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2020年4月28日(火)

「本当のことを知って欲しい」 現場の医師が伝えたいメッセージ

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「本当のことを知ってください!」
そう語気を強めて訴えかける医師たちの切実な声が、今話題となっている。

声の主は神奈川県医師会。
ホームページ上で、新型コロナウイルス感染症について言及した「かながわコロナ通信」を発信している。
そこには、医療現場で起きている実情や、一部のメディアなどで繰り返される主張に対する疑問。そして、今人々にどんな行動が求められているのかなど、最前線の現場で闘う医師たちが、“今世の中に伝えたい”メッセージが綴られていた。

(取材:境 一敬 ディレクター)

この記事のポイント
◆メディアの報道への警鐘から始まったメッセージ
◆「今すぐにPCR検査を増やせ」の風潮に疑問
◆「正しい情報で冷静な行動を」 差別とも闘う医療現場
◆医療資材が不足 医療現場の状況を示す動画
◆“医療崩壊”を防ぐために

「ごまかされないで、間違った情報に」で始まった掲載

最初に掲載されたのは4月2日。これに多くの人々が反応した。SNSなどで「全国民が知るべき」と瞬く間に拡散。情報は今も不定期にアップデートされ続けている。

この新しい未知のウイルスに、本当の専門家がいません。本当は誰もわからないのです

こんな言葉で始まる項目では、「ごまかされないで、間違った情報に」と題され、メディアなどで報じられていることへの厳しい言及がなされていた。

この新しい未知のウイルスに、本当の専門家がいません。本当は誰もわからないのです。過去の類似のウイルスの経験のみですべてを語ろうとする危うさがあります。そして専門家でもないコメンテーターが、まるでエンターテインメントのように同じような主張を繰り返しているテレビ報道があります。視聴者の不安に寄り添うコメンテーターは、聞いていても視聴者の心情に心地よく響くものです。不安や苛立ちかが多い時こそ、慎重に考えてください。実際の診療現場の実情に即した意見かどうかがとても重要です。正しい考えが、市民や県民に反映されないと不安だけが広まってしまいます。危機感だけあおり、感情的に的外れのお話を展開しているその時に、国籍を持たず、国境を持たないウイルスは密やかに感染を拡大しているのです。第一線で活躍している医師は、現場対応に追われてテレビに出ている時間はありません。出演している医療関係者も長時間メディアに出てくる時間があれば、出来るだけ早く第一線の医療現場に戻ってきて、今現場で戦っている医療従事者と一緒に奮闘すべきだろうと思います。

「かながわコロナ通信」より

「今すぐにPCR検査を増やせ」の風潮に疑問

神奈川県の医師会がこう指摘するのにはワケがあった。

全国で新型コロナウイルスの感染が確認される中、SNSなどでは・・・
「熱が続いているのに検査をしてもらえない」
「肺炎と診断されたのに検査をしてくれない」
「他の国ではもっと検査しているのに」
など、陽性か陰性かを判断するPCR検査が受けられないとの声が相次いでいた。
こうしたことなどを受けて、一部のメディアではコメンテーターなどが「とにかく検査の数を増やすべきだ」という主張をしていたのである。

私自身も、なぜPCR検査が増えないのかは疑問に感じていた。
ちょうど知人からもこんな声が寄せられていたからだ。

「37度1分の熱が出たが、今の状態では検査してもらえないのは報道を見ていればわかる。でも不安だ・・・。同居家族もいるし、早く白黒をつけたい。誰でもPCR検査を受けられるようにもっと増やすべきではないのか」

私も知人の意見に同調した。この状況の中で発熱した場合、たとえ微熱であっても、誰もが自分の感染を疑って不安になる。そうした時すぐにPCR検査が受けられれば、少しでも安心できると感じたからだ。

まさに県医師会のメッセージは、「今すぐにPCR検査を増やすべき」と、世間の声が大きくなった時に掲載された。

PCR検査を何が何でも数多くするべきだという人がいます
医療関係者は、もうすでに感染のストレスの中で連日戦っています。その中で、PCR検査を何が何でも数多くするべきだという人がいます。しかしながら、新型コロナウイルスのPCR検査の感度は高くて70%程度です。つまり、30%以上の人は感染しているのに「陰性」と判定され、「偽陰性」となります。検査をすり抜けた感染者が必ずいることを、決して忘れないでください。 さっさとドライブスルー方式の検査をすればよいという人がいます。その手技の途中で、手袋や保護服を一つひとつ交換しているのでしょうか。もし複数の患者さんへ対応すると、二次感染の可能性も考えなければなりません。正確で次の検査の人に二次感染の危険性が及ばないようにするには、一人の患者さんの検査が終わったら、すべてのマスク・ゴーグル・保護服などを、検査した本人も慎重に外側を触れないように脱いで、破棄処分しなければなりません。マスク・保護服など必須装備が絶対的に不足する中、どうすればよいのでしょうか。次の患者さんに感染させないようにするために、消毒や交換のため、30分以上1時間近く必要となります。テレビなどのメディアに登場する人は、本当のPCR検査の実情を知っているのでしょうか。そして、専門家という人は実際にやったことがあるのでしょうか。

「かながわコロナ通信」より

県医師会は、こうした当初のメッセージを放置することなく、常に新しい情報に更新することも行っている。
現在は、「PCR検査の現状と将来のこと」と題して、現場で改善されるなどしたことも詳しく伝えている。

PCR検査の問題の二つを考えたいと思います。一つはPCR検査の精度の問題、つまり「偽陰性」のことをどのように考えなくてはならないかということです。もう一つは、感染が拡大する時期に、陽性患者さんをいかに早く診断し治療に結び付けなければならないかです。この一見矛盾したような二つの問題を前提に考えたいと思います。
新型コロナウイルス感染者が急増する中、追跡不能な感染者の急増を受けて、医療の対応も迅速な変化が求められています。今までPCR検査は疑わしき対象者に限定して実施されていました。現実に医療機関としても、もっと円滑に検査数の増加が見込めないかとさまざまな方法を計画しております。
では、PCR検査をどう考えればよいのでしょうか。新型コロナウイルスのPCR検査の感度は高くて70%程度です。つまり、30%以上の人は感染しているのに「陰性」と判定され、「偽陰性」となります。検査をすり抜けた感染者が必ずいることを、決して忘れないでください。つまり、検査は、病原体の非存在証明にはならないのです。「安心」を目標とする検査は有害です。あくまでも、個々の患者のケアと日本の感染拡大防止に役に立たねばならないのです。感染拡大の防止のためには、幅広く検査をしなければ、現状を打開できないことは当然です。医療者ももう少し円滑に進めたいと願っています。
そこで地域外来・検査センターや集団検査場を複数設置し、より多くの対象者に対して効率よく検査をして、陽性患者さんを早く治療現場へ誘導することが大切です。そして、検査を実施している衛生研究所のみならず、民間業者の力も借りれば、実施数を増やすことができます。神奈川県医師会は、多方面に働きかけ、県民の不安や不満の解消に少しでもお役に立てるよう活動しています。
ドライブスルー方式の検査があります。諸外国と同様に、速やかにドライブスルー方式の検査をすればよいという人がいます。韓国でも実際にドライブスルー方式のPCR検査をしたのは大邱でのメガクラスター関連で周辺地域のみに限定して行っていました。今では全体に落ち着いてきたので、重症者中心の検査で保健所に連絡して予約制にして、精度管理して確実な方法をとっています。それは当初手技が誤ると混乱することが分かったからです。普通であれば、原則手技の途中でしっかりと手袋を交換し、次の検査の人に二次感染の危険性が及ばないようにします。しかし、くしゃみや咳をした患者さんの検査をしたときは、すべてのマスク・ゴーグル・PPE(防護服・予防衣)などを、検査した本人も慎重に外側を触れないように脱いで、破棄処分をするようにしています。マスク・PPE(防護服・予防衣)など必須装備が絶対的に不足する中、慎重にしていかなければなりません。 また、神奈川県医師会ではドライブスルー方式の検査だけでなく、ウォークイン方式の検査をすでに一部の病院で始めています。検査スタッフは、PPE(防護衣)を装着しなくてもよいのです。シールドボックス(電話ボックスに似た形をとるのもあります)を作り、壁を隔て、マスクをして、手袋をして、検体を採取します。この方法であれば、シールドボックスの患者さん側のみアルコール消毒を確実に行えば、次の患者さんに二次感染の危険性が及ばないようになり、検査を行う医療者も手袋のみを交換破棄すればよいことになります。この方法であれば現在よりは速やかに検査が進みます。
PCR検査については、実施可能件数は増えていますが、医師が検査を必要としたもの全てが速やかに検査される状況には十分ではありません。各地域において、保健所以外の検査所の整備や、検体の搬送体制の整備など、検査体制を確立していかなければなりません。そこで、神奈川県医師会は県内地域の医療資源を有効に生かすことができるよう、また少しでも患者さんの利用がしやすいように、ドライブスルー方式かウォークイン方式かを選択し、地域外来・検査センター(市・町・医師会運営)で診療と検査を行える所を各地域に設置を進めております。
当初からPCR検査に対する測定機器や試薬や遺伝子臨床検査技師の不備は国の初動体制の誤認でした。そして、民間機関への権限の委譲を怠ってきましたが、ここにきてやっと測定環境が整ってきました。また、検査を受けていない患者さんが医療機関を転々としたり、仕事その他の社会生活を続けることで、感染経路不明の患者が更に増えるスパイラルに陥っています。治療法を模索中だからこそ、感染を拡大させないために検査と徹底した陽性患者の隔離が必要です。そして、陰性になったとしても、一定期間の行動抑制は必要なのです。

「かながわコロナ通信」より

「正しい情報で冷静な行動を」 差別とも闘う医療現場

日々、刻々と状況が変化する中、一体、実際の医療現場で何が起こっているのか。私はすぐに神奈川県医師会へ取材の申し込みを行った。すると、「コロナ通信」を執筆した、県医師会副会長の宮川政昭医師(宮川内科小児科医院)が取材に応じてくれた。
現場で多忙を極める中、あえて今メッセージを発信した理由とは・・・。

(宮川副会長)
医療関係者は、コロナ感染の恐怖の中で戦っているのですが、差別にあった事実があります。クルーズ船や屋形船からの感染者への対応を当初から神奈川県は行っておりました。
その時、収容した病院の看護師の子供が保育園に行けなかったり、配偶者が会社に行けなかったりしたことがありました。子供が、バイキンと言われた事実があったのです。
感染が拡大すれば、誰もが感染者になります。そのとき、偏見や差別を受けたらどんな思いをするのか、一人ひとりが賢明に考えて、不確かな情報に惑わされて、人を決して傷つけないように、正しい情報に基づいた冷静な行動をするようにしてほしいのです。そのことがきっかけの一つです。
今回のウイルスは新しく未知な病原体です。本当のことは誰もわからないのです。真の専門家はいないのでしょう。それなのに過去の類似のウイルスの経験のみですべてを語ろうとする危うさが心配でした。そして専門家でもないコメンテーターが、バラエティ番組のように感情的な発言を毎日毎日繰り返しています。危機感だけが煽られて、日常診療に訪れる患者さんが戸惑っている姿が日増しに多くなってきたことがもう一つのきっかけです。そこで実際の診療現場の実情に即した意見がどうしても必要だと思ったのです。

県医師会は毎週数回、様々な現場の医師らが集まり意見交換を行っているという。
そうした中、最も重要視していたのは、「医療現場の実情を知ってもらうこと」だ。
その上で、宮川副会長はPCR検査の実情についてこう説明した。

(宮川副会長)
保健所の方々のご苦労は、計り知れないものがあります。人員の縮小の中で、現在の仕事量は不可能に近いものがあります。皆さん、大変な思いをされています。
マスク・フェイスシールド・手袋・PPE(防護服・予防衣)など、すべてが枯渇しています。そして、消毒用のアルコールもありません。フェイスシールドも、ラミネートシールを用いたり、クリアファイルを用いて、手作りしています。
PPE(防護服・予防衣)は最前線で使われることを考えて、一般医療機関では、使い捨ての雨がっぱ・レインコートを転用しています。フェイスシールドも、ラミネートシールを用いたり、クリアファイルを用いて、手作りしています。手袋は、家庭用のゴム製のものを利用しています。
すべて、高度医療機関や重点医療機関のことを考えながら行動しています。
たくさん作っていますという政府の答弁を聞くたびに、物資はどこにあるのだろうか、誰かが転売目的で隠しているのかなどと、暗い気持ちになります。

そして、1本の動画を送ってくれた。

医療資材が不足 医療現場の状況を示す動画

映像には、多くの医療資材が不足する中、実際に一般医療機関で医師がどんな装備で診療しているのか、ひっ迫している医療現場の様子がうかがえる。

(使い捨てのレインコート、手作りのフェイスシールド、シャワーキャップを装備する宮川副会長)

「医師として、当然PCR検査は増やすべきである」

勘違いしてほしくないのは、彼らは決してPCR検査を増やしたくないという主張ではないことだ。一人でも多くの人を救うためには、現状のPCR検査を正しく理解した上で、一刻も早く安心安全に検査が出来るシステムを構築すべきだと考えている。

(宮川副会長)
新型コロナウイルスのPCR検査の感度は高くて70%程度です。つまり検査は、病原体の非存在証明にはならないのです。「安心」を目標とする検査は有害です。あくまでも、個々の患者のケアと日本の感染拡大防止に役に立たねばならないのです。感染拡大の防止のためには、ある程度幅広く検査をしなければ、現状は理解できないことは当然です。医療者ももう少し円滑に進めたいと願っています。しかしながら、一般の人の間で「検査を受けて安心したい」「陰性の証明書が欲しい」という声も多く聞きます。でも、現在行われているPCR検査の「陰性」を安心の判断材料にするのは、危険ではないかと心配です。
インフルエンザに比べて1/100~1/1000といわれるウイルスの少なさは、検査結果の判定を難しくしています。とくに早い段階でのPCR検査や治癒過程(10日以降)でのものは、決して万能ではないことを理解してください。社会の不安を煽ることによって、何が起こりうるのでしょうか。感染症専門医が懸念する事態の一つに、人びとが医療機関に押し寄せると、PCR検査を待っている間に感染者が非感染者にウイルスをうつしてしまい、病院が大きな感染源になってしまうことがあるからです。
このような表現は適切でないのかもしれませんが、院内感染は、院外感染が原因のもらい事故のようなものです。(医療者が三密の中に入って不適切な行為をしたことが原因の場合はもってのほかなのですが・・・)ですから今、外傷で入院した患者さんから、感染拡大につながっている事例は、まさに医療崩壊に結び付く典型例です。

“医療崩壊”を防ぐために

宮川副会長が訴える「医療崩壊」。それを防ぐことがメッセージを掲載したもう1つの理由だ。特に懸念しているのは、新型コロナウイルスへの対策だけでなく、今まで当たり前に行われていた地域での医療提供が受けられなくなること。

医療機関の現状
今後感染のスピードが上がると、重症例も当然増えてきます。もし何百人もの感染者が同時に出れば、その人たちを病院で治療しなければいけません。医療機関のベッドは、またたく間に埋まってしまいます。それでも心筋梗塞や脳梗塞やがんなどの患者さんに対しては、いつものように対応しなければなりません。今までと同じように医療は維持しなければならないのです。そのためには病院の機能分化、コロナ感染患者を専門に見る中核病院が必要となります。軽症の人は、自宅や宿泊施設、現在休眠中の病院、病床などに移って静養や療養してもらい、少しでも新型コロナ感染症の人のために、病院のベッドを空けるなどの素早い行動が必要です。そして、新型コロナ感染者の治療が終わり、社会復帰しても良いというときこそ、素早くPCR検査をやって確認し、ベッドを開けなければなりません。そのためにも、少しでも時間が必要なのです。医療機関に時間をください。コロナ感染者の増加を、少しでも緩やかなカーブにしなければ、医療は崩壊します。

「かながわコロナ通信」より

(宮川副会長)
受け入れを行なっている医療機関は、もう感染者を収容できなくなるギリギリのラインまで来ています。スタッフは自らの感染リスクを晒しながら、まさに全員が一丸となって不眠不休の対応に当たっています。
治療のための機材、防護服、マスクや消毒液なども底をつき始めています。しかしながら、医療崩壊は、医材不足・機器の不足・病床の不足たけではありません。病院単位に任された、新型コロナウイルス感染症の受け入れ方法の二転三転する対策に対するストレス。この中でも行わなければならない通常診療に対するストレス。患者さんからくる数々のクレーム。疲弊した医療者はチームワークがバラバラになる怖さ。絶対にいい方向に向かっている、そう強く信じたい自分への疑心暗鬼。
ひとたび院内感染が起こると、 「どうしてそんなことが起きるんだ!」と苦情の電話が鳴り響き、心ない言葉が投げつけられて、ますます疲弊します。この状況で、自分の事しか考えられない一般の方々からの医療者に向けた何気ない強い言葉が。医療者のストレスになります。
医療崩壊とはいったい何が崩壊してしまうのでしょうか。新型コロナウイルス感染症の患者さんを一人でも多く助けるために我々は頑張っていますが、外国のように患者さんが病院の廊下に溢れかえる状態になってしまえば、年齢や持病の有無などで高度医療の提供を断念する、命の選択を行わなければならなくなります。
しかし医療崩壊で最も避けなければならないことは、今まで当たり前に行われていた地域での医療提供が受けられなくなることです。交通事故にあった時、心臓梗塞や脳梗塞を起こした時、心不全が悪化した時、ガンが悪化した時、医療が崩壊していると救命することが出来なくなります。お子さんを授かったときでも、安心できる医療環境で出産を迎えられることも危ぶまれるかもしれません。 もうそれは、目の前に来ているのです。つまり感染者が増えれば増えるほど、新型コロナウイルス感染で命を落とす患者さんが増えるだけでなく、いつもであれば助かるはずだった患者さんも命を落とすのです。
医療崩壊を防ぐためには、とにかく感染者を増やさないことにつきます。

医療の最前線で闘う医師たちの切実な訴え。私たちはこうした声にしっかり耳を傾け、「うつらない、うつさない」ために、自分が出来ることを考える必要があるかもしれない。

取材:境 一敬ディレクター

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