そして、ヒトもまた腸内細菌と共生しており、彼らから多大な恩恵を受けている。必須ビタミンを合成してもらったり、食物繊維を消化して短鎖脂肪酸を産生してもらったり。そのように、ヒトの生存にとって腸内細菌は不可欠な存在であるが、しかし、とくに20世紀の半ば以降、両者の幸せな関係に亀裂が入り始めている。それは、抗生物質の過剰使用などにより、腸内細菌の生態系たるマイクロバイオータが乱されているからである。
肥満もマイクロバイオータのバランス喪失のせい?
抗生物質の過剰使用などによってマイクロバイオータのバランスが崩れること、また、そのことが引き金となって過敏性腸症候群などが生じることは、これまでにもたびたび指摘されている。ただ、本書の著者によれば、マイクロバイオータの混乱によってもたらされるのは、そのように「腸に始まり腸に終わる病気」だけではない。じつは、肥満も含めた現代病の多くがその影響を受けているというのである。
では、マイクロバイオータの混乱によってどうして肥満がもたらされるというのだろう。その点を十全かつ簡潔に説明することはむずかしいが、ここではとりあえず、「エネルギーの吸収」という点に着目してみよう。
まず、マウスを使った実験の結果が衝撃的だ。太ったマウスと通常マウスの腸内細菌を調べると、その組成比がずいぶん異なることがわかる。具体的には、太ったマウスの腸内には、通常マウスの半分ほどしかバクテロイデーテス門の細菌がおらず、そのぶんフィルミクテス門の細菌が多くなっているのである。とすると、そうした細菌の組成比の違いが、肥満か否かに違いをもたらしているのではないだろうか。
そこで、肥満マウスと通常マウスそれぞれの腸内細菌を無菌マウスに植えつけるという実験が行われた。はたして結果は、通常マウスの細菌を植えつけられたマウスは体重がそのままだったのに対して、肥満マウスの細菌を植えつけられたマウスはたしかに太った(!)のである。だがそれにしても、いったいどうしてそんなことが起きるのだろう。
それは、「腸内細菌の組成比が、食べ物からエネルギーをどれだけ引き出すかを決めている」からである。腸内細菌は、宿主には消化できない食べ物(宿主の食べ残し)を食べているが、じつはその第二ラウンドの消化作用も宿主のエネルギー摂取に寄与しているのである。それゆえ、腸内にどんな細菌がどれほどいるかによって、食べ物からどれだけのエネルギーが引き出されるかも変わってくる。先の例でいうと、肥満マウスの腸内細菌を植えつけられたマウスは、同じ餌から2%多くカロリーを吸収していると考えられる。そして、その余分なエネルギー摂取が積み重なって、最終的には顕著に太ってしまうのである。「微生物があなたに代わって食べ物から余分にエネルギーを引き出すのだとしたら、あなたが食べ物から得るカロリー量を決めるのは標準換算表ではなくあなたの微生物群だ」というわけである。