悪化
で、盗賊などの事後処理がある程度終わった朝の事。
「ナオフミ様! ただいま帰りましたー!」
ラフタリアが家の扉を開けて入ってきた。
先日会ったばかりなのに随分と会っていない気がするのはここが村だからか、それとも俺とラフタリアで暮らしていた家だからか。
わからないな。
「んあ……ああ、ラフタリアか、お帰り」
「お姉ちゃんおかえりー」
「あ、ラフタリアちゃんだおかえりー」
「お帰りなさいです、ラフタリアさん」
「キュア!」
ラフタリアが目を丸くして俺の周りを見渡している。
あんまり見た事の無い反応だ。
「前より悪くなってる!」
帰って来て早々ラフタリアは絶句した表情で言い放った。
ちなみにベッドにはフィーロとガエリオン、そしてふんどし犬とイミアがいる。
「これはどういう事ですか! ナオフミ様」
「ああ、アトラ対策で最初はフィーロをベッドに招いていたんだが、しばらくしてフィーロが問題を起こしたから代わりにキールとかイミアを見張りにしていた」
「サディナお姉さん!」
ラフタリアはもう一つのベッドでアトラと一緒に寝ているサディナを詰問する。
「約束通り、アトラちゃんは、ナオフミちゃんのベッドに入れさせなかったわよ」
「そういう事を聞いているんじゃないです!」
ラフタリアがよろめいて壁に背を預ける。
大丈夫か?
「修業による疲労か? ゆっくり休むと良い。なんなら回復魔法を掛けてやる。最近効果を上げる方法を編み出してな」
「違います!」
否定するラフタリア。
新たに編み出したリベレイション系の魔法を見せてやろうと思ったんだが。
「尚文、なんだ? どうしたんだ?」
騒ぎを聞きつけて錬やリーシア、そして樹が仮設の家から出てくる。
反応が良いな。
何か事件が起こった時に対応してくれそうだ。
「……なんで剣や弓の勇者がここに居るんですか!」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
城で当たり前のように流していたから知っていると思っていたんだが、知らなかったのか?
そもそも元康と協力して城下町を守ったと聞いたんだが……ああ、ラフタリアが脱出した後だったか。
というか、元康はラフタリアを狸豚と思っているから会話が成立しない。
ラフタリアは女だからな。
「何処かで人間的に成長して、世界の為にと戦っているのだと思ったら、ナオフミ様の所で働いているんですか……」
俺としても早く自立して欲しいもんだ。
何故かなぁなぁで俺の村に住んでいる。
管理という面では、このままでも良いかもしれないけどさ。
「アトラ!」
フォウルが部屋に入ってきてアトラを抱きしめる。
「兄ちゃんはやっと帰ってきたんだぞ!」
「やめてくださいお兄様、尚文様が見ているではありませんか」
「ふんっ! 俺が帰ってきた今、これまでの様にできると思うなよ!」
「ああ、はいはい」
シスコンのフォウルは正式に帰ってきた事を本心から喜んでいるみたいだ。
本気で泣いてるぞ。どんだけアトラの事が好きなんだ。
ってフォウルは良いんだよ。
「ナオフミ様、説明してください」
「色々あった」
「一言! 便利な言葉ですね。もっと噛み砕いてくださらないと訳がわかりません」
「本人から聞け」
俺の返答に錬がヴィッチに騙された後、俺達に敗北してこうして更生中だと語った。
リーシアも同様に樹を倒し、現在は村で療養中だと説明した。
今の樹はイエスマンで何を言っても従うからな。
「はぁ……事情はわかりました。考えてみれば、村が凄い事になっているからありえる事態だったんですよね」
「そんなに変化したか?」
「しましたよ! 村の周りが密林になっているじゃないですか! しかも近くにはフィーロみたいなフィロリアルの牧場がありますし!」
「そう言えば、そうだったな」
「私が居ない内に沢山の出来事があったみたいですね」
「まあな」
考えてみればラフタリアが修行で出てから一ヶ月半くらいなのに、随分と戦っているような気がする。
勇者三人を個別に倒していったのは記憶に新しい。
中には倒したと言えるか怪しいのも混ざっているが。
長かったとも取れるのか……それとも短いのか、日々戦いの連続だった。
「さーてと、ラフタリアちゃんが帰ってきたと言う事はお姉さんはもうお役目を果たした事になるのね」
「そうだな」
「私の言った意味を守ってくれなくて残念です。サディナお姉さん」
一応は役に立ってくれたのか?
アトラが俺のベッドに入ってくる事は無かったし。
「と言う訳でラフタリアちゃん。ナオフミちゃんは私が頂くわねー」
「何を言っているんですか!」
「何を言ってんだ、お前は!」
「えー……私、本気でナオフミちゃんの事狙ってるわよ?」
クネクネとしながらサディナは悠々と答える。
やめろ、気持ち悪い。
「もしかしてナオフミちゃんってこの人型の方が好み? ならお姉さん、甲斐甲斐しく人型で面倒見て上げましょうか?」
「サディナお姉さん……正気ですか?」
「そうよー」
「ではラフタリアさんが帰ってきた今、やっと戦いが始まるのですね」
アトラがさも当然かのようにサディナに確認を取る。
準備期間じゃねぇから!
お前が俺の事を好きなのは態度でわかっているが、全てが全て頭がお花畑って訳じゃないぞ。
特にラフタリアはな。
「そうよー。アトラちゃんは約束通り、ラフタリアちゃんが帰ってくるまで待ってたわよね。じゃあお姉さんと一緒にナオフミちゃんを攻め落としましょうね」
ラフタリアの表情がみるみる青ざめて行く、そして俺の方へ顔を向けた。
「ナオフミ様……もしかしてサディナお姉さんと飲み比べとか……しませんでした?」
「ああ、そんな事もあったな」
ガツンと衝撃を受けたかのようにラフタリアが頭に手を当てて仰け反った。
どうしたんだ?
「ナオフミ様……サディナお姉さんは随分と昔から、とある決まり事を村の人達に言っていたんですよ」
「はぁ……」
キールもうんうんと頷いている。
何だ、それは。
「サディナお姉さんは『私の生涯の伴侶とするのは私よりも酒が強い人! そんな人に出会えたら、絶対に逃さないからみんな覚悟するのよー』っと」
「サディナ姉ちゃん、村一番の酒豪だったからなー。噂じゃ領地の飲み比べ大会でも優勝して、なお酒を飲んでたって話だし」
「へー……」
「だからサディナ姉ちゃんがあれだけ将来の夫に兄ちゃんを指名してるって事は、兄ちゃんが飲み比べで勝ったんだろうなって村のみんなそう思ってたよ」
「はい?」
まあ、確かにサディナと飲み比べで圧勝したけどさ。
え? それがサディナが俺を夫にしたがる理由な訳?
悪ふざけだと思っていたんだけど。
と、俺がサディナの方を見ると、サディナの奴、人型になって頬に手を当てて照れてる。
「毎晩、ナオフミちゃんの寝顔を見ている日々、とても楽しかったわ」
げ……アトラだけじゃなく、変な奴が増えた!
俺にそんな趣味は無い。
「兄ちゃん、サディナ姉ちゃんにどうやって勝ったんだ?」
「ルコルの実を食ってただけだが?」
「「「そりゃあ……」」」
異口同音でキールやこの村出身の奴隷達が頷く。
イミアも頷いているみたいだ。
サディナは村では良い姉役をしているから良く知っているのか?
「行商時に時々出されていただろ」
「え? あれってルコルの実だったのか? 歓迎の印だと思っていた」
盾の勇者を名乗る偽者対策で有名になりつつあるルコルの実を俺に食わせるという奴だ。
さすがに俺以外にルコルの実を食って無事な奴はいないらしい。
ある種の歓迎と偽者を成敗する道具だと思っていたんだが。
「……なるほど、尚文さんは酔い無効の能力者だったんですね。全てが符号しました」
と、訳のわからない事を言ったのは樹だった。
俺と錬が樹にゆっくりと顔を向ける。
「能力者?」
「そんなシステムあったか?」
状態異常に対する耐性みたいな技能はある。
それの事を言っているのか?
しかし、残念ながら酔い無効とかいう技能は覚えていない。
「いえ、そうでは無く、僕達異世界人がこの世界に来る前から備えている能力ですよ」