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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年6月12日 / 新聞掲載日:2017年6月9日(第3193号)

アナキスト民俗学 尊皇の官僚・柳田国男 書評
失われた文脈を求めて 
ある「発見」を軸にして柳田のテクストを再読

アナキスト民俗学 尊皇の官僚・柳田国男
著 者:絓 秀実、木藤 亮太
出版社:筑摩書房 
絓氏は「はじめに」において、本書の目的を「従来形成されてきた「国民的」知識人としての柳田を覆そうとする試みである」と述べると同時に、「ただし、本書の論述は、きわめてオーソドックスなものと信じる」と書く。アカデミズムを挑発しつつ対話の態度を放棄しない非常にカ氏らしい言葉である。

本書の主要なテーマは、柳田国男が生涯を通じてクロポトキン主義者だったという「発見」を軸にして、柳田のテクストを再読し、柳田についての従来からの様々な神話的言説を批判するというものである。しかしクロポトキン主義者だったことがどうして「国民的」知識人としての柳田像を覆すことになるのか。このことを理解するには、幾つもの補助線を引く必要がある。絓氏が暗黙の前提としているジャーナリスティックな文脈を理解できている自信はないが、私が考えるに、そこには冷戦後の日本のリベラルな言説空間におけるアナーキズム的文脈の忘却・排除に対する批判的意識が関わっている。

すなわち本書で俎上に上げられる柳田論の中でも最新のものである柄谷行人『遊動論』と比較すると、絓氏が投じようとしている石の方向が見えて来る。柄谷は「遊動民」を定住民との間に互酬的関係を持つもの(遊牧民、芸能民など)と、贈与的関係を持つもの(狩猟採集民、山人、狼など)に分類し、柳田が後者に一貫した関心を持ち続けたと考えることで、柳田を国家権力や帝国主義に対する抵抗者として評価しようとする。だが絓氏から見れば、二種類の「遊動民」の区別は存在せず、柳田の山人への関心の根源はクロポトキンのアナーキズムに求められる。この時柳田のクロポトキンへの関心は柳田の日本帝国官僚としての立場と矛盾せずにむしろ補完し合い、クロポトキン由来の「相互扶助」と天皇制由来の「祖先崇拝」とが合体することで、柳田民俗学は、戦後の象徴天皇制を支えるイデオロギーともなりえた。

柳田がクロポトキンに直接言及しているのは「クロボトキンとツルゲーネフ」と「農政の新生面」という二つの小文のみであるが、絓氏は特に前者を集中的に分析し、文献渉猟と解釈の力技でそこから柳田民俗学の主要モチーフを導き出して行く。「ツルゲーネフ」が田山花袋に代表される「芸術」としての日本近代文学だとすれば、「クロポトキン」は「ツルゲーネフ」を「実行」(帝国官僚としての)によって乗り越えていく柳田自身に見立てられる。花袋評価については異論もあるが(「蒲団」はどうして「下らない」のか、花袋とフロベールは本当に違うのか)、少なくとも近代日本思想・文学におけるクロポトキンやアナーキズムの重要性(現代において知らずにそれを反復してしまうことも含めて)を再認識させる意義は大きい。「山の人生」の有名な子殺しのエピソードをヘーゲル(ラカン経由の)を参照しつつ『アンティゴネー』と比較読解する視点も興味深く、このエピソードの起源に柳田の新体詩を見て両者を「木地師」と「炭焼き」のイメージによって読み解く手つきには、絓氏の批評の底流にある一種のロマン主義がリリカルかつアイロニカルに露呈している。

本書の第三部第三章「天皇制とアジア主義」は、柳田と戦後体制との関わりを問うものだが、「八月革命」説を「王殺し」(フロイト『トーテムとタブー』)として分析することにはやや疑問がある。降伏することによって日本人は確かに「皇祖皇霊」や「祖先」を裏切ったかもしれないが、それはフロイト的な共同体内部の「父殺し」=「王殺し」とは異質ではないか。「王殺し」であればたとえば「王」=「父」が所有していた「女」たちは、「王」を殺した日本人たちが所有したはずだが、現実は「アメリカ」(的な外部)に所有されたと見なし得る。絓氏の批評には「一国主義」的バイアスがないとは言えない。とはいえ、氏と同時期に活躍した多くの批評家たちが「転向」して制度の中に自足して行く中で、絓氏が変わることなく刺激的な健筆を振るい続けていることには、いつも大きな励ましと勇気を与えられる。
この記事の中でご紹介した本
アナキスト民俗学  尊皇の官僚・柳田国男/筑摩書房 
アナキスト民俗学 尊皇の官僚・柳田国男
著 者:絓 秀実、木藤 亮太
出版社:筑摩書房 
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