深追い
錬や元康は勇者だから生かしておかないといけないし、ヴィッチは利用価値があるらしいから出来る限り生け捕り。
だけどこいつ等は違う。
むしろ降りかかる火の粉は払う感じで舞台から退場して貰った方が世界の為だってもんだ。
「つーかさーこの程度で俺に勝てるとか本気で思ってたのか?」
ありうるのは錬と試しで勝負して、この位なら勝てると踏んだんだろうけど、その時の錬って強化方法が中途半端だった訳で。
それよりも強い俺に対して、万全の態勢で挑むって意味で霊亀の剣と盾を奪取して勝負を挑んだって所か?
洗脳によって配下を操られ、疲弊した俺に向かって止めを刺す。
どちらにしても俺自身には殆ど効果がないのがわかっているだろうに。
ま、実際の所、相手の力量って見切れる物じゃないもんなぁ。俺も参考にしておこう。
実際の戦闘能力に雲泥の差がある相手なんて今の俺に居るかどうか怪しいけど、次に戦う鳳凰がどれだけ強いかわからない。
今は出来る事をやるだけだ。
当面の目的はこんなふざけた茶番をした奴を命を持って償って貰う事だけどな。
「伝説の武器の力に頼った卑怯な異世界人め! この世界はこの世界の人間が救うのだ!」
「卑怯って……お前等に言われる筋合いは無い!」
勝手に召喚しておいて、どんな理屈だよ。
そもそもコイツは何を言っているんだ?
もう言葉が通じていないような気がしてきた。
ま、最初から通じていなかったような気もするけどさ。
「この世界の人間が救う? 考えは立派だが、安易に勇者に頼って召喚の儀式までした連中が言っても説得力が皆無だな」
しかもその召喚された勇者の中に気に食わない奴がいるからって援助をしないってのはどうなんだよ?
これはクズにいう言葉か。
女王は出来る限り援助はしてくれているけど、財政的に厳しいみたいだしな。
あの書類の山を整理する女王を見ていると金をせびり辛い。
俺だって一応外道の自覚はあるが良心もある。
女王の胃に穴が開かない事が不思議なくらいだ。
いや、実際開いているか。
俺と話をしている最中にむせて薬を飲んでいる時があった。
腹をさすっていたし、間違いなく胃潰瘍だと思う。
そういや、城下町の方はどうなったかな。
元康とフィロリアル共がいるから、制圧できるとは思うが。
それに事件が始まって直にラフタリア達へ伝達を出したが、届いているかも心配だ。
まあ……実際、コイツ等が暴れ出してから半日やそこらだからな。
むしろラフタリア達がそんな直に駆けつけてきたら、洗脳されているんじゃないかと怪しんでいる所だ。
「とにかく、ここで素直に全貌を話すのが身のためだぞ」
拷問した魔法使いの証言だとコイツが主犯格みたいだし、ヴィッチの居場所を吐かせられれば占めた物だ。
「じゃなきゃ俺の配下がお前を死んだ方が良いくらいの拷問をするからな」
「尚文様、任せてください」
アトラが楽しそうにシャドーボクシングみたいに空を突いている。
なんだその動きは。
「うん、フィーロもやりたい」
フィーロも真似を始めた。
流行ってるのか? いや、流行らせないからな。
振り返ると既に洗脳された連中を部屋の外に追い出してバリケードを立てたみたいだ。
で、俺がやったのと似た感じに谷子が錬から借りた短剣で三勇教の連中を拷問している。
錬が『君がそんな事しちゃいけない』って注意してるけど『うるさい』って無視された。
ガエリオンが凄い微妙な顔で見ている。
誰に似たんだろうな?
リーシアは三勇教の連中を、今まさに縛り上げた所だ。
爆弾を投げられた所から視界の隅には入れていたけど、この大きな教会内を縦横無尽に動き回っていた。
かなり有能に育ったよな。
壁走りとか……どうやったんだろ。
あれだな。魔力を足に使って壁と足を一時的にくっつけた、とか言い出しそうだ。
その内、水の上を走り出したりして。
というか、俺は殺せと言ったんだが……。
「ほら……話せよ。死ぬまでの時間が少しは長くなるぞ?」
俺が宣言すると、鎧の奴がよろよろと数歩後ろに下がりながら息を飲む。
今更になって自身の状況を悟ったのか?
表情が青ざめている。
勝つ事、相手を悪と断ずる事しかしてこなかったのかもしれないな。
樹の正義に同調しているうちに、自分こそが正義だと思い込んでしまった末路だ。
「さあ」
「く……お前に白状する位ならここで死――」
鎧が言い返す最中だった。
教会の屋根をぶち破って洗脳されたフィロリアルが三匹降ってきた。
「な――」
「クエエエエエエエ!」
「じゃまー!」
「どいてください!」
アトラとフィーロに組みついた二匹、そして鎧を背に無理やり乗せて一匹が教会から逃げだそうとする。
「逃がすか!」
シールドプリズンを展開させようとしたその時。
ふと、一つの考えが浮かんだ。
何処へ逃げる気だ?
キールに追跡をさせようと思っていたけど、逃げる鎧を追って行けばヴィッチ達を芋づる式に捕える事が出来るかもしれない。
それに捕縛しようとしたら自害を選択するような態度を鎧は取っていた。
捕まえても死なれたら意味が無い。
なら、最大限利用させてもらうか。
「どいてー!」
ゲシっと配下のフィロリアルを蹴り飛ばしフィーロが追おうとしている。
あの速度だとフィーロなら楽々追いつけるが、どこへ逃げるのか気になる。
これだけ危機的状況に陥ったんだ。罠という事は無いだろう。
敵が根城にしている場所へ逃げ込んだなら上々、悪い場合でも最終的には捕まえられるから問題無い。
もちろん城下町の方向へ逃げたのなら逃がすつもりは無い。
そっちにヴィッチか樹がいるんだろうからな。
「待て! 深追いしよう」
なんだこのセリフは。
自分で言っておいて意味がわからない。
普通は深追いするな、と繋がるんじゃないか?
いや、まあ、深追いするつもりだけどさ。
「どうしたのごしゅじんさま? 追わないの?」
「逃げるのなら……利用すれば良い。ははっ、狩りの時間だ」
「さすがですわ尚文様、一人を逃して一網打尽にするおつもりですね」
「お前はなんでも察するのな」
アトラの理解力が恐ろしい。
いや、これは武闘派の種族であるハクコの勘という奴だろうか。
後顧の憂いを絶つとか平然と言うような奴だから間違いない。
ともすれば、プリズンで捕まえるのはフィロリアル共で良いか。ステータス的に優秀な連中だし。
フィーロが蹴り飛ばした奴をプリズンで閉じ込める。
「よし! お前等はとりあえず三勇教の残党を捕縛して屋敷に撤退! 役目はガエリオン達に任せる」
「わかった!」
手際良く何処からか網を持ってきた谷子とリーシアが三勇教の残党を一か所に集めて吊りあげた。
漁船で魚を網で一網打尽にするあの姿が一番近いかな。
三勇教の連中、それぞれ俺達を口汚く罵っている。
すっげー間抜けな姿だ。後で拷問しよう。
直接苦しませないと苛立ちを抑えきれない。
……こんな事でストレスを解消できる様になったとか……俺も変わったな。
悪い意味で。
別にやめるつもりは無いがな。
「ガエリオン達は後から追って来い。で、谷子、お前は屋敷の方に居る連中に言付けを頼む」
「谷子!? 私の事?」
「前にも言っただろう。何を驚いているんだ?」
「ううん。知ってたけど! 直接言われると……」
「俺はこの騒ぎの元凶を追う。お前等は町の鎮圧を最優先にしていてくれとな。追跡班にするはずだったキールにも伝えてくれ」
「わかった」
「で、その伝言が終わったら、ガエリオンを追わせろ。お前が着いてくるかは状況で判断すればいい」
俺の指示に谷子は頷いた。
「じゃあ他の連中はあの鎧を追跡するぞ。フィロリアルに乗れ!」
「わかりました」
「行くぞ!」
「はーい!」
フィーロを筆頭に、フィロリアルにリーシアとアトラ、錬を連れて、鎧の後を追うのだった。
「本当にこっちに逃げたんだろうな?」
「うん。あんまり近づきすぎると気づかれちゃうと思ったから距離は取ってるよ?」
灯りを消し、フィーロの視力だけを頼りに鎧を追っている訳だけど、既に二時間経過している。
俺の所のフィロリアルは統一して足が凄く早い。
馬車無しの場合、普通に走って野生のフィロリアルの最高速を倍くらいで走る事が出来る。
そんな優秀なフィロリアルを最高速で走らせている鎧は既に俺の領地外へと出て山道を逃げている。
何処へ逃げようとしているんだ?
まあ、その二時間を俺は無駄にする事なく、フィーロの背中で霊亀甲の強化を進めている。
解放させるにはもう少し時間が掛りそうだけど、それでもソウルイーターシールドよりも能力が高くなっている。
しかも何か成長する能力を持っているみたいだからワクワクが止まらない。
さすがは親父の作った盾だ。
そうそう、コピー品では無い作って貰った盾の方だけど、丁寧に梱包して谷子に持たせて屋敷において貰う事にした。
再奪取されるかもしれないけど、追跡に持って行ったらそれこそ傷が付いてしまうかもしれない。
そんな真似はさせられるか。
覚醒させても新しいスキルとかは出て来なかったけれど、それでも優秀過ぎる盾だ。
ちなみにリフレクトシールドが何なのかは使って見て推測は出来た。
スキル名を叫んだ所、俺の持っている、反撃能力のある盾が一覧として出てきた。
まあ、暗転していて選べない盾があるようだけど、どうやら一時的に盾に反撃能力を付与する事が出来るらしい。
防御力はあるけれど反撃出来ないって言う盾を使う時とかに便利だよな。
エアストシールド→チェンジシールド→リフレクトシールドって言うコンビネーションも出来るかもしれない。
そうすると出現した盾自体の耐久性があがるかも。
夢は広がる。
「ごしゅじんさま、なんか建物に入ったみたいだよ?」
こんな所に建物?
っと思った所で山奥の砦みたいな建物から明かりが漏れているのを発見した。
ついに奴等のアジトを見つけたぞ。
全員血祭りにしてくれる。
「あそこが本拠地か?」
「みたいだな」
錬の質問に頷く。
まあ、ただの休憩所であるかもしれないが、こんな山奥に建っている砦なんだ。
何かしらの施設である可能性は高い。
どうせ元々は国の各所に点在している捨て砦なんかを再利用しているんだろう。
ここにヴィッチがいれば良いが……。
「イツキ様……」
そっちがいるかもしれない。
どっちにしても捕まえれば良いだけの話だ。
というか鎧も馬鹿だよなぁ。逃げ切れる自信があったのか?
そのフィロリアルは元々俺の配下だった奴だぞ。
ま、他に頼れる相手がいないだろうし、逃げるしかなかったんだろう。
これで罠でした。死ね、魔王! とか言い出しそうな気もする。
でも勝てる自信がある。だって雑魚だし。
アイツ、何Lvかは知らないけど、俺の皮膚に傷一つ付ける事が出来なかった。
この調子だと、三勇教も貴族も鎧も俺に傷なんて付けられないだろう。
俺に傷を付けるだけの強さってのも怪しいけどさ。
……良く考えてみれば今の俺に傷を付けられるのって、カーススキルクラスじゃないと厳しいか?
となると本命は樹を倒す事だな。
しかしそれもフィーロ、アトラ、リーシア、錬、他フィロリアル共、と鉄壁の布陣だ。
樹一人が暴れた所で生け捕りにする事も容易いだろう。
……問題はリーシアが裏切った場合だが、そちらは手を考えてある。
「どうしたのごしゅじんさま?」
もちろん洗脳された俺の配下がいるのは確実と見て良い。
そっちもある程度考えている。
フィーロや錬の一撃は当たり所が悪いと致命傷になるから敵幹部と樹。
アトラとかリーシア、気という防御無視を使いこなす奴等は洗脳された連中を対処する。
まあ、どちらにしても勇者二人とフィロリアル・クイーン、そして覚醒したリーシアを止める事は不可能だ。
後は奴等を蹂躙するのみ。
「さて、樹とヴィッチ……どっちが隠れているかな?」