全4018文字

 博士はその後Facebookで自身のマスクの設計案を紹介し、手作りできるマスクをデザインすべくプロジェクトへの協力者を募った。そのとき協力を申し出た一人が「裳楽匯坊(Sew On Studio)」の鄭佩詩(Miyuki Cheng)さんだった。Sew On Studioは若手のファッションデザイナーの支援や高齢者の古い衣服の再利用ワークショップなどを行なっている社会的企業(社会課題の解決を目指す企業)だ。鄭さんは香港でよくある古着の多くは繰り返し洗っても変形しにくいコットンが使われており、マスクに向いていることを見いだした。そして、彼女の発案のもとマスクに古着を再利用したコットン材を使うことにしたのだ。

 感染防止のためSew On Studioの生産現場に多くの人を置くことはできなかった。そのため、香港の社会的企業を支援している「香港社会創投基金(SVhk)」が運営している生産現場「合廠(HATCH)」で一部のマスクの製作を行った。合廠は自らを「コワーキングファクトリー」と位置付けている。かつてと違い製造業がもはや主流ではない香港で、「Made in Hong Kong」(香港製造)を推し進めるために、貧困家庭にものづくりのための教室を開いたりスペースを貸し出したりしている施設だ。

 HK Maskは社会的企業の経営者がそのネットワークを生かして発案・生産されたものである。普段あまり注目されない香港の草の根で活動する社会的企業家の協力によって実現したプロジェクトであると言える。

市民が自らマスクを生産

「香港製造」を推し進めるための「オープンソース」

 HATCH もSew On Studioも、中国本土など香港の外に頼りすぎず香港自身の製造業を活発化していくMade in Hong Kongの重要性を自社のウェブサイトなどで主張している。今回のマスク不足についても「マスクに必要なワイヤが中国本土から入手できなくなってマスクが作れなくなり、改めて香港ローカルのものの大切さがわかった」とSew On Studioの鄭さんは言う。今回も古着をはじめ香港で原材料をできるだけ調達して、香港で製造しようとした。しかし既存の縫製設備がある工場に多くの人が集まることは新型コロナウイルス感染防止の観点では望ましくない。工場としてのライセンスを持っていない場所で大量生産する場合、法的な問題にも直面することになるだろう。

「合廠(HATCH)」での生産風景

 だからこそ彼らは「オープンソース」のような形をとって、このDIYマスクの作り方をオンライン上などで共有した。マスクの作り方はソースコードではない。しかし、作り方を公開し、誰もが自由に使え、改変できるようにしたことはまるでオープンソースのようだ。その結果、マスク製作に関心を持った人々は、プロジェクトが提供した衣料を家に持ち帰ったり、家にある材料を利用したりすることで、おのおのがこの作り方に従って自宅でマスクを作ることができた。

 さらにこの動きは香港の外にも広がり、自作のマスクを各国で作っている人たちがいるという。ミクロネシアや日本でもマスクが作れたという声が届いているそうだ。フランス語やスペイン語のようなメジャーな言語だけではなくネパール語やペルシャ語でもマスクの作り方を公開している。このマスクの発表記者会見に香港で活躍する日本人タレントRieさんなどを招いたのも、海外の人にもこのマスクを知ってもらい、その知見を生かしてほしいからだそうだ。