古き死の王の目覚め   作:流星カナリア

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既にご存じかと思いますが、私はアインザックがめっちゃ好きです。


第12話 魔導王とアインザック

「うーん……」

 アインズは、目の前の牢に繋がれた男を見下ろしながら、顎に手をやり考え込んでいた。

「どうだろう、ゴウン殿。彼はなかなか優秀な男だ。他の王族達同様に殺すのは勿体無いと思わないか?」

 隣に立つジルクニフは、アインズに対しそう提案してきた。

 バハルス帝国の皇城地下深くに作られた此処は、窓も無く薄暗い場所だ。そんな中、ポツンと時折灯っている永続光(コンティニュアル・ライト)の光に照らされて、ジルクニフの白く美しい肌が際立って見える。

 対するアインズも、その光に照らされて、悍ましい骸骨の風貌が闇の中にぼうっと浮かび上がっていた。

「しかしなジルクニフ殿。私の元には既にラナーという化け物がいるんだぞ? 別に必要無いと思うんだが」

 そうジルクニフに言うと、彼は渋い表情を浮かべた。

「――あの女は例外中の例外だ。それに、君はこれからエ・ランテルを主な拠点として活動していくんだろう? その際、あの街の事を詳しく知る人物を配下に入れておいた方が良いと思うんだ。実は以前から気になっていたんだが、君は人間の部下がいなさ過ぎる。というか人間の部下はエンリやブレインしかいないだろう?」

 若干呆れたような声色でジルクニフが問う。そう言われてアインズは視線を天井へと向けた。

「言われてみればそうだな。私のメインの部下は死の騎士(デス・ナイト)や彼らを指揮する地下聖堂の王(クリプト・ロード)、それと死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)達。あとは護衛用に不可視化させたハンゾウや八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)達に、情報収集用の影の悪魔(シャドウ・デーモン)達、それから――」

 頭の中で思い浮かんだ人員を数えつつ、アインズは思わず手で顔を覆った。

「何と言う事だ。人間の部下が全然いないぞ……?」

「そりゃそうだろう。君は部下を召喚したり、正真正銘『作って』いるのだからね。軍事力の強化としてその方法は正しいと思うが、今後国として他国と交流していく際、人間の部下が全くいないとなると、交渉事をする時なかなか難しいと思うんだ。彼らは君が元人間だと知ってはいるが、やはり初対面ではどうしても君を死の王として見てしまう。人間の心を理解していないと考えるのも無理はない」

 ジルクニフが語る内容は尤もな話だった。

 現状アインズの周囲を固めているのはどれも人外ばかり。人間の部下と言えるのは、エンリやブレイン位だ。因みにジルクニフはあくまでも同盟国の皇帝であって、直属の部下では無い。

「それに、君はラナーを表舞台に出す気は無いと言っていた。彼女の願いは、あの子犬と誰にも邪魔されずに平穏な日々を過ごす事。それを考慮すると、彼女を再び表舞台に引っ張り出すのは約束を違える事になる。だから、何かあれば彼女から助言を乞う程度に留めるんだろう? そうなると、やはりラナーは頭数には入らない」

「その通りだな。となると、やはりこの男は生かしておくべきか? 優秀なのは確かだしな」

 ラナーがいるから他はいらないと思っていたが、ジルクニフの言う通り、先程の理由からラナーに頼りっきりは不可能な話だ。そうなってくると、彼女とまではいかなくとも、そこそこ優秀な人間を部下にしておく必要がある。

 アインズは男――レエブン候をジッと見据えた。

「聞こう。お前は私の部下になる気はあるか? 私はお前達の王を殺した、君から見れば悪の親玉だがな」

 そう問いかけると、レエブン候は暫し逡巡した後に口を開けた。

「……私が貴方にお仕えする事で、妻や子供の生活が保障されるのでしたら異論はありません。元より死を覚悟していた身です。あの二人の命さえ無事なら、この身など如何様にもお使い下さい」

 その言葉に嘘は無かった。

 アインズはレエブン候の決意を聞き、ジルクニフへと視線を向ける。

「ジルクニフ殿。この男の妻と子供は、帝国の方で預かってはくれないか?」

「構わないとも。では、レエブン候は君の部下として引き取る。それで良いんだね?」

「あぁ。取り合えずエ・ランテルで政務を行う際、彼を宰相として採用しよう。その他は行政や書類仕事が向いている死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)達を作って配備する予定だ。これで暫く行政面は問題無いと思うが、どうだろう?」

 アインズが問いかけると、ジルクニフはふむ――と考え込んだ。

「現段階でこれ以上人間の部下を増やすのはまだ無理だろう。そうなると一先ずはこれで大丈夫だと、私は考えるよ」

 その答えに、アインズはホッと胸を撫で下ろした。

「よし。ではレエブン候。君を此処から解放する。そしたら私と共にエ・ランテルへ向かうぞ。確か、私があの地を支配すると分かって逃げ出した連中がいた筈だ。その中に元都市長の館があってな。そこを拠点として使おうと考えている。君は主にその館で今後生活して貰う事になると思うが、必要な物があれば遠慮なく言うといい。私の庇護下に入った者は不自由なく生きて貰いたいからね」

 そう言いながら、アインズは牢屋の鍵を外した。

 それを見て恐る恐るレエブン候は立ち上がる。そして、ゆっくりと牢屋から姿を現した。

 アインズは両手を広げて彼を向かい入れる。

「おめでとう。君は運良く選ばれた。これからは私が君の王だ。共に良き国を作る為に尽力していこう」

「……仰せのままに。我が王よ」

 レエブン候は胸に手を当て、深くお辞儀をした。

 その指先が小さく震えている事に、ジルクニフは目敏く気付く。

(哀れな男だ。まだ亡国への未練があるだなんてな。いい加減目を覚ますべきだ。今回の決定は良い具合にコイツの心を折る事だろうよ。それに――)

 ジルクニフはアインズを横目で窺う。

 

 ジルクニフがレエブン候をアインズに推薦した理由は、アインズの側に人間を置く事で、これ以上化け物共を増やさないようにする為だった。アインズは軽い気持ちでポンポンモンスター共を召喚したり作ったりする。そして、そのどれもがただの人間では太刀打ちできないレベルの存在だった。そんなものが彼の居城やカルネ村にわんさか居るのだ。

 まるで化け物共を産み出す女王のようだとジルクニフは思っている。勿論、そんな事絶対に口が裂けても言えないが。

(正直、部下などいなくてもコイツ一人で戦力は桁外れなんだ。これ以上モンスター共を召喚されたらストレスで禿げてしまう……!)

 最近頭頂部が薄くなってきている気がする。気のせいだと何度も言い聞かせているが、ニンブルから気遣うような視線を感じるので、そろそろ本格的にヤバイかも知れない。

 

 そんなジルクニフの内心など知る由も無く、アインズは、人間の部下を増やした場合、彼らの為にも護衛用のモンスター達をもっと召喚しておかなければならないな、と考えていた。

 

 

   ・

 

 

 エ・ランテルの元都市長の館。そこは、アインズの居城と比べるとかなり見劣りする館だ。

 だが、別にそれ自体は気にならない。此処は仮の住居だからだ。何かあれば直ぐに転移門(ゲート)を使って城に戻れば良い。エ・ランテルの住人達もアインズの本拠地が此処ではなく、トブの大森林内にある城だという事は知っている。なので、元都市長の館を増築する事なく使用しているアインズの事を、特に不思議がったりはしていなかった。

「まず、君に話しておく事がある」

「ハッ、何でしょうか?」

 アインズの執務室。そこには現在、アインズとブレイン、そしてレエブン候の三人が居た。アインズが座る執務席の直ぐ後ろにはブレインが立っている。彼はアインズ直属の護衛だ。勿論この部屋にいるのは当たり前である。そして、そんな二人の目の前にはレエブン候が立っていた。ただし、彼はブレインとは違い未だに緊張した面持ちでアインズを見つめている。それもそうだろう。彼はまだ、最近アインズの部下になったばかりだ。それに、元々殺される筈だった男。肩身が狭いのも無理は無い。

 アインズは、椅子の背凭れから少しだけ身を乗り出しつつ口を開けた。

「この館には、私の護衛の為に不可視化した八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)と呼ばれるモンスター達を配備している。今も天井に張り付いているんだがな。ソイツらは私に何かあれば即座に敵に襲い掛かり、その命を奪う事だろう。そんな彼らだが、今後は君にも何体か付ける事にした。今の君は魔導国の宰相。その地位の重要性を考えた上での対処だ。理解してくれると有難い」

 机の上で手を組みながら、アインズはそう告げる。

 それはつまり、いつだって監視しているぞという意味もあるのだろう。勿論、レエブン候に拒否権は無い。

「了解しました。陛下のお心遣い、感謝致します」

 そう言って頭を下げる。そんなレエブン候をアインズは満足げに眺めた。

「さて。本題に入ろう。実は、街中に潜伏させていた影の悪魔(シャドウ・デーモン)達から気になる情報を貰ったのでな。それについて君の意見を聞きたいと思ったんだ」

「気になる情報、ですか?」

 何だろう。何か問題事でも起きたのだろうか。

 だが、このエ・ランテルが魔導国に割譲されてから、大きな犯罪等は起きていない筈だ。何故ならば、都市の中を死の騎士(デス・ナイト)達が警備しているからだった。彼らは幾つかのグループに分けられ、各々が決められたルートを巡回している。

 初めこそ人々は彼らを怖がったが、彼らはアインズに忠実な存在。アインズは、都市の警備の為に彼らを配置しており、決して人々に危害を加える事はないと何度も説明してきた。その甲斐あってか、エ・ランテルの住民達は、少しずつだが死の騎士(デス・ナイト)達を受け入れるようになってきている。

 疚しい事が何も無い人間にとって、死の騎士(デス・ナイト)は脅威にはならない。だが、何か後ろめたい事をしている者達は、もしかしたら自分の悪業がバレてしまうのではと恐怖した。その結果、死の騎士(デス・ナイト)達のお陰で犯罪者を炙り出す事に成功したのだ。

 よって、アインズがエ・ランテルを治め始めて間も無く、多くの犯罪者達が捕まった。勿論、殆どが半殺しの状態で。これにより、エ・ランテルは犯罪者には住み難い都市となり、街の治安は格段に良くなったのである。

 

 だからこそ、今のエ・ランテルで何か犯罪が起きるとは考えづらい。一体何があったのだろうか。レエブン候が訝しんでいると、アインズは眼窩の灯火を何度か瞬かせながら答えた。

「実は、冒険者組合が殆ど機能していないらしい」

「それは――」

 アインズは、レエブン候が言いたい事が手に取るように分かった。後ろでブレインが半笑いを浮かべているのも何となく気配で分かる。

 そりゃそうだろう。

 何せ、エ・ランテル周辺はアインズ・ウール・ゴウン魔導国のもの。勿論警備態勢も怠る事はなく、死の騎士(デス・ナイト)を中心に街道の視察を行い、魔導国内の治安を維持している。結果として、モンスターの脅威が取り除かれるのだ。そして、今後もそれらを続けていく事を考えると、冒険者達の活躍の場は無くなる可能性が高い。

 そうなってくると冒険者組合が存在する意味も無くなるだろう。まず、依頼が来ないのだから。

「陛下が統治している以上、冒険者の出番は今後無くなるだろうなぁ」

 ブレインが頭の後ろで手を組みながら、そうアインズに話しかけてくる。

「そうだな。しかし、冒険者という存在を無くすのは勿体無いとも思うのだ。人間の中ではわりと戦力にはなる連中だ。何かに使えるとは思うんだがなぁ」

「それはそうですが……しかし、魔導国は魔導王陛下という絶対的存在が君臨しています。そうなりますと、冒険者達が存在する理由が無いかと。兵力は陛下自身や死の騎士(デス・ナイト)達がいますからね。何か他に、彼らに使い道があれば話は変わってきますが」

 そう答えるレエブン候から視線を外し、暫し考える。

(冒険者か。300年前も彼らはいたが、今よりあまり国に縛られている感じは無かったな。勿論モンスター退治も行っていたが、もっとこう未知を求め、自由に――)

 

 その瞬間、アインズの脳裏にある一つのアイデアが思い浮かんだ。

 

(未知を既知へと変える。それは、もしかしたらこの世界の何処かにいるかも知れない、()()()()()()()()() ()を探し出すのに使えるのではないか……?)

 

 アインズの眼窩の灯火が、一際赤く煌めいた。それを目敏く気付いたブレインは、ニヤッと口角を上げる。

「何か思い付いたのか? 陛下」

「あぁ。これならば、私の目的を果たせるかも知れない」

「目的とは一体……」

 若干緊張した表情を浮かべたレエブン候。だが、それを気にせずアインズは視線を窓の外へと向ける。

 

 この空の下、何処かにいるのかも知れないのだ。

 しかし、それは結局ただの願望でしかない。そんな事は分かっている。分かっているがどうしようもない。

 人間でもなく、ただのアンデッドでもない、唯一無二の存在。恐らくそれが今のアインズなのだろう。けれどもアインズは同類が欲しかった。この孤独を本当の意味で理解出来るのは、自分と同じ元人間だけだとアインズは考えている。

 

 結局、独りが嫌なだけ。

 

 国を作り、多くの民を従える王となったアインズ。しかし、その心には消えない願いが燻っていた。

 

「――君が考えているよりも、かなり人間臭い目的だよ、レエブン候」

 アインズの言葉に、レエブン候は訝しげに眉を顰めた。

「それはどういう」

 視線を彼へと戻し、アインズは静かに告げる。

 

「私のように、人間から異形へと変わってしまった者を探し出す、という目的さ」

 

 己の孤独を、埋める為に。

 

 

   ・

 

 

 プルトン・アインザックは項垂れていた。

 

 先日、突然冒険者組合にレエブン候がやって来たのである。

 彼がアインズの配下に下ったという話は、エ・ランテルの民ならば周知の事実だろう。

 ランポッサⅢ世らの処刑の場に、彼の姿は無かった。そして、アインズとジルクニフの演説でも彼の名前は上げられなかったが、あの二人は優秀な人材ならば身分も立場も関係無く採用すると宣言している。

 レエブン候は貴族の中ではわりとマシな人間だった。領民達からの信頼も厚かったそうだ。そんなレエブン候だからこそ、アインズは彼を引き入れたのだろうとアインザックは考えている。

 そしてアインズは、どうやらブレイン・アングラウスともいつの間にか接触していたらしい。先の戦争で、ブレインはアインズの右腕として戦ったと聞いている。実際、あの処刑の場で、アインズの後ろに控えていたブレインを見た時は、噂は本当だったのだと確信した。

 そんなブレインは、アインズの護衛として常に彼の側にいるので、何か用事があると真っ先に動かされるのは自分だと、レエブン候は言っていた。

 

 そのレエブン候が、先日アインザックに一通の手紙を渡しに訪れて来た。

 手紙の内容は、今後の冒険者組合について直接話し合いたいという旨の内容だった。それを読んだ瞬間、アインザックの頭の中には、冒険者組合の終わりが見えたのである。

 どう考えても、現状この国に冒険者達は必要ないだろう。何せ、魔導国は絶対的支配者であるアインズが、強大な戦力をフル動員して警備している。モンスター討伐の依頼など、入って来るわけが無い。事実、ここ最近冒険者組合には依頼が全く届いていなかった。

 

「はぁ……ま、仕方ないか。まさかアンデッドの王に支配されたお陰で、街が平和になるとは思わなかったがな」

 冒険者組合の執務室。椅子に座り、机の上で手を組みながら考える。

 確実にエ・ランテルは王国に属していた時よりも平和だった。そんな平和な世界に、冒険者の存在意義を見出せる筈もなく。

 何の解決策も無いまま、アインザックはアインズとの話し合いの時間を迎えるのだった。

 

 

   ・

 

 

 アインズは受付嬢に案内されて、冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックの執務室を訪れた。扉の前にブレインを配置し、自身の影にはハンゾウを忍ばせておく。ブレインを外に置いたのは、外部からの敵の襲撃を防ぐ為。ハンゾウは室内で何か起きた時の為だ。何事も警戒するのは大事である。

 室内に入ると、目の前には緊張した面持ちの男が一人立っていた。

 恐らく彼がアインザックだろう。元冒険者だという情報を得ていたが、確かに屈強な体格をしている。年齢は40代前半くらいだろうか。

「ようこそお越し下さいました。私は冒険者組合の組合長、プルトン・アインザックと申します」

「うむ。今日は突然の申し出に応じてくれて助かる。知っての通り、私がこの魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウンだ。先日レエブン候から手紙が届いたと思うが、今後の冒険者組合について、少々話し合いたくてな」

 そう言ってアインズは椅子に腰掛けた。それを確認してから、アインザックも向かい側の席に腰掛ける。

「現状、冒険者組合には殆ど依頼が来ていないと聞いたがそれは確かか?」

 アインズが問いかけると、アインザックは渋い表情を浮かべて頷いた。

「はい、事実です。エ・ランテル周辺は、死の騎士(デス・ナイト)達が巡回しています。モンスターの脅威が無くなった事もあって、依頼が全く来ないのが現状です」

「だろうな。そして今、冒険者達は仕事が無くて困っていると」

「……仰る通りです」

 項垂れる姿が若干哀れみを誘うが、アインズはその悩みを解決出来るであろう策を今から提案する。故に、慎重に言葉を選ばなければならない。彼らが興味を持ってくれるように。そうすれば、どちらも良い結果を得られるのだから。

「アインザック。私は今後も冒険者組合には存続して貰いたいと思っているのだよ」

「え?」

 その言葉は予想外だったのだろう。

 アインザックは驚いて目を見開いた。

「し、しかしですね陛下。冒険者は主に、人々をモンスター等の外敵から守る為に存在しています。それが今、陛下の御力でその脅威はほぼ無いに等しい。そうなると、我々の存在する意味が無いのではと――」

「それが一般的な冒険者の仕事だろう。だが、私が君達に望むのは、単なるモンスター殺しの傭兵ではない」

 アインズの眼窩の灯火が、力強く輝く。それを見てアインザックは、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「そ、それは一体どういう意味でしょう?」

「私が君達に望むのは、未知を既知へと変える事だ。冒険者達には、まだ見ぬ未開の地へと足を運んで貰い、その土地の調査を行って貰いたいのだよ。そこで魔導国の宣伝をして欲しい。この前の演説でも言ったが、魔導国は人間のみならず、多種族を受け入れる国にするつもりだ。私の前では命は平等。そこに身分や種の違いなど存在しない。そんな理想の国があると、冒険者達の力を借りて、世界に広めて欲しいのだ」

 そうアインザックに告げると、彼は目に見えて動揺した。

 あまりにも想定外の内容だったからだ。

「恐れながら陛下、そのお言葉の意味を理解しているのでしょうか……?」

「というと?」

 アインザックは、恐る恐るアインズを見つめた。

「他種族を受け入れるという話は、演説の際、陛下がそれぞれの種族間の争いを避ける為に、きちんと禁止事項を盛り込んだ法律を制定すると仰っていました。だから、多少時間はかかるでしょうが、それはいずれ解決出来ると私は考えています。何より、この国の王が既に人間では無いのです。しかし少しずつですが、お互いに歩み寄る事が出来ている。だからきっと、この問題は大丈夫な筈です」

 ですが、とアインザックは眉を顰めた。

「もう一つが問題なのです。陛下は、冒険者組合を魔導国に取り込むとお考えになっているのですよね? 今話された内容は、どう考えても組合の力だけでは実現する事は不可能です。資金も人材も不足しています。通常、冒険者組合は国家の下にはつきません。人の戦いに冒険者の力が利用されないようにする為です。弾圧や戦争に使われ、多くの死者を出すようなことには協力出来ない……それが冒険者組合の立場です。いくら互いに歩み寄っていると言っても、冒険者の立場としてこれは素直に頷けません」

 無論それは分かっている。

「そうだ。それが冒険者組合の立場だ。だが、それは魔導国には当てはまらない。何せ、この国で人々を守るのは冒険者ではない。私だ。それだけの戦力を私が持っているからだ」

 静かに話を聞くアインザックの表情は、様々な感情が含まれていた。

「だからこそ、冒険者にはもっと別な仕事をして貰いたいと思っている。それが先程言った、未知を既知へと変えるという話だ。もしかすれば、まだ見ぬ何処かに万病に効く薬草などが群生している可能性もある。私が君達を傘下に収めた暁には、そういった新たな発見をして貰いたいのだよ」

 そして、とアインズは続けた。

「そういった事は私の部下達には出来ない内容なんだ。見れば分かると思うが、私の部下達は殆どアンデッド系や悪魔達だ。どう考えても初見での印象は最悪だろう。もしかしたら戦闘になる可能性もある。他のモンスターや精霊を召喚すれば良いと思うかも知れないが、私の持つ魔法は殆どが闇属性に偏っていてな。そういった部類の奴らはかなり少ないんだ。天使なんかも召喚出来るには出来るが、数に限りがある。となると、警戒されず、そして友好的に相手と接触する事を目的とするならば、お前達冒険者を使った方が理にかなっているのだ」

「成程。それは確かにそうかも知れません」

 考え込むアインザック。だが、話はまだ続く。

「勿論、これは危険な内容だ。魔導国として全面的に援助したいと考えている。その為には冒険者組合を国の傘下に置く必要があるだろう?」

「確かにそうですね。仮にもしも依頼として陛下が我々にそれを指示し、何かしらの問題が起きた場合、それは我々冒険者だけで対処しなければなりません。ですが、国の傘下に入っていれば、陛下の御力をお借りして解決する事が出来る――そうですよね?」

「その通りだ。そのような危険な状況に陥る可能性も考え、冒険者組合を国の傘下に収める。そして、全面的に私がバックアップを約束すれば、お前達も安心出来る筈だ」

 そこまで話すと、アインザックの瞳が力強い光を宿した。

「陛下のお考え、とても素晴らしいと思います。ただ一つ確認したい事が。未知の世界で冒険者達が得た情報を元に、陛下がその地へ侵攻する、などという事は無いのでしょうか?」

 その疑問に、アインズは顎に手をやり考え込んだ。

「うむ。そうする事で魔導国へ利益があるのならば、もしかしたら行うかも知れん。そうでなければそんな事はしない。一概には言えんがな。それは国家として当たり前の事だ。だが、あくまでも私がお前達に望むのは、未知を探し新たな発見をすること。どのような種族がそこに住んでいて、どういった特産物があるのか。そして、彼らに魔導国の存在を伝えて欲しい。上手くいけば、貿易相手になる可能性もあるからな」

 そう語るアインズに対し、アインザックは頭の中で考えを纏めているようだった。

「どうだろう? 悪くない話だと私は思うんだがね」

「……私個人としては、陛下のお考えには賛同出来ます。もしもそれが本当に実現出来れば、多くの冒険者達が職を失わずに済みますし、何よりモンスター退治よりも夢がある。とても魅力溢れる話です」

 そうだろうな、とアインズは頷く。誰しも未知への興味や関心はあるものだ。そこで新たな発見があれば喜びも大きいだろう。

「冒険者達への説明は任せよう。その上で、冒険者が魔導国に所属する構成員の一員であることに否定的な者は、無理に所属しなくとも良い」

「よろしいので?」

「構わんよ。無理矢理働かせても、お互い不利益になるだけだ。まぁ、いきなり組織ややり方を変えれば混乱も大きい筈だ。暫くはある程度、現状のやり方で進めて行こう。一先ず組合長の上に、魔導国の審査機関が置かれる形になるかな?」

 そう提案すると、アインザックが了承の意を示した。

「あとは魔導国の支援の形だが――まず、訓練所を設立しようと思う。秘境の地でモンスターに殺されてしまっては、元も子もない。なので、モンスターとの実戦形式を取り入れた本格的な訓練所が必要だ。チーム戦に慣れて欲しいからな……ダンジョンを一つ作って、そこを攻略して貰うか」

 まずは低レベルのスケルトンなんかを配置し、そこから少しずつ強いモンスターを倒していく形が良いかも知れない。

「それならば安心して鍛える事が出来ると思います。ただ、それらの施設を作るとなると、初期費用がかなりかかるのではと」

「それは問題ない。こう見えて生前はかなり慎重な性格でな。両親にも秘密でかなりの額を貯金していたのだ。それらを崩せば、初期費用としては十分なものになるだろう」

 そう答えると、アインザックは驚いて声を上げた。

「そ、そんな! 陛下の大切な資金を使うわけには!」

「良いんだアインザック。今回の話は私にとってもメリットが大きいからな。その為に金を出すのであれば、何も惜しくは無いさ」

 カタリと骨を鳴らして笑う。

「低位の冒険者にとって、その訓練所はかなり魅力的な筈だ。だが、中位・高位の冒険者となるとそれだけでは魅力を感じないだろう。そうなるとやはり報酬の額が関わってくるだろうか?」

「それもあると思いますが、より強いモンスターと戦う為には、強力な武器や防具、マジックアイテム等が必要になってくると思います。ですが、そういったものは高額なので、普段手に入れるのは難しいのです。なので、それらを与えるというのはどうでしょうか?」

「ふむ、それもそうだな。マジックアイテムは私が開発している物が城に数多くある。それらの使用実験も兼ねて、冒険者に安価で貸し出すというのも手か……。武器や防具は、まだ何とも言えんな。そちらは追々考えるとしよう」

 そこでアインズは、自らが研究しているポーションの事を思い出した。

(ンフィーレアが、生成の段回で失敗作だと言っていたポーションが幾つかあったな。しかしそれらは効果としては十分なものだった。あれを冒険者達に配布すれば良いんじゃないか?)

 戦闘を行えば、必ず怪我はするだろう。特に、低位の冒険者は尚更だ。冒険者にとってポーションは命綱である。しかし、まだ駆け出しの冒険者ではポーションを買う余裕すら無い者も多い。それに、ポーションなら中位・高位の冒険者達にも魅力的だとアインズは考えた。

「アインザック。実は私はポーションについての研究をしていてね。現在、カルネ村でンフィーレア・バレアレに命じて、少々特殊なポーションを開発中なんだ」

「バレアレ!? ま、まさか、バレアレ家はカルネ村に引っ越していたんですか!?」

 バレアレと聞いて、アインザックは思わず身を乗り出した。

 

 バレアレ家は、エ・ランテルでは有名な薬品店を営む家だった。だが、ある日突然辺境の村へと引っ越すと言い出したのである。それに慌てたのは都市長やアインザックだ。彼らの作るポーションは他の店と比べてもかなり効能が良く、冒険者達にとってなくてはならない店だった。必死で二人は引き留めたが、リイジー・バレアレも、その孫のンフィーレアも頑なに首を縦には振らず、結局二人は引っ越してしまった。

 

 そんなバレアレ家が、カルネ村でアインズ指導の元、ポーションを研究している。それは、アインザックにとって余りにも予想外過ぎた。

 

「彼らが作ったポーションの中には、失敗作だと言っている物も多い。だが、回復薬としての効能はきちんとあるので、それらを冒険者に渡すというのはどうだろう? まだ強力な武器や防具を用意する目途が立たないんでな。その代わりと言っては何だが」

「是非ともお願いしたいです!! バレアレ家のポーションと言えば、他の店と比べてもかなり優れています! ですから、それを配ると言えば、多くの冒険者達が集まるかと……!」

 かなりの食い付きを見せるアインザックに若干引きつつ、アインズは「そ、そうか」と頷いた。

「では、ンフィーレア達にその事は伝えておこう。あぁ、それと重要な事がもう一つ。訓練所で鍛えられた冒険者が、他国の冒険者組合に鞍替えする事は禁止だ。国の機関だからな。それは反逆行為に値する」

「それもそうですね……。分かりました。それはきちんと説明しておきましょう」

「よし。取り合えずはこんなところか。お前も様々な者達の意見を聞く必要があると思うし、後程また詳しく話し合うとしよう。その時は連絡をくれ」

「分かりました。それにしても、陛下が冒険者を必要として下さるとは、正直思ってもみませんでした。未知を既知とする、その考えはとても素晴らしいと思います。ですが、陛下程の御方が本当にそれだけの理由でこの考えを出したとは、到底思えないのです。本当の目的が他にあるのではないかと――」

 真剣な眼差しでそう告げるアインザックを見て、思わずアインズは笑ってしまった。

「へ、陛下!?」

「いや、その、なんだ。どうやら私は、随分と買い被られているようだなと思ってな。生憎、お前が考えているような深い目的などは無いさ。確かに本当の目的はあるが、それは随分とちっぽけなものだよ」

 アインズはフッと小さく息を吐いた。

「――私はただ、同類を探したいだけなんだ」

 どことなく寂しげな雰囲気のアインズを見て、思わずアインザックは息を飲んだ。

 眼窩の灯火を仄かに揺らしながら、アインズは語る。

「この世界の何処かに、もしかしたらいるかも知れない。私のように、元人間の異形がな。だが、勿論それはただの願望だ。いるかも知れないし、いないかも知れない。でも、それに縋りたいのさ。私だけがこうだとしたら、それは余りにも寂しいじゃないか」

「……!!」

 アインズが吐露した内容は、アインザックにはかなり衝撃的なものだった。

 圧倒的な力を持って魔導国を支配する死の王。

 そんな彼が、まさか寂しいだなんて感情を持っているとは思いもしなかったのだ。

 動揺を隠し切れないアインザック。だが、それに気付かずにアインズは軽く肩を竦めた。

「全く、何が魔導王だ。笑わせるよ。こんな人間臭い感情を持っているだなんてな」

 ハァ、と溜息を吐くアインズに、アインザックはゆっくりと首を横に振った。

「良いんですよ陛下。そういう感情は、むしろあった方が良いと思います」

 不思議そうに首を傾げるアインズに、アインザックは柔らかく笑みを浮かべた。

「むしろ安心しました。貴方は確かに、人間だったんだと」

「……? よく分からんが、お前はこんな感情を持つ私を情けないとは思わないのか? これは叶うかどうかも分からん淡い願望だぞ?」

「情けないだなんて思う筈がありませんよ。誰だって願いというものは持つでしょうし。寂しいと思う心も、同類に会いたいと願う気持ちも、陛下が大事にするべきものだと私は思います。その気持ちがあるからこそ、貴方は貴方として存在出来ているのではないでしょうか?」

「――それは」

 似たような事を、以前カルネ村の住民に言われた事があった。

 そう。アインズが300年の眠りから目覚めたばかりの頃。

 初めてカルネ村を訪れたアインズが、彼らを信じても良いのか試す為に、色々と疑問をぶつけたのだ。その際、似たような内容が返って来たと記憶している。

(何て言えば良いのだろう。そんな風に思ってくれるお前達に、私はどう感情を表せば良いのか分からない)

 ただ、酷く眩しいものだと思った。

 あの時も、その真っ直ぐな純粋さを感じて、アインズは彼らを信じようと決意したのだ。

 であるならば、このアインザックという男の事も、信じても良いのではないだろうか。

「……」

「陛下?」

 どうしたのかとこちらを見つめ返す男を、黙ってアインズは見据えた。

「お前は多分、良い人間なんだろうな」

「はい?」

 訳が分からないと目を白黒させるアインザックに、アインズは眼窩の灯火を静かに細める。

「トーマスを思い出すよ」

 

 懐かしい男の姿が、一瞬脳裏を過ぎった。

 

「……まぁ、そういうわけだ。私は同類を探す為にも、冒険者達に様々な場所へ足を運んで貰い、情報を得て欲しいと考えている。だからこそ、この提案をしたんだ。他の者達も、この案に賛同してくれると良いんだが」

 アインズがそう言うと、アインザックは力強く頷いた。

「そうですね。私も陛下の願いが叶う事を祈っております。陛下が提案した冒険者への支援の仕方は、我々にとってかなり魅力的なものです。きっと、理解を得られると思いますよ」

 何となく、この部屋に入ったばかりの時よりも、アインザックの纏う空気が柔らかくなった気がした。

「さてと、では今度こそ話は終わりだ。先程も言ったが、組合側で話が纏まったら、出来るだけ早く連絡を入れるんだぞ?」

 ガタッとアインズは椅子から立ち上がった。今日話すべき内容は全て話した。後は自分でも今一度考えを見直しておこう。

「では、また後でな」

「畏まりました、陛下」

 アインザックも立ち上がり、深く頭を下げる。それを確認した後、アインズは部屋の外へと出て行った。

 

 

 廊下に出て来たアインズに気付き、ブレインが軽く手を上げる。

「お疲れさん陛下。で、どうだったよ? 掴みはイイ感じか?」

「そうだな。思った以上に話がスムーズに進んで、自分でも驚いているよ」

 パチクリと灯火を瞬かせつつ答えると、ブレインは楽しげに笑みを浮かべた。

「そりゃ良かった。んじゃまぁ一先ず帰るか!」

「あぁ」

 恐らくこの提案は、近い将来通るだろう。アインザックならば、上手く説明してくれる筈だ。

 彼は信頼出来る。まだ出会ったばかりだが、先の会話を通してアインズは確信していた。

 

「良き出会いに恵まれたと思っているよ。本当にね」

 

 アインズは喜色を交えた声色で、ブレインにそう告げたのだった。

 




原作でもアインザックへの好感度が高いアインズさん。この世界でもどうやらそのようです。

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