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読書人紙面掲載 特集
更新日:2019年6月14日 / 新聞掲載日:2019年6月14日(第3293号)

長濱一眞長編時評(上半期を振り返って)
啓蒙の弁証法?
――「一億総活躍社会」にようこそ

第4回
明日の自由民主主義?


「68年」以降の転換については幾つかのアプローチが可能であるものの、ひとつの側面を乱暴を承知で抽出していえば、民主主義に対して自由主義が勢力を増大させたと概略できなくはない。いうなれば国民‐兄弟愛の批判であり、差異‐貴方次第の肯定だとして、そのことの意義やその現在までの継承のあり様の検討はここでは措くものの、とまれ「左派」がかねてよりヘテロで健常な(白人/日本人)男性的本質を批判し、その暴かれた空虚に対し、さまざまな豊かさをそなえたマイノリティを対置させながら、他方で後者の社会的包摂を企ててきたのは、端的にいって、それが自由主義と民主主義の暫定的な両立もしくは主要な妥協案だったからだ。

けれども、アメリカやEUなど「先進」諸国にあって排外主義のポピュリズムがネット上のみならず議会政治にも進出しており、これと比較すれば移民の率は圧倒的に少ないにもかかわらず日本でも同様の傾向が強まっている現在、「良識」として機能したかの「左派」的妥協策がかつてのごとく効かなくなってきているのは認めざるを得ない。しかしその場合も、ただむやみに自由主義と民主主義の復権を唱えたり、その「アップデート」を御題目にするだけでは現状に対抗しえない。自由主義であれば、例えばその広報においてナイキが典型を示すとおり、いともたやすく資本が横領するし、民主主義であればそれはなにも数年前まで国会前を連帯の象徴的な場所に定めて「選挙に行こう」と訴えていた「市民」の専売特許ではないのだ。

実のところ、民主主義と自由主義の繋ぎ目を果たす機能たるところの包摂は、現体制においても重視されている。「左派」は権力闘争を放棄したうえで、分断され取り残された弱者を社会の外から内へ包摂すること、公共圏の社会関係資本の充実――多様性――を図ってきたとすれば、終身雇用や公的年金に支えられ維持されんとしてきた、包摂を担ってきた社会の一体性が維持不可能だとのここにきての改まった通告が示すのは、包摂する側であるところの「内」がまともな統合性を得られない、言い換えるなら「内」たりえないことであって、いまや上下左右からの内と外との任意の分割線の引き合いにおいて、あたかも社会なる「内」がいまなお安泰であるかに惑わせあっている。そのことを逸早く察知したのはむしろ、社会参加に積極的に身を投じ出した「右派」だっただろう。みずからの自発的な参加なくして擬似的な包摂もなく、そしてこの意味で、オリンピックなるイベントへの観客やボランティアとしての「参加」と、老後資産二〇〇〇万円確保のためと促されての資産運用の投資ゲームへの「参加」とは見掛けほどさして遠いものでない。

ただし、その参加‐包摂は自治会や労組など、市民社会のなかに「残存している偶然性に対してあらかじめ配慮」し、そのための権利闘争も伴ってきた恒常的組織が機能してこその啓蒙でなく、「ブラック企業」や差別発言その他、「外」へ排除淘汰すべき事例に対するネット制裁などの、その場限りでの機会原因論的な偶然性による「炎上」で環境改善を期すのと近しい。あるいは、ノートルダム寺院修復のためなら莫大な金が一晩で惜しみなく投じられる一方で「黄色いベスト」運動が粘り強く続くフランスに事例を求めるまでもなく、ブルジョアジーが夢と感動を与える対象を恣意的かつ排他的に取捨選択する「寄付」に解決を見出すのも同断だ。周知のとおり、それは商法にもポピュリズムにも流用されるし、加えて、福祉行政よりも、一挙に到来するグレート・リセットを招くかもしれないデタラメな――所詮は「希望は戦争」もしくは「戦争しないとどうしようもなくないですか?」程度にしろ――政策や政治家を必ずしも「勝ち組」でない層まで熱心に支持するのにも近いとすれば、この「Shine!」の掛け声が彼方此方で響き渡るのに応じて為される参加‐包摂を「暗黒dark」と形容することもできなくはない。かつては「内」がしばしば規律訓練とともに担ってきた事々がさまざまに外部委託された先への各自それぞれの参加が自助Self-helpであり、社会信用システムもこれと親和的な自己啓発Self-enlighte
nmentたりうるだろうことは既に記した。いま大いに参加‐包摂が求められている。何故なら明日の自由民主主義にとって不可欠だからで、それに関して左右の違いはない。だが、さすがにこれにはひとまず、「せずに済ましたい」とぼやいておくのが健全ではないだろうか。     (了)
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