落第剣士と無限地獄【三】
「――ほれ、干し肉四枚だ。最近はこの辺りも物騒だからな、盗られねぇように注意しろよ。……って、おい兄ちゃん? 大丈夫か? おーい!」
ふと気付けば――
「あ、れ……?」
俺は確か都の
(それで……あれ……?)
そこから先の記憶が
なんだかよくわからないけど、頭の中に『モヤ』のようなものがかかっていた。
「おいおい、立ち
「す、すみません。ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、竹の皮に包まれたおいしそうな干し肉を受け取る。
俺はそれを懐深くにしまい込み、路肩に止めた荷車の方へ足を向けた。
(なんか変な感じだ……。長い間、ずっと夢を見ていたような気がする。もしかして、今のが
そうしてポリポリと頬を掻きながら、荷車を引き始めたその瞬間――けたたましい馬の
それと同時に、一台の馬車が目の前を駆け抜けていった。
(……ん?)
この光景には、何故だか見覚えがあった。
(確かこの後、馬車は急停車して……客車から身なりのいい男が、転がり落ちて来るんだったよな)
おそらくこれは、さっきの白昼夢で見た薄ぼけた記憶だろう。
(もしかしたら、
そんなあり得ないことを考えながら、荷車を引く手に力を込めたそのとき――馬車は急停車し、客車から身なりのいい男が転がり落ちてきた。
「だ、誰か、今すぐ『
彼は口の端から泡を吹きながら、焦点の合ってない目で叫び散らす。
「……え?」
背筋にうすら寒いものが走った。
さっきの白昼夢で見た光景が、現実のものとして起こったのだ。
「よ、『妖魔』が……大量の妖魔が出た……!
大国村に妖魔が出た。
その言葉を聞いた瞬間、信じられない情景が頭の中にフッと浮かんだ。
「な、なんだよ……
胸に大きな穴の空いた、血まみれの父さん。
遺体も残らないほど、無残に殺されてしまった母さん。
巨大な牛の化物に食い殺される時男と時子。
それは『ただの夢』と断じるには、あまりにも鮮明な記憶だった。
なんとも言えない、奇妙な現実感があった。
「もしかして……さっき見た白昼夢は本当に――」
俺はそこまで口にして、続きをゴクリと呑み込んだ。
(ば、馬鹿……そんなことあるわけないだろ……!)
これから父さんたちが殺されるなんて、そんな馬鹿なことあるわけがない。
(とにかく、急いで帰らないと……っ)
大国村は、俺の家から歩いて十分ほどの場所にある。
そこに妖魔の大群が押し寄せたということは――みんなが危ない。
俺は荷車を放り出し、全速力で駆け出した。
■
走った。
走って走って走り続けた。
(父さん、母さん、時男、時子……っ)
頼む。
頼むからみんな、無事でいてくれ。
家族の無事を一心に願いながら、ただただ死ぬ気で足を動かし続けた。
それからほどなくして、とある『違和感』に気付いた。
(……体が、軽い……?)
まるで翼でも生えたかのように体が軽い。
地面を蹴るごとに体がグングン前へ進み、景色はみるみるうちに変わっていく。
そうして俺は、普段なら数時間とかかる道をわずか三十分ほどで走り抜き――あっという間に自宅のすぐそばまでたどり着き、そこで大きく目を見開いた。
「み、
五メートルを超える巨大な体。
その右手には、まるで大木のような棍棒が握られている。
そんな世にも恐ろしい化物と
両者はちょうど
家の方に目を向ければ――母さんが時男と時子の手を引いて、裏口から逃げようとしていた。
(よ、よかった……っ)
ひとまずみんなの無事を確認した俺は、ホッと胸を撫で下ろす。
するとその直後、
「火ノ太刀・
父さんの刀は灼熱の業火を帯び、その刀身は鮮やかな真紅へと染まっていった。
(出たぞ、『火の太刀』だ!)
火の因子を
しかし――その一撃が放たれることはなかった。
「火の太刀・
父さんは突然激しく咳き込みだし、その場にうずくまってしまった。
「何故、こんなときに……っ」
口を押さえる彼の手には、べったりと赤黒い血が付着している。
どうやら持病の発作が起きてしまったようだ。
「ギュモモモモ……ッ!」
そして――。
「ギュウ……モッ!」
なんの
「
父さんの苦渋に満ちた呟きが響いたそのとき、考えるよりも先に体が動いていた。
俺は自分でも信じられないような速度で化物の正面へ移動し――迫りくる棍棒を右腕一本で受け止める。
「ギュ、モ……ッ!?」
その瞬間、全てがシンと静まり返った。
それはとても不思議な『空白の時間』だった。
確定した未来・定められた運命・神の決定事項、それらが一気にひっくり返され、世界が
まるで時が止まったのかと錯覚するような静寂の中、
「と、時近……なのか……?」
父さんは信じられないと言った風に、そう問い掛けてきた。
「――ただいま、父さん。無事でよかった」
一瞬だけ彼の方を振り返った後、すぐに視線を正面へ戻せば――ちょうど化物と目が合った。
相手は五メートル以上もの巨大な妖魔。
俺みたく、なんの因子も持たない落第剣士が勝てる相手じゃない。
それなのに……不思議と恐怖はなかった。
ただその代わり、『別の感情』がふつふつと湧いてくるのだ。
「……なんでだろうな。お前の顔を見ていると、無性に腹が立ってくるよ」
俺が
「ギュモッ!?」
化物は顔を引きつらせ、大きく後ろへ跳び下がった。
「ぎゅ、ギュゥウウウウ……ッ!」
奴が地鳴りのような唸り声をあげると、鋼のような筋肉に太い血管が浮かび上がり、その巨大な体がさらにもう一回り大きくなった。
どういうわけか、俺のことを強く警戒しているようだ。
「に、逃げろ、時近! こいつはとんでもなく強力な妖魔なんだ! 間違っても、お前のような子どもが勝てる相手じゃない!」
父さんは発作に苦しみながらも、必死にそう叫んだ。
常識的に考えるならば、彼の言うことは正しい。
だけど、どうしても
頭ではなく、体が。
理屈ではなく、心が。
『絶対にここで逃げるな』と強く叫んでいるのだ。
俺は大きく息を吐き出し、目の前の
「――
奴と
俺はゆっくりと腰の方へ、時渡の刀へ手を伸ばす。
千年間、誰にも抜くことのできなかった伝説の一振り。
それが何故か、恐ろしいほどよく手になじんだ。
「ギュル゛ル゛ル゛ル゛……ッ!」
強靭な四本の手足でしっかりと大地を掴み、頭部の
(『全体重を乗せた最速の突進』、か)
原始的な攻撃だが、それ故に厄介だ。
あの巨体から繰り出される一撃は、
「ふぅー……っ」
俺は小さく息を吐き出し、居合の構えを取る。
すると、
「真っ向勝負……!? 時近、いったい何を考えているんだ!? 絶望的な『体格の差』、を……げほげほ……ッ」
父さんは顔を真っ青に染め、口から血を吐き出した。
(……急がないとな)
俺は静かに精神を整え、『自分の剣』に集中する。
(――重心を真下へ置き・頭を上げて視界を広げ・強靭な精神力を持って迎え撃つ)
剣術の『基本』かつ『極意』であるその姿勢が、何故か体の芯にまで刻み込まれていた。
「時近……お前……ッ!?」
俺の構えを目にした父さんは、一瞬だけ驚愕の声をあげたが、その後はただジッと戦いの行方を見つめる。
俺と
「――ギュ、モォオ゛オ゛オ゛オ゛ンッ!」
はち切れそうなほど膨張させた
それに対して俺は――最速の一撃をもって迎え撃つ。
「黒の太刀・
刹那、
「ぎゅぅ、も……?」
迫りくる巨大な
※とても大事なおはなし!
これにて『落第剣士と無限地獄』編、堂々の完結!
また明日より新章開幕です!
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