行き違い
「さてと、今日は武器屋に顔を出してフィーロの馬車でも注文に行くから準備しろ」
「馬車ー?」
メルティを町へ送って行ったフィーロが小首を傾げて尋ねてくる。
「ああ、どういう風な馬車が欲しいのかを注文するために、フィーロ、お前に来てほしいんだと」
「うん! わかったー!」
他に連れて行く奴は今の所いないし……フィーロだけで良いか。
ポータルでフィーロを連れて俺は城下町へ飛んだ。
そして武器屋に顔を出した。
「お? アンちゃんか。タイミングが悪いな」
親父が俺の顔を見るなり、やや残念そうに呟いた。
「どうしたんだ?」
「ああ、アンちゃんにと作っていた盾が完成して待ってたんだがな。何時来るかわかんねえからアイツに配達ついでに行かせちまったんだ」
「そうだったのか」
まあ、何時頃完成するかとか聞いてなかったし、馬車の依頼も同様に何時頃とは明記してなかった。
親父も気を利かせてくれたのだろうけど、タイミングが悪かったなぁ。
「そろそろ到着する頃だと思うぜ」
「じゃあ楽しみにするとするか、金は今払えば良いか?」
「商品を受け取ってからで良いぜ」
「ふむ……じゃあ前金で金貨5枚置いておく、受け取ったら後でまた支払う。それで良いか?」
「アンちゃんはそういう所しっかりしているな。後からでも良いんだがアンちゃんがそれで気が済むならそれでいいぜ」
俺が金を渡すと親父も頷いてくれる。
気前が良くて本当に助かるよなぁ。
「で? 今日は鳥の嬢ちゃん用の馬車の注文か?」
「そうだ。一度フィーロを連れてこいって言うから連れてきた」
「んー? うん。馬車ー!」
「ああ、じゃあ鳥の嬢ちゃん。どんな馬車が良いんだ? 前みたいに鉄製か?」
「値段はどれくらいになる?」
「予算額はどんなもんだ?」
「一応は……それなりには出せる。見積もり次第だ」
「あいよ」
親父が設計図をフィーロに見せながらどんなのが良いのかを尋ねる。
「壊れちまったんだろ? 耐久性を上げるか? それとも軽さを上げて運びやすくするか? それなら無理な動きにもある程度対応できるようになるぜ」
「んー……えっとねー重い方が良い」
「だがなぁ……また無茶をすると限度が出てくるぜ?」
「それは、やー……」
「鳥の嬢ちゃんは力が強いから満足できないかもしれねえけど、速く走れるように軽さも必要かもしれないぜ」
「そうなの?」
「ああ、軽くて丈夫な馬車ならそれだけ重い物を運ぶことが出来るようになる。全ては鳥の嬢ちゃん次第だがな」
親父もフィーロ相手によく相談に乗っていられるな。ぶっちゃけ子供の願望を現実化しそうで俺は聞くのが怖い。
ガッチガチの変な馬車が出てきそう。
「重いのが良いのならアンちゃんに頼んで物を一杯乗せて行けば良い。だから普段は頑丈で軽いのを勧めるぜ」
「じゃあそれが良い」
「金属は何にする?」
「えっとねー、力を込めると反応するのが良い」
「あいよ。車輪は二つ? 四つ?」
「よっつー」
「屋根は幌? 囲い?」
「おっきな家みたいのが良いのー」
「はは、夢が膨らむな」
キャンピングカーみたいのが完成しそうで怖いな。
「でねーガチャンって形が変わってねー」
そんな馬車はない。というかいらない。
出来れば普通の馬車が良い。切実に思う。
ロボは要らない! 本当に要らん!
馬車型ゴーレムとかを出されたら俺が困る。
「二階建てにでもするか?」
「んー……」
などと親父とフィーロは話を続け、最終的には前回の馬車より若干大きめのデザインで決定した。
親父の根気に感謝しきれない。
下手をしたら家みたいな馬車が出来る所だった。
使う金属はフィーロの魔力に合わせてある程度軽くなったり頑丈になったりする鉱石を使うらしい。
「確かアンちゃんは鉱石の調達もしてくれるよな」
「ああ、女王から鉱山を借りる事が出来る。親父には優先的に貸し出す様に言っているはずだ」
「そうだな。ちょっと珍しい鉱石が混ざるから、後で調達してくれると製作費が安く済むぜ」
「わかった。材料をメモしておいてくれ。後で持ってくる」
「まいど、城の方にあるアンちゃんの倉庫からも材料は取っておくぜ」
親父がサラサラとメモをした紙を受け取って、材料を確認する。
うーん……あんまり聞いた事の無い鉱石が混じっている。調達できるか怪しいなぁ。
ゼルトブルとかその辺りなら扱っていそうだけど、メルロマルクで採掘出来たか?
女王に後で聞いてみるか。
ま、村のルーモ種の連中を引き連れて鉱山に行くのも悪くはないか。
イミアの叔父が村で鍛冶をしてくれる事になっているし、材料を大幅に調達する必要も出てくる。
「じゃあ、材料が集まったらまた来る」
「あいよ。また来るのを楽しみにしてるぜ」
「ああ、また来るさ」
贔屓にしている店だしな。良い材料が集まったらまた盾を作って貰おう。
考えてみれば、魔物の素材を持ってくれば作ってくれそうだし。
何も霊亀の盾以外だって良いんだよな。
イミアの叔父にも作って貰えば効率は上がりそうだし。
問題は金なんだけどさ。ある程度はどうにかなる。
「馬車の製作費はどれくらいになりそうだ?」
「壊れないように色々と作るからなぁ。オマケして金貨20枚だな」
「かなり高いが……工面しよう」
フィーロの活躍はそれに見合ったものであるからなぁ。
若干出費が厳しいけど、今の財源でどうにかなるだろう。
「ああ、後、近々城下町で騒ぎが起こるかもしれないから親父も注意してくれ」
「わかったぜアンちゃん」
「最悪、俺が贔屓にしているという理由で事件が起こるかもしれない。気を付けてくれよ」
「心配性だな。アンちゃんは」
「そうでもしないと生きて来れなかったからな」
親父は俺の返答に何度も頷いて答える。
「これでもこの城下町で有名な武器屋だぜ? 嫉妬や嫌がらせなんて慣れてるし、山賊盗賊なんて昔は良く戦ったもんだ。安心しなアンちゃん、生半可な事じゃくたばらねえよ」
「……そうだな」
なんだかんだで親父は強いようだし、心配する必要もないか。
「まあ、近々、少しだけ留守にするんだがな」
「そうなのか?」
「材料の調達だ。もしかしたら鉱山で会うかもな」
「調達……」
「なんだかんだで市場で鉱石の出回りが悪くてな。自力で調達しないと足りないんだぜ」
「まあ、そうだろうなぁ」
供給不足って奴だな。
霊亀の一件は国中で住民の武装化を促進する原因となった。
結果、武器の材料である多くの鉱石類は枯渇状態になっている。
わからなくもないし、それで儲かってもいる。
何より全体の危機感が増した事で波への関心が強まったのも大きい。
俺も自分の世界では日本のどこかで災害があっても、自分の周りは大丈夫と思っていたし、目に見える被害を見て認識が改善されたという事だろう。
「名残惜しいが、この辺にしておくか」
そんな感じで俺は店を出た。
ああ、女王の所に顔を出して経過を聞くと、数日中には計画が進むそうだ。
物騒な状況だな。
考えてみれば城下町も若干ピリピリとしていたような気がする。
何処となく俺に敵意を向けている冒険者が数名、武器屋を覗き込んでいた。
……下準備だな。注意はしてあるし、大丈夫だと思うしかない。
念の為に女王に報告しておこう。
城下町から帰還し、イミアの叔父が来るのを待ちながらアトラと修業を再開する。
「遅いな」
日が落ち、夕食を終えて尚、イミアの叔父はやってこなかった。
そういえば……今日、帰ってくるはずの奴隷共も帰ってこないな。
遅れているのか?
気にしてもしょうがない。他にも配達とかがあって遅れているのだろう。
と、あまり深く考えていなかった。
翌日の昼に……隣町で騒ぎが起こるまでは。
「勇者様!」
昼食の準備をしているとイミアが血相を変えて厨房にやってきた。
「どうした?」
「あ、あの……叔父が……」
「お前の叔父がどうした?」
「その、重傷を負って町の方で運び込まれたと」
「なんだと!? 俺はすぐに町へ向かう。全員は作業を中断、俺が帰ってくるまで武器と防具を付けて警戒態勢を取れ」
そう言い残し、俺はイミアと共に町の方へと駆け出した。