チョウチョウウオ科は世界に11属約114種が知られ,日本には約8属51種が分布します.ほとんどがインド・太平洋の熱帯から温帯のサンゴ礁域に生息しており,大西洋にはわずか13種しか分布しません.本科はサンゴ礁を代表する魚類ですが,ウラシマチョウチョウウオは,九州-パラオ海嶺域の水深320mの海山からトロール網で採集された3個体をもとに新種として記載され,本科の中では最も深場に生息します.
ゲンロクダイは本科の中でも比較的深い水深に棲み,通常は水温が低い水深40~190mの大陸棚上から斜面上部にかけて生息します.本種は岩礁を好み,水温が高い海域ほど深場に生息するようです.しかし,濁った砂泥域では水深10m付近に出現することもあります.茨城県および島根県以南,台湾,フィリピン,インドネシアに分布し,本属の中では唯一日本海に出現します.本種は腹鰭が一様に暗色で,体側に幅の広い2本の褐色横帯があることが特徴です.ハワイやグアムの深場に生息するC. excelsや北部インド洋と紅海に生息するC. jayakariと酷似します.しかし,これらとは棲み分けをしているようです.
本種の和名である「元禄鯛」は,背鰭棘後方の丸い斑紋が,江戸時代の「狂言袴」を思わせることに由来します.科名のチョウチョウウオという名前が普及したのは明治以降であり,これは西欧で使われていたバタフライフィッシュの英訳を当てたものです.それまでは一般に地域名が使われており,高知県の中でも異なる名で呼ばれていました.高知ではマブシ,須崎ではオタマゴロシ,柏島ではカガミウオなど呼ばれ,いずれも美しいという意味を含みます.Randall and Bruin (1988) は,本種の属名をPrognathodes としましたが,Allen et al. (1998) はChaetodon を有効としています.しかし,特に明確な理由は示されていません.本文ではShimada (2002) に従いChaetodon としました.
本科の生活史についてはほとんど知られていません.しかし,仔魚後期から稚魚期にかけて,トリクチス期幼生(tholichthys stage larvae)を経ることが明らかになっています.フエヤッコダイ,ハタタテダイや本種が属するチョウチョウウオ属の幼魚は,後頭部に骨板をもつトリクチス幼生の特徴が顕著に表れます.とくに,本種では骨板が比較的後期(全長3cm 程度)まで残ります.しかし,タキゲンロクダイなどの他の属ではこの特徴は顕著ではありません.本科はトリクチス期幼生の時期に浮遊生活を送り,日本では初夏から初冬にかけて関東地方以南の太平洋沿岸に多く出現します.しかし,本科魚類は成魚が常に観察される琉球列島以南を除き越冬できないと考えられており,九州以北では無効分散の可能性が高いようです.
本科は雑種(ハイブリット)が多いことでも知られ,同属や同亜属が交雑して2種の模様が入り混じった個体が観察されることもあります.また,同一種内で模様が乱れる個体変異や色彩異常も確認されています.日本にも分布するイッテンチョウチョウウオは,インド洋と西部太平洋の個体では色彩が異なりますが,これについては同種か別種かは研究者によって見解が分かれるようです.このように,本科はこれからも分類学的な検討が必要とされるグループと言えます.
参考文献
井田 齊.1984.チョウチョウウオ科.益田一・尼岡邦夫・荒賀忠一・上野輝彌・吉野哲夫(編).pp. 176-181, 日本産魚類大図鑑.東海大学出版会,東京.
井田 齊.2004.チョウチョウウオ科.Chaetodontidae.
岡村 収・尼岡邦夫(編),pp. 382-401,日本の海水魚,山と渓谷社,東京.
中村庸夫.2003.チョウチョウウオガイドブック.TBSブリタニカ,東京,151 pp.
Shimada,
K. 2002. Chaetodontidae. Pages
1562-1564 in T. Nakabo, ed. Fishes of Japan with pictorial
keys to the species. English edition. Tokai University Press,
Tokyo.
Yamamoto, E. and S. Tameka.
1982. Chaetodontidae. Pages
248-251 in O. Okamura, K, Amaoka. F, Mitani eds. Fishes
of the Kyushu-Parau Ridge and Tosa Bay. Japan Fish. Resour. Conserv.
Assoc., Tokyo.
写真標本データ:BSKU 74321, ca. 13 cm SL,2005年4月8日,高知県幡多郡大方町入野漁港,標本採集:中山直英,写真撮影:片山英里.
(片山英里)