一時休戦
「まったく、いい加減にしろよ」
「そうです。サディナ姉さん、いい加減諦めてください!」
「そう言わないの、ナオフミちゃん」
あれから三日、アトラとサディナの夜這い行動はラフタリアとフォウルによって尽く阻止された。
ま、ラフタリアのLvが高いのが有利に働いているとも言えるのか?
で、昼間に食堂で飯を食っていると陽気に話しかけてきたのだ。
「で、ナオフミちゃん。今夜、私の家でラフタリアちゃんと一緒にお酒を飲まない?」
「飲まない」
浅はかにラフタリアを酔わせて、襲いかかろうとか考えているのだとまるわかりだ。
「大丈夫よ。今回はアトラちゃんは連れて行かないし、ナオフミちゃんとお話したいだけだから」
「それを信じろと?」
「じゃあフォウルちゃんと協力してアトラちゃんが来ないようにしてあげるから、そうしたら行きましょうよ。お姉さん約束は守るわよ」
「お姉さんは守ってくれませんでした」
ラフタリアが笑みを浮かべつつ、殺気を放っている。
かなり怒っている。
ラフタリアはこう言う怒り方をする子だったなぁ。
「だってラフタリアちゃんが帰ってくるまで『アトラちゃん』をナオフミちゃんのベッドに入れないようにって頼んできたんじゃない。他の子も入れちゃいけないとは聞いて無いわ」
「う……」
言わなかったからとか……ここで指摘してもクネクネと逃げられるだけだろうな。
というかこの屁理屈、どこかで聞いた事があるぞ。
ああ、俺か。
サディナの性格もわかってきた。
のらりくらりと掴みどころがない性格の癖に何か芯があるような言動を取る。
一言で表現するなら油断できない奴だ。
有能ではあるのだろう。戦闘能力はかなり高い方だし……。
ババアの修業を必要無いと拒否していた。
まあ、ババア曰く、本能的に使いこなしているタイプだから無理強いする必要はないそうだけど。
ラフタリアからも聞いたな。
何でも雷の魔法を自分に落として、強制的に無双活性に近い反応速度を維持していたとか言っていた。
ブースト魔法の他にもそう言った能力向上の方法があるんだな。
しかも音波でこっちの動きを認識して、攻撃してくるから幻覚魔法も効果が薄いそうだ。
どんだけ万能なんだよ。
って考えてみたら水中限定でハクコよりも有能な種族なんだっけ?
それは十分ありえるな。見た目的にも水中系の亜人だし。
「それにアトラちゃんと他の子とではちょっと違いがあるしね」
「そうなのか? まあ、他の連中はアトラ対策でベッドに入れてただけだからな」
俺一人だとアトラが入ってくるのはわかっている。
サディナが出かけていない日とかは特にな。
「ナオフミちゃんは鈍感だからねー」
「恋愛感情の事だな? 俺は興味無いしラフタリアは風紀にうるさいから、要らぬ騒ぎを起こしたくないだけだ」
ハーレムモノの主人公じゃないんだぞ。
アトラにあれだけ熱心にアプローチされて気付かない男が居たら、そいつは鈍感では無い何かだ。
「あら?」
「それに前々から言うつもりだったのだが、俺は波を乗り越え、世界が平和になったら元の世界に帰るつもりだ。ここで所帯とかを持つ気は無い」
「はぁ……」
ラフタリアが深い溜め息をつく。
この話をするといつもするよな。
まあ、こう言う時にしか話さないから、風紀にうるさいラフタリアはウンザリしているのだろう。
「じゃあナオフミちゃん」
「なんだ?」
「世界が平和になって帰る時が来たら、ナオフミちゃんに抱いてほしいと思っている子みんなを愛してあげてから帰ってね」
「話を聞いていたのか!」
何を言っているんだ、このシャチ女!
「あら? お姉さんおかしな事を言った覚えは無いわよ? ナオフミちゃんが居なくても、ナオフミちゃんとの子供が欲しいと思う子は絶対に居ると思うわよ。私みたいに」
「んな訳あるか!」
女王も似たような事を言っていたな。
メルティとの婚約とかその辺りの話だ。
メルティを俺の嫁にして勇者と婚姻を結んだとかで国の権威を保とうとしているのだろうけど、そうは行くか。
あの気が強いメルティがフィーロ以外で、関係を許すはずもないだろ。
って良く考えたら勇者の子供を身ごもったと言う事で地位が得られるのか、なんとも打算的な奴らだ。
「あ、ナオフミちゃん。何か勘違いしてるけどお姉さんは別に偉くなりたいとか勇者の子孫とか欲している訳じゃないわ」
「どうだか」
「お姉さんはー……お酒に強いナオフミちゃんと相思相愛になりたいだけよ。キャ!」
うっぜぇえ!
ラフタリアも思いっきり殺気を放っている。
毎晩の戦いの延長戦がここで開催されるかもしれない。
俺も協力してこのシャチ女を黙らせるか?
「ま、とにかく、今夜はお姉さんと話をする時間が欲しいのよ」
「ここじゃダメなのか?」
「ええ、内緒のお話がしたいの。ここじゃ色々とね……」
サディナが不意に誰もいない方角を見て呟く。
……あそこに誰かいるのか?
ま、影とかかな?
あんまり見ないけど、時々監視としているそうだし。
村の奴隷に変装している事もあるそうだ。
時々色々と手伝ってくれるからいいけどな。
「という訳でラフタリアちゃんと一緒に今夜は秘密基地に行きましょうね。そしたら以降はアトラちゃんと一緒にナオフミちゃんの所へは来ないと約束するわ」
「ああ、はいはい」
なんだかんだで頑固だからな、何処かで折れなきゃいけないだろう。
「絶対よ」
そう言ってサディナは立ち去って行った。
「何なんでしょうね」
「さあな」
あの飲んだくれ女は何がしたいのかいまいち不明瞭なんだよなぁ。
村の連中を初め、フィーロや町の連中もサディナには一目置いているのがわかっている。
本人はのんべんだらりと遊んでいるようにしか見えないのに。
まあ、いざという時の活躍は確かにある。
他に、色々と気を使ってくれているらしいが、俺には見えない。
そういやメルティとも話をしている時があった。どんな内容なのかは本人が教えてくれないけど。
フィーロに問いただしても「ないしょー」と口を割らないし。
無理やり話させるのはどうかとも思うから放置しているけどさ。
それにしても、あのカリスマは何処から来ているんだ?
で、その日の夜。
サディナがアトラを縛り上げて俺の所へやってきた。
「さ、フォウルちゃん。アトラちゃんよ。と言う訳で行きましょうか、ナオフミちゃん」
コイツ……マジでやりやがった。
「サディナさん。これは裏切りですか? そうなのですか?」
アトラも困惑した様子でサディナに詰問してる。
問答無用で突然襲ったのか?
「今夜は一時休戦よー。安心してお姉さんに任せて、アトラちゃんはフォウルちゃんと寝てなさい」
「ああ……尚文様、どうかお助けください!」
「サディナ、悪ふざけでも信じている奴を裏切るな。俺はそういうのが一番嫌いだ。度が過ぎる様なら追い出すからな」
冗談やじゃれあいみたいなモノなんだろうが、誰かが誰かを騙す事にまだ強い不快感がある。
もうヴィッチは処分されたんだ。
……早く忘れないとな。
「はいは~い。じゃあ、後一回だけナオフミちゃんを騙すわー」
「宣言すれば良いという問題じゃないぞ」
などと話していると、ご機嫌なフォウルが縛られているアトラをお姫様抱っこした。
「さ、アトラ、今日こそ静かに寝るぞ。お前にはまだ早過ぎる話だからな」
地味に顔や体格が良いから、どこかの王子様みたいだ。
いや、血縁的には王子なのか?
まあいいや。
ともかく相変わらず成長が始まらないアトラの体を抱っこした、優雅な感じが少女マンガみたいだった。
「うう……お兄様、こんな生き恥を晒させるなんて、許しません。根に持ちますわ」
なんて問答をしながらアトラとフォウルは帰って行った。
ずっと縛っていた方が良いんじゃないか?
と、思う俺は外道か? 外道だな。
勝手に自己完結した俺はサディナの方に顔を向ける。
「お姉さんに乗って泳いで行く? それともガエリオンちゃんにお願いして行くのが良いかしらね?」
「ガエリオンで良いだろ」
何かあったらガエリオンをサディナに嗾ければ時間くらいは稼げるし。
こうして俺達はガエリオンに乗ってサディナの秘密基地である島に出発した。