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落第剣士の剣術無双~無限地獄を突破した俺は、気付いたら最強になっていた~ 作者:月島 秀一
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落第剣士と無限地獄【三】

「――ほれ、干し肉四枚だ。最近はこの辺りも物騒だからな、盗られねぇように注意しろよ。……って、おい兄ちゃん? 大丈夫か? おーい!」


 ふと気付けば――露店(ろてん)の主が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「あ、れ……?」


 俺は確か都の神園(かみぞの)へ野菜を売りに来て、それから干し肉を買って……それで……。


(それで……あれ……?)


 そこから先の記憶が曖昧(あいまい)というか、どこかチグハグというか……。

 なんだかよくわからないけど、頭の中に『モヤ』のようなものがかかっていた。


「おいおい、立ち(くら)みでもしてんのか? ったく、まだ若ぇのにしょうがねぇ奴だな……。ほれ、今回は特別に一枚多めに入れといてやるよ。干し肉五枚、これ食って栄養付けて元気だしな!」


「す、すみません。ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げ、竹の皮に包まれたおいしそうな干し肉を受け取る。

 俺はそれを懐深くにしまい込み、路肩に止めた荷車の方へ足を向けた。


(なんか変な感じだ……。長い間、ずっと夢を見ていたような気がする。もしかして、今のが白昼夢(はくちゅうむ)ってやつなのかな……?)


 そうしてポリポリと頬を掻きながら、荷車を引き始めたその瞬間――けたたましい馬の(いなな)きが響く。

 それと同時に、一台の馬車が目の前を駆け抜けていった。


(……ん?)


 この光景には、何故だか見覚えがあった。


(確かこの後、馬車は急停車して……客車から身なりのいい男が、転がり落ちて来るんだったよな)


 おそらくこれは、さっきの白昼夢で見た薄ぼけた記憶だろう。


(もしかしたら、正夢(まさゆめ)だったりしてな)


 そんなあり得ないことを考えながら、荷車を引く手に力を込めたそのとき――馬車は急停車し、客車から身なりのいい男が転がり落ちてきた。


「だ、誰か、今すぐ『無限隊(むげんたい)』を呼んでくれ……!」


 彼は口の端から泡を吹きながら、焦点の合ってない目で叫び散らす。


「……え?」


 背筋にうすら寒いものが走った。


 さっきの白昼夢で見た光景が、現実のものとして起こったのだ。


「よ、『妖魔』が……大量の妖魔が出た……! 大国(おおくに)村のすぐ傍だ! ここにも来るかもしれない! だから早く、無限隊に連絡してくれ!」


 大国村に妖魔が出た。

 その言葉を聞いた瞬間、信じられない情景が頭の中にフッと浮かんだ。


「な、なんだよ……これ(・・)……!?」


 胸に大きな穴の空いた、血まみれの父さん。

 遺体も残らないほど、無残に殺されてしまった母さん。

 巨大な牛の化物に食い殺される時男と時子。


 それは『ただの夢』と断じるには、あまりにも鮮明な記憶だった。

 なんとも言えない、奇妙な現実感があった。


「もしかして……さっき見た白昼夢は本当に――」


 俺はそこまで口にして、続きをゴクリと呑み込んだ。


(ば、馬鹿……そんなことあるわけないだろ……!)


 これから父さんたちが殺されるなんて、そんな馬鹿なことあるわけがない。


(とにかく、急いで帰らないと……っ)


 大国村は、俺の家から歩いて十分ほどの場所にある。

 そこに妖魔の大群が押し寄せたということは――みんなが危ない。


 俺は荷車を放り出し、全速力で駆け出した。



 走った。

 走って走って走り続けた。


(父さん、母さん、時男、時子……っ)


 頼む。

 頼むからみんな、無事でいてくれ。


 家族の無事を一心に願いながら、ただただ死ぬ気で足を動かし続けた。


 それからほどなくして、とある『違和感』に気付いた。


(……体が、軽い……?)


 まるで翼でも生えたかのように体が軽い。

 地面を蹴るごとに体がグングン前へ進み、景色はみるみるうちに変わっていく。


 そうして俺は、普段なら数時間とかかる道をわずか三十分ほどで走り抜き――あっという間に自宅のすぐそばまでたどり着き、そこで大きく目を見開いた。


「み、牛頭鬼(ミノタウロス)……!?」


 牛頭鬼(ミノタウロス)――(いか)めしい牛の頭と屈強な人間の体を併せ持つ妖魔だ。

 五メートルを超える巨大な体。

 その右手には、まるで大木のような棍棒が握られている。


 そんな世にも恐ろしい化物と対峙(たいじ)するのは、真紅の刀を握り締めた父さんだ。

 両者はちょうど縁側(えんがわ)の辺りで、激しく視線をぶつけ合っている。


 家の方に目を向ければ――母さんが時男と時子の手を引いて、裏口から逃げようとしていた。


(よ、よかった……っ)


 ひとまずみんなの無事を確認した俺は、ホッと胸を撫で下ろす。


 するとその直後、


「火ノ太刀・参式(さんしき)――」


 父さんの刀は灼熱の業火を帯び、その刀身は鮮やかな真紅へと染まっていった。


(出たぞ、『火の太刀』だ!)


 火の因子を(たぎ)らせた彼の斬撃は、数多の妖魔を斬り伏せてきたと聞いている。


 しかし――その一撃が放たれることはなかった。


「火の太刀・(さん)し、き――火炎ぐる、……げほ、ゴホゴホ……ッ!?」


 父さんは突然激しく咳き込みだし、その場にうずくまってしまった。


「何故、こんなときに……っ」


 口を押さえる彼の手には、べったりと赤黒い血が付着している。

 どうやら持病の発作が起きてしまったようだ。


「ギュモモモモ……ッ!」


 牛頭鬼(ミノタウロス)は父さんを嘲笑うかのように肩を揺らし、その太ましい右腕を天高く掲げた。


 そして――。


「ギュウ……モッ!」


 なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく、巨大な棍棒が振り下ろされる。


千代(ちよ)時近(ときちか)時男(ときお)時子(ときこ)……すまない……っ」


 父さんの苦渋に満ちた呟きが響いたそのとき、考えるよりも先に体が動いていた。


 俺は自分でも信じられないような速度で化物の正面へ移動し――迫りくる棍棒を右腕一本で受け止める。


「ギュ、モ……ッ!?」


 その瞬間、全てがシンと静まり返った。


 それはとても不思議な『空白の時間』だった。

 確定した未来・定められた運命・神の決定事項、それらが一気にひっくり返され、世界が(きょ)()かれたかのような――刹那にも満たない空白の時間。


 まるで時が止まったのかと錯覚するような静寂の中、


「と、時近……なのか……?」


 父さんは信じられないと言った風に、そう問い掛けてきた。


「――ただいま、父さん。無事でよかった」


 一瞬だけ彼の方を振り返った後、すぐに視線を正面へ戻せば――ちょうど化物と目が合った。


 相手は五メートル以上もの巨大な妖魔。

 俺みたく、なんの因子も持たない落第剣士が勝てる相手じゃない。


 それなのに……不思議と恐怖はなかった。


 ただその代わり、『別の感情』がふつふつと湧いてくるのだ。


「……なんでだろうな。お前の顔を見ていると、無性に腹が立ってくるよ」


 俺が牛頭鬼(ミノタウロス)を睨み付ければ、


「ギュモッ!?」


 化物は顔を引きつらせ、大きく後ろへ跳び下がった。


「ぎゅ、ギュゥウウウウ……ッ!」


 奴が地鳴りのような唸り声をあげると、鋼のような筋肉に太い血管が浮かび上がり、その巨大な体がさらにもう一回り大きくなった。


 どういうわけか、俺のことを強く警戒しているようだ。


「に、逃げろ、時近! こいつはとんでもなく強力な妖魔なんだ!  間違っても、お前のような子どもが勝てる相手じゃない!」


 父さんは発作に苦しみながらも、必死にそう叫んだ。


 常識的に考えるならば、彼の言うことは正しい。


 だけど、どうしても退()くわけにはいかなかった。


 頭ではなく、体が。

 理屈ではなく、心が。

『絶対にここで逃げるな』と強く叫んでいるのだ。


 俺は大きく息を吐き出し、目の前の牛頭鬼(ミノタウロス)と向き合う。


「――この前は(・・・・)随分と(・・・)好き放題(・・・・)やって(・・・)くれたな(・・・・)


 奴と対峙(たいじ)するのは、これが初めのはずなのに自然とそんな言葉がこぼれ出た。


 俺はゆっくりと腰の方へ、時渡の刀へ手を伸ばす。

 千年間、誰にも抜くことのできなかった伝説の一振り。

 それが何故か、恐ろしいほどよく手になじんだ。


「ギュル゛ル゛ル゛ル゛……ッ!」


 牛頭鬼(ミノタウロス)は巨大な棍棒を投げ捨て、四足獣(しそくじゅう)特有の構えを見せる。

 強靭な四本の手足でしっかりと大地を掴み、頭部の双角(そうかく)をこちらへ向けたその体勢は、『次の行動』をはっきりと示していた。


(『全体重を乗せた最速の突進』、か)


 原始的な攻撃だが、それ故に厄介だ。

 あの巨体から繰り出される一撃は、途轍(とてつ)もない破壊力を誇るだろう。


「ふぅー……っ」


 俺は小さく息を吐き出し、居合の構えを取る。


 すると、


「真っ向勝負……!? 時近、いったい何を考えているんだ!? 絶望的な『体格の差』、を……げほげほ……ッ」


 父さんは顔を真っ青に染め、口から血を吐き出した。


(……急がないとな)


 俺は静かに精神を整え、『自分の剣』に集中する。


(――重心を真下へ置き・頭を上げて視界を広げ・強靭な精神力を持って迎え撃つ)


 剣術の『基本』かつ『極意』であるその姿勢が、何故か体の芯にまで刻み込まれていた。


「時近……お前……ッ!?」


 俺の構えを目にした父さんは、一瞬だけ驚愕の声をあげたが、その後はただジッと戦いの行方を見つめる。


 俺と牛頭鬼(ミノタウロス)は、しばらく睨み合いを続け――化物が動き出した。


「――ギュ、モォオ゛オ゛オ゛オ゛ンッ!」


 はち切れそうなほど膨張させた大腿部(だいたいぶ)を解き放ち、まるで弓矢の如きとてつもない速度で突き進んできた。


 それに対して俺は――最速の一撃をもって迎え撃つ。


「黒の太刀・壱式(いっしき)――闇夜(あんや)一閃(いっせん)


 刹那、闇夜(やみよ)に走る閃光の如き斬撃が、


「ぎゅぅ、も……?」


 迫りくる巨大な牛頭鬼(ミノタウロス)を、一刀のもとに両断したのだった。

※とても大事なおはなし!


これにて『落第剣士と無限地獄』編、堂々の完結!

また明日より新章開幕です!


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