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第三十一回 《ひまわりの小径と避暑地の恋》(1)

By 山上たつひこ2020年4月24日

70年安保が終わり、浅間山荘の壁に大穴が開き、奥村チヨが「終着駅」を歌った頃、ぼくの遅れてきた青春が始まった──山上たつひこによる自伝的ストーリー。

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山上たつひこ「至上の愛──喜劇新思想大系」(「マンガストーリー」1973年5月19日号、双葉社)より

一九七三年の初夏はまだオイル・ショックの影はなかった。

五カ月後にはそれが現実となり、出版業界は紙不足という死活問題の大パニックに見舞われるのだが、夏の始め、ぼくは迫り来る社会の危機も知らず、のほほんと暮らしていた。

深作欣二監督の「仁義なき戦い」がヒットしていた。前年に公開された「ゴッドファーザー」に刺激を受けた東映の新ヤクザ路線第一作である。「ゴッドファーザー」の重厚感には及びもつかないが、深作欣二の血が躍動している。この映像作家の真骨頂である爽快なまでの軽薄さが炸裂した傑作だ。

俳優陣の生き生きとしていること。本物のヤクザがこんなに柄が悪いわけはないだろうと突っ込みを入れたくなるほど、どの登場人物も柄が悪い。出演者全員がヤクザ役という免罪符をもらって本性を解放しているかのように見える。日本映画独特の軽い乾いた拳銃の発射音が響く。あれはピストルじゃなくドスの鍔迫(つばぜ)り合いの音だ。腹を撃たれた組員がのたうち回る姿が禍々(まがまが)しい。ニューヨークのマフィアは銃で撃たれても絶対あんなもがき方はしない。日本人は死ぬときも日本人の身体言語から逃れられないのだとつくづく思う。

「喜劇新思想大系」の「至上の愛」にホモ(ゲイと書くと気分が出ない)の師匠とその愛人がヤクザ映画を観るシーンがある。「仁義なき戦い」を思わせる画面が写実的な筆致で出てくる。ぼくは映画を観たあとすぐにこの原稿を描いたのだろう。深作監督の演出も躍動していたけれど、ぼくのペンさばきもなかなか冴えていた。丸ペン特有のバネのきいたタッチが描線に見てとれる。

確か、この原稿は遅れに遅れて二回に分けて担当の秋山さんに手渡したと記憶する。印刷所が待ちきれなくて、小分けでいいからとにかく原稿をよこせとせっつくのだ。こういうことはよくあった。最初の原稿を渡したあとは少しだけ睡眠をとれるから体力が回復する。したがって、後半のスタートは絵が丁寧になる。前半最後の荒れた線と後半の始まりとでは絵の緻密さに差が出てくるというわけだ。「至上の愛」の折れ目はどこか。それは言わない。御用とお急ぎでない方は探してみて下さい。

ぼくは漫画家だから漫画を通して世の中を見る。ペン先がアンテナになっていて世相の周波数を感じ取るのだ。現在、ぼくは小説を書いているけれど物書きとしての中身は変わらない。漫画による表現から言語による表現に移行しただけで、ぼくが生み出しているのは今も山上漫画なのだ。ぼくの指先には幻のペン先がついている。このペン先は信用のおける奴でその判断に従っておけば大きく道を外れることはない。

当時、終末論なるものが流行った。それは心地良く、心身のバランスをとるのに使い勝手の良い言葉だったが、ぼくのペン先は反応しなかった。筑摩書房の「終末から」が創刊されたけれども、六十年代の終わりに夢中になって読んだ「話の特集」みたいな求心力は感じなかった。「終末から」に寄稿した野坂昭如、小松左京、開高健、赤瀬川原平、「話の特集」とも重なるぼくの好きな作家の名前が別人のように思えた。

ぼくの脳裏をかすめるのは文字どおりの終末だった。「週刊少年マガジン」で連載が始まった「愛と誠」(梶原一騎原作、ながやす巧画)は、始まりと同時に終焉に向けて緩やかな坂を下って行く年代の終わりを象徴していた。そのことの方がぼくには重大だった。

梶原一騎が破滅的風景の中で生涯を終えるのはまだずっとのちのことになるけれど、新連載の頁には暗澹とした予兆があった。

誰か、終末から「愛と誠」を遡って読んだ者がいるのだろうか。石油生産削減の石油戦略を決定した輩は血も涙もない。梶原一騎には原作家として十分に力量が残っていたし、ながやす巧は超絶の画力の持ち主だった。OPECが七十パーセント近くも原油価格を上げなければ「愛と誠」の愛の行方は違ったものになっていたかもしれないという説は、否定されるべき要素だけで成り立ってはいないはずだ。

この年の十月には紙不足が深刻化し、漫画雑誌の頁数が減った。雑誌が薄くなるということは漫画家の持ち頁が減るということであり、収入が減るということである。秋風が吹く頃、ぼくも業界もあたふたしたのだけれど、やはり重大なのは「愛と誠」だった。

主役の男女は原油供給量や石油生産量など考えもしなかった。ただ、愛の葛藤に揺れ動いた。それゆえ美しいのである。

山上たつひこ(やまがみたつひこ)
1947年徳島県生まれ。主な代表作に、『がきデカ』『喜劇新思想大系』『光る風』など多数。1990年にマンガの筆をおき、本名の〈山上龍彦〉として、『兄弟!尻が重い』『蝉花』『春に縮む』などを発表。 2003年より、再び〈山上たつひこ〉として、小説『追憶の夜』(現在『火床より出でて』と改題)を発表し、漫画「中春こまわり君」を描く。原作を担当した『羊の木』(いがらしみきお画)で、2015年文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞。最新刊は自伝エッセイ『大阪弁の犬』(フリースタイル)。

連載:山上たつひこ「春助の青春」Keishi Iwata

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※2014年3月31日以前更新記事内の掲載商品価格は、消費税5%時の税込価格、2014年4月1日更新記事内の掲載商品価格は、消費税抜きの本体価格となります

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