決闘条件
リーシアが張り合う様に剣に手を添える。
なんだ? リーシアを中心に気が集まって行くのが見える。
内部からでは無い。
外部から気が集まり、リーシアに力を貸している?
「無双活性!」
ドンと音がしたような気がした。
もちろん、それは気のせいなのかもしれない。
だけど、それだけでリーシアをとても力強く感じる。
今やリーシアの気はフィーロに匹敵……いや、それ以上に膨れ上がっている。
凄い……これがリーシアの本気と言う奴なのか?
勇者に頼らず世界を救いたいと願って生まれた流派、変幻無双流。
その真髄を理解したリーシアが本気で力を解放しているんだ。
単純な強さはどれだけなのか測定できない。
まあ、俺の防御を突破出来るのかは定かじゃないけど、警戒する位の強さはあると思う。
女騎士とカースに呪われた錬が戦った時の様な不安要素が無い。
「なるほど……ああやって気を扱うのですか。面白いですね」
そうだな。
アトラの台詞に俺も同意する。
ああやって外部から気を集める事で、内部の気を消費せずに力を発揮させる事が出来るんだ。
見るのは簡単、実行は難しいのかもしれないけどさ。
「んー?」
というかあの動作、リーシア以外で使っているのを見た覚えがあるぞ?
今、首を傾げている奴。
フィーロが魔力を回復させる動きとまるで同じだったぞ。
「はっ!」
リーシアが凄い速度で樹の前に突進する。
「変幻無双流突剣技! スパイラルスラッシュ!」
リーシアの持つ剣に螺旋の気の流れが生まれる。
「くっ!」
さしもの樹も受けたらタダじゃ済まない事を察したのか、紙一重で避け、矢を射る。
……なんで弧を描いて俺の方へ飛んでくるんだよ!
「流星盾!」
咄嗟に流星盾を展開し、樹の放った矢を受ける為の防御結界を展開させる。
光を放つ矢が幾重にも別れて俺のいる場所に降り注ぐ。
念の為に盾を矢が飛んでくる上に向けた。
バキンと音を立てて流星盾が壊れ、余った矢が降り注ぐ。
一応、ダメージは受けていない。
目の前にいるリーシア達と戦えっての、なんで俺を狙ってくるんだよ!
「逃しません!」
一度目が外れたと同時にリーシアはスキルを放った樹に追撃を掛ける。
そのすべてがスパイラルスラッシュと言う物のようだ。
あそこまで連続して放つのは凄いな。
女騎士の連続攻撃の様な軽さはなく、全てが必殺に匹敵するのが見るだけでわかる。
「俺も忘れるなよ! 重力剣!」
「ぐ……」
ただ、樹のカース武器は基本性能が高めなのか、リーシアと錬の攻撃を受けてもあまり手傷を負っていないようだ。
それ所か徐々に傷が再生している。
腐ってもヴィッチに何か肉体改造をされたと見て良いかもしれない。
「その程度で……僕を止められると思うな!」
樹から噴出するカースの瘴気がリーシアと錬を吹き飛ばす。
「厄介な……エクレールはこんな力を使っていた俺と戦っていたのか!?」
「イツキ様、その力に呑まれては行けません! 絶対に後悔します!」
「後悔するのはそっちです! 早く、正義に目覚めるのです! アロースコール!」
「させるか! 悪いな二人とも!」
俺は樹が範囲スキルを放つ前に魔力を練りこんで使った。
「シールドプリズン!」
樹を中心に俺の作った盾の檻が取り囲む。
リーシアと錬が樹を説得。する前に今回の事件は収拾しなくてはならない。
だから根源である樹を切り離すのが先決だ。
「な、どんな攻撃であろうとも僕は――」
幸い、樹は回避する事無く檻に閉じ込める事に成功した。
「イツキサマ! 貴様! イツキサマに何をする!」
鎧が素手で俺に向かって殴りつけようと走り出してくる。
「てい!」
「でりゃあ!」
「うぐ――」
アトラとフィーロのそれぞれの突きと蹴りを同時に受けて鎧は吹き飛ばされ、壁に激突し昏倒した。
そのまま一生眠っていろ。
「アトラ、どうだ?」
「……ダメです。禍々しい気の根源は閉じ込められてますが、禍々しい気が蜘蛛の巣のように追っていた方を浸食しています」
「ちっ」
間違いないな。これは樹を倒しても洗脳は解けない。
ガンガンと檻が音を立ててヒビが入り始める。
樹のカース武器は性能が高いみたいだな。
「リーシア、錬。すぐに檻は壊れる。今のうちに戦えるように備えろ」
「はい!」
「わかった!」
「俺も少しだけ手助けをしてやる。ツヴァイト・オーラ!」
二人にそれぞれ援護魔法を掛け、檻が壊れるのを待つ。
推定5分は持つはずだった檻が二人に援護魔法を掛けた矢先に壊れた。
物理的に破壊されたと見て良いだろう。
「この程度ですか? ではこちらも行かせてもらいますよ! フローズンレイン!」
氷で作られた矢が幾重にも俺に向かって飛んでくる。
だからなんで俺なんだよ!
「イツキ様! ふざけないでください! 戦っているのは私達です!」
「ガエリオン! ハイファイアブレス!」
「キュアアアアアアアアア!」
氷の矢がガエリオンの吐きだした炎で溶かされる。
だが、中に混ぜられていた禍々しくも白い矢が炎を無視して飛んでくる。
「ごしゅじんさま危ない!」
「させません!」
その残りをフィーロとアトラがたたき落とす。
「例え多勢に無勢であろうとも、あなたさえ倒せば、僕の勝ちです!」
樹の奴、押されている自覚があるのか?
ヒーロー物の中にはヒーローが一人で、戦う物がある。
そんな路線をイメージでもしているのかもしれない。
どっちにしても外堀を埋めるように周りから倒して行けよ。
勝利条件が俺の撃破とか思ってんのか?
とにかく、俺自身は矢掴みやフロートシールドでどうとでもなりそうだ。
「アトラやフィーロ、ガエリオン達も聞け。樹は俺だけを狙っているようだから少し離れていろ」
「だけどごしゅじんさま――」
「フィーロちゃん、尚文様は私達を傷付けまいとしてくれているのです。であれば、私達は邪魔でしかありません。大丈夫です。尚文様はあの様な輩に決して負けません。ですから、尚文様を信じてあげてください」
「ううー……わかった」
「尚文様、どうか御武運を!」
アトラは素早く距離を取り、フィーロは渋々離れる。
そしてガエリオンと谷子からも離れるように俺は歩いた。
「イツキ様、貴方は何を成そうとしているか、わかっているのですか?」
「……ブレイズアロー!」
リーシアと錬が放つ攻撃を辛うじて避け、時に受けて、尚俺に攻撃を続ける。
「私は正義とは何なのかをイツキ様に出会ってから常に考えていました」
「悪に語る口などもう無い!」
「悪……悪とは何なのですか? 正義とはなんでしょうか? イツキ様に取って、正義とは自身の満足が得られる物でしかないのではありませんか!? 会話せず理解せず意思さえも無視して相手を倒し、暴力で押さえ付ける事が本当の正義なのですか!」
「正義無き力は暴力、力無き正義は無力という言葉があるよな。樹、お前にとって正義の味方と言うのは、憧れだったんだろう? お前はあまり自分の事を話さなかったし、昔の俺は知りたいとも思わなかった。だけど、今の俺はお前の事を知りたい。樹が何を求めて、何が悲しいのかを知りたい。俺は……俺達は樹の敵じゃない。だから、教えてくれ!」
説得を試みながらよくもまあ戦えるな。
樹の攻撃が集中する俺の方も考えて欲しい。
まあ確かに、錬の言う事も一理ある。
樹ってどんな奴なのか全然わからないんだよな。
性格は理解できるけど、どんな也でどんな生活をしていた奴なのか全然知らない。
知りたいとも思わないけど。
ここまで正義正義と拘る理由は何なんだろうか?
「正義とは力。正しい事の証明。弱きを助け、強きを挫く!」
またそれか。
鎧が勘違いしたのもその言葉からだ。
……ん?
ふと、何かが引っ掛かった。
樹の行動を逆に考えてみよう。
もしかして樹って、元の世界じゃ鬱屈した感情が渦巻いていた?
樹はヒーロー願望を持っている。
創作物のヒーロー主人公って、不自然に平凡な奴やいじめられている奴が変身や変装して悪人を倒すと言う物が多い。
スー○ーマンとかクモ男とかで有名なヒーローってそうだよな。
将軍様プレイもそうだ。
樹の正義って隠れた物が多かった?
ヒーローへの憧れ?
なるほど。確かに正義の味方は力があり、誰かを救う。
そこに集約するのは勧善懲悪。
正義が勝ち、悪は滅びる。
現実もそれ位単純だったら良いんだけどな。
「例え悪と罵られようとも! 僕は正義の味方だ!」
評価欲求と憧れ……そこから導かれる結論は――
「樹、お前がリーシアに言ったのはお前が受けた事そのままだ。だからリーシアを見ないようにしているな?」
「何!?」
「俺と戦いたかったら、まずはリーシアを倒してみろ。でなければ、お前の相手などしない」
ここは条件を提示しなければ樹はいつまでも引く事が無い。
ならば俺は樹に取って悪として勝負を挑めば良い。
バトルモノでこう言うシーンを見た事がある。
俺もこの世界に来て元康に何度もやらされた手法だ。
どちらかが一方的に不利になる交換条件を出した上で勝負する。
今回の場合は、俺がこの条件を出す理由は無いんだが……リーシアに任せると約束しているしな。
「飲めないのなら、お前など戦う価値も無い」
「くっ!」
見下げる目で言い放つと樹が悔しそうに唇を噛みしめる。
やはりそうか。
これは憶測だが、樹は元の世界でいじめられていた可能性が高い。
そしてリーシアは樹を中心としたパーティーの最底辺であり、いじめに等しい行為を受けて追い出された。
樹に取ってリーシアとは過去の忌まわしい記憶が蘇る存在なんだろう。
そんな相手が異を唱えて立ちはだかるなんて絶対にあってはならない。
ヒーローにそんな自己回帰はまず存在しない。
「そうですか。悪に洗脳されたリーシアさんを倒さねばいけないのなら、戦ってあげましょう」
樹はずっと俺に向けていた弓をリーシアに向ける。
そしてリーシアが俺に深々と頭を下げた。