どこにも出かけれないGWに一匙の読み物を。
王都魔術師組合。
そこでの業務は魔導国の統治下に入ってからも基本変わっていない。
スクロールやマジックアイテムなどの販売や、新たな魔法開発の研究を行っていた。
大きく変わった事と言えば『福利厚生』が導入されたことだろう。
『福利厚生』は国が実施するものだったり、組合側が実施するものだったりとその種類は多岐に渡る。
優秀な人材が集まってくれるように。
優秀な人材が定着し、そこで成長してもらえるように。
始めは訝し気にされながらの導入であったが、その仕組みが理解されるにつれ、雇う側も雇われる側も共にメリットがあるのが示され、魔術師組合員たちは自らが目指した魔法の道を邁進していた。
アルシェ・イーブ・リイル・フルトも変革していく王都内で臨時職員として働く一人だった。
「――――ではまた失敗だったんですね」
「残念ながらそのようだ。今回こそはと思ったのだがな」
暗く、虚ろに響く声で応えられ落胆してしまう。
「そう落ち込むことはあるまい。ティトゥス様からは早急の案件ではないと言われている。魔導王陛下も失敗から得られることは多いと仰っていたのだからな。次に活かせば良いだけのこと」
「――――そうですね、デイバーノックさん」
魔導王陛下の居城での制作方法では羊皮紙が燃えてしまい、第一位階を込めるのが限界と聞いている。
それを解決するために組合に出された依頼の一つが、今二人が行っているスクロール用の羊皮紙の改良、その研究だった。
「――――次は羊皮紙の強度を上げる方法を模索してみましょうか」
「そうだな……むっ、もうこんな時間か。アルシェは就業時間を超えてしまう前にあがるといい。続きは今度にしよう」
時計を見れば就業時間に差し迫っていた。
時間を超過した分は残業時間として賃金が上乗せされるが、余計に残業するのは推奨されていない。帰れる時は帰った方が良いのだ。
アルシェは帰り支度を始めるが、デイバーノックは本を取り出して椅子に座っていた。
「――――デイバーノックさんは帰らないんですか?」
「ああ、ここは結構落ち着くからな」
「――――特に意味なく職場に残っていると、叱られるかもしれませんよ」
「俺は睡眠を必要としておらん。残業の申請もしないし、あくまで趣味の読書をして過ごすのだからな。仕事をする訳ではないのだから問題はあるまい」
そう言って魔法の書物を読み漁っている。
ここでの魔法の研究は仕事扱いになるのだが、魔法に関する本で勉強するのは趣味だと主張すれば、陛下の意向には逆らっていないことになると主張している。
それで本当に良いのか。
言及しても、どうも不毛な争いになりそうなのでこのアンデッドのことは放っておくことにした。
「――――程ほどにして下さいね」
「うむ、アルシェも気を付けて帰れ」
「――――お先に失礼します」
魔術師組合を出る時に、他の組合員の人たちにも挨拶していく。
気を付けて帰れと言われたが、デス・ナイトなどが警邏する王都の治安はすこぶる良い。
女子供が一人で出歩いても問題ないほどだ。
デイバーノックの言葉はただのコニュニケーションの一つに過ぎなかった。
アルシェがエ・ランテルから王都に引っ越したのには理由がある。
魔導国の統治下に入ったばかりの王都や各都市では、アンデッドに忌避感を持った者が大勢いる。そのため、比較的アンデッドに慣れた者が王都に来て、率先して魔導国のアンデッドに接触し、善良な市民に危害を加えることはないと教えることにより、見本となることが出来る。
これは魔導王からエ・ランテルの住人に要請されたことで、応じた者には特別手当が支給されるのだ。
そのため、エ・ランテルから様々な職種の者たちが魔導国各地に散っている。
王国時代の魔法を軽視する体質からの変革もあり、エ・ランテルよりも規模が大きい王都の方がより良いと思ったのもある。アルシェは若くして第三位階魔法が使えるので結構重宝されているのもあり、魔術師組合から受け取る給金はエ・ランテルに居た頃より多くなっていた。
お腹を空かせて待っているだろうクーデリカとウレイリカの分の夕食を買うために寄り道した後、足早に家路につく
王都での住む場所は二人妹と暮らすには十分な広さの借家を借りていた。
大勢の貴族が粛正されたことに伴い、王都内では大小様々な物件が空き家となっていた。それらを改装して、一般向けに開放された内の一つがここだ。
「――――ただいま」
「「おかえりなさい! お姉さま」」
玄関を開けると愛しい妹が二人して抱き着いて来る。
「――――二人とも良い子にしてた?」
「「うん!」」
天真爛漫な笑顔を見れば仕事の疲れも吹っ飛んでしまう。
「――――お腹空いたでしょ。すぐに夕食にするからね」
姉妹三人で食卓を囲む。
ワーカー時代には野宿することもあったため、簡単なものなら出来るのだが、お世辞にも料理が得意とは言えない。
そのため、テーブルに並んでいるのは、調理の必要のないお惣菜が主となっている。
魔導国で売られている食料は全体的に上質なのもあって、二人はなんの不満もなく食事を味わっていた。
「――――今日は何して過ごしていたの?」
「今日は公園で遊んでたの。ね~ウレイリカ」
「かくれんぼとか鬼ごっことか。ね~クーデリカ」
唯一アルシェが調理したシチューをスプーンで掬いながら、今日の出来事を色々と話してくれる。
楽しそうな笑顔を向けてくれることで、なんだかこちらまで嬉しくなってしまう。
「でも、こっちのデス・ナイトさんはあっちにいたのとちょっと違う気がする」
「あっちのよく遊んでくれたデス・ナイトさんはいないのかな~」
「――――え、ええと、どうなんだろうね」
あっちのとは、エ・ランテルにいた時の、兜や鎧の角が妙に丸まっていたデス・ナイトのことだろう。
肩に乗り、まるで下男のように扱っていたと知った時は心底驚かされたものだ。
(――――あんまり目立つのは良くない気がするけど……)
クーデリカとウレイリカはデス・ナイトを全くと言っていいほど怖がっていない。そんな二人の姿を都市の住人が目にすることで、魔導王が使役するアンデッドに対する恐怖が和らいでいるのは事実でもあった。
ある意味、魔導王の意向に最も沿っているのはこの二人なのかも知れない。
そういう思いもあって、アルシェは止めるように言ったりしない。二人が思うがままに、したいようにさせていた。
食事が終われば次はお風呂だ。
王都内でも、カルネ村のように蛇口をひねれば水が出てくるマジックアイテムが普及してきており、更にそれの応用でお湯が出てくる物まで広まっている。
マジックアイテムは本来高価な物だが、家庭用のマジックアイテムだけは一般人でも求めやすい価格で販売されている。
クーデリカとウレイリカはかなり活発に出歩くため、結構汚れて帰って来ることがある。
風呂設備があって、ちょうど良い大きさの借家があったのは僥倖だった。
(――――それに、女の子なんだから清潔にしないとね)
風呂を上がれば、あとは歯を磨いて寝るだけ。
寝間着に着替えて二階の寝室へと向かう。
寝室も広くはなく、ベッドが二つあるだけだがこれで十分。
まだ身体が小さい二人は一つのベッドに一緒に入り、眠りにつくまでアルシェが傍に付き添う。
二人が眠るまでたわいもない話をしたり、本を読み聞かせたりと日によって色々だ。
「く~く~」
「す~す~」
今日は遊び疲れたのか、何かおねだりをすることもなく、やがて静かな寝息をたて始める。
穏やかな寝顔を眺めながら、起こさないようにそっと二人の頭を撫でる。
二人の元気な姿を見れることがアルシェにとって何よりの幸せ。天使のような寝顔を見せてくれるこの瞬間は特に温かい気持ちにさせてくれる。
「ん~お父さま~」
「……お母さま~」
二人の寝言に撫でていた手が止まる。
こんな寝言を言うのは今日に限ったことではない。帝都を出てから定期的にあったことだった。
(……やっぱり、まだ寂しいよね)
両親はアルシェの判断で見限った。
あのままあの家にいれば碌な未来が見えなかったから。
二人を救うつもりで家を飛び出したのだが、本当にこれで良かったのか。
自分の行動は正しかったと思っているし、後悔もしていなかったが、二人の寝言を聞くようになってからそんなことを思うようになっていた。
クーデリカもウレイリカも、起きている時に両親のことを口にしたことは一度もない。
アルシェを気遣っているのか、子供ながらに何かしら気付いているのかは分からない。
しかし心の奥底では両親を求めているのだろう。
(――――無理もない……か……)
まだまだ親に甘えたい盛りの年頃。
事情があったとは言え、それを引き離したのは誰でもない姉の自分なのだ。
アルシェは固く決心していることがあった。
二人が大きくなって、物事を自分で判断出来るようになったら全て話すと。
もしかしたら嫌われてしまうかも知れない。
あの家はもうどうしようもない状態だったと判断したけれど、その後どうなっていたか、本当の所はアルシェには分からない。幼い子供の時分に両親を切り離したのが姉だと知った二人はどう思うだろうか。それを思うと胸に穴が空いたように苦しくなる。
それでも、いつかは真実を話さなければならない。
それまでは親代わりとして二人を立派に育てなければならない。
ある人のおかげで得た大金は二人の将来のために貯金してあり、一切手をつけていない。
アルシェが働いて得た給金だけでこれまでやってきた。二人が立派に成人するまではそうしていくつもりだ。
炊事、洗濯、掃除に仕事。拙いながらも出来ることは手伝ってくれる二人だが、アルシェの仕事量はかなり多く、アルシェの毎日は、基本クーデリカとウレイリカを中心として過ごしている。
幸いというか、仕事は休みが結構多く取れるので休養も一応は取れている。
アルシェはもう『歴史に名を残す
二人から両親を奪った非道な自分が夢を叶えようなど、あまりにも自分勝手ではないか。
それでも構わない。
宝物である二人が何よりも大切。
自分のことなんてもう良いのだと、アルシェは自分に言い聞かせて、眠りにつく。
◆
ある日の休日。
「それでヘッケランったら、私が危ない! って言ってるのにトラップにひっかかっちゃってさ。その時の様子がこ~んな感じでさ。あ~思い出して笑えるわ~」
「――――それは私も見てみたかった」
アルシェは休日を利用してカフェレストランに来ていた。テーブルの対面には同じチームで活動していたイミーナが恋人の失敗談を面白おかしく話している。
ワーカーチーム“フォーサイト”は実質解散となっていた。
アルシェは妹の世話があるので危険なことは避けなければならない。万が一、アルシェの身に何かあれば、幼い二人がどうなることか。もしアルシェ自身がまだチームに居たいと言っても仲間は反対していたことだろう。
ロバーデイクは念願の孤児院の院長になっていた。
エ・ランテルでも活動自体は出来たのだろうが、王都では幾つも孤児院を建てる計画が発表されたため、こちらに移住してきた訳だ。今頃は大勢の子供に囲まれているのだろう。
ヘッケランとイミーナは新しい仕事を探すために王都に移住していた。
ただ、二人はまだはっきりとした道を決めてはいない。
今は冒険者用のダンジョンでなんとなく鍛えている状態だった。
軽戦士とレンジャーの二人だけという人手が足らない状態ではあるが、それならそれで見合った階層に赴けば良い。それだけでも十分な鍛錬となっているようだ。
「そのあとなんだけど――――」
紅茶を飲みながらイミーナの話を聞く。このように休みの日にはイミーナとよく会っていた。チーム自体は解散していても、仲間であることに変わりはなかった。
テラスに位置するこの場からは近くにある公園が良く見えていた。そこではクーデリカとウレイリカが楽しそうに遊んでいる姿が見える。
「それで、アルシェの方は大丈夫なの? その……何か私に手伝えることとか、ない?」
イミーナの話がある程度終わった所で、妙に神妙な顔付きで聞いて来る。
「――――問題ない。こうして休みもあるから体調を崩したりもしていない……だから、大丈夫」
「…………そっか。アルシェがそう言うのなら、お姉さんから言うことは特にないわ。でも無理しちゃダメよ。何かあったら私を頼りなさいよね」
「――――うん。感謝する」
例え体調を崩したとしても妹たちのためなら踏ん張れる気でいる。
イミーナはアルシェがほとんどの時間を妹たちのために費やしていることを知っている。自分のための時間などほとんどないことを気遣っているのだろう。
(いいんだ、このままで。二人が幸せになれるなら……私はどうなったって)
そうして日々を過ごしていたある日のこと。
魔導王からの使者がアルシェ宅に訪れ、アルシェに王城まで来るようにと、お達しが来るのだった。
アルシェは幸が薄そうな感じがする。