仕込み素人

わたしはその日、テレビ局のスタジオにいた。
この地方のローカルバラエティ番組の素人出演者として。
こんなぬるいのは柄じゃないんだけど、
こないだ局でADをやってる兄貴から
「番組で捜してんだけど、ギャルっぽいシロートがつかまんないんだよ。頼む」
とかなんとか美味いものと現生数枚で釣られた手前、
断ることができなかった。ちくしょう。

「こんばんわー今週も『ガッコさいぐべ!』元気にいぐべし!」
司会の男性局アナが声を張り上げる。
「まずはこちらのコーナー!GAL更生催眠術者吉田講師!!」。
観覧席からぱらぱらと拍手が聞こえた気がする。
楽屋で聞いた感じだと、タイトルそのままに、
わが地域のギャルを講師にふんした地元タレントが
「まともに戻す」のが笑いどころとか。どこかで聞いたような企画だが、
体裁ばかりぱくってもキー局のようにはいかない寒いテンションのスタジオ。
ぬるいんだよ。

「…今週はこの子だど、どうぞ!」
出番だ。わたしはスポットライトを浴びつながら、
高いテンションを装う局アナをにらみつけカメラの前に躍り出る。

「趣味は?」
「好きな歌手は?」
ありきたりで投げやりな質問に
「あぁ!?」と、少し大げさに毒づいてみる。

スカーフを取り外した紺セーラーに、ひざ上15㌢のミニスカ。
ほとんどマンバそのもののファンデに、アイメークも全開。
ピアスは両耳に2つずつ。
「いつも通りでもいいし、もっと張り切ってもいいんだよ」
と兄貴から言われたから、ここ最近のいつもの格好だ。
校則はゆるいから気にしたことはない。
普段はかないスーパールーズだけは、少しそれっぽくするために買ったけど。

「どーもー!吉田です」
まばらな拍手の中、司会者よりは暗いテンションで「催眠術師」が登場した。

「きみがしほちゃんかい?その格好は校則で認められてるのかな?
 2年生でしょ?そろそろ受験だよね。きょうからまじめになって
 一生懸命勉強しようね」

こっちは言葉が出ない。やめてくれ。
すごいうざいから。早く終われ、こんな糞番組。

「したら、そっちさ行っで着替えでみてけ、へばの~♪」
司会者に急かされ、着替えの部屋に誘導される。
別なコーナーで時間つぶすそうだけど、
にしても20分かそこらで着替えないといけないらしい。時間だいじょ・・

「ねえ」
 
はっと振り向くと、薄笑いを浮かべた吉田が棒立ちになっていた。
その手には、うちの学校の生徒手帳。ってかわたしのだ。

「君の学校の規則はじつによくできてるね。ちゃんと読み込んで
 この通りの服装になれば、もっともっと君はかわいくなれるのになぁ」

「やろっ、人の物を」

「分かった分かった悪かった、返すから。だから、
 今開いてるそこのページ、もう一回読んでみてよ」

「んだよ…『第2条、本校女子生徒の服装は、
 勉学に励む立場にふさわしいものとし、華美なものは慎むこと』
 …それがどうした?」

「どうしたもこうしたも、君の服装を君自身はどう思うかい?」

わたしは、はっとして、姿見を見やり、自分の姿に愕然とした。
ごてごてと塗りたくった褐色のファンデーション、厚ぼったいつけまつげ、
ゴマでも振り掛けたようなマスカラ。白いアイライナーとリップグロスが
かえって毒々しい。華美を通り越して、まるで妖怪みたいだ。最悪だ!

「続きの校則を読み上げてみたまえ」

「えっ。は、はい…!」

「しほちゃんはどうなったべな。へば呼んでみるよ、どうぞ!」

司会者さんの声を合図に、私はゆっくりとスタジオに再登場した。
拍手がいつもまばらだった客席が、おぉ、とにわかにどよめいた。

「なんだばー!すごい変身だびょん!!」
「そうです?きちんと校則を守ったらこうなっただけですが…」
 
私は思ったままに打ち明けた。だって、あの部屋で
吉田さんと再確認したことを守っただけだもの。

『地毛からの脱色・染色は認めない』
『髪型は耳たぶのラインのおかっぱを推奨する。
 前髪は眉上3㌢より短くし、後ろ髪は軽く刈り上げること』
『化粧、ピアス類は理由の有無を問わず絶対禁止』
『制服の改造は一切認めない』
『スカートはひざ下5㌢を極力遵守すること』
『己の立場をわきまえた言葉づかいを心掛けよ』・・・。
私たちが、学生の本分を通すために当然、死守すべきルールなのだから。

いつ以来だろう。家の外ですっぴんでいるなんて。
それがこんなにすがすがしいなんて!

「ご両親に対して一言あるかな?」

司会者さんのストレートな問い掛けで、どっと涙があふれてきた。
でも、私は正直に今の心境を申し上げた。
「今まで変な格好をしていて本当にごめんなさい。
 でも、志保は今日から生まれ変わりました。
 一生懸命勉強して、学費がかからないように…
 できれば、どこかの国立大学ぐらいには入りたいです」

涙があふれてきたけれど、万雷の拍手の中、私の出番は終わった。

スタジオの隅から兄貴・・・いいえ。お兄ちゃんが笑いながら歩み寄ってきた。

「いろいろあったけど、しーちゃんが一番好きだよ」
「私も!こんな私を許してくれる、優しいお兄ちゃんが大好きだよ!」

何年かぶりだ。お兄ちゃんをお兄ちゃんと素直に呼んだのは。
私は何のわだかまりを持っていたのだろう。何に拘っていたのだろう。
それが何だったのかはよく覚えていない。いずれにしても、
これからの人生はお兄ちゃんと一緒に歩んでいこう。


それから、私はお兄ちゃんの助言に従って、不良みたいな私物を全部捨て去った。
服はお兄ちゃんが買ってくれる。お勉強も教えてくれる。
髪も風呂場でお兄ちゃんが切ってくれる。下の方のむだ毛も剃ってくれる。
最近は毎晩、お兄ちゃんと「きまり」を確認してから一緒に寄り添って寝る。
友だちはいろいろと言うけど、私は今が一番幸せだ。
だって、私はお兄ちゃんの所有物なのだから・・・!


俺は、堕落した妹を立ち直らせてくれたあの人に感謝している。
処女だけはあの人に捧げなければならない契約になっているが、
今はそんなのどうだっていい…。俺の妹が、戻ってきたんだから問題じゃないんだ。

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