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盾の勇者の成り上がり 作者:アネコユサギ

盾の勇者の成り上がり

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盾の両面を見よ

 翌日の夜の事。

 錬の勉強を見ていると、錬が深い溜息を漏らした。


「どうした? ちゃんと集中しないと文字を覚えられないぞ」


 真面目に取り組む気が無いのなら教えるのをやめるつもりなのだが。


「ああ……ちょっとな。少し聞いてくれないか?」

「内容による」

「尚文らしいな。実はエクレールの事なんだ」


 エクレール……女騎士か。

 女騎士の話題というだけで面倒事なのはわかった。

 しかし、錬が女騎士の話題で溜息を吐くというのは興味をそそられる。


「また何か問題を起こしたのか、あの女は」


 いい加減城へ追い返すか?

 一応、錬は真面目に働いているみたいだし、あの女の利用価値は無くなりつつある。

 今は家の外でアトラを相手に訓練をしている。

 良くやるな。


「何があったんだ?」

「ああ、それが……」



 今日の昼の事だったそうだ。

 行商中、無謀にも襲い掛かってきた盗賊が居たらしい。

 俺の所の奴隷共はどれも盗賊くらいは返り討ちにする実力を備えている。


 錬が良く同行する行商組は谷子の所だったか。

 というか盗賊は捕まえても捕まえても湧くなぁ。

 ってそんな話は良いんだよ。

 錬の話だとその盗賊は即座に討伐し、縛り上げたんだそうだ。


「ほら、ジャンプしなさいよ。まだ何か持っているのはわかってるのよ」

「う……」


 谷子が魔法で脅しながらチンピラが小銭まで奪うかの様に盗賊を脅す。

 脅された盗賊は助けを求める視線を錬へ向けた。


「ウィンディア。君はそんな事をしなくても良いから」

「うるさい」


 錬は一言で黙らされて谷子は盗賊へのカツアゲをやめない。

 さすがに盗賊が可哀想になってきた錬は谷子の肩を掴んで引き寄せた。


 というか、最近谷子の性格がスイッチでも入ったみたいに黒くなる時があるな。

 村では相変わらずガエリオンやキャタピランド、魔物共と楽しげにしているんだが。

 時々ラトの所でも見かける。そこに錬が追加された形だ。


 この勢いだとしばらくしたらガエリオンも相談してきそうだ。

 何か手を考えておこう。


「まったく、何処でそう言う事を覚えるんだ……」

「何処だって良いでしょ。それよりまだ金目の物を取って無いからどいて」


 谷子の育ちが悪くなっているのを嘆いていると、よりによってその光景を、他の盗賊を縛り上げていた女騎士に聞かれてしまったそうだ。

 また口酸っぱく谷子が説教される……と思っていると。

 女騎士は谷子がカツアゲしようとしていた盗賊に詰め寄って。


「ほら、飛べ。まだ金目の物を所持しているんだろ? どうだ? 奪われる気分は」


 剣で脅し始めた。


 ……え?

 どういう事だ?

 俺の中では、アイツはむしろ説教をする側だと思っていたんだが……。


「お、おい……一体どうしたんだ!」

「ウィンディアも一緒にコイツに己の罪を叩きこむぞ」

「うん」

「「ホラ、飛べ」」

「ヒ、ヒィ……」


 盗賊が飛ぶと、チャリンと金が鳴る音がした。

 地面に銅貨と銀貨が数枚転がった。


「まったく、素直に出せば良い物を……」

「何をしているんだ!」


 絶句した後、告げる錬に女騎士は冷たい表情で盗賊のケツを蹴り飛ばして馬車に連行したという。


「レン。これは必要悪だ。誰かから奪って甘い汁を吸う奴には吸われる側の気持ちを身をもって学ばせなければならないのだ」

「な――」


 その後は近くの町の自警団に引き渡しはしたが、普段の女騎士ならこんな真似はしないと錬は信じている。

 だけど、どんなに説得しても一向に応じる気配がなかったそうだ。



「だから悩んでいたのか」

「ああ」


 どういう心境の変化だ?

 あのクソ頑固だった女騎士が自らそこまでやる理由が思い当たらない。

 何かあるとすれば、先日の洗脳騒動だが……。


「女騎士……エクレールを呼んで来い」


 外で特訓をしている女騎士を呼びに行かせる。

 しばらくすると女騎士が部屋に入ってきた。

 俺は錬から相談をされている話を女騎士に尋ねる。


「どういう変化だ? お前に取って、俺のやる事は醜悪なんだろう?」

「ああ、その事か」


 女騎士はなんか達観したような表情で俺を見返す。

 なんだ? あのクソ真面目だった女騎士がこんな表情をするなんて珍しい。


「この前の事件を覚えているだろう」

「ああ」

「あの時まで私は、自分の正義を信じて行けばいいと思っていた。だが、奴等の正義が一応にして筋の通っている物だと共感してしまったのだ」

「あれに?」


 理論もへったくれもない、滅茶苦茶な暴論だと思うんだが。


「イワタニ殿には何を話したかは知らないが、私にはこう話していた。『差別の無い世界を作るため、亜人優遇という差別を許すわけにはいかない』『奪う側だって、奪わねば生きていけなかった事情があるんだ』」


 前者はわからなくもないが。後者はどうなんだ?

 盗人猛々しいという諺を知っているが、限度があるだろう。


「確かに、一理あると思った。後者の事例に奴等は付け足したのだ。『人から奪ってはならない。なら魔物は? 作物から奪って良い理由にはならない。傲慢だ。私達はその権利を主張する為に革命に加担している』とな」

「あのな……」


 イジメはイジメられる側にも理由がある、というのと同じ位酷い暴論だぞ。

 例えそうだとしても、奪ってもいい理由にはならない。

 今更あの頭のおかしな連中にどうこう意見するつもりはないが、聞いているだけで疲労が溜まりそうだ。


「その理屈では、片方に力を貸す私は、確かに悪だ。だが、私にも正義がある。そう信じていた。なのに信じていた者達が次々と同調して行く様を見て、正義とは……移りゆくモノであるのかもしれないと僅かにでも思ってしまった時、私の正義はぐらついてしまった。もしかしたら、私は悪であるかもしれないと」

「だからクソ真面目はやめて悪い事をするってか?」


 極端過ぎるだろ。

 元々危うい固定概念があったのは事実だが、女騎士の言い分は基本的には正しい物だった。

 単に俺の意見と合わないだけで、どちらかが間違っている訳でもない。


「違う」

「何が違うんだ?」

「確かに自分の信じた正しい事をして行くのは重要だ。だが、その考えだけで突き進めば必ず何処かで不具合が生じる。結果、力で解決し、不具合を黙らせる。そうして衝突を繰り返してきた」

「そこへ行き付くお前の考えが突飛だよ」


 つくづくクソ真面目な奴だと思っていたけど、少し頭がおかしくなってきているんじゃないか?

 はやく隔離病棟とかに収容すべきかもしれない。


「そうして悩んでいる内に、私の頭に父上とイワタニ殿が浮かんできた」

「……そこで何故俺?」

「人間優遇の国で亜人優遇をし領地を経営していた父が、はたして正しいと呼べることだけをしていたのかという考えだ。そしてイワタニ殿の醜悪な蛮行……」


 醜悪って盗賊狩りの事か?

 別に盗賊をどうこうしようと悪にはならないだろう。


「見方を変えれば、人間優遇と言うルールを違反していたのは父上である。それでも私は父上の考えは間違っているとは思わなかった。だが、悪は悪であるし、こんな事を仕出かす連中から領地を守り続けていたのは父上なんだ。絶対に……人には言えない事をしていなかったはずがない」


 まあ、確かに可能性としては否定できないだろうなぁ。

 女王に内政を任されていたらしいし、その権力で他の貴族共を黙らせていたのは間違いない。

 余計な事をする貴族は何かしら因縁を付けて処分していた可能性もある。

 じゃなきゃ、こんな大々的な事件でも起こさない限り処刑を易々と出来るはずもない。

 相手だって秘密裏に手をまわしてくるだろうしな。


「その一つの答えとしてイワタニ殿が見本として存在すると私は結論付けたのだ」

「「はい?」」


 俺も錬も一緒に同じ言葉を紡ぐ。

 これまでの会話と結果が繋がらない。


「イワタニ殿は亜人達に親しまれている。主人と奴隷という垣根があるはずだというのに。それは盾の勇者だからという訳でもない。だがイワタニ殿自身は悪を平然と行う。それでも人々が付いてくるのは……自分の味方の為に悪だってする覚悟があるからだ」

「別にそんなつもりはないのだが……」

「謙遜するな。私は、父上の言葉を遺言だと間違って解釈していた。『清く正しく生きよ』とは父上が私に向けて、自身のようにならないで欲しいと言う願いだったのだろう……しかし私は、父上の様になりたい。人々の為に戦えるような貴族を志す」

「それで何故、盗賊からカツアゲを?」

「千里の道も一歩からと言う。イワタニ殿やここで生活する者達が少しでも得をする為、私は悪だと思った事を止むなくする決意を固めたのだ」


 そうなるのか?

 いや、女騎士もクソ頑固から成長しているんだろうけど、どうもおかしな方向へ行きそうで怖いぞ。

 というか、下手をすると暴君だよな。この考え。


「錬、コイツは少し頭がおかしくなってきている。舵取りは任せたぞ」

「あ、ああ……出来る限りの事はする」


 むしろ錬の方が良識を持っているから、女騎士に良い薬になるだろ。

 悪い事はしている内に染まって行くからなぁ……良心が無くなったらおしまいだ。

 俺が言うのもアレだけどさ。


「父上の好きな、シルドフリーデンとシルトヴェルトの言葉に『盾の両面を見よ』という物がある。盾は、表側だけでなく裏側も見よ。栄光の裏には暴虐と汚辱がある。物事をよく観察したうえで、その善悪を判断すべきだとな」


 ここで俺の知る諺が出てくるのか?

 まあ、盾が翻訳しているんだろうけどさ。


「イワタニ殿を良く表していると私は思う。領地での行いは尊敬に値し、その領地や権利を守るために行う暴虐と汚辱がある。領地を……人々を守る為には、例え神である勇者であっても悪を成さねばならないのだと私に教えてくれたのだ」


 女騎士の目の瞳孔が開いて来ている。

 相当興奮しているようだ。

 一度、こうと信じると曲がらない奴だからな。

 柔軟にはなってきているんだろうけど……釈然としない。


「そう言う訳で、私はイワタニ殿を手本に領地経営を学ぶ事を決めた。いずれ、イワタニ殿が去った後もラフタリアとこの地を守って行く為にな」


 ぐ……痛い所を突きやがる。

 そう。確かに俺がこの世界を去った後の事が不安だった。


 女王が亜人差別をさせないようにしていても、やがて国民は反感を持つかもしれない。

 今まで労働力として酷使してきた亜人奴隷達だ。

 そんな奴がのうのうと当たり前のように歩いている光景。

 今でこそ平穏だが、陰謀が渦巻き、領地が食いものにされる可能性がゼロでは無い。


 過激派こそ消し去ることが出来たが、生き残った穏健派が絡め手で来ないとも限らない。

 その時、領地は食いものにされる。

 それから身を守るには、亜人を優遇し、政治にも詳しい補佐役が必要になる。

 となると女騎士の主張も間違ってはいないんだ。


「考えはわかった。だがな、カツアゲはやり過ぎだ」

「何を言う。私はイワタニ殿がしていた事を真似しただけだ」


 ……ああ、そう言えば女騎士と一緒に盗賊狩りをした時、俺が盗賊共に同じ事をやったな。

 その時は女騎士に文句を言われたが。

 って、女騎士は俺の真似をしていたのかよ。


「尚文……そんな事をしているのか」


 錬が疑いの目で俺を見てくる。


「しょうがないだろ! と言うかこの国、盗賊多過ぎないか?」

「そう言えばそうだな。俺達が召喚された当初ってもっと治安が良かった気がする」


 考えてみれば、どれだけ潜伏してんだよ。

 そりゃあ、最近は商業の流通が活発化しているのもあるだろうさ。

 アクセサリー商がご機嫌で俺に熱弁していたし。


 霊亀の出現や内乱、波に対して過敏になっている今、世界中の人々は自分の命を守る為に財布の紐が緩くなっている。

 この金の流れに乗らない手は無いとか。

 食料問題とか色々と金のなる木が転がっている。

 そんな活発化する商人を刈り取る為に盗賊が発生するのも自然の結果らしい。


 元々ガラの悪い冒険者が味を占めて裏で金を稼ぐギルドを作って勢力を伸ばしているらしいとか言っていた。

 それが所謂この世界の盗賊ギルドらしい。


 俺は縁が無いが、冒険者ギルドとか、商業組合とか、騎士団、教会……現在は四聖教などが、お互いを支え合う形で経済を担っているそうだ。

 異世界に来た当初は錬達が冒険者ギルドで稼いでいたんだったか?

 まあ俺は雇われる方ではなく、雇う側になっているから関係無いか。


 思考を戻そう。

 その中では盗賊ギルドなんていうのは、犯罪者の巣窟だな。

 一人では分が悪いから、ならず者が徒党を組んで商人や村を襲って利益を得る。

 結論付けると、現在は霊亀から連なる様々な理由でメルロマルクの治安が悪くなりつつあるって事だ。


「こりゃあ大々的に掃除すべきかもしれないな」

「でもどうするんだ?」

「俺に一つ考えがある」

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