正義の短剣
「ふ……リーシア、私達は元仲間じゃないか。ここであの悪魔を倒し、正義を世に知らしめようじゃないか。私が直々にマルドに進言して仲間になれるように勧める。そこで妥協しよう」
マルドって誰だよ。
樹の仲間で一番偉い奴はー……鎧か?
他に何人か居たが、全員名前を忘れたというか、聞いてないもんな。
アイツ等、致命的な程我が侭だったし。
「……イツキ様は何処ですか?」
「それも私を助けたら教える。どうか、ここで助けてくれないか」
沈黙がリーシアと魔法使いを支配する。
やがて。
シュッと風を切るような音と共にリーシアは魔法使いを縛っていた縄を解いた。
「よくやった! そして悪と共に滅びろ!」
魔法使いが杖を握りしめてリーシアに魔法を唱えながら振りかぶる。
「アガ――」
が、ピクリとその動きは止まる。
「やっぱり、嘘。正義の前では全てが許されると思っているのですね……」
俺は見ていた。
リーシアの奴、縄を切る振りをして魔法使いの皮膚を僅かに切っていた事を。
信じていなかったのはリーシアもか。
「正義……悪魔を倒す……」
「させません」
リーシアがロープを取り出して魔法使いを素早く拘束した。
「ナオフミさん。申し訳ありません。あまり有益な情報を引き出せませんでした」
「いや、もう一度プリズンを掛ければ治せる。白状するまで拷問するだけだ」
なるほど、この短剣で洗脳する事が出来るのか。
となると樹の必要性は無い。
だけど正義正義と五月蠅いこれは何なのだろうか?
で、プリズンで正気に戻した魔法使いに再度拷問する。
「あ、あれ!? 私は」
「さて、先ほども言ったが白状して貰おうか」
「く……」
魔法使いの奴、強情だな。
まあ、話させる手段は他にもある。というか実験は腐るほど出来るとも言えるか。
「よし、次はこの水を飲んで貰おう」
「な、何をさせるつもりだ!?」
この反応からコイツは井戸水に毒を混ぜた奴とは違う……いや、知らないのか?
ここで飲むのを拒んだ場合は知っているという事になる。
「飲ませろ」
「グハ! やめ――」
半ば強引に奴隷共を使って毒のある水を飲ませる。
「ガハ……ウグウウウウウ……はぁ……はぁ……」
喉をかきむしろうと捕縛されているのに呻き、目は血走る。
「……話せば楽になるぞ」
俺がこれ見よがしに解毒剤を魔法使いの鼻先にチラつかせる。
毒とはこういう使い方もある。
何処のどいつか知らないが、余計な事だったな。
「ほらほら、正義の使者様ー素直に白状しないと死ぬぞー」
「ナオフミちゃん、凄く楽しそうね」
「ええ、きっと素晴らしい笑顔なのでしょう。声でわかりますわ」
外野がうるさいな。
ま、ラフタリアが居たら怒られそうだけどさ。
「今度は白状するまで助けてやらないからなぁ……お前以外の怪しい奴を捕まえれば引き出せそうだし」
「うぐ……話す……話すから……」
ああ、やっぱり死ぬのは怖いか。
しかも苦しんで死ぬわけだしな。
「じゃあ話せ、内容次第で提供してやる。間違っても嘘を言うなよ。また毒を飲ませるぞ」
という感じで俺達は魔法使いから情報を引き出した。
コイツのバックにはやはり国の革命派の貴族、そしてヴィッチがいると言うのが明らかになった。
ただ、マルドという奴がリーダーをしていて、仲間であってもそんなに知らないらしい。
「じゃあ、霊亀の時、何があったかを教えろ」
と、言った所で白目をむきだしたので解毒剤を飲ましてやる。
「わかっていると思うが、ここでダンマリを決め込んだらまた毒を飲ますからな」
「く……」
毒で思いっきり嘔吐し、汚物にまみれたまま魔法使いは忌々しそうに俺を睨みつける。
でー、白状したのは霊亀での騒ぎ。
樹達は錬や元康よりも半日早く、霊亀の封印の像を破壊した。
その時、何も起こらず、国の連中に取り囲まれてしまう。
鎧が樹を糾弾し、お前は正義じゃないと言い放った。
信用を失ったまま樹達は牢獄に連行され、国の王と謁見をする……手はずだった所を霊亀が復活し、樹も霊亀に挑みに行った。
だけど手も足も出ず……事態に激怒した鎧にみんな賛同し、樹を背後から縛り上げて霊亀の生贄にして逃げた。
鎧曰く、力無き正義は正義ではない。霊亀に勝てない樹は正義ではないそうだ。
というのが経緯らしい。
細かい話は魔法使いの主観が入るので除外する。
凄い台詞だよな。俺の世界でも有名な言葉だ。
なるほど、正義では無いと信頼していた仲間に面と向かって言われ、逃げる時間稼ぎにされたらさすがの樹も我慢できなかったという事か。
廃人になっていたのは辛うじて逃げ切った後に、イヤな現実から逃亡したと言う事だな。
というか、ラフタリアがカルミラ島で言った事の全てが符合してるぞ。
嘘と手加減を毎度していたのは仲間達も気づいていたのだろう。
正義感を満たそうと霊亀に挑んだのが運の尽き、仲間に信用されなくなった末路か。
「次に、これだ」
俺は短剣を取り出して尋ねる。
実の所さっきので実証されているが、念の為。
「これはなんだ?」
「……」
「ダンマリは身を滅ぼすぞ?」
「マルティ王女の背後に居る連中から提供されたんだ」
マルティ? 誰だっけ?
ああ、ヴィッチか。
その名前で呼ぶのは禁じられているはずなんだが。
革命派はそっちで呼ぶのが普通か。
まあいい。今は短剣の件が先だ。
拷問紛いに聞き出したところ、あくまでこの短剣で切りつけると相手を正義という名目で洗脳する事が出来ると言うのだけしかわからないそうだ。
なんだろうか、この変な短剣は。
伝説の武器……じゃないんだよな。
「アトラ、何かわかるか?」
「禍々しい気が出る以外は特に……特にその中心から漏れ出す瘴気が怪しいです」
中心、真ん中に宝石みたいな物が嵌っている。
なんか見た事のあるデザインだよな。
ヴィッチ……やはりこの件に関わっているのか。
だけど村の方にはいない。
町か?
というかいい加減救助に行かないと危ないな。
樹を仕留めれば解決すると思ったのに、意外な結果に出遅れ気味だ。
ヴィッチの背後が三勇教、もしくは貴族なんだと思う。
亜人奴隷を使った毒を流す作戦はどちらかの暴走と見て良いだろう。
三勇教……そこでふと、教皇が所持していた武器が思い出される。
これはあくまで推論の域を出ないし、突飛過ぎる考えかもしれないが。
魔王と呼ばれた勇者の武器のレプリカ、もしくは効果だけを真似たのがこの短剣なんじゃないか?
「に……兄ちゃん」
キールがプリズンによって洗脳を解除され、ぐったりとした様子で肩に担がれてやってきた。
そういえばプリズンを監視しておけと命令しておいたな。
時間的には魔法使いを一度プリズンで解除した訳だし、キールが正気に戻っているのは当たり前か。
「おう、ふんどし犬。調子はどうだ」
「良い訳ねえよ兄ちゃん。一体何がどうなってんだ?」
「お前は洗脳されていたんだ。俺の事を悪者と罵ってたぞ」
「はは、兄ちゃんがそんな悪い奴なわけ無いじゃないか。精々小悪党止まりだよ」
「なんだと?」
ふむ、言いたい事はあるが、どうやら完全に洗脳が解けたみたいだな。
演技という可能性もゼロではないが。
「洗脳された時の事を覚えてないか?」
「あんまり覚えてない。ただ、変な洞窟に一度連れてかれたのを覚えてる」
「洞窟?」
「うん。なんかみんなで集まって……どっかに行くのを命令されて……兄ちゃんみたいに信じれる人が洞窟に居るって確信があったような気がする」
正義感の産みの親的な存在がその洞窟にいるのか?
まてよ。
レプリカが仮に存在するとして、その大本は何処にある?
そもそもこの短剣の維持コストは何で支払われているんだ?
感染能力も、この短剣が一番高いみたいだ。
キール達の攻撃は相当受けなきゃ作動しなかった。
だけどこの短剣は一突きで作動した。
ともすれば……。
ヴィッチの背後関係は三勇教、資金提供は貴族と見て良い。
だから連携がバラバラなんだ。
睡眠薬を提供するのは貴族側、だけど革命に亜人奴隷を使うのはイヤだから毒に変更したって所だろう。
亜人優遇をしている女王への革命なのに亜人が混ざっていたら矛盾も良い所だ。
こう言う場合の姑息な手……俺の配下に変装でもさせてそうだ。
とりあえずはこの武器の出所を封じないといけない。
正義、正義、おそらく、レプリカの大本は樹だ。
レプリカの研究をしている所で、疑似的に成功した技術があったと仮定すれば、威力度外視でこんな武器を作る事が出来るかもしれない。
俺の予想を遥かに超える状況だ。
こんな夢物語を想像しても良いだろう。
「どこかわかるか?」
まあ、魔法使いに聞けばわかりそうだけど、念の為にキールにも聞いておく。
「匂いを辿れば行けると思う」
「よし! じゃあその本拠地を叩きに行く……前に、町の方へ寄って被害状況の確認からだ」
「はい!」
こうして俺達は、捕縛した洗脳奴隷を奴隷たちに預けて町へと出発した。
もちろん、魔法使いにも居場所を吐かせる為連れて行く。
裏切ったら殺すよう奴隷共には指示を出してからな。
「……」
リーシアが複雑な表情で考え込んでいる。
「樹が犯人か、考えているのか?」
「……はい」
「今の所、お前の元仲間達だけだ。希望的観測になるが、樹はまだ確定じゃない」
「わかっています。私は、ナオフミさんの指示通り戦うだけです」
どうだかな。本当に樹が出てきた時、同じ事が言えるか。
俺の推測では樹がこの騒動に関わっているのは間違い無い。
何処で出てきても良いように準備しておいて良いだろう。
錬とフィーロに任せた町がどうなっているか不安でしょうがない。