評価してくださった奇特な?茨城の研究者の方から、自治体史のお誘いを受け、茨城県北の山岳地帯 常陸大宮市史の編さん事業に調査員として携わるようになりました(2017年頃から。現在も継続)。明治10年代の政治史と少々の地域史をかじっただけだった自身にとってはこの活動が大きな転機となったと思います。

地域の村々に残る区有文書(現在は2014年に開館した市立の文書館に収蔵)を探る中で、また民衆一揆の講演を依頼されて行う中で(詳細はリサーチマップ)、自由民権運動を担っていく者たちがどのように村で育ち、どのように思想形成を受けたのかを考えるようになっていきます。その過程で家近良樹『ある豪農一家の近代』(2015年)、渡辺尚志氏の一連のご著書(特に近年でよく読んでいたのは『幕末維新期の名望家と地域社会』、『東西豪農の明治維新』など)、ご講演(最初に渡辺先生にお会いしたのは2018年5月17日の「アーカイブズの日記念講演会 村からとらえる明治維新」だったと思います。場所は埼玉県朝霞市)、松沢裕作『自由民権運動』(2016年)などを読み、三村昌司氏、塩原佳典氏らの名望家論にも強い影響を受けてきました。

自由民権運動を担ったのも元々は当然ですが、各人それぞれが村落社会や一定の共同体を生きてきた者(農民の出も、商人の出も、士族の出も)であり、いきなり近代以降の「自由民権運動家」という位置付けで単純にとらえることはできないと考えるに至っています。

 今の関心は近世近代移行期にあって、後々自由民権運動家になっていく者たち、またそうでない者たちも、村落社会をどのように生き、それをどう後の活動に生かそうとしたのかに興味関心をもっています。幕末維新期から、明治20年代までを通観できる「自由民権運動」像の構築を地域の視点で行っていきたいと思います(こうした考え方は地域は違いますが、『武相自由民権史料集』に強い影響を受けたことを明記しておきます)。

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