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動画配信、問われる倫理 「キヨちゃん先生」にNPO抗議

秋山竜次が扮する「キヨちゃん先生」。インターネットで今も配信されている(提供写真)

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 新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛を受け、テレビ視聴とともにインターネットの動画サイトを閲覧する人が一段と増えている。放送と配信の垣根はなくなりつつあるが、ネット上のコンテンツは誰でも自由に発信できるのが魅力の一つ。ただ、演じ手の表現がモラルを欠いたり、不祥事や犯罪などで放送界を追われた著名人が、新たな活動拠点にしたりするケースも。倫理や規制に問題はないのだろうか。

 芸能人の影響力はネットでも絶大だ。ウイルス感染拡大の影響でコンサートや舞台の公演が延期となる中、ジャニーズ事務所は、所属アーティストが手洗いの大切さを伝える動画を公式ユーチューブチャンネルで配信している。配信から数週間で視聴回数が三百十万回を超えた動画もある。

◆削除求める署名も

 一方で、倫理観が問われるケースもある。お笑いトリオ・ロバートのメンバー秋山竜次が、さまざまな職業の人に扮(ふん)し、活動内容などをそれらしく語るユーチューブの「クリエイターズ・ファイル」。若い世代を中心に支持される人気動画シリーズだが、昨年末に女性支援のNPO法人の関係者らが、この動画サイトを運営する企業などに削除を求めて抗議した。

 問題視された動画は、少女に寄り添う活動をする主人公「キヨちゃん先生」が、悩みを聞き、助言する設定の回。女装した秋山が繁華街で家出少女に「学校なんか行かなくていい」「かっこいい男を探しに行こうぜ」と声を掛ける。

 抗議したのは「ポルノ被害と性暴力を考える会(ぱっぷす)」(東京都文京区)の宮本節子スーパーバイザーら。賛同者を募ったところ、性被害に遭った女性らから「この動画の影響で少女たちが助けを求められなくなる」「何も知らない人が『そういう人いる』と笑っているのが悔しい」と声が寄せられ、九百四十五筆の署名が集まった。動画は流れ続けているが、秋山が所属する吉本興業は本紙の取材に「動画は少女や少女たちを支援する活動をばかにしているものではありません」とコメントした。

 抗議に賛同した、性暴力や虐待などのトラウマ(心的外傷)を抱える人の支援団体「Thrive(スライブ)」の涌井佳奈代表=名古屋市守山区=は「被害に遭った人が、こういう形で二次的に社会に苦しめられる。ネットだからってやりたい放題はおかしい」と憤る。宮本スーパーバイザーは「組織的な配信は、より倫理観が求められる。表現の自由はあると思うが、表現する力に対して責任を取るべきでは」と怒りをあらわにした。

◆放送は法規制あり

「スライブ」の活動で、ガーベラの花を手に悩みを打ち明ける被害者ら。ガーベラは性暴力へのフラワーデモで使われ、「キヨちゃん先生」の動画でも象徴的に扱っている(涌井さん提供)

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 放送事業者は放送番組の編集に当たり、放送法で「公安及び善良な風俗を害しないこと」などと定められ、番組の適正を図るため、審議機関の設置も義務付けられている。放送への苦情や放送倫理の問題には放送倫理・番組向上機構(BPO)が対応することもあり、事実が曲げられたり差別的だったりする番組は放送できなくなる。

 コンプライアンス(法令順守)の徹底を厳しくチェックすることにより、放送内容は一定の質を保つことができるが、ネットでは基本的に誰もが自由に発信することができ、テレビではできない悪ふざけや見るに堪えない映像が注目を集めることも多い。反社会勢力の会合での闇営業が問題化したお笑い芸人の宮迫博之や、暴力団関係者との交際が発覚して引退した元タレントの島田紳助など、テレビ出演できなくなった著名人が発言することもある。

◆中立性か質担保か

 ネット上のコンテンツにも規制をかけ、質を担保するべきだという声もある。放送メディアに詳しい名古屋大大学院情報学研究科の小川明子准教授=社会情報学=は「どんなメディアでも大きくなれば規制がかかってくる。今後はネットにもそれなりの倫理が求められ、いつまでも自由であり続けられない危機感がある」と話す。

 ネットワークの中立性を議論する総務省の研究会メンバーで、同大大学院法学研究科の林秀弥教授=経済法=は「やり方によってはコンテンツに対して一種の検閲が起こる可能性をはらむ。通信の秘密を尊重し、ネットワークの中立性を確保することが必要。視聴者の側も放送と通信は別物と認識する必要がある」と指摘する。

 (花井康子)

 

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