真相は闇の中
「生きる意味って……」
どういう関係なんだよ? ますますわからないじゃないか。
騎士道とか武士道とか、そういう文化が俺の世界にも昔あったらしいが、それに近いとか?
「最初の波の時、私はラフタリアちゃんの両親を守り切れなかった。いいえ、波が起こった時、遠くに居て駆けつけられなかったわ。それまで平和過ぎたから、気を抜いていたのでしょうね」
サディナは後悔にも似た呟きを言いながら酒を飲む。
その様子は……間違っても、冗談を言っているようには見えない。
酔い潰れたラフタリアを簡素なベッドに寝かしつけて、サディナは話を続ける。
本気の話なら別に邪険に扱う理由はない。
真剣に聞くとしよう。
「……だけど波が起こってから数日後、やっとのことで帰ってきたら、村には誰もいなかった」
サディナは話を続ける。
「必死に探したわ。きっと生きていると願ってね。でも獣人の私じゃこの国の暗部には近寄れなかった。だから奴隷を専門に扱うゼルトブルで戦闘奴隷となって探したのよ。あそこは大きなコネクションがあるからお金を積めばどうにか出来ると思ってね」
「随分と遠回りだったな」
実際の所、ラフタリアは捨て値同然で売りだされていた奴隷だ。
サディナが必死に探したと言う割には、おかしな場所にいる。
「見た目ラクーン種の奴隷でラフタリアという名前だけじゃ時間が掛り過ぎたのよ。村の子を何人か見つける事は出来たけどね」
「そういえば村の奴隷を守っていたんだったな」
「ええ。そして、ラフタリアちゃんを見つけた時は驚いたわ。盾の勇者であるナオフミちゃんと一緒に居るんだもの」
「波乱万丈だな。ラフタリアの人生は」
出来れば世界が平和になった後、ラフタリアは平和に生きていてほしいと思う。
俺を信じてくれた子だからこそ、幸せになってほしい。
その気持ちは今も変わらない。
この世界なんて滅んでしまえと思うが、ラフタリアが生きる世界なら平和にする為に尽力してもいいと思っている。
「見た目ラクーン種って事はラフタリアは違うのか?」
「私がルカ種と間違われるようにラクーン種とは近いけど違う種よ」
「ほう……ま、何の種族だろうとラフタリアはラフタリアだけどな」
なるほどな。
道理でラフタリアは見た目があまり評価されないラクーン種と言われているにも関わらず、美少女と言われるのか。
「……そこがナオフミちゃんの良い所よね。ねえナオフミちゃん……ラフタリアちゃんを最後まで面倒を見るつもりが無いなら……お姉さんで我慢してくれないかしら?」
「は?」
「ラフタリアちゃんと関係を持つのなら相応の覚悟を持ってとお願いしてるの。覚悟がなくて、それでも我慢が出来ないならお姉さんで発散してとお願いしてるのよ」
「お前は俺が鬼畜か何かだと思ってんのか?」
ま、そう言う自覚はあるけどさ。女関係は死んでもいやだ。
何を言いだすかと思えば……ラフタリアとの関係と聞いて考える。
そりゃあ、ラフタリアの事は信頼している。
好きか嫌いかと言われたら好きだ。
これは断言できる。本人に言えと言われても頷ける程度には。
だけど恋愛感情なのかと問われると……わからない。
俺にとってラフタリアは頼りになる相棒であり、苦楽を共にした仲間である、と同時に娘の様な物だと思っている。
そう言う意味では元康の言うお義父さんのつもりだ。
ラフタリアは世界が平和になるまで使命優先で色恋に興味があるのかとは別に親心が俺にはある。
って、サディナのペースに飲まれたら負けだ。
「ラフタリアの種族名は? 一応は聞きたいのだが」
「それを知りたいなら責任は取ってくれるかしら? 最後までラフタリアちゃんの面倒を見れる?」
サディナの言う最後までと言うのはおそらく、波が終わるまででは無く、ラフタリアが死ぬまでと言う事だろう。
……俺はその意味で責任は取れないと思う。
世界が平和になった時、俺は元の世界に帰るつもりなのだ。
「わかった。じゃあ聞かない」
「そう……残念ねー」
おそらくサディナの、ラフタリアが帰って来てからの数々の蛮行は俺がラフタリアに手を出す事を懸念し、俺の人格を理解した上で茶々を入れていたんだと思う。
ああいう話や嫌がらせにも見えるアタックを繰り返せば、俺がラフタリアに何もしないと踏んでいるのだろう。
コイツは普段ふざけているが、なんだかんだで冷静に人の行動を観察して誘導する術を持っている。
俺に対して悪さをしないから見逃しているけれど、敵に回すと厄介なタイプだ。
ふざけた調子で言っているが、目が笑っていない。
「そこまで入れ込むのには何か理由があるんだろ? 少しくらいは話せ。じゃないとこっちも守らんぞ」
「あらら、お姉さんも一本取られたわね。じゃあ少しだけよ」
ラフタリアの髪を軽く撫でながらサディナは語り始めた。
「なんとなくわかるかもしれないけど、ラフタリアちゃんのお父さんは由緒正しい血筋で、私はその血筋を司る巫女だったのよ」
「へー……シルトヴェルトとかシルドフリーデンか?」
「はずれ、詳しい場所までは話せないわ。これでも大サービスなんだからね」
亜人の国では無いのか。
と言うかサディナってどんな役職?
前に巫女とか言ってたし……。
「ぶっちゃけるとラフタリアちゃんのお父さんは家を継ぐのが嫌でお母さんと一緒に駆け落ちしたの。私はその考えに同意して逃げてきたってのはわかるかしら?」
「お前はその時にLvリセットしたのか」
なんて言うか掟に逆らった罰とかそういうイメージが浮かんでくる。
「ええ、色々な物を失ったけど、それ以上に得た物も多いから不満は無いわー。私は実質追放ね」
「水龍の加護とかも巫女の仕事で貰ったのか? ラフタリアの父親の血筋とどっちが上だ?」
「あの地域じゃラフタリアちゃんのお父さんの方が偉かったわね」
「四聖勇者より?」
「勇者の伝承は無いわねー来訪の記述はあるけど」
どういう地域だよ。
今一信憑性が怪しくなってきているなぁ。
でも、なんとなくラフタリアがどんな家の出なのかわかってきた気がする。
とある国じゃ神の子とか信仰されている血族の末裔って奴なのだろう。
これまである様々な材料から推理してみよう。
ラフタリアが自身で編み出した必殺技の名前や雰囲気、そしてサディナの人間形態の容姿……。
和風美人なんだよな。人間形態のサディナって。
ふんどしとか愛用しているし。
そこで和風というキーワードから武器屋の親父が前に言っていた東方の地が浮かんでくる。
「ラフタリアの父親が生まれた国……鎖国をしてないか?」
「わーナオフミちゃん凄いわね。そうよ。ずーっと昔からね。私達の国以外にもそういう国は沢山あるけど、そう言った国々の中でも特に排他的な地域よ」
考えても見れば、こんな腐った世界だ。
波が無い平和な時代に勇者が召喚された事もあったと聞く。
そういった連中が召喚国から逃げ出して、現代の知識を使い、隠れ里の様な国を作っていたとしてもおかしくはない。
だから和風な国があってもおかしくは無いんだよな。
むしろ異世界から定期的に勇者を召喚しているのに、魔法などの超要素を含めたとしても文明レベルが中世っぽい事の方がおかしい。
……何か理由があるのかもしれないが、今はどうでもいいか。
「その国を懸念してるのか」
東の地で鎖国。
日本みたいな国があって、ラフタリアはそこの由緒正しい血縁とかそういう所なんだろう。
下手にばれると追手が連れ戻しに来るとかそんな感じだろうか?
「半分は正解だけど、それくらいなら大丈夫。私が心配しているのはラフタリアちゃん自身の幸せかしらね」
「うう……」
呻くラフタリアの額に水で冷やした布を乗せるサディナ。
「もう直ぐ目覚めるわね。他に聞きたい事は?」
「なんでラフタリアに話さない?」
「ラフタリアちゃんのお父さんの方針」
これでラフタリアのお家騒動に巻き込まれるとか御免だけどな。
そう言うのは世界が平和になってからにしろっての。
三勇教や貴族もそうだったけどさ。
「大丈夫なのか?」
「たぶんねー。あっちも余計な事を知らない限りは来ないでしょ」
「……お家騒動とか?」
サディナは黙って頷く。
ああ、やっぱりそこへ行きつくのか。
ラフタリアも面倒な血筋だった訳か。
俺としては普通にラクーン種の美少女で良いんだけどな。
ってなるほど、サディナはそこで留めておきたいと言う事なのか。
仮に俺がラフタリアに手を出して子供を作ったとする。
するとその血縁が他国の神である俺との子供を宿したラフタリアがお家を狙っているのではないかと余計な茶々を入れるかもしれない。
その可能性を懸念してサディナは警戒しているのだ。
「どうしてもラフタリアちゃんと子供が欲しいのなら、一国を滅ぼして後顧の憂いを断ってからにしてね。お姉さんとの約束よ。今のナオフミちゃんなら出来るわ」
「過敏になり過ぎなんじゃないか?」
あっちが全貌を理解しているとかは考え過ぎだろう。
もちろん、警戒する事に越した事は無いが。
「そうなんだけどねー巫女や独自の能力を行使する連中を侮っちゃダメよ。私みたいのがごろごろいて、ラフタリアちゃんの命を狙ってくるかもしれないわ」
「あっそ」
サディナクラスの連中が大量にいる国って……そいつらに世界を救って貰えよと言いたくなるな。
ラフタリアは物凄く強いんだから、簡単に殺される事は無いだろ。
だからと言って、無責任な事を俺はしないけどさ。
「実際の所はね。ナオフミちゃんの決意かしらね。女の子を泣かせるような事をお姉さんはしてほしくないだけよ。お姉さんは女の子じゃなくて大人の女だから良いけど」
「いろんな理由を重ねてこれか」
「やーんお姉さん困っちゃう」
もちろん、家柄とかの問題もあるのだろうが、サディナは俺自身の気持ちを尋ねたかったのだ。
それは伝わった。
「うう……ナオフミ様?」
意識を取り戻したラフタリアが起き上がった。
「大丈夫か?」
「あ、はい。不思議とスッキリしてます」
「それは良かったわねー」
「私が酔い潰れてしまった間に何かありましたか?」
「……いいや」
サディナはこの事実を話してほしくないのだろう。
余計な波風を立てない為に俺も何も聞かなかった事にする。
「そうだな。ラフタリアは娘みたいな物だよと話してただけだ」
「はい!?」
声を裏返して驚いていたラフタリアが、一応納得したように頷いた。
ラフタリアを好きになるなら覚悟を示せねー……厄介な話題だな。
この世界に永住はしない。
少なくとも俺は、そう思っている。
「放任主義のサディナに親として、ちゃんとラフタリアを守れと言われたんだよ」
これ見よがしに嫌味を言ってやる。
だって、それだけ守りたい相手の癖に、修行に出したまま放置しているじゃないか。
「可愛い子には旅をさせよというじゃない。ナオフミちゃん」
ぼそっとサディナが呟く。
「ナオフミちゃんは気づかないかもしれないけど、勇者の奴隷になった所為か不自然に経験値の入りが良いわ、ステータスの伸びもね。生半可な相手じゃ敵わない程よ」
「どれくらい良いんだ?」
「体感だけど、同じLvになるのに数年は掛るはずよ。覚えておいて」
なるほど、勇者の奴隷になると経験値の入りが良いか。
そう言えばフォウルも似たような事を言っていた。
更に成長補正の影響。
「では、もしかして私達はナオフミ様の影響でLvの上りが良いと?」
「そうよー。Lvリセットを何回もした事のあるお姉さんが保証してあげる」
「そう言えば師匠も似たような事を言っていました。Lvの上りが早いと」
どうやら勇者補正と言うのは仲間にも影響がある訳か。
薄々は感じていたけどな。
「だからお姉さんもすっごく強くなったのよー」
「まさか私相手に手加減していたんじゃ?」
「手加減なんて出来る訳ないじゃない。ラフタリアちゃんは凄く強くなったものね。お姉さんも負けてられないわ」
こうして雑談を終えた俺達は各々家に帰って眠ったのだった。
ちなみにガエリオンはサディナから貰った酒をいたく気に入っていた。