PR
INTERVIEW

鬼束ちひろが歩んだ20年――叶わなかった思いに祈りを捧げる歌、その道程と現在地

鬼束ちひろ『REQUIEM AND SILENCE』

  • 2020.02.25
  • follow us in feedly
鬼束ちひろが歩んだ20年――叶わなかった思いに祈りを捧げる歌、その道程と現在地

歌を通じて叶わなかった思いに祈りを捧げる――そうして歩んできた20年史と、いつになく赤裸々な言葉を綴った新曲が示す彼女の現在地、そして音楽観とは?

叶わなかった想いに捧げる祈り

 鬼束ちひろがデビューから20周年を迎えた。2000年2月にファースト・シングル“シャイン”を発表。その後は“月光”“眩暈”などのヒット曲を次々と送り出し、瞬く間にブレイクを果たした彼女。壮大なドラマ性と震えるような繊細さを併せ持ったメロディー、心の奥底にある痛みや悲しみを映し出すリリック、そして、〈歌うことを運命づけられた〉と形容したくなる圧倒的な表現力を備えたヴォーカル――それらを軸にした彼女の音楽は、時代や流行を超越し、今も熱狂的な支持を集め続けている。20周年を記念したオールタイム・ベスト・アルバム『REQUIEM AND SILENCE』を聴けば、鬼束自身が全身全霊で楽曲を生み出し、魂を込めて歌ってきた軌跡をダイレクトに体感できるはずだ。

鬼束ちひろ REQUIEM AND SILENCE ビクター(2020)

 「20周年を迎えたことに対しては、すべてが走馬灯のようでもあるし、100年くらいかかってここまで来たような気もします。普段は自分の曲を聴き返すことはないですが、振り返ってみると〈自分の子どもがいっぱいいた〉というか。ひとつ言えるのは、ずっと感覚で動いてきたということ。色、温度、匂い、浮かんでくる情景などを頼りに、五感をフルに使いながら曲を作ってきたので」。

 「アレンジや曲名、アルバムのタイトルなどの最終判断は、基本的にディレクターに任せています。私は作詞と作曲、歌をやらせてもらっているだけ」という彼女だが、『REQUIEM AND SILENCE』というタイトルは本人の発案。この言葉には、多くのリスナーの感情を激しく揺らし、癒し続ける鬼束ちひろの音楽の在り方、そして、彼女自身の音楽観がわかりやすく示されている。

 「音楽で人は救えないと思っているんです。例えば、もう生きられないと思っている人、生活が苦しい人は、音楽を聴く余裕がないと思うから。ただ、報われなかった気持ちを浄化する手伝いはできるのかなって。以前、ファンの方に〈鬼束さんの歌を聴くと、婚約破棄した相手のことを思い出します〉と言われたことがあるんですよ。そういう〈叶わなかった思いに祈りを捧げる〉ということを言葉にすると、〈鎮魂歌(REQUIEM)〉になるのかなと。それは今の段階で辿り着いていることで、また変わっていくかもしれないですけど……。  〈SILENCE〉は単に私が好きな言葉です(笑)。響きがいいし、歌詞にもよく使ってますね」。

 

得意なこと、好きなこと

 周囲の期待に応えようとしたり、気にしないふりをしているうちに、心が引き裂かれるような思いに捉われる姿を描いたバラード“infection”、ピアノと歌が織り成すクラシカルなメロディーに乗せて〈夢が醒めない事を/きっと攻め続けたのだろう〉と歌う“everyhome”など、キャリアを重ねるごとにみずからの音楽世界を深化させ続けてきた彼女。理論やマーケティングとはもっとも遠い場所で紡ぎ出される楽曲を時系列で追体験できることが、本作の最大の魅力だ。また、彼女の歌を支えるプロデューサー/アレンジャーも羽毛田丈史、小林武史、鈴木正人、坂本昌之ら日本の音楽界を代表する才能ばかりで、その優れた仕事にもぜひ注目したい。

 「曲はいつも鍵盤の前に正座して作っていて。色を思い浮かべながら作ることが多いので、手の爪の色も合わせてますね。本当にすべてが感覚なので、〈どんなテーマで作ったんですか?〉と訊かれても答えられないし、歌詞を紐解こうとしても、自分ではよくわからないんですよ。デビューした当初は、1日に5曲くらい出来ることもありました。よく〈曲が降りてくるようだ〉と言われたましたけど、いま考えてみると自分で降ろしていたんでしょうね、イタコのように。アレンジャーやプロデューサーに関しては、そのときのスタッフにお任せしています。結果的に私は一流の方としか一緒にやっていないので、とても恵まれているなと思います」。

 シンガー・ソングライターとしての自分の在り方に対しては、「作詞/作曲は得意なことで、歌は好きなこと」と分析。また、自身の声質に関しても、かなり客観的に捉えているという。

 「喜怒哀楽は激しいですけど、自分のことを俯瞰することもできると思っていて。私の声は倍音が多いタイプで、それを活かす曲作りをずっと続けているのかなと。それも頭で考えているわけではなくて、すべて勘でやってることですけどね」。

 一貫した作風を貫いているようにも感じるが、実は時期によって少しずつ音楽の方向性は変化している。転機になったのは、サード・アルバム『Sugar High』(2002年)だとか。

 「ファースト(『インソムニア』)、セカンド(『This Arm­or』)がヒットした後、〈もっと温度が低いアルバムを作ってみては?〉とディレクターに言われて。初めてマニアックなことができたし、〈こういう自分もいるんだ〉と気付けたんですよね。売り上げは下がりましたが、そんなことは気にしないので。自分には負けたくないですが、野心はないんですよ」。

 

普通になり損ねた

 また、今回の『REQUIEM AND SILENCE』には、未発表の最新オリジナル曲“書きかけの手紙”も収録。「私は抽象的な歌詞が多いですが、この曲はすごくストレート。自分自身のことを初めて歌にしました」というバラード・ナンバーだ。

 「ベストに新曲を入れるなら、できるだけ赤裸々なものがいいと思ったし、だったら“書きかけの手紙”しかないなって。サビのフレーズ(〈まともじゃなくたって それでいいから〉〈ふつうじゃなくたって それでいいからね〉)は、実際に私が友人から言われた言葉なんです。私はずっと〈普通になり損ねた〉と思っていたし、そのことで怯えながら生きていて。そのときも感情が落ちていて、泣いていたんですけど、〈ちいちゃん(鬼束の愛称)はまともになる必要はないからね〉と言ってもらって、それがすごく嬉しくて。デビューからの20年で、いちばん嬉しい言葉でしたね。坂本さんの編曲も素晴らしいです。プロとしてのスキルも高いし、人柄が音に出ているんですよ。優しさだったり、几帳面なところだったり」。

 「普通だったら歌なんて書いてない。でも、私と同じように〈自分はどこか違う〉という思いを抱えて生きている人は多いはず」という彼女。みずからの心と身体を使って生み出された歌を通し、「リスナーを救いたい」という気持ちも年々強くなっているという。

 「私が死にそうだったとき、曲を書くよりも生きるほうが辛かったとき、ファンの皆さんに救ってもらったんです。曲を聴いてもらったり、CDを買ってもらえるって、本当にすごいことなので……。だから、今は私がノックしてあげる番だと思っていて。死にそうなくらい辛い人がいたら、私が心のドアをノックして、〈大丈夫、大丈夫〉と言ってあげたいです。“書きかけの手紙”もそう。この曲を聴いて〈私も同じだ〉と感じる人もいると思うので。ライヴに対する意識も変わりました。以前は好き勝手にやっていたけど、ここ数年は一人一人に語り掛けるように歌っていて。チケット代を2~3倍にして返したいし、聴き応えはあると思います」。

 今後の活動については、「20年やってきて少し(これまでのスタイルに)飽きているので、新しいこともやってみたい」と楽しそうに語る彼女。デビュー直後にブレイクし、華々しいスタートを切った鬼束ちひろの20年は、決して順風満帆ではなかった。それでも彼女は歌うことを止めることなく、不器用ながらも自分と向き合い、リスナーの心を揺さぶり、生きることを肯定する力を持った楽曲を生み出してきた。ベスト・アルバム『REQUIEM AND SILENCE』によって、彼女の普遍的な才能は改めて認知されることになるだろう。

 「20歳でデビューして、39歳になって。大嫌いだった学生時代よりも、(シンガー・ソングライターとしての活動のほうが)長くなってるんですよね。それは本当に幸せなことだなと実感してます」。

初出時、一部本文に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

 

鬼束ちひろの近作。

 

鬼束ちひろの参加作品を一部紹介。

関連アーティスト
TOWER DOORS
ジャンル:すべて
ジャンル:すべて
JAPAN
R&B / HIP HOP
DANCE / ELECTRONICA
POP / ROCK
JAZZ
CLASSICAL
WORLD
OTHER
ジャンル:すべて
ジャンル:すべて
JAPAN
R&B / HIP HOP
DANCE / ELECTRONICA
POP / ROCK
JAZZ
CLASSICAL
WORLD
OTHER
          
  • 3
    KOHHが〈最後〉のアルバム『worst』をリリース スクリレックス(Skrillex)やドレスコーズ志磨遼平らが参加

    KOHHが〈最後〉のアルバム『worst』をリリース スクリレックス(Skrillex)やドレスコーズ志磨遼平らが参加

  • pagetop