完勝
「知っていますか? メルティちゃんは貴女が姉だという、ただそれだけの理由で貴女を信じようとしたんですよ? そんな想いを貴女は裏切ったのです」
動きの鈍くなったヴィッチに、ラフタリアは力を籠めて剣を振るう。
あれ? メルティって最初からヴィッチの事信じてなかったんじゃ……。
もしかしたら俺の知らない所でフィーロやラフタリアに言っていたのかもしれないな。
「まっ――」
「待ちません。それはナオフミ様とて同じです。ナオフミ様は唯一人自分の仲間になってくれた貴女を信じて、大事にしようと、そんな想いを抱いていたのに……それを踏み躙ったのです」
ラフタリア曰く、この時は自分でも驚く位冷徹に身体が動いたらしい。
ヴィッチ相手に同情なんて必要無いからな。
よくやったとしか言い様は無いが。
「貴女の所為でどれだけの者が嘆き苦しみ絶望したのか……この程度ではナオフミ様一人が受けた痛みの一割にも満たないでしょう」
やがてヴィッチが切り傷でボロボロになった頃、ラフタリアは後方に距離を取った。
「どうせ卑怯な事をするつもりなのでしょう? 回復魔法を掛けて貰ってください。その分、痛め付けますから」
勝気にラフタリアはヴィッチを小馬鹿にして見せた。
その状況に大層ご立腹のヴィッチは顔を真っ赤にして叫んだという。
「おのれ! お前は今、誰を相手にしていると思っているの!? この国の女王になる偉人を傷付けたのよ!」
「知りませんね。それにこの国の次期女王はメルティちゃんです。貴方ではありません。唯の冒険者さん……ではなく、国賊でしたね」
あくまで冷淡に、ラフタリアはヴィッチを蔑む目線で言い放ったという。
「ほら、援護魔法でも回復魔法でも幾らでも掛けて貰って私に挑むと良いですよ。その度にコテンパンにして差し上げます」
射殺すかの如くヴィッチはラフタリアを睨みつけ、舌打ちをした。
「それとも、もう卑怯な手に走るのですか?」
「おのれぇええええええええええ!」
回復魔法を掛けられて傷が癒えたヴィッチが剣を乱暴に振り回してラフタリアに切りかかる。
しかしそのすべてを見切られ、ラフタリアに嬲られるヴィッチは、洗脳されていない者からしても愚かにしか見えなかったそうだ。
が、ヴィッチは諦めが悪い女だ。
怒りで頭に血が上っている振りをして魔法を詠唱していた。
「ドライファ・ヘルファイア!」
素早く魔法を唱え、ギリギリでかわすラフタリアにフェイントを交えてぶつけようとした。
「変幻無双流剣技、円!」
ヴィッチの必殺魔法もラフタリアが一凪ぎしただけで掻き消える。
一瞬だけ呆気に取られたヴィッチだったが、即座に短剣を投げつけた。
判断能力と人を貶めるのは得意だからなぁ。
だが、その短剣も体を仰け反らせて避けられ、ヴィッチの奥の手は失われた。
しかし、それだけで終わらないのがラフタリアの凄い所だ。
ヴィッチが投げた短剣を避けると同時に手を伸ばし、空中で掴み取ってヴィッチに向けて言った。
「……これはなんですか? 慣れない構えをして、この短剣を私に当てようとしていたのはわかってますよ?」
「チィ!!」
ラフタリアの問いに答えず、ヴィッチは高らかに手を上げて宣言する。
「皆の者! ここに居る盾の魔王に付き従う腹心を殺せ!」
「……そう言うだろうと思いました」
ヴィッチは気づいていなかった。
ラフタリアが先ほどから魔法を唱える時に起こしている尻尾を僅かに膨らませる動作を。
『力の根源足る私が命ずる。理を今一度読み解き、彼の者を我と誤解させよ』
「アル・トリックミラージュ!」
「ホッホッホー! 魔王の腹心相手に本気を出す訳無いじゃないの!」
勝ち誇った笑みで洗脳した連中にラフタリアを襲わせるために下がるヴィッチ。
だが、そのヴィッチの企みもそこで潰えた。
指示した魔法援護も何もかも全てが逆に降り注いだのだ。
ヴィッチに降り注ぐ魔法攻撃、そしてラフタリアに支援魔法が掛けられ、傷の無い身体を無意味に癒す。
「――お前等! なんで私に向かって襲い掛かる! 来るな、寄るな! 何故!? この痴れ者共があああぁぁぁぁ!」
洗脳された連中に群がられてヴィッチは予想外な表情を浮かべながら叫ぶ。
「何故? それはしょうがありませんよ。ここに居る方々はみんな、貴方と私が入れ替わって見えるのですから」
「お、おのぇえええええ! ギャアアアアアアアアアアアアアア!」
ヴィッチの叫びは群がる連中に掻き消されたそうだ。
そう、ヴィッチの企みは、ラフタリア一人によって阻止されてしまったのだ。
なんとも哀れな状況だ。
醜悪な魔女には相応しい最後だな。
思わず笑いが込み上げてくる。
唯一不満があるとすれば、手を下したのが俺自身では無い事か。
まあ、どちらにしても俺がやった所でダメージは少なそうだけどさ。
「何を画策していたか分かりませんが、種明かしはこれだったのでしょうね」
勝利に喝采する洗脳された連中。
どっちが勝ったかはまだ判別出来ていないようだった。
それを呆れ眼で見ながら、ラフタリアはヴィッチの振りをして宣言した。
「私が直々に女王に引導を渡します。皆さんは盾の一番の腹心の口を塞ぎ、逃げられない様縛り上げた後、拷問してください。そして城に入らず、待機してください。それが――」
周りの連中の言葉をくみ取ってラフタリアは成済ましを継続した。
「正義の革命なのですから!」
謎の喝采が起こり、ラフタリア達は命令通り待機した正義ゾンビ達の目の前を横切り、城へと侵入した。
そこで魔法が解け、そのまま女王の元へ向かい、洗脳された俺の配下兼、同郷の連中を締めあげて立てこもるはずだった氷の壁の中に閉じ込めたらしい。
解除の仕方がわからないのだから現状を維持するのが妥当と判断したそうだ。
まあ、洗脳された城内の連中の指揮系統は相当混乱していて、逃げるのは容易では無かったが、氷の壁を作って立てこもったと勘違いしてくれたのが幸いだったらしい。
「後はラフタリアさん達の手助けを受け、私達は城から脱出。混乱に乗じて洗脳されていない者達と共に避難をしたと言う所ですね」
「なるほど……」
ヴィッチの末路か。見てみたかったな。
というか、鎧を追わずにポータルで飛んだら立ち会えたのだろうか?
なんか選択を誤った気分だ。
まあ、樹を捕らえた訳だし、最善手を取ったとは思うが。
「その後は私達も良くわかっていません」
「ラフタリア達は洗脳された連中の見分けがつくのか?」
「良く目を凝らさないとわかりませんが出来ます」
「お陰で助かりましたね」
なるほどなぁ。中途半端な修業で帰ってきたような連中よりも目が良いのか。
あ、リーシアは一応見えていたのかもしれない。
アイツは自己主張あんまりしないし、気弱で俺に詰問されるのを怖がっていたのかも。
でも、今のリーシアってハッキリ見えるらしいし。
「そうだ。武器屋の親父に会わなかったか?」
「会いましたよ? この避難組の前をお任せしています。そろそろリユート村に到着する頃だと思いますよ」
そうか、親父は無事だったか。
「そう言えば、私達が城下町を抜け出す頃に砂煙が城下町に入って行きましたが……」
「ああ、そっちは大丈夫だ。じきにこの事態も収束するだろうな」
と言う事は、ヴィッチは正義ゾンビ化して元康に跳ね飛ばされていたのかも。
そう考えるとかなり滑稽だな。
リーシアがヴィッチを見つけて絶叫しているかもなぁ。
「ナオフミ様。また笑ってます」
「懐かしいな、その台詞」
「お久しぶりなのに全然変わっておられませんね」
「人間、そうそう変わらない……いや、違うか」
ラフタリアやフォウルを見れば如実だよな。
最初は小さな女の子だったのに今じゃ殆ど大人だし。
フォウルも生意気そうなガキだったのに、立派に成長してる。
変わるもんか。
見た目の話じゃないだろうけどさ。
「フィーロねむーい」
「そうだな。俺も眠くなってきた。ラフタリア、お前等の修業はまだ続きそうか?」
事態が完全に解決に向かい、俺もどっと疲れが出てきた。
よく考えたら町の方は全然解決していない。
リーシアの仕事を中断させる必要があるか?
「そろそろ終わりですじゃ。後一週間の辛抱だと思って結構ですじゃ」
「ああ、そう。俺達は一度リーシアを拾って領地の町の洗脳を解かせに行く、ラフタリア達はどうする?」
「城の方は大丈夫なのですか?」
「そうだなぁ……洗脳された連中を抑える事は成功しているから、戻っても大丈夫だ。そっちを任せるか?」
「お任せください」
「わかりました。ではラフタリアさんを数日貸して頂いてよろしいでしょうか?」
女王が間に入ってくる。
俺はババアに目を向けると、ババアも頷いていた。
「わかった。町の処理が終わったら、少し休んで、リーシアをもう一度連れて来る。それまで任せた」
「任されました」
「じゃあフィーロ、リーシアを拾って町に戻るぞ」
「はーい」
「ちょっとお兄様、離れてください」
「ああ、アトラ! アトラー!」
アトラがフォウルを振り払ってフィーロの背に乗る。
俺もフィーロの背に跨って、颯爽と走り出させた。
そうか。ラフタリアの修業ももう少しで終わりか。
で、俺達が城下町に到着した頃。
「ふぇええええええええ! なんでヴィッチさんまでいるんですかぁああああ!」
と、大きな情けない声が城下町に響き渡っていた。
こうして非常にアッサリと洗脳事件は幕を下ろした。
得られた物も多かったけどな。
くくく、ついにヴィッチを捕らえたぞ。
弟を不良から脱却させた年に、親が祝ってくれた俺の誕生日よりも楽しい。
例えが微妙だな……。
さて、女王は何をしてくれるかな?
無難な所で処刑か? 首が飛ぶ所でも拝ませてもらうか、はは。