誤算
ギリギリとキールの爪が盾に火花を起こさせる。
俺の防御力を超える事は出来ないけれど、それでも身内からの攻撃を受けて良い気分にはならない。
敵対する奴隷達の攻撃全てが俺に集中する。
辛うじてガキンガキンと受けるダメージは無い状態だが、それも何時まで持つかはわからない。
キール達の攻撃で、俺の受けた呪いに追加ダメージが出ているのを感じる。
内臓がねじられたような、めまいに似た持続ダメージ。
くそ、こんな状態を続けていたら体が持たない!
「全ては清浄な正義の名の元に。兄ちゃんは倒されるべきなんだ!」
「キール……後で覚えてろよ。洗脳されてたとか、そんな事で俺が罰を緩めると思ったら大間違いだからな」
……正義正義うるせー!
何か勘違いしてないか?
俺は善人でも聖人君子でも無いっての。
慈善事業じゃないんだぞ。お前等を利用するのは当然だ。
というか、いつも言っているだろう。
働け、とな。
いや、本来のキールならわかっているはずだ。
今、目の前にいるのはキールの体を乗っ取った別の何かだと思う事にしよう。
どうする? ラースシールドに変えて焼き払うか?
「違います! ナオフミさんは……悪では絶対にありません!」
リーシアが強い口調でキールの言葉を注意する。
なんだ?
あんな意志の強さの籠った声でリーシアは喋ったか?
「ナオフミちゃん。お姉さんがちょっと過激な事をしてこの子達を抑えましょうか?」
「何をするつもりだ?」
ちなみにサディナのLvは75。ステータスはかなり高くまで成長している。
正直、総合ステータスはラフタリアやフィーロを除けば上位。キールよりも高い。
短所は早さと活動範囲だけだ。
これも水のある場所ではその限りでは無い。
「ちょっと……ね」
「……何をするつもりなんだと聞いている」
「そうねー。結果的にキールちゃん達は許してくれるかな」
「おい! まさか――」
『力の根源たる。私が命ずる。真理を今一度読み解き。雷よ我が前の者たちを撃ち貫け!』
「アル・ドライファ・チェーンライトニング!」
サディナの銛の先から目が眩むほどの高電圧の雷が幾重にも解き放たれて、洗脳された奴隷たちを撃ち貫く!
「「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」」」
俺の目の前でキール達がバチバチと仰け反っていく。
その電圧の持続時間は長く、ぶすぶすと髪が焼け焦げる匂いが立ち込める。
「サディナ。お前……」
「大丈夫よ。出力は調整したわ。本気で撃ったらもっと凄い事になったわよ」
さいですか。
「全員無事か?」
「何人かキールくんが言っていたのと同じ言葉を言う様になってしまった者がいます」
正義に目覚める人続出。
新手の新興宗教かよ。
……状況は芳しくない。
「盾のお兄ちゃん覚悟ー!」
まだ隠れていたのだろう。
村の外から行方不明だった奴隷が乗り込んでくる。
くそ……人の配下を便利に使いやがって。
確かに損失が少ない手段だよ。
樹はカースに侵食されているにしたって、俺とその配下に勝てる程の強さがあるとは思えない。
しかしここにいる連中は俺が直々に加護を与え、長い時間を掛けて育てた奴等だ。
そこ等辺の冒険者や騎士なんて既に簡単に倒せる程度にはLvを上げた。
ラフタリアの同郷という事で、恩も大安売りと言える位与えたし、ある程度は懐かれていた。
本来ならまず間違いなく敵対しないであろう戦力的に優秀な連中を洗脳する。
作戦と言えば聞こえは良いが、最悪な手口だ。
勝てる見込みのある連中を攻撃して洗脳し、味方に引き入れて俺に戦わせる。
頭を捻って考えたんだろうな。
ああ……認めてやろう。急所だよ。
一ヶ月近く一緒に居たんだ。ある程度愛着もある。
なによりラフタリアの友人達だ。安易には殺せない。
理にかなった攻撃だよな。
しかし、七つの大罪にそんな能力のありそうな物があったか?
「ここにいる奴隷共は行方知れずの奴全員か?」
「いいえ……半数以下です」
だろうな。
正直、冒険者相手には余裕で勝てるような連中を裂くとしたらもっと別の所に割り振るだろ。
それに……。
「後はあの馬車か」
あそこには樹が潜んでいるのだろうか? しかし、良く考えてみれば何時まで経っても出てこないのになんか意味があるのか?
出るタイミングを逃した? 正義馬鹿の樹が?
なんだろう。根本的に何か、歯車が噛みあっていないような違和感を覚える。
「どれくらいキール達を封じていられる?」
「あんまり期待できないわねー。キールちゃんも大分強くなってるから」
「じゃあ今のうちに馬車に潜んでいる原因を仕留めるか」
「ナオフミさん」
「なんだリーシア?」
「……」
樹の事を見逃してほしいとか言うのだろうなぁ。
女騎士の時もそうだったし。
まあ、状況次第だな。樹のカース状態が解ければこの事態を収束できるのなら、便乗している奴を炙りだすのに使えるし。
考え次第じゃ樹は利用価値が高い。
あくまで攻撃の要としてだけどな。
リーシアの返答を待っているのだが、何時まで経っても何も言わない。
「特に何も無いなら行くぞ」
「……はい」
複雑な心境と言う奴か、樹が出てきた時に何を言うんだか。
ま、出来る限り裏切らない方向でお願いしたいもんだ。
ここで裏切られると面倒だ。その場合は奴隷紋で強引に黙らせるがな。
リーシアの項目を念の為に出しておこう。
「おい! 馬車に隠れている奴! さっさと出てこい」
馬車に近づいて怒鳴りつける。
……誰もいないのか?
まさか、キール達の動きから察するにあの馬車には樹が潜んでいるはずだ。
「おい!」
もうラチがあかないな。
「サディナ。もう一度魔法を唱えろ、目標はあの馬車だ」
「良いのー?」
「警告はした。全力で撃って良いぞ」
「しょうがないわねー」
サディナに命じて馬車への攻撃を許可する。
『力の根源たる。私が命ずる。真理を今一度読み解き。雷を降り注がせよ!』
「ドライファ・サンダーボルト!」
雷鳴と共に馬車へ雷が降り注ぐ。
その馬車から人影が飛び出した。
「何!?」
い、樹じゃない……!?
その人影は杖を所持し、ローブを纏い、とんがり帽とでも言うかのような、何処までも典型的な魔法使いの様な衣装を着た人間だった。
ローブはなんか高そうな刺繍が施され、杖も高級感の漂う逸品。
とんがり帽も一目で良い品だとわかる。
だが、それよりも驚くべきなのは、馬車に隠れていたのが樹では無かったという事だ。
しかもこの魔法使い風の奴、何処かで見た事があるんだが、思い出せない。
そして……懐から何やら変な光り方をする短剣を取り出して、俺達に向かって構えている。
「おのれ……盾の悪魔め! 我等が配下達に非道な真似を」
コイツ、誰だっけ?
何処かで見た事のある奴なんだけど思いだせない。
相手は俺の事を知っている様な雰囲気だが……錬が言っていたヴィッチの仲間か?
だとすると、俺もどこかで会っている可能性がある。
見覚えはあるんだが……思い出せない。
「まさか……」
リーシアの表情が真っ青になる。
なんだ? 知り合いか?
そう考えた所で思いだした。
確かコイツは樹の配下に居た魔法使いだったはず!
一緒に戦っている期間が短過ぎて記憶が曖昧だが、居たと思う。
自分でも酷いなとは思うが、バカの事なんて一々覚えていられない。
錬が覚えてなかったのは、カルミラ島で錬はソロプレイをしていたから、視界に入ってなかったんだろう。
俺も人の事は言えないが、鎧以外記憶に残っていない。
だって、どいつも似た様な事しか言わないし。
ぶっちゃけ、樹パーティーのメンツが思い出せない。
しかし……とんだ誤算だ。
洗脳に感染性があった事もそうだが、樹がこの場にいない。
考えてみればイミアの叔父が受けた傷は矢ではなかった。
しかもキールも『あの人達』と複数形で呼んでいた。
正義という言葉を連呼していたから樹と間違えたのか?
いや、まだ関わっている可能性は否定できない。
よし、コイツを締め上げて洗い浚い吐いてもらうとするか。
「ウェレストさん! なんであなたがこんな所に!?」
そんな名前だったのか。初めて知った。
正直コイツの名前なんてどうでも良いけど。
まあ、他の勇者の仲間って基本的に覚えてるのは僅かしかないけどさ。
というか樹の奴、仲間に捨てられたとかじゃなかったのか。
よくよく考えてみれば樹単独で遭遇しただけで仲間の方は調べてなかったな。
錬のは死んで、元康は逃げたと本人から聞いたから知ってたけど。
そうか、樹の仲間は生きていたのか。
じゃあなんで樹は廃人になってゼルトブルで戦っていたんだ?
「何故? それは私の言葉ですね。リーシア、事もあろうに盾の悪魔と一緒に居るだなんて……何を考えているんです」
いやいや、リーシアを追い出したのお前等だし。
お前もその場に居たんだから知ってるだろ。
今更過ぎるし、白々しいを通り越して呆れるぞ。