将棋っ子SS
敵の城を目の前にして、歩美(あゆみ)は意気込むどころか、漠然とした不安感にさいなまれていた。
敵方の兵士たちが城の門を守っているのが見える。堅い守り。兵士たちに囲まれた城を崩すのは容易ではないだろう。
城はとても大きく、圧倒的な威圧感を外部に放っていた。夜の暗黒に同化する漆黒の城。
闇を味方に引き込んだ、この城の魔力に歩美は完全に呑まれていた。
城を囲うように覆う森の中。その中の草むらの中に、歩美は身を隠し、味方の到着を待っていた。
体は、抑えがきかないほどガタガタと震えている。手に握った刀が、激しく上下に動く。
冷汗が絶えず背中を撫でるように流れていく。敵に見つかるかもしれないという恐怖が歩美を支配していた。
落ち着かなくてはいけない。歩美は、尊敬する先輩である銀鈴(ぎんれい)の言葉を思いだした。
歩美が、彼女に初陣の不安を打ち明けた時のことだ。
「しっかりしなくちゃと思っているんです。でも、実際に敵を見たときのことを考えてしまうと、もうどうしようもなく、
不安になるんです・・・。先輩、先輩なら、こんなこと、ないですよね・・・?」
4つ歳の上の銀玲を、歩美は誰よりも尊敬し、姉のように慕っていた。強くて、カッコ良くて、そしてとても優しい銀鈴先輩。
彼女にだったら、歩美はなんだって打ち明けることができた。
歩美の言葉を聞くと、銀鈴はいつもの太陽のような笑顔でこう答えた。
「私も、初めてのときはとっても怖かったよ。弱い私なんて、いつ敵に捕まってもおかしくない。そう思うとどうしようもなくて。でも、自信を持って戦い続けると、きっとなんとかなる。
いざというとき、一番頼りになるのは自分なんだから、常にそのいざというときのために自分を強く信じてあげて。」
そういった後、彼女は歩美の頬を軽くなでた。とてもあたたかい掌の感覚と、湧き出る安心感を歩美はかみしめた。
なにかあったら、絶対にわたしがあなたを救けだす、あのときのように・・・。
銀鈴と歩美の、かけがえのない大切な思い出。
今、歩美は宿敵・莱玉(らいぎょく)の城の前にいる。知略の鬼、氷の女王、天下に愛された女将軍・・・。
様々な名で呼ばれる女将軍、莱玉は雷光の如き速さで他国を侵略し、勢力を拡大していった。
数多くの国が、彼女の血となり糧となったのである。
歩美や銀鈴の住む王歌(おうか)国にも、その魔手がのびてきた。ただ平和に、争いもなく過ごしてきた。
なのに、なぜこの国が莱玉に狙われなければならないのだろう。莱玉は殺戮と侵略の果てに、一体何を求めるのか。
貪欲に拡大していく莱玉軍に対し、王歌国はこれまで防戦一方だったものの、ついに反撃にでることになった。
この戦いは、王歌国の命運を握る戦いなのである。
その大事な戦いのなかで、仲間たちも、みんな不安を抱えながら戦いに挑んでいる。私だけ、隅で震えているわけにはいかない。
歩美が、自身の恐怖心と闘っているとき、彼女の背後で音がした。木の葉を靴で踏みしめた時の音。
思わず歩美は後ろを振り返った。周りをきょろきょろと見渡す。確かに誰かが自分の後ろにいたはずだ。
まるで森の静寂を掻き消すかのような、まるで歩美に聞かせるような、とても大きな音だった。でも、振り返っても誰もいなかった。
気のせいだったのかもしれない。森のなかだから、動物が走って音をたてることもあるだろう。歩美は、自分の臆病さを心の中でわらった。
歩美の心に、安心感という、完全な隙がうまれた。
首に衝撃が走る。視界が黒くかすんでいった。体が地面に引き付けられるように歩美は感じた。
地に伏した時、彼女はすでに気を失い、闇のとりことなってしまっていた。
彼女が先ほどまで確かに見ていた莱玉の城。それが跡形もなく、まるで一夜の幻のように消えたのは、それから少し後のことである。
ふっと、意識を覆っていた闇のベールが取り払われた。ゆっくりとまぶたを開く。
石の壁が目に入った。冷たい印象を与える、無愛想な壁。
鉄格子がはめられているのを見たとき、自分がどこかの牢屋にいるのだということが、おぼろげながらも分かってきた。
「やっと目を覚ましてくれたわね」
楽しげに笑う女の声がした。美しくも、妖しい声。
「ここは・・・どこ?」
疑問が歩みの口からもれた。
だんだん、自分の置かれている状況がわかってくる。歩美はこの牢屋の中で拘束されていた。
両腕は、天井からたらされている鎖に吊るされて、バンザイの姿勢をとっている。
足首には、重い鉄球とセットになった錠がつけられているために、うまく動かすことができない。股は、だらしなく開かれていた。
歩美が自分の体を見ようと下を向くと、体全体が一糸まとわぬかっこうで外気にさらされているのが見えた。
未成熟な、小さくふくらんだ胸が、呼吸をするにつれてゆったりとした動きで上下している。
下半身の女の部分も何もかも、すべて残らずさらしだすそのかっこうに、歩美は羞恥を覚えた。
顔が真っ赤に染まるのを感じた。隠そうとしても、体の動きを封じられているために叶わない。
すぐにでもその場にうずくまりたい思いに駆られた。
ずきりとした鈍い痛みを感じた。敵城の前の森の中で、不意に首を襲った衝撃。
そのときは一瞬だったが、今ははっきりと感じられる。
首の痛みのおかげでやっと、歩美は自分が莱玉側に囚われたのだということを実感した。
意識がない状態で、拘束されたまま、裸を露出し続けたのだ。意識を取り戻してからやっと、恐怖心が歩美に牙を突き立てはじめた。
歯がカチカチと音を鳴らし始め、目から熱い涙が流れる。
「もう、自分がどういう状況にはまっているのか、もうわかったでしょう」
妖しげな魅力をもった女が、歩美を楽しそうに眺めている。
すらりとした体、豊かに実った胸、存在感を見せつける尻・・・。
髪を黒いリボンで束ねてポニーテールにしたその女は、歩美とは違う、大人の完成された美しさを形にしたような姿をしている。
口元を惚けたように開くその様が、彼女の妖しげな印象を一層強くする。
この女は自分の敵なのだと、歩美は心に言い聞かせた。自分を森で襲ったのも、もしかしたらこの女かもしれない。
まだ、全裸を見られているという恥辱感に心がいっぱいになりながらも、歩美は精一杯、毅然とした態度を取った。
自分は、こうして手も足もでない状況に陥っている。言うまでもなく、絶対絶命の状態だ。しかし、敵に屈するわけにはいかない。
億病になっている場合ではないのだ。たとえどんなことを敵がしてこようと、自分を見失ってはいけない・・・。
「あたしは絶対、あなたたちに屈しません!人の命をなんとも思わずに奪っていくあなたたちには絶対!!」
歩美が、勇気を振り絞った言葉が牢の中に響き渡った。
おとなしい性格の中に、このような強い部分秘めていたのかと思わせる程の、力強い声が、彼女の恐怖心を振り払った。
その歩美の言葉に、女はきょとんとした顔をした。
その間の抜けた顔をする女に、多少気勢をそがれたような気がしながらも、歩美は女をしっかりとにらみつけた。
「あなたたちが、どんなにひどいことをあたしにしようとしても、あたし、絶対に負けない!!」
「草むらに隠れておびえていたあなたとは思えない剣幕ね」
「あ、あれはただ・・・!」
「別に、私はあなたにひどいことをしようとしているわけじゃないのよ」
女はそう言いながら、服から細い針を取り出した。銀色に輝く針。それを、女は歩美の首に近づける。
「い・・・嫌っ!なにをする気ですかっ!」
無駄なあがきと知りながらも、歩美は必死に体を動かして抵抗する。取り付けられた鎖がじゃらじゃらとやかましい音を立てた。
「ちょっとチクッてするだけだからがまんしてね」
微笑みながら、女は歩美の首に針をつきさした。チクリとした痛み。
ほんの一瞬のことだった。すぐに針は首から抜かれ、痛みも感じなくなった。女が耳元で囁く。
「あなたが打ち解けてくれないから、私があなたの緊張、ほぐしてあげる」
なにをしたのと、歩美が言おうとしたのと同時。突然体中が火がついたように熱くなった。
「え、え、なに、なにが」
戸惑う歩美を無視するかのように、体中に熱さが巡る。それが情欲の炎だと、性経験が全くない歩美は気が付けずにいた。
しかし、体は初めて感じる女性の悦びを抵抗することなく受け入れていた。快楽中枢が刺激され、全身の性感度が異常に跳ね上っていく。
歩美は激しくあえぎ声をあげている自分に気付いた。今まで漏れたことのない、淫らで熱い吐息。
「ふぁ、あっ、なんで、どうして、あっ・・・ああああっ!!」
乳首が快感を求めて、槍のように尖り敏感になる。
空気に乳首が軽くふれることで生まれる摩擦が、胸全体に言いようもない快楽を送り続けている。
下半身から、女のつゆがとめどもなくあふれだしていた。地へと向かうかのように、愛液はふとももをつたって流れていく。
女の蜜壺は、男を咥えたくてうずうずして、ただれたようになってしまっている。
「ふふ・・・、気持ち良くなれば、あなたの緊張も解けるでしょう?」
満足げに女が言った。
対象の首に針を刺し、秘められたツボを突くことで、体に眠る性快楽を無理やり引き出す術、
それが歩美に対して行われたことだった。性に関してまだ何も知らない女、歩美の様な女にも、その術はお構いもなく作用する。
心ではこの情欲になんとか耐えようと、懸命にあらがうものの、体が無意識にさらなる快楽を求め続け、自分勝手に動き回る。
体を前後に振り、なんとか乳首に摩擦を加えようと躍起になり、なんとか女陰に刺激を与えようと膝をすりあわせる。
体が自由ならば、思う存分体を慰めることができる。
胸を揉みしだき、クリトリスにふれることで、我を忘れるほど、快楽を貪ることができるだろう。
しかし、今の拘束された状態では、ただ、淫らにあえぎ声をあげ、だらしなく愛液を地に流し続けることしかできない。
尖りきった乳首に女の指が触れた。
「きゃああ!!」
電撃のような快感が乳首から胸へ、胸から全身へとほとばしる。
「とてもいい反応ね。かわいいわ・・。」
ころころと、乳首をころがすかの様な女の指の動き。それだけで、歩美の体はビクンビクンと悦びに打ち震える。
あっという間に、胸全体が蕩けていった。乳首に何かが触れて、それで思わず叫んでしまうなんて、これまで一度もなかった。
「や・・・やめっ・・・!こんなの、いあやらっ、はあっんんんあ!!」
「あら?嫌なの?じゃあ、もう触らないわよ、いいのね」
「・・・あ・・・や・・・」
「そう、自分の体に素直になりなさい」
歩美は女の指に犯されるままになっていた。同性に犯されるというおぞましさを感じたのは、ほんの一時のことだった。
今はむしろ触られることを望んでさえいる。
時々、自分の使命を思い出すが、すぐに快感に流されてしまう。
ただ、なぜこの女は自分にこんなことをするのかいう疑問は、しこりのように心にとどまっていた。
「さあ、次はどこを気持ち良くしましょうか」
女の人差し指が、胸、へそ、下腹部へと、やさしく撫でながら移動する。
その緩慢でじれったい感覚が、たまらなく気持ちいい。歩美のまだ薄い茂みの中を指は進み、歩美の「女」へと辿り着く。
いやらしい突起に指が触れたとき、先ほどまでとまるで桁の違う快感が全身に叩きつけられた。
「あああ!!んんん!!!」
思いっきり背をそらせた。全神経を焼き切るかのような、想像を絶する快感。
歩美の気づかぬうちに、女の指はその場所を離れ、女の秘穴へと歩を進めていた。
滝のように流れる愛液は、女の美しい指を淫らに染めていく。
「すぐに果てちゃうとつまらないから、ここから、ね。」
指が陰唇をやさしく刺激する。中へは入ろうとせず、外側だけを、舐めるようにじっくりと犯している。
先ほどとは違う、激しくも、どこかやさしさを感じさせる、心地よい快感。ため息がもれる。
「・・・あはぁ・・なんで、こんなこと・・・・」
歩美は、心にずっと溜まっていた疑問を口にした。莱玉側の女性があたしにこんな、エッチなことをして何になるのだろう。
この綺麗な女は、そういう趣味を持っている、それだけのこと、なのだろうか。
この女の蛇のような目つき。歩美を犯し続けるその目を見ると、どうやら何か意図があって、このようなことをしているように思えるのだ。
「いいじゃない、そんなこと」
女は、歩美の投げ掛けに全くとりあわない。
相変わらずの、指が性器をこする感触。それに導かれてなのか、だんだんと、快楽の彼方から、大きな波のような、
何かの予兆のようなものを歩美は感じ始めていた。それは、彼女にわずかな期待と、漠然とした不安感を抱かせるものであった。
歩美を慰めながら、女は服の中から、美しい彼女とは対照的ともいえる、ぼろぼろの小さい袋をとりだした。
中には紫色の丸薬が入っていた。女がそれを口に含む。
「さ、仕上げちゃおうか」
歩美の唇に、ゆっくりと女が近付いてくる。歩美は思わず身構えた。
何か分からないけれど、この女は自分にあの得体のしれない丸薬を飲ませる気なのだ。
互いの柔らかな唇がくっついた。それにともなって、心地いい痺れが唇に訪れた。
初めて味わう、キスの感触。それが、頭の中をとろとろに溶かしていく。
永く、濃厚なキス。先ほどの、何かを飲まされるかもしれないという懸念は、ゆっくりと時間をかけたキスで徐々に麻痺していった。
ただ、何も考えずに女の唇の感触に酔う。
女の舌が歩美の中へ、ゆっくりと伸ばされたときも、すんなりと歩美は受け入れてしまった。
ぬらりとした、熱い舌が口の中を犯す。舌と舌が絡みあう。熱くざらりとした感触が、歩美の理性を一気に焼き切った。
「ふう、むうう、んっ!」
接した唇のわずかな隙間からこぼれおちる唾液とあえぎ。それは、歩美のものなのか、それとも女のものなのか。
舌に、ころころと転がる何かを感じた。口中に拡がる、場違いなほのかな苦み。
それは、先ほど目にした丸薬から発せられるものであるのだが、ディープキスに夢中になっている歩美にはどうでも良いことであった。
女の目が細まった。毒蛇が獲物を射殺すときの、凶悪な本性を剥き出しにした目だ。
ずっと歩美の股の下をうごめき、愛液を搾り取っていた指が、突然、これまで遊ばせていた獲物、クリトリスにとびかかった。
「ん!!んー!!んんーーーーー!!!!」
絶頂。
それが、歩美が予兆として感じていたものの正体。
女の中で、最も敏感で、最も乱暴に快感を伝える肉芽が、歩美の理性を根こそぎ刈り取ってしまった。
これまで与えられた中でも格の違う超快感。クリトリスが、歩美の子供のような肢体に眠っていたオーガズムを無理やり引き出した。
ずどんと、腰の感覚全てが真っ白な快楽の波の中に沈み、足ががくがくと震えだす。
腰がなくなったような錯覚に襲われる。大波が胸にまで押し寄せてきた。
そのまま突き上げるように、波は頭のてっぺんにまで行き着いた。
歩美は、まだ見たことのない、「女」の果てへとかけあがっていく。
女の唇が、糸をひいて離れた。
「あがっ、いいい!ひいいいいいあああううう、あああああああ!!!!」
何も考えることができない。全てがひっくり返ったかのようだ。
口が勝手に、発情した獣の声をあげている。体が激しく痙攣し、陰部はひくひくと動き、その度にいやらしく愛液が噴き上げる。
腕が動くたび、鎖がうるさい音を牢内に響かせた。
まだ、クリトリスは指によって蹂躙され続けている。
あの、理性を消しとばす快感が引き金となり、歩美は何度も絶頂の世界へと飛び込んでいく。
泣き叫びながらも、歩美は言葉にできぬ悦びを感じていた。
もう、彼女は一匹のメスへと変じていた。乱れることを心から望む、淫らでいやらしい生き物へ。
いつの間にか、口の中の丸薬は歩美の喉を通り、体内へと潜り込んでいた。
そのことに彼女は気がつかない。薬は、体の中で溶けだし、歩美をゆっくりと、しかし確実にはばんでいく。
「もうそろそろ、薬が効き始めるわね。そろそろ本番よ」
女の、妖しくも魅力的な声。
それを聞いたのとほぼ同時だった。急に歩美から絶頂感がすぅと引いていった。
余韻だけを残し、歩美を置き去りにする。代りに、けだるい、倦怠感が押し寄せてきた。
意識がもうろうとして、体から力が抜けていく。
「え?あ・・・あ・・・・・。」
何が起こったのかと思考を巡らせたが、すぐにそれは霧散した。
さっきまで、歩美をほんろうし続けた全身の疼きは、もう嘘のようにひいている。
「さっきあなたが飲んだ薬は、あなたをとっても素直にするお薬よ。こんどはあなたの心を犯してあげるわ」
近くにいるはずなのに、女の声は、とっても遠くから聞こえる。
歩美の瞳は、既に意志の光を失い、ただぼおっと、虚ろに前方を見つめている。
口はだらしなく開き、陰部と同じように体液をながしつづけていた。体に力がはいらない、いや、動かそうとも思えない。
女は、毒蛇のように舌舐めずりをした。そして、歩美をやさしく抱きしめた。
獲物を締め付ける、漆黒の抱擁。毒蛇は、もはや生ける人形と化した歩美の耳へ、まるで猛毒を流し込むかのように囁き始めた。
〈・・・ねえ、さっきはとても気持ち良かったでしょう?〉
うん・・・・。
〈こんな経験は、もしかしてはじめてかな?〉
うん・・・・・・。
〈そう・・・それは良かった。・・・よく聞いて・・・。これから、私はあなたにいろいろなことを聞くけれど、あなたは何も偽らずに、正直に答えなければいけないの。わかった?〉
・・・・うん・・・。
〈いい子ね・・・。あなたは、正直ないい子・・・いい子よ。じゃあ、まずあなたの名前を聞こうかしら。あなたの名前は?〉
・・・・あゆ・・み・・・。
〈歩美ね。分かったわ。・・・私の名前をおしえてあげる。よーく、心に刻み込むのよ・・・斜羅(しゃら)よ。斜羅・・・〉
・・・・しゃ・・・ら・・・。
〈そうよ・・。・・・・これであなたの心に深く・・・深く私の名前が刻まれた・・・もう忘れることはできない・・・・。・・・・じゃあ、あなたのこと、どんどん聞いていきましょうか。あなたは、自分の性格のどういうところを、気に入っていないの?〉
・・・・おく・・・びょう・・・
〈臆病なところ・・・。私があなたを初めて見たとき、あなたは森の中で、一人でさみしく震えていた。その時、あなたはどんな気持ちでいたの?〉
・・とても・・・こわかった・・・
〈とてもこわかった・・・。そうか、こわかっだんだ。・・・あなたが怖い思いをしていたのに、仲間は誰も助けに来なかったわね〉
・・・・う・・・・・・
〈違うことを聞くわね。あなたが仲間たちの中で一番、大好きな人は誰?〉
・・・ぎ・・ん・・れいせん・・
〈銀鈴先輩。あの『白銀の女剣士』と言われている、あの銀鈴のこと?〉
うん・・・そうだよ・・・
〈ふふふ・・・・そうなの。銀鈴の、どこが大好きなの?〉
つよく・・て・・・かっこよくて・・・やさしい・・
〈そう・・・でも、歩美は少し勘違いをしているんじゃない?強くて、かっこいいのはあってる。でも、やさしいというのは間違っているわよ〉
・・え・・・・・・?
〈だって、本当に銀鈴がやさしいのなら、歩美が森の中で震えているのに、助けてくれないわけはないでしょう?〉
それ・・・は・・・
〈まあいいわ。では、強くてかっこいい、銀鈴について聞くわ。あなたとあの女とでは、どちらが強いのかしら?〉
せん・・・ぱい・・・
〈そう・・・あの女より、あなたのほうが弱いんだ。弱いし、憶病なんだ、歩美は〉
う・・・ん・・・・
〈きっとあの女もそう思っているわ。億病で弱いあなたをうっとうしく思ってる。ねぇ・・・そう思わない?〉
そんなこと・・・・
〈・・・あら、歩美、ちょっと泣きそうな顔をしているわね・・・。どうしたの、不安なの?〉
う・・そんな・・・こ・・
〈歩美がどう思おうと、あの女があなたを嫌っている事実は何も変わらないの。・・・繰り返しになるけれど、なぜあの女はあなたを助けてくれなかったの?あなたよりずっと強いのに。・・・なぜ・・・・かしらね〉
い・・・いや・・・・・
〈歩美も、本当は気づいているでしょう?あの女の本性を。なぜ、本当のことから目を離そうとするの?〉
ほんとうの・・・こと・・・
〈私が、歩美がすがっている、忌わしい嘘を砕いてあげる。そして、あなたは真実をうけいれるの〉
しん・・・・じつを・・・
〈あの女との思い出を教えてくれるかしら。あの女と初めて出会った時のこと・・・すべて、正直に話しなさい〉
あのおん・・・ぎんれい・・・とであったのは・・あたしがもり・・でくまにおそわれたとき・・・こわかったけど・・・あのおんなが・・・・くまをおいはらってくれ
〈歩美、あなた嘘をついたわね。追い払ってくれた、じゃないでしょう?あの女はあなたを襲おうとした熊を殺した。殺したのよ〉
ち・・・ちが・・・・ころして・・・
〈私は、あなたに正直に話してほしいの。あなたは正直でいい子、そうでしょう?〉
・・・うん・・・・
〈あなたが熊に襲われた時、あの女は熊を無慈悲に殺した。それからのこと、教えてくれる?〉
あのおんながくまを・・・ころして・・・わたしをみて・・わらった・・・そして・・・わたしが・・・・ついてるって・・・わたし・・うれしくて・・・
〈あの女は、熊一匹さえ殺せない、弱いあなたを・・・嘲笑ったんだ。そうでしょう。〉
あざわら・・・
〈そして、ずっと歩美についていると約束していながら、結局、あなたを助けずに見捨てた・・・。そうよね〉
・・・・・・・・
〈かわいそうな歩美。あなたは、あの女のことを信じていたのに、あの女は平然と裏切った〉
うらぎっ・・・た・・・
〈それも、あなたが弱い、ただそれだけのことで。あなたは誰よりも銀鈴を信じていたのに〉
あたし・・・しんじてたのに・・・
〈もう、分ったでしょう?歩美は銀鈴に心を弄ばれたのよ〉
・・・・・・・ひどい
〈銀鈴は罰を受けなくてはいけない。あなたを弄んだ罰を〉
ぎんれいに・・・罰を
〈銀鈴に復讐したいでしょう。・・・あなたを裏切ったあの銀鈴に〉
うん・・・・ゆるせない・・
〈私があなたを強くしてあげる。あなたは、復讐のために、これまでと比較にならないぐらい強く、銀鈴よりも強く・・・うまれかわるのよ〉
うまれかわる・・・
〈私だけを信じなさい。私だけを見るの。・・・・ほろ、私の目を見て・・・そう〉
しゃら・・・・
〈あなたは、これから強い自分に生まれ変わるために、これまでのすべてを捨てていくの。生まれ変わる準備をするのよ。・・・強いあなたには、過去なんて必要ない。必要なのは、私の名前、斜羅という名前だけ。邪魔なものを捨て去って、すっきりしましょう〉
・・・・・うん・・・
〈・・・つらい思い出なんかいらない・・・苦しい思い出なんかいらない・・・悲しい思い出なんかいらない・・・。捨てる。みんな捨てる、消えていく。捨てていくのはとても楽しい・・・そうでしょう?〉
たのしい・・・いい・・・・
〈とっても嬉しそうな顔をしているね、歩美・・・。楽しかった思い出もいらない・・・うれしいかった思い出もいらない・・・〉
いらない・・・・みんな・・・・
〈さあ、歩美という名前も・・・捨てようか・・・。消える。あなたは歩美ではなくなる・・・・・・消えた・・・・誰?あなたは誰かしら?〉
・・・・・わから・・・・ない・・・
〈ふふふ、今のあなたはまっしろ。空っぽの箱。・・・・銀鈴先輩のことを聞くわ。銀鈴先輩のどこがそんなに好きなの?〉
・・・・・・・・・・・
〈ごめんね、わけのわからないことを聞いて・・・。じゃあ・・・私の名前、言ってみて〉
しゃ・・・ら・・・・しゃら
〈そう、よく言えました・・・〉
歩美だった少女は、感情をまったく感じさせない顔で、斜羅の瞳を見つめていた。
それ以外は全く見えていない。
今の彼女は、自分が敵に捕まり、牢に入れられたことはおろか、今自分が全裸で拘束されているということすら把握できずにいる。
中身がない、空洞の人形。ただ、斜羅という名前と、彼女に対する信頼のみが心に残っている。
体の動きを封じていた戒めが解かれた。少女の体が、糸の切れた操り人形のように地面に倒れこんだ。
力は全く入っておらず、ぐったりとしている。
「さあ、これからあなたは冷酷で、残忍で、私の命令に忠実なしもべへと生まれ変わるのよ」
斜羅は、少女の体を見つめながら、呪文を唱え始めた。妖しき響きが、冷たい牢のなかをこだまする。
・・・・闇の支配に逆らい地を照らさんとする満月よ・・・わが軍門へとくだれ・・・・
斜羅の体から、黒く禍々しい、煙のようなものが噴き出しはじめた。それはゆっくりと彼女の周りを徘徊する。
・・・・紅き鮮血の衣を纏い新たな力を得我らの意向にしたがえ・・・・
黒い煙はだんだんとその濃度を増し、斜羅から、地に伏している少女へと伸びていく。少女の体を品定めするかのように、それはゆっくりと回り始めた。
・・・・紅く禍々しい満月よ、地に伏すものへその力を注ぎ入れたまえ、彼のもの、そのすべてを受け入れる者也・・・・
少女の体に、黒い煙がゆっくりと入っていく。少女はぴくりとも動かず、ただなるがままに身をまかせている。
・・・・その力、この世すべての光を滅さんがために振るわれよう。その力、我らの栄華を築くために振るわれよう・・・・
黒い煙の、少女の体への侵攻は終了した。それと同時に、少女の額に、紅い紋章が浮かび上がった。毒々しい紅。
少女の瞳が赤色に変わった。まだ瞳に意志の光はなかったものの、口元を邪悪にゆがめているその姿が、彼女がもう、以前のようなやさしい性格を取り戻すことはないのだということを明確にしていた。
・・・・さあ、立ち上がれ夜の慟哭と共に!!我らの栄光にその力をもって光を打ち払いたまえ!!!・・・・
ふっと、意識が戻ったかのように、少女の紅い瞳に光が宿った。光というにはあまりにも冷たく暗い、邪悪な光。
少女がゆっくりと立ち上がる。全身の肌が僅かに青白い。その肌を、霧のような黒い瘴気が覆っている。
「ふふふ・・・」
口から笑みが浮かび、自然と喜びの声が漏れた。とても強い力が絶えず湧き上がってくる。
すぐにでもその力をふるってみたいという衝動にかられた。
「どう、私のしもべとして生まれ変わった気分は」
少女の体を、まるで自身がつくりあげた作品を眺めるかのように見つめ、斜羅は言った。
斜羅の前に、少女はうやうやしくひざまづいた。
「・・・最高の気分です・・・・。斜羅様のおかげで、私は生まれ変わることができました。私をどうか、お好きなようにお使いくださいませ」
そういってから、少女は斜羅の前に屈みこみ、丁寧に靴を舐めはじめた。嬉々として
靴を舐める少女を見て、満足げに斜羅は目を細めた。
闇が統べる森の中を、銀鈴は一人走り回っていた。すべてが寝静まった夜の森。その中をあわただしく駆けていく。
「歩美!!どこにいるの!返事をして!!」
森にこだまする悲痛な叫び。声が枯れながらも、彼女は歩美を呼ぶことをやめなかった。
歩美を探してどのくらいになるだろう。何度かつまづいたせいで、体のあちこちに擦り傷ができた。
足は、もう走ることができない、悲鳴をあげ、銀鈴を痛みによって抑えようとしている。しかし、彼女は全く痛みをかんじていない。
歩美を失ったという、心の痛みがはるかにそれを上回っていた。
心に空洞ができる。妹のように可愛がっていた歩美。歩美のためなら、銀鈴は命を投げ出してもよいとまで思っている。
絶対に、歩美を失うわけにはいかない。
「はあ、はあ」
異常な疲労感に襲われて地面に膝をつく。一度動きが止まると、足が根を張ったように動かなくなる。
「動いて!はあ、はあ、私はまだ歩美を・・・」
太ももを叩き、自分を叱咤するも、もう体が限界を感じていた。悔しさに涙があふれる。
腰に携えていた刀はとうにこの森の中に捨てていた。
重いものを捨て、足の負担をなくし、歩美を探したのに、それももう限界にきていた。
いったい、歩美に何があったのだろう。この森の中で莱玉に捕らわれた?だとしたら・・・。
莱玉の城は、森の中央部にある。しかし、その城の姿を誰も見たことはないといわれている。
夜の闇に溶け、人の目はおろか、森を知る獣たちの目さえも欺く幻の城。
幻夜城。莱玉の城を、みなはその名で呼んでいる。
森が銀鈴を嘲笑うかのように、ざわざわと木の葉をゆらして音をたてた。噂にあるとおり、城が幻の如きものだとしたら。
その幻の城に歩美が捕らわれているとしたら・・・。
「絶対に・・・この森の中に・・・」
まぶたがゆっくりと閉じていく。意識がゆっくりと消えていく。
その時、目に人の姿がうつった。ゆっくりと歩いてくる、まだ幼さを残した少女の姿。
銀鈴はすぐに気を持ち直した。もしかしたらという思い。そしてそれは的中した。
「歩美!!」
目の前にハッキリと、探し求めた歩美がいる。森からもれる僅かな光の中に歩美はたっていた。
「よかった・・・歩美・・・」
駆け寄ろうとするものの、全く体がうごかせない。肝心な時に動かない足が恨めしい。
「銀鈴先輩?」
歩美の声が森の中に響く。その声が銀鈴の安心感を誘った。歩美がほほ笑む顔が見える。
歩美がもう一度口を開いた。
「見つけた」
突然、黒い風があたりに吹き荒れた。森の木々すべてを枯らそうとするほどの、凍えるほど冷たく、凶悪な風。
それが、歩美からふきだしていた。
「な・・・」
銀鈴は目を疑った。
歩美の瞳が暗い赤色に変化し、全身から黒いオーラがただよっている。
無感動な表情。銀鈴に、まるでこれから殺す獲物を見るかのような無慈悲な視線を送っている。
「銀鈴、でございますね。斜羅様があなたを捕えろとおおせです」
疾風のような速さで、歩美は銀鈴との間合いを詰めていった。
両手に白く光る刀を下げて飛ぶように駆ける彼女は、まるで地を這うネズミに飛びかかる鷹のようだった。
銀鈴はあっという間に彼女に組み伏せられていた。喉元に白刃をあてがわれる。
「あ・・・あゆみ・・・どうして・・・」
確かに、目の前にいるのは銀鈴が愛する歩美に違いなかった。それは間違いない。・・・・なのに。
「なにがあったの、やめて・・・歩美!!」
「あああ、やかましい!歩美という名で呼ばないでくれますか。もう、その名前に未練がございませんので」
「あ・・・歩美・・・?」
疑問を口にしようとしたとき、歩美の膝が銀鈴の腹に強くめりこんだ。衝撃で息が詰まる。
「だからやめてもらいますか。わたしはその名前で呼ばれるのが大嫌いなんです」
刀の刀身がギラリと光る。歩美の目が凶気をました。
「別に、ここで殺してもかまわないんですよ」
歩美から吹き荒れる風がさらに強くなる。それは人の心を冷やし、凍らせる魔性の風。
銀鈴の心も、だんだんと風にやられて、急速に凍えていく。だんだんと、意識が薄れていった。
「あ・・・・く・・・・」
歩美の邪悪な瞳が、だんだんと見えなくなっていく。心が冷たい。
思考が停止していく。歩美を思う熱い心までも、黒い風の前になすすべもなく凍ってしまった。
気を失う前に、一瞬、歩美の声を聞いた気がした。
「私の名は歩迦(あゆか)。歩迦よ。これから凍えるその心によく刻み込むのね」
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