[ゆらぐ基 問われる実効性](1) 輸入依存の果てに 海外リスクが顕在化
2020年03月24日
ルートの金井代表は国産の安定供給へ野菜を保管して需給調整を担う業者へ支援を望む(千葉県八街市で)
「中国の加工場も港湾も止まった。注文分のタマネギは入らない」。中国で新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2月上旬。農産物の仲卸業者・ルートの金井峻亮代表の元に仕入れ先の輸入業者から急報が届いた。感染拡大防止のため現地の人の移動に制限がかかり、仕入れを直撃した。
中国産のむきタマネギを毎週50~80トン仕入れ、中食や外食に販売する同社。10キロ入り段ボール箱5000箱を常時保管する倉庫が、一時は空になった。取引先への対応に追われ、2月の収益は半減した。
中国産タマネギの年間輸入量は28万トン(2019年)。20年前に比べ3割増だ。国内流通量の2割を占める。このうち7割強が一次加工したむきタマネギで、長期保存できる真空パック包装が普及する。簡便性や保存性を武器に「拡大する外食や中食需要に食い込み、新しいマーケットを築いた」(輸入業者)。
新型コロナ禍で外食業者などにタマネギを納入する業者は対応に追われた。当時、国産は潤沢で東京市場の価格は中国産を下回り、国内産地には業者の問い合わせが相次いだ。しかし、「国内の皮むき加工体制が十分でなく要望に追い付かない」(産地関係者)ため「国産への転換は一部だった」(輸入業者)。中国産に市場を奪われた結果、素材は十分にあるのに、急な事態に応え切れないという課題が残った。
輸入停滞は早期に終息したが、金井代表は「もし長期化していたら、どうなっていたか。輸入物を扱うリスクを痛感した」と振り返る。物流の停滞はタマネギにとどまらず、2月第2週(2~8日)の中国産野菜の輸入量はネギやニンジンなど複数の品目が前年同期比8、9割減となり、流通は混乱した。
日本の食料自給率は37%(18年度)で、海外に大きく依存する。環太平洋連携協定(TPP)、日欧経済連携協定(EPA)、日米貿易協定といった大型貿易協定が相次ぎ発効し、グローバル化が進展。食料の調製・加工を海外拠点で行うケースも増え、国際的なサプライチェーン(物の調達・供給網)が進む中、自然災害や伝染病、輸送障害などのリスクは国外に広がっている。食料安全保障の確立は、食料の安定供給に欠かせない課題だ。
資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表は「安い食料をいくらでも海外から調達できた時代は終わった」と断言し、不慮の事態でも安定供給を担保する生産基盤の再構築を提唱。「今見つめ直さなければ、つけは生産者にとどまらず、消費者が払うことになる」と警鐘を鳴らす。
「新型コロナウイルス感染症などの新たな感染症の発生による輸入の一時的な停滞など、我が国の食料の安定供給に影響を及ぼす可能性のある要因(リスク)が顕在化している」。同省が19日に示した次期食料・農業・農村基本計画案に盛り込まれた一文だ。国際情勢の変化や頻発する気象災害など、食料安全保障を脅かすリスクが増していることに、同省も危機意識を抱いている。
◇
食料安全保障が揺らいでいる。新型コロナウイルスで農産物輸入が一時的に停滞した他、農業産出額で4割を占める中山間地の荒廃に歯止めがかからないなど、食料安定供給のリスクが高まっている。一方、多様な主体で農村の再構築や、目先の利益だけでなく10年、20年先を見据えた持続可能な農業に挑戦する動きも始まっている。現場を追った。
コロナ禍で物流が停滞
中国産のむきタマネギを毎週50~80トン仕入れ、中食や外食に販売する同社。10キロ入り段ボール箱5000箱を常時保管する倉庫が、一時は空になった。取引先への対応に追われ、2月の収益は半減した。
中国産タマネギの年間輸入量は28万トン(2019年)。20年前に比べ3割増だ。国内流通量の2割を占める。このうち7割強が一次加工したむきタマネギで、長期保存できる真空パック包装が普及する。簡便性や保存性を武器に「拡大する外食や中食需要に食い込み、新しいマーケットを築いた」(輸入業者)。
新型コロナ禍で外食業者などにタマネギを納入する業者は対応に追われた。当時、国産は潤沢で東京市場の価格は中国産を下回り、国内産地には業者の問い合わせが相次いだ。しかし、「国内の皮むき加工体制が十分でなく要望に追い付かない」(産地関係者)ため「国産への転換は一部だった」(輸入業者)。中国産に市場を奪われた結果、素材は十分にあるのに、急な事態に応え切れないという課題が残った。
輸入停滞は早期に終息したが、金井代表は「もし長期化していたら、どうなっていたか。輸入物を扱うリスクを痛感した」と振り返る。物流の停滞はタマネギにとどまらず、2月第2週(2~8日)の中国産野菜の輸入量はネギやニンジンなど複数の品目が前年同期比8、9割減となり、流通は混乱した。
基本計画も危惧を明記
日本の食料自給率は37%(18年度)で、海外に大きく依存する。環太平洋連携協定(TPP)、日欧経済連携協定(EPA)、日米貿易協定といった大型貿易協定が相次ぎ発効し、グローバル化が進展。食料の調製・加工を海外拠点で行うケースも増え、国際的なサプライチェーン(物の調達・供給網)が進む中、自然災害や伝染病、輸送障害などのリスクは国外に広がっている。食料安全保障の確立は、食料の安定供給に欠かせない課題だ。
資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表は「安い食料をいくらでも海外から調達できた時代は終わった」と断言し、不慮の事態でも安定供給を担保する生産基盤の再構築を提唱。「今見つめ直さなければ、つけは生産者にとどまらず、消費者が払うことになる」と警鐘を鳴らす。
「新型コロナウイルス感染症などの新たな感染症の発生による輸入の一時的な停滞など、我が国の食料の安定供給に影響を及ぼす可能性のある要因(リスク)が顕在化している」。同省が19日に示した次期食料・農業・農村基本計画案に盛り込まれた一文だ。国際情勢の変化や頻発する気象災害など、食料安全保障を脅かすリスクが増していることに、同省も危機意識を抱いている。
◇
食料安全保障が揺らいでいる。新型コロナウイルスで農産物輸入が一時的に停滞した他、農業産出額で4割を占める中山間地の荒廃に歯止めがかからないなど、食料安定供給のリスクが高まっている。一方、多様な主体で農村の再構築や、目先の利益だけでなく10年、20年先を見据えた持続可能な農業に挑戦する動きも始まっている。現場を追った。
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コロナと輸出制限 食料安保確立の契機に
新型コロナウイルスの感染拡大で農畜産物の消費が混乱し、農業者を苦しめている。食料の輸出制限が相次ぐ中で浮き彫りになったのは、食と農はひとつながりの関係にあることだ。国内生産が縮小すれば食の不安は増大する。食料の安定供給が揺らがないよう、国を挙げて生産基盤強化を急ぐべきだ。
食料自給率37%(2018年度、カロリーベース)の日本にとって、日々の食卓をどう守るか考えざるを得ない事態だ。新型コロナの感染が地球規模で広がり食料貿易に影響が出ている。中でも輸出制限は輸入国の食料安全保障を脅かしかねない。
世界最大の小麦輸出国ロシアは4~6月の穀物輸出量に制限を設けた。第5位の輸出国のウクライナも国内販売を優先し、輸出制限に踏み切る可能性がある。米では世界第3位の輸出国ベトナムが新たな輸出契約を3月下旬に停止した。国内の需給状況を確認する一時的な措置ともみられるが、同国政府は主食の確保に神経をとがらせる。農水省は、これらの国は主要な輸入先でないため「日本の食料輸入に影響が生じているとの情報は入っていない」とする。
日米欧やロシアなど20カ国・地域(G20)は農相会議で「いかなる不当な制限的措置を回避する」ことを確認した。ただ、どんな場合が「不当」に当たるかは輸出国と輸入国で温度差があるだろう。自国民の食料確保を輸出より優先するのは政府の役割として当然ともいえる。輸出制限回避の担保を得たとは言い難い。また世界貿易機関(WTO)ルールは新たな輸出制限を設ける時はWTOに通知し、輸入国と協議することなどを定める。しかし輸出制限の歯止めとして実効性はあいまいだ。
各国政府の意図と関係なく食料流通が止まる恐れもある。米国では食肉処理工場で感染が広がり、複数社が操業を停止した。同国の豚肉供給量の4、5%を占める工場も含まれ、食料品店では食肉が今後不足するだろうとの報道もある。世界最大の米の輸出国・インドでは、都市封鎖による混乱で輸出業者が新規契約の締結をやめている。
グローバリゼーションで、効率性や安さを優先し食料の供給網を世界中に広げてきたことが一転、地球規模の感染拡大でリスクとなって現れつつある。
日本では食料不安はまだ顕在化していない。国内で農業者が懸命に生産を続け、国民の食を守っているからだ。ただ外出自粛や休校、飲食店の休業などによる需要減と価格低下で、経営が苦境にある農業者も多い。食料の安定供給は瀬戸際にある。
食料自給率が低い中で、生産力がさらに弱まれば食料不安が噴き出す恐れがある。消費者が農業者を支える番だ。輸入依存を見直し、食と農の結び付きを強めていく。その契機とすべきだ。そのために政府は、農業経営を継続できるよう支援するとともに、食料供給の実態を国民に伝えることが求められる。
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2020年04月29日
泉麻人さん(コラムニスト) 「洋食=ごちそう」だった
前の東京オリンピックが行われた1964年。僕は小学校2年生でした。今よりも洋食への憧れが強かった時代だと思います。
母に連れられて銀座に行き、買い物の後で、数寄屋橋交差点の所にある不二家に寄っていました。1階がお菓子の売り場で、2階と3階が喫茶&グリルでした。
喫茶室に入ると漂う、バニラエッセンスとカラメルの甘い香りがたまらなくてねえ。プリンの横にクリームやフルーツがいっぱい載っているプリンアラモード、チョコレートサンデー……。いろいろ食べた記憶が残っています。
熱々のグラタン
もう一軒、銀座2丁目のオリンピックという洋食レストランも思い出の店。今はもうなくなりましたが、昭和の初めくらいからやっていたようで、永井荷風の日記『断腸亭日常』にも出てきます。
そこのマカロニグラタンが大好きだったんですね。母は天火という言葉を使っていましたけど、天火でチーズに焦げ目が付いていて。当時はオーブンなんてなかったから家ではできません。熱々のグラタンがテーブルに置かれ、焦って触ってしまって手をやけどしたこともあります。チーズの焦げた味というのは、刺激的でした。
わが家は東京都新宿区の下落合で、よく出掛ける大きな街というと池袋でした。家の前の道をバスが走っていて、それに乗って1本で行けたので。近いということもあって、池袋は普段着で行く街でした。銀座に行く時は革靴を履かされたんですけどね。
池袋では西武デパートによく行きました。7階辺りの大食堂の横に、しゃれたアイスパーラーがありました。バニラやチョコレートといった普通の味の他に、エッグというカスタード味などいろんなアイスがありました。抹茶味を最初に食べたのも、この店です。
“泥玉”正体は…
大食堂の通路横には、食品サンプルが並んでいました。ナポリタンやハンバーグが並ぶ一番端に、ピータンがあったんですね。もみ殻に包まれたものが2個。まるで泥玉のようで、その奇怪なサンプルが目の底に焼き付きました。
街の中華料理店でピータンを出すとこはまだなかったし、母に聞いても分からない。大人になって初めて食べて、ああこれがあの泥玉の正体かと納得しました。
今なら店に行くと、ウエーターやウエートレスが席に案内したり、満席の時は外で待つように言われたりしますよね。その頃はお客さんが普通に入って来て、満席ならすきそうな席の後ろに立って待っていたんです。別の家族が背後霊のように立っている前で食べていた。その不思議な感覚を覚えています。デパートの屋上には乗り物がありましたし、遊園地みたいなところでしたね。周りに高い建物はなく、望遠鏡が置いてあって、それで周囲を眺めました。
家で食べた料理で思い浮かぶのは、ロールキャベツ。母の作るのはトマトクリーム味でした。ケチャップに牛乳とバターを入れたのかな。ピンク色をしていましたね。2日目くらいになると、キャベツを留めるようじが折れて、肉の間に入っていました。
祖父は大阪で会社の役員をやっていて、家に帰って来る時は、難波の肉屋さんで割と良い牛肉を買ってきてくれました。すき焼きにすることが多かったんですが、時にはステーキ用の肉を買ってくることも。そんな時、父が「今日はビフテキだぞ」と、うれしそうに伝える。ごちそうの代名詞がビフテキ。そういう時代を懐かしく思い出します。(聞き手・写真=菊地武顕)
いずみ・あさと 1956年東京都生まれ。慶応義塾大学卒業後、東京ニュース通信社に入社。「週刊テレビガイド」を担当。84年に退社し、「週刊文春」で「ナウのしくみ」を連載開始。近年は昭和時代カルチャー、街歩きなどを得意とする。近著に『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた』(三賢社)。
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2020年04月25日
[新型コロナ] 和子牛価格 5年ぶり65万円割れ 需要減で枝肉低迷 繁殖経営 苦境に
和牛子牛価格の下落が止まらない。新型コロナウイルスの拡大による枝肉相場不振のあおりで急落した3月に続き、4月も多くの市場で下落。5年ぶりに1頭平均価格が65万円を割り込んだ。産地では、せり場での感染防止対策の徹底による取引の維持や、和牛肉の販促活動などに努めるが、苦しい状況だ。生産現場は先が見えず、和牛生産の基盤が揺らいでいる。
JA全農がまとめた全国の主要家畜市場の取引結果(21日時点)によると、1頭平均価格は前月比5%、前年同月比21%安の64万2229円。昨年12月以降、5カ月連続で前月を下回っている。前月割れした30市場のうち9市場が50万円台となるなど、落ち込みは深刻だ。
昨年の1頭当たりの年間平均価格で全国トップとなった兵庫県の但馬家畜市場は、前月比18%、前年同月比43%安の56万7857円と大きく下げた。枝肉価格の急落に加え、政府の緊急事態宣言発令翌日の開催となったことなどが影響したという。同市場も、換気や消毒など万全の対策を取った上での開催となった。
岩手県の全農岩手県本部中央家畜市場は、前月比8%安の56万2983円となった。マスクの装着や手指の消毒を促し、せり場への入場を原則購買者に限るなど、感染防止対策を徹底。購買者の数や上場頭数などに変動はなかったが、枝肉価格の下落が響いた。
市場関係者は「生産基盤対策が急務となっている中で、この相場が続くと基盤維持に影響が出かねない」と危惧する。
両県を含め全国の産地では、肥育農家の資金源となる枝肉相場の回復に向け、和牛肉の販促活動に懸命に動いている。ふるさと納税での特別企画や家庭消費向けのキャンペーンなどを展開し、応援消費の輪も広がる。
ただ、緊急事態宣言の対象範囲が全国拡大するなど、販売環境は悪化。和牛の枝肉相場(A4、去勢)は4月に入っても1キロ当たり2000円割れの状況が続き、上がる兆しは見えない。東日本の産地関係者は「子牛価格も一気に下がっているので、高齢農家はこれを機に離農しかねない。繁殖農家にも追加の支援策が必要になってくる」と訴える。
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2020年04月26日
旬のレシピや折り紙、塗り絵… 地域にエール 職員がグッズ制作 JA山口県徳山支所
新型コロナウイルスに負けずに頑張ろう──。周南市のJA山口県徳山支所は、4月から地域の利用者や子育て世帯を応援する活動を始めた。旬の野菜を使ったレシピや子ども向けの折り紙・塗り絵を入れた応援グッズを配布。感染防止に気を遣いながら、職員一丸で元気を届けている。
緊急事態宣言や外出自粛要請で家庭で自炊する機会が増えている。支所では、毎日の献立など子育て世代の悩みを聞き、職員によるレシピ提案を決めた。①材料にキャベツやニンジンなど旬の野菜を使う②子どもの多い家庭でも手軽に調理できる③栄養バランスがとれる――ことを条件に数種類のレシピを選んだ。
支所は職員紹介ボードを設置するなど、日ごろから利用者に親しみを持ってもらう活動を続けている。4月の公的年金受給日には、高齢者に明るい気持ちになってもらおうと、「コロナウイルスに負けずにみんなでがんばりましょう!」という応援メッセージ付きポケットティッシュを作って配布した。
小中学校の休校延長に直面する子育て世帯の利用者には、渉外員が折り紙や塗り絵を入れた応援グッズ「応援情報誌」を配っている。この他、経済支援に関連するJAの事業案内もするなど、支所内外で地域の支援を継続。さらに不要不急の外出自粛を受け、日用品などの宅配サービスにも力を注ぐ。
荒川透支所長は「地域に根差したJAとして、支所の活動によって少しでも地域の人たちを支援したい。地域の協同の輪を広げながら、一日も早く、安心した暮らしが戻ることを願っている」と話す。
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2020年04月29日
農業者、教師、トラック運転手、配送業者、電気技師、荷物仕分け作業員、レジ要員、ごみ収集作業員…
農業者、教師、トラック運転手、配送業者、電気技師、荷物仕分け作業員、レジ要員、ごみ収集作業員…▼新型コロナ対策を巡るテレビ演説で、フランスのマクロン大統領が挙げた「(国民に)生活を続けさせてくれた」人々である。医療従事者にも「命を救い、治療するために全力を尽くした」と感謝の言葉を述べた▼生活を支えるのに不可欠な仕事をするこうした人々が、日本で差別にさらされている。医療従事者に対してタクシーが乗車を拒んだり、子どもの通園を保育施設が断ったり。長距離トラックの運転手の子どもが小学校から登校自粛を求められたケースもあった▼新型コロナは病気と共に不安と差別も連れてくる。見えない上にワクチンも薬もなく不安が生まれる。生き延びようとする本能から病気に関わる人を差別し遠ざけ、つかの間の安心感を得ようとする。結果、症状があっても差別が怖くて受診をためらい、感染を広げる。信頼関係や社会のつながりも壊れる。日本赤十字社がホームページに載せている解説「新型コロナウイルの3つの顔を知ろう!」で学んだ▼「確かな情報」「差別的な言動に同調しない」「ねぎらいと敬意」が差別を防ぐ処方箋と説く。ウイルスは不安に付け込む。私たちが心を一つにしないと闘えない。
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2020年04月26日
ゆらぐ基の新着記事
[ゆらぐ基 問われる実効性](4) 偏重からの脱却 未来つくる“多様性”
和牛の新しい価値の創出に向け、さしだけに頼らない生産が広島県で始まっている。全国の市場流通する子牛血統の実に6割が、15頭の種雄牛に集中する中、同県は40年前に活躍したさし偏重以前の血統を取り入れ、ブランド化や遺伝的多様性に対応している。同県三原市の久井牧場は、飼養する繁殖牛135頭の1割、肥育牛350頭の3割が、県が独自育成した血統だ。同牧場3代目の奥村恭兵さん(34)は「広島ならではの歴史を生かした血統を残したい」と語る。
輸入牛台頭伝統に活路
日本食肉格付協会によると、農家の技術向上や改良で肉質等級が最高のA5の流通割合は46%(和牛去勢・2019年)と10年間で27ポイント上がった。1991年の輸入自由化に打ち勝つため、国内産地がさし中心の品質向上に力を注いだ結果だ。
だが、違う流れも出てきた。18年度の牛肉需要量(概算)は91年度比20万トン増の133万トンで、国内生産量は同10万トン減の48万トン。輸入牛肉は安さの他に赤身の栄養成分の高さをPRしながら消費拡大を目指しており、国産の商機を奪っている。消費動向でも、高齢化などでさしが控えめの肉のニーズが増えてきた。消費変化やニーズに対応した産地づくりの重要性が高まっている。
黒毛和種は近親交配の度合いを示す近交係数が上昇を続ける。一般的に近交係数が高過ぎると能力低下や病気発生が懸念される。京都産業大学の野村哲郎教授は「多様な遺伝子の存在は改良に不可欠」と指摘。赤身を好む消費者が増える中「霜降り以外の肉を作ろうとしても多様性がなければ方向転換できない」と、遺伝的多様性の面からさし偏重の改良に警鐘を鳴らす。
広島県の取り組みは、商機や遺伝的多様性に対応する事例として注目度が高い。JA全農ひろしまは、県血統を持つ和牛を「元就」と名付けてブランド化。独自の血統や歴史が人気で、枝肉価格は他の県産和牛より1キロ50~60円高い。
異種交配で長命連産へ
海外から精液を導入する乳牛でも「ホルスタイン」種純系に一石を投じる動きがある。近交係数の上昇に対応するためだ。日本ホルスタイン登録協会によると、近交係数1%の上昇で乳量は1乳期当たり27・4キロ減る。北海道では根室地方を中心に乳牛1頭を大切に長く飼い、コストを下げる長命連産を目指し、他品種との異種交配(クロスブリーディング)による雑種強勢を始めた。
15年に根室地方の5JAとホクレン、根室生産連で検討チームを設立。19年11月、「ホルスタイン」にフランス原産「モンベリアード」の交配を始めた。今年8月に生まれる牛に、さらにカナダの「カナディアンエアシャー」の精液を使う三元交配を計画する。JAけねべつは、農家9戸が89頭にモンベリアード種を交配。JAは「10年先、20年先を見据え、今取り組む必要がある」と強調する。
次期食料・農業・農村基本計画案では、消費者が国産農畜産物を手に取る機会を増やし生産拡大の好循環が生まれるよう、国民理解の醸成を打ち出す。表題は「我が国の食と活力ある農業・農村を次の世代につなぐために」。実現に向け現場の挑戦が続く。
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2020年03月31日
[ゆらぐ基 問われる実効性](3) 農山村の再生 “よそ者” 継承に活路
福井県あわら市。集落営農組織「グリーンファーム角屋」の代表、坪田清孝さん(69)が、誇らしげに胸を張る。集落外から若者を組織の代表候補として迎え入れ、米だけでなく、タマネギやイチゴの栽培に乗り出す新しい組織に、生まれ変わろうとしているためだ。
「全国に水田農業に夢を描く若者はたくさんいる。継承がうまくいけば担い手不足に困る各地の集落営農組織の希望になる」と坪田さん。同組織には3年後、集落とは縁がなかった斎藤貴さん(43)に経営をバトンタッチする予定だ。今は継承に向かう並走期間。集落の住民らと斎藤さんが共同作業を積み重ね、信頼関係を紡いでいる。
後継者がいない、高齢化、もうかりにくい米経営……。多くの集落営農組織が抱える課題に、同法人は集落外から若者を受け入れ、経営を刷新することで立ち向かう。
人手の確保組織で議論
農水省の調査によると、離農する小規模経営体の農地の受け皿で地域を支える集落営農組織数は、2019年2月時点で1万4949。2年連続で減少した。次期食料・農業・農村基本計画案では30年の農業者数は15年比33%減の140万人と見通しており、生産基盤の要である人材の育成・確保は、農業の最重要課題だ。
グリーンファーム角屋は1999年、集落の兼業農家が共同で農業を守ろうと発足。設立から20年を前に後継者不在で組織の継続が危ぶまれた。坪田さんらは16年、全戸に意向調査。88%で「後継者がいない」「割り当てられた農作業が将来的に難しい」など課題が鮮明になった。合意形成に2年かけ、集落外から若者を呼び込むことにした。知人のつてや就農フェアに参加するなどして探し、知り合ったのが斎藤さんだ。
埼玉県生まれの斎藤さん。農業に興味を持ち、石川県の農業法人に長年勤めていた。独立して稲作を模索する中、後継者を探す同組織の存在を知った。
斎藤さんを迎え入れるため、18ヘクタールの米が中心だった経営にイチゴやダイコン、タマネギなど園芸作物を加え、農閑期の仕事を確保。継承を踏まえ株式会社化した。斎藤さんは「決算書も見て、信頼できると思った。地域の人と一緒に経営を発展させたい」と意気込む。集落の女性らに手伝ってもらって冬は加工にも取り組む考えだ。
坪田さんは「代表が代わっても農業を地域から分断させるのではなく、地域と発展する集落営農の基本理念は変わらない。高齢者ばかりの集落に若い人が来たと歓迎されている」と笑顔だ。
多様な主体活性化の鍵
信州大学の小林みずき助教は「水田農業の若者の継承は、農村や農業の持続性を左右する」と強調する。預ける農地の選定も含め、地域全体が若い農業者を育てる意識を持つことが重要という。
次期食料・農業・農村基本計画でも「多様な主体」を農業の持続的発展のポイントの一つに挙げる。小林助教は「米の消費が減り水田活用の方法が課題となる中、高齢者に比べ、母数が少ない農村の若い力を生かすことが課題解決の鍵を握る。そのための仕組みが必要だ」と指摘する。
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2020年03月28日
[ゆらぐ基 問われる実効性](2) 荒れる山間地 生産、生活どう守る
鹿児島県薩摩川内市入来町の内之尾集落にある約7ヘクタール、枚数は100枚に及ぶ棚田。棚田百選にも選ばれたが、現在は8割が耕作されず、一部はカヤが生い茂る。
「もう体力がない。山間部の農業は採算が合わない」。棚田保全グループの会長だった農家の藤井道博さん(81)が漏らす。グループは3年前、解散した。
70年前は40戸が住んでいた集落。今は13戸に減った。集落で10年続けた中山間地域等直接支払いも耕作継続が難しく、受給できなくなった。かつては、大学生や都市住民が集い、バレーボールやバーベキュー、川下りなどをする憩いの棚田。米の食味も評判だった。
「昭和1桁」耕作に限界
中山間地域を中心に荒れ地の面積拡大に歯止めがかからない。農水省によると、耕作放棄地は42万ヘクタール超(2015年)。20年前に比べ18万ヘクタールも増えた。特に中山間地域では昭和1桁代が離農し、技術や農地の継承が難しくなってきている。
全国のモデルだったような地域でも、荒廃は深刻だ。三重県いなべ市の川原白滝棚田。都市住民と地元農家が荒れていた田を復元させ、10年前に農水省から表彰も受けた。しかし、地元の中核農家の病気で活動が継続できず、棚田の保存会は解散。世話人だった伊藤守さん(64)は「景観が素晴らしく、何より最高においしい米が作れたのに」と惜しむ。
中山間地域農業は廃れてしまうのか。長野大学の相川陽一准教授は「山間部の荒廃はそこに住む農家や地域だけの問題ではない。食べ物や空気、水、エネルギーが都市でも当たり前にある背景に、思いをはせる必要がある」と指摘する。
農水省の統計では、中山間地域の農業産出額は全国の4割を占め、食料供給地としての中山間地の役割は見過ごせない。
多面的機能都市も享受
この10年で西日本豪雨や東日本大震災など大規模な自然災害が頻発。水路やため池の崩壊、河川氾濫が相次ぎ、農業現場にとどまらず、都市にも影響が及ぶ。日本学術会議は20年前、農業の洪水防止機能は年間3兆5000億円、土砂崩壊防止機能が同4800億円、保健休養・やすらぎ機能が2兆4000億円と試算。農村が荒廃すれば、都市住民も享受するこれらの機能が失われかねない。
薩摩川内市の藤井さんは、諦めたわけではない。今、藤井さんは米を植えない棚田にミカンやオウトウ、栗の木などを植える。「20年後、30年後を見据えてる。僕はもうこの世にいないだろうけれど。息子や孫、集落に遊びに来た子どもたちが楽しんでくれたら」。3年前に狩猟免許を取得した妻のノリヱさん(75)とイノシシや鹿の捕獲にも励む。昔とは違う形でも、棚田に再び笑い声が響くことを願う。
藤井さんら昭和初期に生まれた世代を中心に何とか維持管理してきた過疎地域。相川准教授は、生産基盤の弱体化に対し「対処療法で分断、個別施策として考えるのではなく、地域全体をどうするかを地域住民一人一人が考える岐路にある」と指摘する。
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2020年03月25日
[ゆらぐ基 問われる実効性](1) 輸入依存の果てに 海外リスクが顕在化
「中国の加工場も港湾も止まった。注文分のタマネギは入らない」。中国で新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2月上旬。農産物の仲卸業者・ルートの金井峻亮代表の元に仕入れ先の輸入業者から急報が届いた。感染拡大防止のため現地の人の移動に制限がかかり、仕入れを直撃した。
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新型コロナ禍で外食業者などにタマネギを納入する業者は対応に追われた。当時、国産は潤沢で東京市場の価格は中国産を下回り、国内産地には業者の問い合わせが相次いだ。しかし、「国内の皮むき加工体制が十分でなく要望に追い付かない」(産地関係者)ため「国産への転換は一部だった」(輸入業者)。中国産に市場を奪われた結果、素材は十分にあるのに、急な事態に応え切れないという課題が残った。
輸入停滞は早期に終息したが、金井代表は「もし長期化していたら、どうなっていたか。輸入物を扱うリスクを痛感した」と振り返る。物流の停滞はタマネギにとどまらず、2月第2週(2~8日)の中国産野菜の輸入量はネギやニンジンなど複数の品目が前年同期比8、9割減となり、流通は混乱した。
基本計画も危惧を明記
日本の食料自給率は37%(18年度)で、海外に大きく依存する。環太平洋連携協定(TPP)、日欧経済連携協定(EPA)、日米貿易協定といった大型貿易協定が相次ぎ発効し、グローバル化が進展。食料の調製・加工を海外拠点で行うケースも増え、国際的なサプライチェーン(物の調達・供給網)が進む中、自然災害や伝染病、輸送障害などのリスクは国外に広がっている。食料安全保障の確立は、食料の安定供給に欠かせない課題だ。
資源・食糧問題研究所の柴田明夫代表は「安い食料をいくらでも海外から調達できた時代は終わった」と断言し、不慮の事態でも安定供給を担保する生産基盤の再構築を提唱。「今見つめ直さなければ、つけは生産者にとどまらず、消費者が払うことになる」と警鐘を鳴らす。
「新型コロナウイルス感染症などの新たな感染症の発生による輸入の一時的な停滞など、我が国の食料の安定供給に影響を及ぼす可能性のある要因(リスク)が顕在化している」。同省が19日に示した次期食料・農業・農村基本計画案に盛り込まれた一文だ。国際情勢の変化や頻発する気象災害など、食料安全保障を脅かすリスクが増していることに、同省も危機意識を抱いている。
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食料安全保障が揺らいでいる。新型コロナウイルスで農産物輸入が一時的に停滞した他、農業産出額で4割を占める中山間地の荒廃に歯止めがかからないなど、食料安定供給のリスクが高まっている。一方、多様な主体で農村の再構築や、目先の利益だけでなく10年、20年先を見据えた持続可能な農業に挑戦する動きも始まっている。現場を追った。
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2020年03月24日
[ゆらぐ基 広がる危機](3) スマート農業は万能か 経験継承今後も重要
田植え作業は前向き4割、後ろ向き6割──。茨城県龍ケ崎市で約150ヘクタールの水田農業を営む横田農場の代表、横田修一さん(43)が若い従業員に指導する。前方進路の機械運転だけではなく、小まめに後方を振り返り、水位や土壌状態、欠株状況を観察し、速度調節するのが肝心だという格言だ。横田さんは、自動操舵(そうだ)田植え機などを積極的に取り入れるが、“スマート農業は万能”との意見に警鐘を鳴らし、使いこなすには経営感覚や基礎技術、経験の継承が重要と説く。
ドローン(小型無人飛行機)や人工知能(AI)、衛星利用測位システム(GPS)などの先端技術に従来の農業技術を組み合わせたスマート農業。自動操舵トラクターの開発を目指すテレビドラマの放映で注目を集めた。政府の未来投資会議は、経験・勘頼みからの脱却で競争力を高め、ほぼ全ての担い手がスマート農業を活用する将来を描く。農水省も今年度、「スマート農業加速化実証プロジェクト」などをはじめ約50億円の予算を投入。全国69カ所で実証事業を展開する。
費用対効果見極め必須
横田さんは実証事業に参画する。限られた人数で広い農地を効率的に管理するのが狙い。ロボットトラクターや水管理システム、栽培管理支援システムなどを導入し、生産性の10%向上や作業時間の20%削減などを目指す。高齢農家らから農地を預かるなどして、経営面積が就農から20年で7・5倍に拡大したことに対応するためだ。
一方、情報通信技術(ICT)ベンチャー「農匠ナビ」の社長を務め自動給水機を開発した経験もある横田さんは、現在の技術的な限界点も見えている。田植え機の運転を自動化できても、苗や機械を運んだり、苗を機械に積んだりといった作業は自動化できない。
ドローンの生育診断も「農作業の目安にはなるが、生育遅れの原因までは分からない」とみる。植物の生育には複雑な要因が絡み合い、一つのデータだけで管理の全てを決めるのは「かなり乱暴」(横田さん)。「投資に見合った効果がどれだけ得られるか、細かく厳格に評価することが重要」とみる。
新旧技術の融合を模索
スマート農業が発展しても従来の農業技術がなくなるわけではない。中山間地域の長野県伊那市で水稲33ヘクタールを手掛ける農事組合法人田原は今年、自動給水栓11台を導入。組合長の中村博さん(67)は「離れた水田の水管理が自宅でもスマートフォンでもできる。省力化の効果は大きい」と感心する。来年度はさらに22台を追加する予定だ。
ただ、水田の見回り作業は「これからも必要」と断言する。見回りは、気象条件の確認や生育観察などを同時に行う作業だからだ。今後も、基本的な技術を磨き上げる努力は欠かせないという。従来の農業技術とスマート農業技術の融合の模索が続く。(岩瀬繁信、金子祥也、斯波希、橋本陽平、三宅映未が担当しました)
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2019年12月18日
[ゆらぐ基 広がる危機](2) 増える加工・業務野菜 需要取りこぼす国産
「厨房(ちゅうぼう)は常に人が足りない。働き方改革以降、その傾向がより強まった」。しゃぶしゃぶ店などをチェーン展開する東京都内の大手外食業者は、飲食業界の窮状をこう説明する。人手不足を受けシェアを高めているのが、用途別に1次加工されたカット野菜や具材と調味液がセットのミールキット。国産を活用する動きがあるものの、安さや供給の安定性を武器に輸入野菜が確実に入り込んでいる。
3割が輸入品 安定性で攻勢
西日本のカット野菜メーカーは「スポット的ではなく、定時、定量で調達しやすい輸入物を通年で扱う動きが加速している」と明かす。輸入品の攻勢で、国産は需要を取りこぼしているのが現状だ。
国産原料が不足している冷凍野菜では、その傾向が鮮明だ。財務省の貿易統計によると、2019年上半期(1~6月)の輸入量は52万6178トンで過去最多。農畜産業振興機構の調べでは12年以降、冷凍野菜の国内流通量は100万トンを上回る水準で、90万トン以上は輸入品が占める。
共働き世帯の増加などで拡大が見込まれる加工・業務用市場だが、産地は生産基盤の課題を抱え、国産は供給量が伸び悩む。野菜の主要品目の国内仕向け量は、直近の農林水産政策研究所のデータで加工・業務用が57%(15年)と家計消費用を上回る。そのうち国産は7割で、3割を輸入に奪われている。
メガ団地育成 効率化で対抗
この需要を確実に捉えようと動き出した産地がある。秋田県は米依存からの脱却を目指し、「園芸メガ団地」の育成に力を入れる。JA全農あきたは、ネギやキャベツを中心に加工・業務用対応を強化。人手不足や高齢化が産地拡大の足かせとなる中、コンテナ出荷による省力化などで生産を伸ばしている。「加工・業務向けの需要は年々高まっている」(園芸課)と実需者ニーズの高まりをチャンスと捉え、対応を強化する構えだ。
秋田県男鹿市で加工・業務用ネギを生産する、おがフロンティアファームは、1ヘクタールで始めた栽培面積を現在は15ヘクタールに拡大。冬の積雪という課題解決に向け、今冬から埼玉県の農場での栽培も始め、リレー出荷できる体制を構築する計画だ。宮川正和代表は「人手不足は大きな課題だが、人材育成も進めながら生産を増やしたい」と話す。
加工・業務用野菜の流通に詳しい石川県立大学の小林茂典教授は「国産を安定供給するには、加工施設の共同利用や共同物流などで、産地と中間業者が連携を強め、課題に対応する必要がある」と提起する。
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2019年12月17日
[ゆらぐ基 広がる危機](1) 疲弊する青果物輸送 5年で運べなくなる
農村と都市を結ぶ農畜産物の物流が揺らいでいる。深刻なトラックドライバー不足や人件費高騰が理由だ。日々の食べ物を遠方に頼る消費者の暮らしに影響が出かねない。一方、農村の人手不足対策には政府がスマート農業の普及に力を入れる。大きな期待がかかるものの、全ての課題を解決する万能の技術ではない。食を支える現場を追った。
全国の青果物が集散する東京都中央卸売市場大田市場。午後7時、翌朝取引する青果物を載せたトラックが、全国各地から次々と到着する。運転歴20年以上の40代ドライバーは、複数個を結束した重さ9キロのミニトマトの箱をトラックから降ろし、指定パレットに積み込む。ナンバーの地名は「佐賀」。1000キロを超える道のりを走破した後、この重労働に当たる。
青果物輸送はトラックの荷台に直接荷物を載せる「じか置き」が多い。「手荷役に2時間、長い時は4時間以上かかる」。翌日は長野県に向かい、リンゴを積み、佐賀に戻る。「きつい仕事なので若手のなり手が少ない」とつぶやく。
「過重」で敬遠 時間外規制も
輸送業者の本来の業務は輸送で、荷物を受け取るのは市場側の作業だ。しかし、青果物輸送はドライバーがサービスで荷役を請け負う。産地でも積み込みを輸送業者が担う事例が多く、青果物は他の荷より負担が大きい。九州の物流業者は「青果物を敬遠する業者が増えている」と明かす。
輸送業者の負担を軽減しようと国は7月から監視を強化。荷物の出し手・受け手がドライバーに重い負担を強いた場合、企業・団体名を公表する。事務局の厚生労働省は「悪質な場合は指導する」との姿勢だ。
「産地と市場が変わらなければ、5年以内に九州から関東へ荷を運べなくなる」
福岡県内の輸送業者でつくる福岡県トラック協会の食料品部会役員らは明言する。2024年4月にトラックドライバーの時間外労働上限規制が始まるからだ。
現状、多くの産地がドライバーの長時間残業を前提に、市場に青果物を運ぶようトラックを仕立てている。福岡から東京に運ぶ場合、夕方に受けた荷物を翌日の夜までに届けていたが、規制後に同じ日数で届けるのは難しい。遠隔地ほど安定供給が難しくなる。
同部会部会長を務めるイトキューの中原理臣社長は「青果物流通は、輸送会社だけの問題ではない。産地と市場も自分事として受け止め、合理化に向けた話し合いの機会をつくってほしい」と要望する。青果物輸送は、産地や流通業者だけでなく、消費地の実需者や消費者にも影響を与える国民的な課題といえる。
産地体制を再構築
輸送業者の窮状を受け、輸送体制の再構築に乗り出す産地もある。JA宮崎経済連は、選果場で集めた青果物の一部を、一度予冷庫で保存し、翌日出荷するようにした。前日に出荷量が確定するため業者はトラックの手配がしやすく、朝から積み込みができ余裕を持って荷物を運べる。
収穫から市場に届く日数が1日伸び、生産者の反発があったが、予冷した方が鮮度維持できること、輸送業者が厳しい状況であることを担当者が根気強く説明し、理解を得た。輸送業者の業務は効率化できるが、産地は予冷庫を使うためコストがかかる。
それでも改革に踏み切った理由について、経済連は「輸送業者は物流の基盤だ。今後も消費地に安定して運ぶには、歩み寄りが必要だ」と強調する。
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2019年12月16日