迷子のプレアデス   作:皇帝ペンギン

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原作14巻が出ると聞いて!


第十七話

 もう何体のトレントを屠っただろうか。数えるのも馬鹿らしい。樹海の波をただひたすらに掻き分けた一行に無傷な者など誰一人としてない。ボロボロの鎧兜に刃こぼれした剣槍、無数の擦り傷切り傷、中には流血したままの者もいる。それでも彼らは歩みを止めない。自分たちの行動如何によって人類の、ひいては世界の命運が決まるのだから。用意した治癒薬(ポーション)や数々のマジックアイテムが心許なくなり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちの魔力が尽きかけた頃、彼らはついに辿り着いた。辿り着いてしまった。息も絶え絶えな冒険者たちは皆我が目を疑った。

 

 その場だけが枯れ果てたような開けた空間。真っ先に目を引くのはその中心に聳える巨大な魔樹。まるで巨岩や城砦のような幹には三つの虚がぽっかり口を開き、強烈な存在感を放っていた。アダマンタイト級冒険者たちは戦慄を覚える。数々の修羅場を潜ってきたはずの彼らだが過去最強の難敵と比しても、目の前の魔樹の試金石にすらならない。

 

「あれが……ザイトルクワエ」

「デカすぎるだろ、おい」

「ババア、本当にあれを封印したのか?」

「……言ったであろう? ワシらが戦ったのはあれのごく一部。しかしまさか、これほどまでとは……」

 

 交戦経験のあるリグリットすら思わず唸り天を仰いでしまう。見上げるほどに大きな幹は虚空はおろか、暗雲すら貫きその全貌は窺えない。大樹から伸びる六つの枝葉はそれぞれが丸太のような太さであり、その至るところに果実のようなものがなっていた。

 

「何だあれは……果実?」

「いや、違う」

「あれは──!?」

 

 無数に実るそれは決して果実などではなかった。いち早く正体に気付いた銀糸鳥のシカケニン職を収めるケイラ・ノ・セーデシューンや忍者のティア、ティナが思わず顔を顰めた。卵円形の半透明の膜内には人や亜人の区別なく、樹海に沈んだあらゆる生命が内包されていた。

 

「喰らっている……のか……」

 

 樹海に飲み込まれた数え切れないほどの集落、村々、小都市。その全ての生命を喰らいこの樹海は肥大しているのだろう。ここで食い止めなければいずれはエ・ランテルはおろか王国、帝国、法国。ひいては大陸全土を飲み込むだろう。仲間たちの萎縮を感じ取ったリグリットが鞘から剣を引き抜き、高らかに掲げた。勇ましく口火を切る。

 

「ふっ、何を怖気付くか一騎当千の強者たちよ。お主たちはこの時を待ち望んでいたのではなかったのか? 十三英雄の一人として断言しよう、お主らは強い」

 

 リグリットの演説が気分を昂揚させる。自然と皆の胸が熱くなった。取り分け感銘を受けたのはラキュースだ。彼女は〝朱の雫〟の由来となった朱い全身鎧(フルプレート)を纏う叔父、アズスに視線を送る。幼き頃、彼の冒険譚の数々に憧れた。貴族として生まれた少女は憧れに身を焦がし、家を飛び出し剣を取る。そして冒険者となった。冒険者となったのは何のためか? 自身に問い掛けるまでもない。

 

「敵は我ら十三英雄と因縁浅からぬ魔樹、ザイトルクワエ! 相手にとって不足ないじゃろうて。行くぞ英雄たちよ! 奴に目に物を見せてやれ! 歴史にその名を刻むのだ!」

「うおぉおおおおお!」

 

 先陣を切るリグリットに冒険者たちが続く。魔樹に動きはない。それどころか知性すら感じられず、不気味に沈黙を保ったままだ。千載一遇の好機。このまま一気に畳みかける。

 

「なっ──」

「ぐっ……!」

 

 刹那、空気が震えた。思わず耳を覆いたくなる不協和音の発生源は眼前の魔樹。人であれば口に相当する一際大きな虚が歪んでいた。呼応するかのように根元の大地が大きく盛り上がる。

 

「危ない!」

 

 誰かが叫んだと同時に破裂する大地。土砂を撒き散らし無数に飛びかう灰色の槍、鞭。いや、それは矢の如く鋭利な根や枝先だった。地に潜んでいたモンスターたちが姿を現す。四つの長い枝に太い楕円形の灰色の胴。一見トレントの亜種だが断じて違う。頭頂部には目も鼻もなく、禍々しい人の口に類似したものだけが存在していた。殿を務める冒険者が悲鳴を上げる。背後からも多数出現し、完全に囲まれてしまった。

 

「な、何よこのモンスターは」

「こんなの……見たことないわ」

 

 そのモンスターの名はザイクロトルからの怪物。とある神話体系におけるザイクロトルの死の植物(ザイトルクワエ)を崇める異形。植物に似て非なる怪物たちは、ケラケラとけたたましく嗤う。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 上空から魔樹に近づき威力偵察を行なっていたフールーダ一行は、奇怪なものに気づく。天を穿とうとする巨大な魔樹の頂にありえないものをみた。植物であれば()()があるのも至極当然だ。問題は、それが規格外の大きさであるということ。そしてこの魔樹がそれをつける意味。

 

「師よ、あれは……あれは何なのですか!?」

「む……」

 

 高弟の一人が思わず絶叫を上げる。ほとんど悲鳴に近いその声は恐怖に塗れていた。そこかしこからガチガチと歯の根が合わない音が聞こえてくる。魔法の武具で武装する帝国騎士や高弟にも恐怖が伝播しているようだ。激しく狼狽する高弟たちと嘶き怯えを露わにする鷲鳥(グリフォン)皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)は騎獣の制御に苦心している様子だった。フールーダとて同じ気持ちだ。一見、落ち着き払っているように見えるがその頬には冷や汗が流れていた。

 

「いかんな……一刻も早く伝えねば」

 

 もしも自身の考えが正しいならば、樹海あれ自体が罠のようなもの。全てが()()のためにあったのだ。このままでは突入部隊の全滅もありえる。急ぎリグリットやジルクニフと連絡を取らなければ。

 

「ひぃぃい!?」

「な、何だこれ──」

 

 弟子たちに命を下そうとしたその時、無数の蔓が魔樹から伸びる。四方八方から伸びるそれは触手のように蠢き、鷲鳥(グリフォン)や高弟を絡め取った。

 

「〈魔法範囲広域化(ワイデンマジック)火球(ファイヤーボール)〉」

 

 フールーダが杖を振り上げる。火球が蔓をまとめて焼き払うが、新たな蔓が矢のように迫った。

 

「此奴──」

 

 フールーダは再び杖を振るった。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 アダマンタイト級冒険者。すべての冒険者の憧れにして最終到達点。英雄と称される者たち。そんな人類の希望が、今まさに潰えようとしていた。

 

「ぐあ……!?」

「ぎゃっ」

 

 漣八連のメンバーがまた一人沈む。カバーに入ろうとした銀糸鳥のファン・ロングーが大地から伸びる根に大腿を穿たれた。鮮血が飛び散る。帝国アダマンタイト級の彼らだが人類の切り札としてのアダマンタイトではない。個々の技量は蒼の薔薇や朱の雫に劣る。

 

「〈不落要塞〉──ぐぬっ」

「ナザミ!」

 

 両手の盾をどっしりと構え〝不動〟ナザミ・エミックが仲間たちを守る。しかしその一撃は盾を易々と砕き、帝国最硬の守備を誇る彼を一撃で昏倒させた。

 

「喰らいやがれ!」

「せやっ」

「ハァッ」

 

 バジウット、ニンブルが剣を振るい、レイナースが槍を穿つ。武技を重ね掛けた〝雷光〟〝激風〟〝重爆〟の名に恥じぬ同時攻撃に、しかし怪物たちはびくともしない。その外皮すら傷つけることが叶わなかった。

 

「くっ……なんて硬さだ」

「……逃げてもよろしいですわよね?」

「がはは、好きにしろよ。ここから一人で逃げ切れるもんならな」

「…………」

 

 小さく嘆息し、レイナースは槍を構える。この戦いに参加すれば法国の優秀な治癒系魔法詠唱者(マジック・キャスター)に診てもらえるという甘言に釣られた自分が愚かだった。

 

 

「うおりゃぁあああああ!!」

 

 ガガーランの刺突戦鎚(ウォーピック)が唸る。武技、超弩級攻撃。複数の武技を組み合わせたガガーランの切り札だ。怪物の胴目掛け十二連撃、その全撃を叩き込んだ。しかし手応えがほとんどない。ガガーランは息を整えながら後方へ飛び退いた。イビルアイと背中合わせになる。

 

「こいつら……強え!」

「今までのトレントの比じゃないな。単独で相手にするな、連携して戦え!」

 

 その灰の異形は一体一体がアダマンタイト級に匹敵した。単独で相手に出来るのはイビルアイくらいだ。しかしイビルアイには重要な役割がある。ここで彼女の余力を割くわけにはいかない。

 

「へ、へへっ」

 

 その時、一人の男が脱兎の如く駆け出した。隊列が崩れるのも構わず、仲間すら置き去りに。

 

「お、おいイグヴァルジ!? 何処へ行く!」

「う、うるせえ! これ以上付き合っていられるかよ!」

 

 ミスリル級冒険者チームクラルグラ。チームリーダーのイグヴァルジは背にかかる言葉に怒声で返した。彼は元々打算を持ってこの作戦に参加したのだ。おこぼれに預かるために。アダマンタイト級がこれほどいるなら絶対安全だと睨んで。目の眩むような大金と試験免除による無条件オリハルコン級昇格。話が美味すぎると訝しむ仲間たちを半ば強引に説き伏せた張本人は目を血張らせて走り抜ける。トレントの森が見えた。単独で帰還できるか定かでないが、あの灰色の化け物共の相手をするよりずっとマシなはずだ。

 

「俺だけでも絶対に生き残っ──」

 

 それが最後の言葉となった。怪物たちが生贄を逃すはずがない。地中から巨大な顎が口を開き、イグヴァルジを飲み込んだ。噛みちぎられた手足が地に落ちる。イグヴァルジが抜け、崩れた陣形に怪物たちが雪崩れ込んだ。クラルグラのメンバーは悲鳴を上げ逃げ惑った。一人、また一人と物言わぬ尸と化し、被害は治癒系魔法詠唱者(マジック・キャスター)にも及んだ。このままでは戦線が崩壊するのも時間の問題だろう。イビルアイは腹を括る。

 

「もう待てん、私が行くしかない! 〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉」

「いかん、嬢ちゃん! 戻ってこい!」

 

 水晶の騎士槍を弾幕に〈飛行(フライ)〉で大きく跳躍。怪物たちの鞭や槍のような枝葉の嵐を潜り抜け、イビルアイはザイトルクワエを射程距離に捉えた。

 

「喰ら──」

 

 リグリットに託された魔封じの水晶を大きく振りかぶり、ザイトルクワエへ放とうとして、

 

「ッ!?」

 

 〈水晶障壁(クリスタル・ウォール)〉は間に合わなかった。灰色の鞭がイビルアイの顔面を強打した。勢い良く地に叩きつけられ、土煙が巻き上がる。イビルアイの行く手を阻んだのは新手の異形。他の個体よりも一際大きいそれがザイトルクワエを守るように聳え立つ。

 

「イビルアイ!?」

「ちくしょう、どきやがれ!」

 

 蒼の薔薇が援護に向かおうとするが、灰の樹々に妨害されてしまう。イビルアイが完全に孤立してしまった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 シズの銃口が火を吹く。無数に成る果実のうち、二つの蔓を正確に撃ち抜いた。自由落下する果実をナーベラル、ルプスレギナがそれぞれ受け止める。ゆっくりと地面に横たえた。

 

「迎えに来たわよ」

「大丈夫っすか?」

「……ふぅ、助かったわ」

「うぅ、べとべとぉ」

 

 ユリが皮を剥ぎ取ると、中から粘液に塗れた全裸の美女が出てきた。もう一つの果実からは溶解した割烹着を纏う少女。プレアデスが一人、ソリュシャン・イプシロンとエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。ある一定以上の強者は高い生命力を持つ。いかなザイトルクワエとはいえ、彼女たちを溶かしきることは困難だったようだ。

 

「では早々に離脱しましょうか。もうここに用はないわ」

「そっすね」

「待って」

 

 ソリュシャンは〈転移(テレポーテーション)〉を唱えようとする姉妹を制す。粘液に塗れた金色を掻き上げた。その表情は怒りに彩られている。

 

「このまま舐められっぱなしだなんて許せないわ」

「私もぉ、ソリュシャンに賛成ぃ」

 

 ナザリック地下大墳墓の戦闘メイドプレアデスの一人として。至高なる存在に生み出された者として。顔に泥を塗られたままでは終われない。ソリュシャンの視線の先には枝葉に無数になる果実に向けられていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

「う……あ」

 

 気がつくと視界には空が広がっていた。闇夜に立ち込める暗雲を割れた仮面から覗く真紅の瞳がぼんやりと見つめる。イビルアイは目眩を覚えて額を押さえた。金髪の間から紅が滴り落ちる。

 

(はは……まるであの日のようだな)

 

 イビルアイは自嘲気味に呟く。ずっと続くと思っていた幸せが壊れたあの日。突如として崩壊した国に変わり果てた父母、仲良しの侍女、城の皆。ただ一人取り残された無力な少女。もう二百年以上前の話だ。亡国に立ち尽くす少女に手を差し伸べてくれるヒーローなんて現れなかった。少女は強くなるしかなかった。一人で生きていくために。

 

 やがてキーノはイビルアイと呼ばれるようになる。その強さを買われ、十三英雄と共に旅をした。その後二百年ほど独りきり。数年前、リグリットに半ば強制的に蒼の薔薇に加入させられた。当初こそ足手まといと組むなんて御免だ、と斜に構えていたが、仲間たちと触れ合い苦楽を共にすることで彼女自身変わっていった。いつしか仲間たちは自分にとって掛け替えのない存在となる。なくした自分の居場所を見つけた気がした。

 

「イビルアイ!」

「しっかりして!」

 

「そう叫ばずとも聞こえているさ……」

 

 仲間たちが自分を呼ぶ声が遠くに聞こえる。寝ている場合ではない。イビルアイは傷ついた身体を庇いながら立ち上がる。この大型の灰の異形の難度はおそらく百八十以上。自分よりも強い。だがそれがどうした。

 

「私は、負けるわけにはいかないんだ!」

 

 イビルアイが咆哮を上げ魔法陣を展開する。特大の水晶の騎士槍を行手を阻むデカブツへと放とうとして、

 

「〈連鎖する龍雷(チェインドラゴンライトニング)〉」

「〈炎柱(フレイムピラー)〉」

 

 駆ける雷。立ち昇る火柱。炎雷がイビルアイの頭上すれすれを通過した。眼前の異形を貫き、燃やし尽くす。火達磨となり断末魔を上げる怪物を尻目にイビルアイは空を見上げた。夜空に佇む二つの影。メイド服という場違いな出で立ちにも関わらず、揺れるホワイトブリムや裾のレースが不思議と映えている。

 

「お、お前たちは!?」

 

 漆黒のポニーテールに涼しげな眼差し。赤い三つ編みに猫のような金の瞳。美姫ナーベラルとルプスレギナ。二人はアダマンタイト級すら苦戦するモンスターを一撃で倒したのだ。先の共同戦線で彼女たちの力はよく知っていたつもりが、まさかこれほどとは。

 

「ッチ……外したわ」

「中々愉快なことになってるっすねえ」

 

 炎雷が躍る。瞬く間に周囲の異形が薙ぎ倒されていく。蒼の薔薇が地上から喜びの声を上げた。願ってもない援軍の登場を歓喜でもって迎える。

 

「ありがとう! 助かったわ」

「来てくれると思ったぜ!」

「感謝感激」

「お礼は私が身体で払う」

 

「フン、別に貴方たちを助けた訳じゃないわ」

「ナーちゃんツンデレー、痛っ」

 

 姉妹に制裁を加えたナーベラルは仏頂面のまま雷撃を放つ。あれほど苦戦を強いられてきた灰の怪物たちがやすやすと絶命する。

 

「貴方たち二人がいてくれたら心強いわ」

「二人? いつ私たちが二人と言いましたか」

「え?」

 

 会話を遮るような轟音が後方より轟いた。

 

 

「〈破砕衝撃(インパクト・ブロー)〉」

 

 灰の怪物の胴が深々と陥没した。メキメキと音を立てて巨木が落ちる。切り株の向こうに拳を突き出すユリの姿があった。

 

「皆さん、御無事で何よりです」

「ユリ様!?」

「何でこんなところに!?」

 

 絶対絶命の危機に瀕していた帝国四騎士は呆けた顔でユリを眺めた。ユリはナザミに気功を施すと四騎士の側に立つ。

 

「微力ながら加勢します」

「感謝します、ユリ様」

「ありがてえ、アルファ殿がいりゃあ百人力よ!」

「ふふ、ありがとうございます。ですが私だけではございませんよ」

「え?」

 

 ユリが視線を上げると、魔樹ザイトルクワエの巨大な枝を飛び交う二つの影が見えた。

 

「……百……百五十」

「二百ぅ、二百五十ぅう」

 

 銃弾が踊り、呪符が舞う。シズとエントマは競うように果実を落としていく。地に落ちた果実の内、半数は手遅れだったがもう半数にはまだ息があった。ソリュシャンが虚空に向けて叫ぶ。

 

「ルプー、お願い!」

「はいはーい、〈全体上位治癒(オール・グレーター・ヒール)〉」

 

 転移してきたルプスレギナが聖杖を振るう。青白い光が淡く周囲を包み込んだ。

 

「さあ、何を呆けているの。立ちなさい!」

「そ、ソリュシャン様?」

「俺は……一体」

「ここは……」

 

 ソリュシャンがアイアンブーツのヒールを打ち鳴らす。亜人たちがびくりと身を震わせた。慌てて跪き、恭順の姿勢をとる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 無数の足音が、勇ましい雄叫びが大地を震わせる。冒険者たちは思わずその方向を凝視し、そして我が目を疑った。

 

「蹂躙なさい! 私たちが味わった屈辱を何倍にもして返すのよ!」

「オォオオオオオオオ!!」

 

 一体何処から現れたのだろうか。灰色の森を数千を超す亜人が埋め尽くす。爪を、牙を、棍棒を、剣を、魔法を。憎い怨敵へと振るう。

 

 ラキュースの向かいよりバトルアックスを振りかぶる獣身四足獣(ゾーオスティア)が迫り来る。ラキュースは暗黒剣キリネイラムを正中へ構えると瞼を閉じた。次の瞬間、閉じた瞳を見開き精神力を一気に解き放つ。

 

暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ぉお!!」

「〈剛爪〉!」

 

 ラキュースの暗黒エネルギーの一撃はヴィジャーの背後の怪物を、またヴィジャーの武技はラキュースの背後の怪物を強打した。

 

「俺の知る聖剣使いとは違うが……やるな、人間」

「貴方もね」

 

 交差する刹那、不敵に笑い合う。人と亜人。種族こそ違えど強者同士分かり合った。

 

 

「おお……おお……これは」

 

 リグリットの双眸が見開かれる。図らずも叶った人と亜人との共闘。それは遠い昔、リーダーと呼ばれた人物がなした光景を彷彿とさせた。

 

 数の暴力によりザイクロトルからの怪物の動きが封じられる。そこをプレアデスやイビルアイが止めを刺す。少しずつ怪物の数を減らしていった。ザイトルクワエを守る盾が少しずつ剥ぎ取られていく。この期に及んでザイトルクワエは配下を呼び出す以外、何もしてこない。イビルアイは好き勝手に飛び回りやりたい放題している美姫に向かって声を張り上げた。

 

「待ってくれ二人とも! 私には切り札があるんだ! あのザイトルクワエを倒すための切り札が……!」

「切り札? そんなものがあるのならさっさと使いなさい」

 

「わ、分かっている!」

 

 イビルアイは今度こそ魔封じの水晶をザイトルクワエ目掛けて投擲した。

 

「これはソーちゃんの分、これはエンちゃんの分っす!」

 

 ナーベラルが雷撃を、ルプスレギナが火柱の追い討ちをかける。封じ込められし第九位階魔法、〈朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)〉が解放された。

 

「アァアアアアァアアアアア」

 

 圧倒的な破壊力はプレアデスの援護射撃の相乗効果でもってザイトルクワエを焼き尽くす。樹海の中心に聳える魔樹が激しく燃え上がった。ザイトルクワエの炎上する様はまるで夜空という黒い羊皮紙を赤いインクで二分したかのような激しさだった。

 

「勝った……の?」

「やった……やったぞ! 俺たちやったんだ」

「うぉおおおおおお!!」

 

 人間たちが勝鬨の声を上げる。死者、負傷者は決して少なくない。それでもプレアデスや亜人たちの参戦により犠牲は想定よりもはるかに少なかった。それにこちらには死者蘇生可能なラキュースがいる。遺体の損傷度によるが何人かは蘇生出来るに違いない。作戦は概ね成功したと判断して良いだろう。

 

 

 

「……終わったわね」

 

 瞬く火の粉を眺めながらユリがぽつりと呟いた。ナーベラルはずっと抱いていた疑問をソリュシャンへと投げかける。

 

「あの程度の相手に遅れを取るなんてらしくないわね」

「あら、言ってくれるじゃない。貴方達だって八十レベル相手に勝ち目なんてあるのかしら」

 

 ソリュシャンの言葉にルプスレギナが腹を抱えて笑う。

 

「あのデカブツが八十レベル? あはは、ソーちゃんウケるっす」

「……あの巨大なトレントは精々六十レベル。そもそも二人が苦戦するなんておかしい」

「そんなはずないわぁ」

 

 追従するシズの指摘にエントマが首を横に振る。ユリが顎に手をやり小首を傾げた。

 

「……おかしいわね」

 

 姉妹で顔を見合わせる。認識に齟齬があるようだ。考えてみれば奇妙な話である。()()()()()()()()程度なら、五十七レベルのソリュシャンと五十一レベルのエントマの二人がかりで十分に対処できるというもの。勝てないにしても逃げ果せることくらい出来るはずだ。

 

 重大な何かを見落としている。一堂に一抹の不安が過った。その予感を裏付けるかのように上空より一つの影が降り立った。元は白であったろう魔法のローブは所々穿たれ、赤黒く変色していた。見る影もないそのボロを纏うのはフールーダ・パラダイン。威力偵察を行っていたはずの彼の周りには高弟や皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の姿が一切なかった。冒険者たちの脳裏を全滅の二文字が過ぎる。

 

「フールーダ様!?」

「そのお姿は一体……」

 

 たまらず飛び出した帝国四騎士のバジウッドやニンブルがおぼつかない足取りのフールーダに肩を貸す。息も絶え絶えなフールーダはやっとの思いで口を開いた。

 

「ここを退避せよ……今すぐにじゃ」

 

 満身創痍の肉体とは裏腹にフールーダの声には鬼気迫るものがあった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 それは六百年ほど前に八欲王と呼ばれし者たちにより召喚された。

 

 

 それはトブの大森林にて長きに渡り眠りについていた。

 

 

 それは人間たちにより微睡から目覚めさせられた。

 

 

 それはエイヴァーシャー大森林で信じ難い痛みに襲われた。

 

 

 それは痛みに抗うための力を求めた。

 

 

 それの名はザイトルクワエ。ザイクロトルからの怪物が恐れ崇める死の植物。妖蟲シャッガイすらザイトルクワエの前には星すら捨てて逃走す。

 

 

 ◇◆◇

 

 

 火の勢いが徐々に弱まっていく。焼け焦げそのほとんどが炭と化した樹皮がボロボロと剥がれ落ちる。

 

「なっ──」

「これは……!?」

 

 皆息を呑んだ。樹皮の下に蕾が芽吹いていた。一つ二つではない。夥しい数の蕾が巨大な幹の至るところに見え隠れしていた。

 

「左様……我々は抜け殻と戦っていたのだ」

 

 今までザイトルクワエだと思っていたのはただの抜け殻。本体はあの蕾だと騎士たちに支えられながらフールーダは語る。

 

「おそらくは……この樹海全てがあの蕾を育てるためにあったのだ」

 

 フールーダがザイトルクワエの頭頂部を睨みつける。つられて見上げる冒険者たちの視線が一際巨大な蕾の存在を認めた。何故今まで気がつかなかったのだろうか。血色の蕾ははち切れんばかりに膨れ上がり、心臓の鼓動の如く脈打っていた。

 

 

ザイトルクワエが花開く。

 

 呆れるほどに巨大なトレントの下半身に人や森精霊(ドライアド)を彷彿とさせる上半身。腕には左右三本ずつの巨大な触手。後頭部には鮮血色のカサブランカにもよく似た大輪を咲かせていた。全身に咲き誇る無数の花弁が文字通り口を開く。比喩ではない。全ての雌しべが歯を剥き出しにダラダラと涎を垂らしている。髪に相当する数えきれない触手の先端もまた獰猛な牙を鳴らし嗤っていた。

 

「いあいあいあいあいあいあいあいあいあいあ」

 

 新たなるザイトルクワエが産声を上げた。ザイトルクワエを中心に、無数の触手が放射状に放たれる。瞬間、大地が爆ぜた。人、亜人のみならず、ザイクロトルからの怪物すら巻き添えに塵芥の如くなぎ払う。周囲一帯を蹂躙した。

 

 

 

 

 


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