ぼくらのピュアエンジェル

1.

満月の夜には、魔界と人間界を繋ぐ異界の穴が開く。
人間の女性の肉と精を食らうため、魔族はその穴から侵入する。
多くの民衆はそれを知らないが、人知れず、人間界の安寧を守るために
魔族と戦う者たちもいる。
サイキック戦隊ホーリー・エンジェルズも、そんな戦士たちである。

「そこまでよ!」
真夜中の誰もいない埠頭コンビナートに、凛とした少女の声が響いた。
気絶したOL風の女性を抱きかかえ、今にもその喉もとに食いつかんとしていた
魔族種の牡が、ぎろりと赤い目で振り向いた。その口元は大きく耳まで裂け、
尖った牙と、長く紅い舌がしゅるしゅると見え隠れしている。
「その女性を離しなさい!」
叫んだ少女の名は、鹿島雪菜。
まだ15歳ながら、彼女はホーリー・エンジェルズの若きリーダーだ。
その類い稀なるサイキック能力をもって、正義の戦士・ピュアエンジェルに
変身する。
「…邪魔をするなぁ、小娘ぇ…」
喉からぐるる…という唸り声を上げ、魔族種の牡は雪菜に向き直った。
「ホーリーストール!」
雪菜は右手を宙に高々とかざして、叫んだ。
空間に存在するあらゆるエネルギーが彼女に味方する。
美しい虹色の閃光が煌いたかと思うと、次の瞬間、彼女は青い戦闘スーツに
サンバイザー、青いマントを装着したピュアエンジェルに変身していた。

2.

魔族種の牡の赤い目が、さらに爛々と光った。
ピュアエンジェルは、ふと小首を傾げた。
目の前の魔族が、魔族強の戦士・ブラックスカルの容貌を髣髴とさせていたからだ。
「もしやお前は…ブラックスカルの、血族か」
ピュアエンジェルが言うと、魔族はシャッシャッ…と気味の悪い笑い声を立てた。
「弟から聞いているぞ、鹿島雪菜ことピュアエンジェル…成程、美味そうな女だぁ」
魔族種の牡は、ピュアエンジェルの均整の取れた美しい肢体に食指をそそられたのか、
捕らえたOLを放り出し、ゆっくりとピュアエンジェルに歩み寄る。
「…ダークスカルの兄か、お前が」
ピュアエンジェルは油断なく、いつでも戦闘に入れるように身構えながら言う。
「シャッシャッシャッ……そうよ、我が名はダムドスカル。覚えておけぇ」
漆黒のマントの下から、ダムドスカルの両手が覗いた。ひと掻きで人間の肉を
切り刻むことの出来る鋭く尖った爪が満月に照らされて光る。
「…マジで、美味そうな女だぁぁ…シャァッァァァァーーー!!!」
跳躍。ダムドスカルは凄まじい勢いでピュアエンジェルに上空から襲い掛かる。
グシャアッ。
真夜中の埠頭に、激しい打撃音が響く。
だが、ダムドスカルの凶悪な爪は、空しくコンクリートに食い込んだだけだった。
ふわりと宙に舞ったピュアエンジェルは、同じく音も無くダムドスカルの後方に
舞い降りていた。
「…その無駄な膂力だけがお前の持ち味なの?ダムドスカル」
言われて、ダムドスカルが目を赤くギラギラ光らせて振り向く。
ピュアエンジェルは、満月を背にして、微笑していた。

3.

グルルゥ、とダムドスカルの喉から、憎憎しげな唸り声が響く。
「小娘ぇ……なんと言ったぁ?」
「…その馬鹿力だけが取り得なの、と聞いたのよ。ダムドスカル」
挑発され、ダムドスカルは怒りの色を目にたぎらせた。
「おのれぇぇ!食らえぃ……ニードラ!!」
攻撃呪文を唱えると、ダムドスカルの掌から何万本という細かいミクロの針が
ピュアエンジェルに奔流となって襲い掛かった。
だが、ピュアエンジェルはそれを目前にしても、避けようとはしない。
その代わりに、彼女は襲い来る針の群れに掌をかざし、叫んだ。
「…エクステクオン!」
…バリバリバリ!!
青と白の閃光が煌き、周囲を、ひととき真昼のように照らした。
闇が戻った時、ダムドスカルの放った針はすべて消失していた。
ダムドスカルの表情に、焦慮の色が走る。
「…弟よりも、能力は劣るのね」
ピュアエンジェルは、ずい、と足を踏み出した。
魔族。罪も無い人間を、それもことさら女性を好んで攫い、嬲り、犯し、そしてその
精を吸い尽くしては殺す、残虐な生物。
決して許すことは出来ない。
これまでの戦いの中で何人かを、救うことが出来なかった。
ピュアエンジェル達の目の前で事切れていった犠牲者たちもいた。
ピュアエンジェルの目に、正義の怒りが満ちた。
「次は私の番よ、ダムドスカル!」
彼女は、ダムドスカルに向かって疾駆する。
走りながら、腰のサイキックソードを引き抜いた。
類い稀なる彼女のサイキックエネルギーに反応したソードが力強いレーザ光を走らせる。
「…グルルルゥ!…おのれぇ……ピュアエンジェルゥゥゥ!!!」
ダムドスカルも攻撃の態勢を取り、鋭い爪をかざして走り出した。


4.

バシャアーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
善と悪の力が、激しくぶつかり合う音が響いた。
だが、その能力の差は明らかだった。
「グギャァオゥウゥゥゥ!!!」
胸から腰にかけて、サイキックソードに切り裂かれた
ダムドスカルの、耳をつんざくような断末魔の悲鳴が轟いた。
ピュアエンジェルは、やや息を弾ませて振り返る。
どおおん…と体長2メートル以上はある魔族が、ゆっくりと地に倒れ伏した。
「お、おの…れぇ……ピュ…ア…エンジェ…ルゥ……」
ダムドスカルは必死に起き上がろうとするが、もはやその身体からは力という力が
一秒ごとにこぼれ落ちていく。
ピュアエンジェルのサイキックソードの切っ先が、ダムドスカルの頭上に
突きつけられていた。
「…せめてもの慈悲よ。さあ、封印してあげる」
ピュアエンジェルは、ダムドスカルを見下ろして言う。
「封…印…など…されてぇ…たまるもの…かぁぁ…まだまだ…俺は人間の女をぉ…」
憎しみに満ちた目で、ダムドスカルはピュアエンジェルを見上げてくる。
「覚悟はいいわね」
ピュアエンジェルが封印呪文を唱えようとしたまさにその時、急にダムドスカルは、
哀れっぽい声を上げた。
「…ま、待ってくれぇ…」
「…何? 最後に言うことがあるなら…聞いてあげる」
「…ふ、封印は、しないで…くれぇ…ま、魔界の弟に…お、俺の亡骸を…せめて…」
「…」
震える手を、拝むように合わせ、ダムドスカルは哀願した。
ピュアエンジェルに、一瞬の躊躇が生まれる。
しかし、瀕死のダムドスカルは、強力な毒を含む尻尾を伸ばし、
ピュアエンジェルの背後からそれを突き立てようと狙っていた。
彼女を死出の道連れにしようとして。
…ビシュッ!
そして、尻尾の毒針が、背後からピュアエンジェルを襲った。


5.

ビシイッ!
「…ギャァァァァアァ!!!!!」
だが、醜悪な悲鳴を上げたのは、ダムドスカルの方であった。
「雪菜!」
緑色の戦闘スーツにサンバイザー。腰まで伸びた長い黒髪。緑色のマント。
クリスタルエンジェルがそこに立っていた。
彼女の手には、危機一髪のところでピュアエンジェルを毒針から救ったブーメランが
握られていた。
「…理絵ちゃん!」
ピュアエンジェルは、いつもの呼び名でクリスタルエンジェルを呼ぶ。
「油断しちゃダメ!封印をっ」
ピュアエンジェルよりも、一つ年上のクリスタルエンジェル。
リーダーはピュアエンジェルだが、ホーリー・エンジェルズのメンバーにとって
いつも頼りになる姉のような存在がクリスタルであった。
ピュアエンジェルは我に帰ると、のたうち回るダムドスカルに向けて封印呪文を唱える。
「プリファイ!闇に滅せよ!」
…バリバリバリバリバリッ!!
空間に青く輝く球体が出現し、その輝きの中にダムドスカルが引きずられ、飲み込まれて

いく。
「ギャアアッ…ウガァァァァッ!…お…のれ、おのれぇぇピュアエンジェルゥゥ!!」
最後の足掻きで、この世に留まろうとしたダムドスカルは強力な球体の中に、やがて
悲鳴を残しながら、吸い込まれていった。
そして、満月の、何も無かったような夜が、戻ってきた。


6.

「大丈夫?雪菜」
変身を解いた理絵が、雪菜のそばへ駆け寄る。
「ケガはない?」
同じく普通の少女の姿に戻った雪菜は、にっこりと頷いた。
「うん。大丈夫だよ、理絵ちゃん。助けに来てくれたんだね」
雪菜が無事だと分かると、ホッとしたように、初めて理絵は雪菜を叱った。
「ひとりで戦っちゃダメだって言ったでしょう?」
「…ごめんなさい」
「いつまでも無鉄砲じゃダメよ。雪菜はリーダーでしょう?」
勝ち気な雪菜は、時折、こうして突っ走りすぎる時がある。
リーダーになれば、全体を見渡してくれるようにもなるだろう。
そう思って、本当は自分が薦められたリーダーの座を、雪菜に譲った理絵だった。
「…まったく、もう」
理絵は、人差し指でこつん、と雪菜の額を小突いた。
(この子はとても強い。…でも、それがいつか裏目に出なければいいけれど)
そんな思いがふと頭をよぎったが、理絵は優しく雪菜に微笑みかけた。
「さあ…帰ろう?」
「うん!」
雪菜はにっこりと笑うと、甘えるように理絵の腕に掴まるのだった。

…雪菜と理絵が去り、しばらくの時が経った埠頭。
ふわり、と虚空から舞い降りた一つの黒い影があった。
「兄者……」
ダムドスカルが最後に残した残留思念が、その最期の様子を彼に伝えていた。
「おぉ…兄者…やられたのか…あの小娘どもに……」
ダムドスカルの残留思念は、ピュアエンジェルの凛々しい戦い振りを、克明に
伝えてきた。
「…おのれ…ピュアエンジェル…鹿島雪菜…」
ダークスカル。
魔族最強の戦士は、復讐の炎に燃えた真っ赤な目を、暗い空へと向けた。
「覚えているがいい…。ピュアエンジェル…。必ず、必ずお前を……」
ウオオオオッ…と野獣のような呪いの咆哮が、闇を裂いた。

鹿島雪菜がダークスカルに忠誠を誓う、二ヶ月前の夜の出来事であった。

(おわり)