東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 社説一覧 > 記事

ここから本文

【社説】

コロナ禍に考える ガラパゴス化の岐路か

 十六世紀、スペイン人司教が発見した南米の孤島ガラパゴスでは独特の生態系が営まれています。バブル崩壊後、内需を意識して独自商品を生み続けた日本経済はこの島にちなんで「ガラパゴス化した」と揶揄(やゆ)されました。

 日銀が前代未聞の政策を打ち出しました。上限なく国債を買い入れて資金を流しコロナ禍に苦しむ経済を救おうというのです。

 これだけ異例の措置に踏み切る場合、米欧の中央銀行と緊密に連携するのが常識です。しかし、その気配は感じません。経済の国際協調は崩れ世界はガラパゴス色を強めていくのでしょうか。

グローバル化の加速

 ウィーンの名物カフェ「モーツァルト」はペスト記念碑から歩いて十数分の場所にあります。二十年前ウィーンフィルの元バイオリン奏者、ハンス・ノバク氏は店内で大指揮者カラヤンについて「偉大だが意地悪だった。ギリシャ系でオーストリアの血は入っていないはずだ」と語りました。

 旧ハプスブルク家が支配した領土の出身者以外同フィルに入団できない。ノバク氏もウィーンの人であり、私自身この説を信じ込んでいました。

 しかし調べてみると現実は違った。オーストラリア、カナダ、デンマーク…。団員は各国から集まっていました。名声はグローバルな血で支えられていたのです。同フィルと名演を繰り広げたカラヤンもその一員といえるかもしれません。

 グローバリズムの歴史は古い。ただその間、分野ごとで波の大小に違いがありました。

 一九八〇年前後を境にグローバルの大波が経済の分野に向かいました。英国のサッチャー首相が伝統の殻を破り外国資本を受け入れました。呼応するように世界の大企業が国外進出を加速させた。

見えない敵による侵食

 次の主役は金融資本でした。巨額マネーが渦を巻きIMF(国際通貨基金)危機のように国家まで財政破綻の淵に追い込みました。リーマン・ショックで危機が収まると巨大IT企業の時代に移りました。だが-。

 ウイルスという見えない敵がグローバル経済を侵食し始めています。国境を越えた人やモノの往来はウイルスの感染防止にはリスクでしかありません。

 当面、先進国の経営者たちは海外進出に二の足を踏み、国外拠点を自国に戻す動きを強めるでしょう。商品は普遍性を失い、独特な個性を持つガラパゴス風なものに変容する可能性があります。

 アジア太平洋経済協力会議(APEC)といった国際協力の枠組みもいったん低調になる。外国との経済関係を最小限にとどめた巣ごもり型経済が一定期間主流になっていくのは確実に思えます。

 ただ中国という変数もあります。「一帯一路」と名付けた国際進出への意欲は衰えていません。

 セルビアのブチッチ大統領は「欧州の連帯はおとぎ話だった。助けてくれるのは中国だけだ」と言い切っています。中国依存を強める国は確実に増えています。

 中国への敵意も勢いを増しています。十五世紀前半ペスト禍が収まったウィーンでユダヤ人差別が起きました。不安が人種差別を引き起こしたのです。この二の舞いは避けなければなりません。

 巨大IT企業の動きも留意すべきでしょう。人工知能(AI)を駆使し、人との接触が必要ないサービスを生み出す可能性があります。それは利便性の向上に役立つかもしれない。しかし彼らが膨大な個人情報を集積している以上、制御は絶対に必要です。

 厚生労働省によると、国内の感染症病床は一九九五年の九千九百七十四床から一昨年には千八百八十二床に減少。グローバル化の中で利潤が優先され、もうけにならない万が一の準備を避ける傾向が医療にも影響を与えたとの推論は成り立つ。そうなら今回の試練は必要だったものを取り返す契機とすべきではないでしょうか。

 今後、米国の資本力は弱まり、一層内向きになるでしょう。中国は世界の工場だった時代を終え、米国に代わる存在として野心を強めるはずです。欧州では欧州連合(EU)への信頼が薄れ、ギルドのように排他的な商工組合型経済域が生まれるかもしれません。

次の選択が未来決める

 日本経済も岐路に立たされます。貿易を抑制し自立経済を目指せとの声は出るでしょう。

 ただ医療を中心に世界が手を取り合っているのは事実です。各国との協力関係の上に日本経済が成長してきたことも間違いない。

 内向きになる中、まずは失ったものを取り返し、その先に国際協調を蘇(よみがえ)らせる必要がある。そのための政治体制をどう築くのか。次の選択こそがこの国の未来を決めるのだと肝に銘じています。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報