努力
「ここは……ナオフミさんが一から作った村。私はそのお手伝いをしているだけです。それよりもウェレストさん、生きていたのですね」
「あなたに生存を喜ばれる謂れは無い。そうですか、汚らわしい亜人の村の手伝いですか。誇り高きメルロマルク国民にあるまじき蛮行! 成敗してくれる!」
魔法使いが魔法を唱え、キール達の傷を回復させる。
ああ、生半可な攻撃魔法は効き目が無いのは察しているんだな。
むっくりとキール達がゾンビのように起き上がる。
……意識がもうろうとしているのか足取りが怪しい。
これ以上の攻撃は……キール達の身が危険だな。
「樹は何処だ? キール達のその状況、樹の所為なんだろ?」
「あの正義を騙る偽者の事ですか? 悪魔に話すと思いますか?」
正義を騙る偽者と来たか。
グループ内の上下関係が変動している。
仲も良好では無さそうだ。
これは樹が一緒にいるという可能性も薄いな。
というか、樹とは無関係かもしれないな。
もちろん依然として樹が騒動の原因だろうとは思うが。
……どちらにしても冤罪は避けなければならない。
もしも俺が誰かを謂れの無い罪で貶めたなら、それはヴィッチと変わらない。
事は急務を要するが、冷静に背後関係を吐かせないとな。
「教えてください! 皆さんとイツキ様に何があったのですか!」
「悪に語る口は持たぬ! さあ、正義の使者よ。諸悪の元凶を仕留めるのです!」
魔法使いの掛け声に合わせて奴隷共が俺に群がる。
「合唱魔法を唱えるぞ、正義の使者たちよ!」
「「「力の根源足る――」」」
なんだ!? 辺りの空気が収束するのを感じる。
合唱魔法に関してはある程度サディナや魔法屋から聞いてはいたが、こんな出力が出る物じゃないはず。
考えられるのは思想が近づいたせいで、魔法の詠唱がスムーズになっている?
高威力の魔法が予想されるぞ!?
「やめてください!」
リーシアが素早く魔法使いの懐に入り込む。
「な――早い!」
昔のリーシアからしたらあり得ない程の速さだからな。
魔法使いも過去のリーシアを思いだして舐めていたのだろう。
「だが! これでお前も我等が配下だ!」
魔法使いがリーシアに向け、所持していた短剣で突く。
「動きでわかっていました!」
その突きを逆手に取り、リーシアは突剣を上手く短剣に絡ませて上に弾く。
「く……力の根源足る――」
「ツヴァイト・エレメンタルブロウ!」
エレメンタル……確か火と水と風と土の合成万能属性。使うのが難しいのと資質の関係で使用者が少ない奴だ。
七色に混ざった魔法の塊が魔法使いの腹部に命中し、回転する。
風で作られた玉をぶつける忍術みたいな感じ。
魔法屋もリーシアに教えるのを苦労していた。それほどまでに使い手が少ない魔法らしい。
まあ器用貧乏のリーシアらしい魔法だ。
「馬鹿な……これが悪魔の加護だとでも言うの?」
「加護? 違うな。それはリーシアが自分で築き上げてきた努力の積み重ねだよ」
ステータスでは無い。
もちろん、ステータスがあるのが望ましいが、リーシアは今までの強さを得るために必死に努力していたんだ。
それを加護だけで片付けるのは、俺が許さない。
合唱魔法の要であった魔法使いが倒れ、詠唱は失敗に終わる。
しかし、奴隷共の攻撃がこれで終わった訳じゃない。
いまだに俺に執拗に攻撃を繰り広げている。
「これ以上の魔法はキールちゃん達が大変な事になっちゃうわ。どうしましょうかね?」
「ここまで群がっているんだ。プリズンで囲って見る。シールドプリズン!」
俺を中心にシールドプリズンを展開!
「ああ……う……」
ガンガンと檻の中に俺を含めて閉じ込めた訳だけど……。
洗脳が切れねー!
どうなってんだ!
いてえよ! 殴るなコラ! 刺すな、刺さらねえけど呪いがいてえ!
ぐ……。
と、約5分間、俺はキール共に殴られ続けた。
洗脳の感染は俺には効かないようだ。
まあ、効いたらやばかったけどさ。
檻が消えて、アトラ達が様子をみる。
「あれ? 尚文様。キールさん達は元に戻っておられないので?」
「そうみたいなんだ。原因がわかるか?」
回復魔法を自分に掛けながら俺はキール共を突き飛ばして逃げ回る。
「外からでは尚文様の檻の力で繋がる力は切れたのですが……檻が消えてその状況となると……」
ふむ……つまり、キール一人ならイミアの叔父のように洗脳から救い出す事は出来るが、複数となると出来ない。
並んだ蝋燭の火一本ずつ消していくと煙を伝って火が点いてしまう事があるという話を思い出した。
それとも違うだろうが、洗脳された者同士が蜘蛛の巣のように禍々しい力による干渉を受けているのだろう。
だから複数じゃ洗脳が解けない。
すっげー面倒くさい。
早急に事の原因である奴の処理を済ませなければならない。
「とにかく、そいつから情報を引き出すのが先だな、こいつ等どうにか出来ないか?」
「うーん……ちょっと荒業だけど良いかしら?」
「電撃はやめろよ」
「わかってるわよ」
サディナが号令をすると水生系の奴隷が海からやってくる。
そういや、サディナと一緒に海での生活をしているもんな。
そして合唱魔法を唱え始めた。でー……何故か無事な奴隷共を後ろに引かせている。
「ナオフミちゃん」
「なんだ?」
「ごめんね。ちょっと我慢してね」
「ちょ――」
「「「合唱魔法! ダイダルウェーブ!」」」
これはあれだ。ヴィッチが俺に奴隷紋の適応範囲を調べていた時と同じ状態だ。
ターゲットを俺の周りに居る連中に絞って範囲魔法をぶっ放したんだ。
「ぎゃああああああああ!」
津波が魔法によって現れ、思いっきり俺諸共洗脳された奴隷共を洗い流す。
ぐるぐると視界が回って行き、息が出来ず苦しくなる。
そう思っていたんだが、サディナが津波の中に入ってきて、俺を救いだした。
「シー・ヴィレと似たようなモノなんだけどねー、ちょっと持続時間が短いのと攻撃よりの魔法かな」
「死んじゃうんじゃないか?」
「それは大丈夫、威力は調節したから」
確かに、サディナの言った通り、範囲は限られていた。
村の建造物にも被害は少ない。
効果時間は90秒くらいだったかな。あっという間に魔法で作りだされた大波は消え去った。
残ったのはぐったりとする洗脳された奴隷共。
「じゃあみんな、動けないように縛り上げるのよー」
なんでお前が指揮をしているんだとかを言う気力が、今の俺には無かった。
それから……。
「さて、白状して貰おうか」
樹の元仲間である魔法使いを縛り上げて問い詰める。
「悪に語る口など持たぬ」
「お前さー……誰にそんな事を言っているか、わかってんの?」
拷問に関しては自分でも中々の物だと確信している。
フィーロはこの場に居ないがフィロリアルはまだいるんだぞ?
「例え私が死んだとしても、それは正義に殉じただけだ」
「正義ねー」
コイツもなんかワンパターンだよな。
三勇教の騎士みたいだ。
ま、似たような物か?
「リーシア。コイツってどんな奴なの?」
「えっと、イツキ様と一緒に旅をするようになった者の中では古参の一人です」
ああ、じゃあ俺が一人だけになった時には既に居た訳ねコイツは。
じゃあ容赦する必要はないな。
最初から容赦なんてするつもりはなかったけどさ。
「そして家族はメルロマルクの貴族だと言う話を承っております」
「お前の家族とは知り合いじゃないの?」
「領地違いですし、メルロマルクだけでもかなりの貴族がいますので」
ま、そうだよな。大きな催しとかでもない限り顔を合わせる事は無いだろ。ましてやリーシアは没落貴族。
勇者の初期メンバーに入る事の出来るコネがあるとなると相当だ。
仮にも姫が混じっていたくらいだしな。
となると、革命派の貴族がバックにいるパターンか?
俺は魔法使いが所持していた怪しい短剣を見る。
目利きで見る事が出来ない。何やら怪しい品だ。
これはなんだろうか?
「リーシア」
「なんでしょう?」
「これでそいつを突け」
「ふぇえ!?」
元仲間を刺せと言われてリーシアも驚きの表情をしている。
だが、それよりも魔法使いの表情の方に目がいった。
みるみる青ざめて行く。
「やめろ! それを私に近づけるな!」
「自分は良くて相手はダメってか? 随分と虫の良い話だな」
これは脅迫に使える。
おそらく、これが洗脳に使う要の武器なんだ。
良く見ると変な宝石が嵌っている。
「アトラ、これを見て何かわかるか?」
「はい。尚文様が所持している武器から、禍々しい気が立ち上っています」
「なるほどな」
間違いない。
これで刺せば、コイツも正義の洗脳が掛る。
「ほらリーシア。お前を見下して冤罪を掛けた奴に復讐するいい機会だぞ」
「ふぇええ……」
困った表情で震えながら一歩、また一歩とリーシアは短剣を握りしめて魔法使いに近づく。
なんだかんだでやるのな。
「やめろ! これ以上近づくな! 正義の鉄槌が下るぞ」
「ああ、そうだろうなぁ。お前が悪で俺が正義、そして鉄槌を下すリーシアだ」
「悪がほざくな!」
「悪で結構。お前はその悪に屈するんだ。残念だったな。もう正義じゃないな?」
何処までも自分が正義だって信じているんだな。
コイツを刺しても変化がなさそうだけどー……。
っと、一応、キールだけでも洗脳を解いておくか。
魔力水を服用し、縛られたキール単体をプリズンで閉じ込める。
「ふぇえ……」
「刺してほしくなくば洗いざらい吐け」