複数犯
「樹……」
錬も苦渋に満ちた声で樹の名前を呟く。
どうしたものか。
アトラになら樹の居場所を感知して貰えそうではあるが。
「た、大変です!」
城の兵士が食堂に押しかけて来た。
その姿はボロボロでやっとのことで辿り着いたかのようだ。
「どうした!?」
「町の方で大規模な暴動が起こっております! 民衆によるテロかと」
「なんだと!?」
「メルティ様からの救難要請です! 勇者様! どうかお力を」
フィーロがいて抑えきれないほどの暴動?
テロにしては規模が大き過ぎるだろう。
「わかった!」
「俺が行こうか?」
錬が一歩前に出て聞いてくる。
ふむ。
ここで錬を行かせるのは簡単だ。
女騎士も一緒に行かせて……。
だが、何か引っ掛かる。
盗賊に襲われたイミアの叔父、敵についていったキール達、村の各所に混入された毒薬、発狂したイミアの叔父、そして町での暴動。
タイミングが良過ぎる。
これが計画的犯行だとしたら、どうだ?
考えられる敵の目的は……。
女王の話と三勇教、そして樹を繋ぐ線が一つにまとまった気がする。
おそらく、町は陽動だと見て良いだろう。
ともすれば。
「メルロマルクの城でもテロが行われている可能性がある」
「な――」
錬の顔色が悪くなっていく。
まあ、そうだろうな。
ここまで悪意を持った攻撃が繰り返されているとなると間違いないだろう。
ともすれば、イミアの叔父を操ったように人々を操作してテロを行わせていると思って良い。
これを止めるのに必要なのはなんだ?
今の所、洗脳を解くにはシールドプリズンで閉じ込めて封じるしか方法は無い。
だが、これには大きな問題が付きまとう。
まず消費する魔力、そしてクールタイム、次に、こんな真似をしている樹を炙りだす事だ。
カースに浸食されていた錬のように自分勝手に暴れていたとしても、誰かが入れ知恵をしていたのなら……。
だが、その手綱の操作は難しい。
錬がそうだったように、自らの信じた事を繰り返していると見て良い。
樹はどんな奴かを考え直せ。
人一倍正義感が強く、それでいて身勝手。
そんな奴にどう甘い言葉を囁く?
「錬、もしもの話だ。正義感に満ちた奴に取り入るとしたらどんな事を囁く?」
「え? ……悪人の所業を話すんじゃないか?」
凄く単純で優等生的答えだが、俺もそう思う。
それでいて、俺の領地、更には城下町へのテロ行為。
ターゲットは俺か……女王だろう。
そして、意図を考えてみる。
伝令によって助けを呼ぶことを視野に入れるとしたなら……城下町に敵の本命が居ると見て良い。
「ただいま戻りましたよ。お義父さん」
お? 丁度良いタイミングで元康が帰ってきた。
いきなり現れた所を見るにポータルで来たな。
「おお! 元康、早速だが頼んで良いか?」
「なんでございましょうか、お義父さん。この元康、お義父さんが望むなら悪事以外ならなんでも致しましょう」
「……メルロマルクの城へ行って問題が無いかを確かめて来てくれ。もしも問題が起こった場合、それを鎮圧するよう努めてほしい。フィロリアル共も多少元康と一緒に行ってくれ」
「わかりましたよ、お義父さん。私元康、この命に代えても仕事を全うしていく所存です! いくぞ天使達!」
帰ってきたばかりなのにと三匹は若干疲れたような顔をしながら元康に着き従った。
お前等は観光地で遊んでいただけだろ。
問題は樹の攻撃の正体が掴めない事だ。
あまり戦力を投入してもそのまま敵に回られたらたまったもんじゃない。
元康は全てにおいてフィーロに意識が集約しているから、最悪フィーロさえ居れば洗脳されても説得できるかもしれない。
「俺も一緒に行くか?」
「いや、錬は待機していてくれ。あくまで念の為だ」
深読みし過ぎて戦力を割きすぎるのは危ない。
これで俺の思い違いだったら目も当てられない。
「では出発!」
「「「はーい」」」
フィロリアル達を連れて、元康が城下町へと向かって行った。
ポータルはクールタイムの関係で使えないが、アイツ等は足が速いから大丈夫だろう。
これで何も起こらなければ良いんだが……。
と、見送った所で盾の檻が消える。
「申し訳ありません! ご迷惑をおかけしました!」
そこにはイミアの叔父が深く頭を下げていた。
イミアも一緒だ。
「気にするな。それよりも大丈夫なのか?」
「は、はい!」
「詳しく事情を話せるか?」
「はい」
イミアの叔父はやはり前日に襲われたらしい。
茂みから突然何かが現れて、避けきれずに命中した所までは覚えているそうだ。
治療院で見たあの傷跡か?
あれ、矢の痕ではなかったんだが……。
そこから先は、記憶も曖昧だそうで、それでも頭に侵食してくる何かと戦い続けていたらしい。
俺の力になりたいと思うと同時に俺は敵だという思考が渦巻いていた。
その葛藤の中で逃亡し、エレナに保護された所まではぼんやりと思いだせるそうだ。
「逃げてきた?」
「……逃がされたのかもしれません。その後はイミアと一緒に帰る途中で……人とぶつかる手はずだったのを覚えてます」
「手はずだった?」
「はい。おそらく、その時に薬を手渡しされたのだと思います」
渡されたのは毒だな。
洗脳された者同士で毒を手渡し、イミアの叔父の手で井戸に毒を仕込んだ。
面倒な手はずだが、疑われにくい手段だな。
ここまで手が込んでいれば、確かに疑いは持ちにくい。
「睡眠薬で村中の人々を眠らせて、その間に――」
「待て……睡眠薬?」
俺が目利きした毒は睡眠薬ではなかったはず。
毒鑑定では呼吸器系の中度の毒と表示された。
おそらく服用すると一番苦しんで死ぬ、性質が悪い代物だ。
重度なら服用と同時に死ぬ。軽度だと息苦しいが死にはしない。
それを睡眠薬と間違える?
事実と証言の相違が大きい。
しかし不可解な点が残る
川に毒を流した亜人奴隷は自害に見せ掛けて殺されている。
樹がバックにいるのならばイミアの叔父と同じく、洗脳をすれば済む話だ。
それなのに洗脳をせずに奴隷紋で済ませた。その理由がわからない。
単純に俺の配下だから奴隷紋を刻めなかったか。
あるいは何か別に理由があったのか。
……複数犯というのはどうだ?
連携が取れていないというのは、おそらく樹の手綱を握れていないんだ。
当然だろう。樹はどう考えても正義感の塊だ。卑劣な行いを嫌う。
ま、奴にとって正義であれば卑劣でも問題無いんだろうが。
それに樹はカースシリーズに侵食されている可能性は極めて高い。
実際、錬、元康、樹の中で精神的なダメージが一番大きそうだったのは樹だ。
ともすれば呪いによって感情を制御できない状況にある樹を、意のままに操るのは事実上不可能という事になる。
要するに樹の洗脳を受けておかしくなった連中は部外者では操作できない。
正義だのなんだのと言っていたからな。
睡眠薬は良くても毒物を流す事ができないのは、正義に反するからだろう。
この線で考えよう。
樹と複数のグループ……仮に三勇教の残党、貴族の革命派、そして行方不明のヴィッチとその仲間、それ等の勢力が樹と絡んでいるとしたら、最大で三つのグループが樹とは別に行動している事になる。
この三つのグループが協力関係にあるかどうかは不明だが、今回の騒動に何かしら関わっているのは間違いない。
どいつも思想が違うから敵が一緒でも統率が取れていないと考えるべきか。
つまり、樹はいずれかの組織に毒物を睡眠薬と偽られて所持している。
カースに侵食されていても、精神的におかしいだけで、味方と思わせれば対処はできるのかもしれない。
尚、敵が樹を含めて四グループいると想定したのは狙われている拠点の数だ。
村と町、そしてメルロマルク城。
この三つを同時に制圧するには相当な戦力が必要となる。
当然、革命派や三勇教の残党などでは不可能だろう。
そこに樹と樹の洗脳した連中を加えて三箇所を同時に攻め込めば。
俺、メルティ、女王。
この三人の誰かを一人位は殺害できるかもしれない。
となると当初の予定通り、錬達を町に向かわせて、村の防衛を俺がする。
洗脳の力がある事は既に周知の事実だし、注意すれば錬達も理解するだろう。
「話を続けろ」
「そこから先は……わかりません」
「ふむ」
重要なのは、村が睡眠薬によって全員眠った後、何をするつもりだったか、だ。
この攻撃は樹の支配下にある連中の物だ。
樹は毒を睡眠薬だと思って行動している。
樹の後ろにいるグループは、毒物によって俺達の排除ができればいいな、程度に考えているんじゃないか?
でなければ行動が滅茶苦茶だ。
毒物で村人全員が動けなくなっている中に樹みたいな強い戦力を投入する理由が弱いからな。
となると、樹は囮か。
じゃなきゃ樹の支配下にある、仮に正義グループが睡眠薬であるなんて思うはずもない。
実際は、猛毒だった訳だし、毒を仕込んだ犯人はイミアの叔父を操った奴とは違う。
睡眠薬だと思っている樹は、テロによって俺が町へ向かった後、何をする為に村へ向かう?
答えは明白。考えるまでもないな。
「フィロリアルと魔物は残っているか?」
「大半のフィロリアルは槍の勇者様と一緒に出発しましたが一部は残っています」
「では残ったフィロリアルと魔物、ガエリオン。そして錬達は奴隷共を何人か連れて、町の鎮圧をしてくれ。成功した場合、現地にいるメルティ次期女王の指示に従って行動しろ」
「わかった」
「キュア!」
「他は?」
……本当は町へ全戦力で向かい、村を空っぽにするのが一番の得策だ。
相手の戦力の内、一つを確実に潰せて、尚且つ樹グループを待ち惚けにできる。
しかし、樹がこの村に来るというのなら、多少厳しい状況になろうとも、村で迎え撃って捕獲したい。
正直、三勇教も革命派もそんなに脅威度の高い連中じゃない。
樹さえ捕まえられれば、洗脳も解けるだろう。
だから、最善手ではないが最短で事を解決するには、これが一番良い手なはず。
ならば、敵の罠に嵌るのも悪くない。
「他は――」