婚約者
「いつも通りやればいいからな」
「うん」
行商組の出発を見送る。
尚、今回は剣の勇者である錬も同行する。
錬の奴を完全に信用した訳ではないが、無駄に村で過ごさせるのもどうかと思い、女騎士と一緒に行商組の護衛という名目で外に行かせる事にした。
帰ってこなかったら、今度こそ殺す。
「じゃあ行ってくる」
「ああ」
ちなみに今回の行商組には谷子も入っている。
本人は嫌がっているが、村で騒がれると五月蠅い。
なので、外で騒いでいろ。
魔物の世話はラトと俺がどうにかするし、最近は暇な連中が多い。
全ては元康のお陰だな。フィロリアル軍団万歳。
「喧嘩するなよ」
「だってこの剣の勇者が――」
谷子もなんだかんだで、俺には親しげに抗議をしてくる。
錬には近寄りたくもない。そんな感じの温度差があるのが、理解できた。
「責任感が無意味にあるんだ。これから心を入れ替えるつもりだそうだから、お前に監視を頼む。一緒に居る女騎士は傲慢で自分勝手だからな。お前だけが頼りだ。ラブコメの様にちょっかいを出せ」
「ラブコメ……?」
ま、谷子も変わらないけどさ、考えが合わない二人に挟まれていれば錬も一つの考えに毒されずに済むだろ。
謎の不殺に目覚められたらたまらないからな。
「ほら、行ってこい」
「クエー」
……俺の前でだけフィロリアル共はクエと鳴く。
知っているんだからな、お前等が喋る事を。
馬車が結構速い速度で走り去って行った。
「さて、昼飯の準備でもしておくか」
厨房で軽く下ごしらえを始める。
「また泥臭い料理の準備をしているの?」
そこへフィーロに乗ったメルティがやってきた。
「泥臭いってなんだよ。村の連中のリクエストだぞ」
「仮にも伯爵なんだからそんなのは部下にさせるべきなのよ」
「まあ、俺もそうだとは思うけどさ」
「ま、鍋の蓋の勇者じゃしょうがないわよね」
「メルティ……事もあろうにお前まで言うのか!」
俺を料理人としてしか扱わない兵士は既に町の方へ左遷させた。
時々、俺の出す料理を食べたいのかこっちに顔を出すが絶対に食わせん。
「あら? 気にしたのかしら? 私を盾にした事を絶対に許さないわよ」
「フィーロはお前と友人を超えた関係なんだから日常だろ。大丈夫だ。フィーロの全てはお前に任せた」
「ふざけないで! 幾らなんでもアレは非常時だったからしょうがなく――」
などと話をしているうちに下準備を終えてしまった。
ちなみにメルティが来た用事が何かと言うと、近々俺の村に女王が視察に来るそうだ。
表向きは……だけどな。
裏は革命派をおびき出すための名目だそうだ。
水面下では敵味方問わず、色々と陰謀が渦巻いているらしい。
尚、最終的にメルティは俺の口車に敗北して町の方へ逃げて行った。
クソ、誰が保父さんだ。メルティの奴。目に物を見せてくれる。
とはいえ、これで村も静かに――
「お義父さん!」
ならないな。
「なんだ元康?」
「私は何をしてまいりましょうか?」
「カルミラ島に行ってポータルでも取って来い」
ん? 三匹がカルミラ島ってどんな所って首を傾げている。
「温泉地だ。元康と遊んで来い」
「「「わーい」」」
そういやフィロリアルの中に俺のやっているような作業に興味を持ち始めているのが居るらしいとフィーロが言ってきたな。
いろんな種類が居るからわからなくもない。
調合とか色々と教えてみるか。
「それでですね。お義父さん。どうしたらフィーロたんとの婚約を認めてくださるでしょうか?」
「ああもう……世界が平和になるまでだって言ってるだろうが!」
ほぼ毎日この問答が一回はある。
いい加減にしてくれ。
そんなにフィーロの事が好きなのか?
「と言うか元康、フィーロを諦めてその三匹とやってろ」
俺の命令に三匹が目を輝かせている。
え? 何、なんでそんなうれしそうな顔をしてんだよ。
「ははは、お義父さんは冗談がお上手だ」
「はい?」
「子供に手を出すだなんて犯罪ですよ」
……は?
え? じゃあこいつ等にはいまだに手を出していないのか?
あの色欲の塊である元康が?
そりゃあ凄いな。
「ゴシュジンサマも言ってください。あんなメスに熱を上げてないで私達と幸せになろうって」
「そうよそうよ!」
「そうです。ボク達こそが、もとやすさんを幸せに出来ると信じてます」
三匹もピーチクパーチク騒ぎ出したな。
やかましい。
後最後のグリーン、元康と何をするつもりだ。
「じゃあ元康、村に居るフィロリアルには一匹も手を出してないのか?」
「当たり前じゃないですか」
「ああ……そう」
ん?
なんかフィロリアル舎から数匹のフィロリアルが卵を担いでやってくる。
……。
「クエー」
「元康とやった卵?」
「クエ!? くえくえ!」
違うと主張するかのようにフィロリアルが首を振って否定する。
頭が良いんだろうが、反応がおもしろいな。
「その子達は食用の卵を産む種だよ?」
「ああそう」
「クエクエ」
「やっぱズリネタはゴシュジンサマだってー。人気あるね」
……スルーしよう。
「フィーロ次期女王様が居なかったらゴシュジンサマと作りたいって子一杯だよ」
スルー……スルーするんだ。
落ちつけ俺、鳥が言っている事だ。
「ははは、お義父さんは人気者ですね。私も負けていられませんな」
「うっせー!」
我慢も限界だボケ!
この馬鹿をどうやって追い払うか。
「さっさと出かけてこい」
「ええ、準備はして行きますよ。ですがまだ時間は掛るでしょ? それまで綿密にお義父さんと親しくなろうと思いましてね」
「出ていけ!」
「ハハハ。怒ってばかりでは血圧が上がりますよ、お義父さん」
ああもう、さっさと追い払いたい。
そこで俺は閃いた。
事もあろうに俺を保父と呼んだメルティへの最高の嫌がらせを。
「元康、本当は話すかどうか悩んでいたが……フィーロには婚約者が居るんだ」
「私ですね、お義父さん」
「違う」
「え……?」
元康の余裕をみせていた表情が崩れ去っていった。
ふふふ……その顔が見たかった。
というか、まるで自分が婚約者である事を信じて止まなかったと確信していた事の方が問題あるだろ。
「その名もメルティ=メルロマルク。この国の次期女王にしてフィーロの婚約者だ」
「な……」
「ああ、ちなみにメルティを亡き者にしようだなんて思わない事だ。あのフィーロの方が彼女に熱を上げていてな。現に今もフィーロはメルティと一緒に居る。下手にお前が殺したとフィーロが知ったらどうなるかな?」
「メルティって確か……あのヴィッチの妹では?」
「ああ、奴はヴィッチの妹にしてこの国の正当な継承者。俺も奴にならフィーロを任せても良いと思っている。そんな奴にお前は勝てるかな?」
「そ、そんな……」
お? 嫉妬の感情が蘇ったか?
「フィーロたんの婚約者……是非とも私を認めさせなくては!」
「はい?」
「その婚約者に私こそがフィーロたんに相応しいと言わせて見せます」
元康が槍を天に掲げて叫んだ。
そういう方向に落ち着くのか。
ある意味健全的だが、面倒臭さは増加したな。
「行くぞ、みんな!」
「「「はーい!」」」
そう言って元康は三匹が引く馬車に乗る。
「話し合いで解決しろよー」
「当たり前じゃないですか!」
返事をすると三匹と元康は凄い速度で町の方角へ消えていった。
「な、なんか凄い話をしていませんでしたか?」
奴隷が俺に聞いてくる。
「まあ、そうだな」
これで村も静かになるだろ。
アトラと修業をするまでの空いた時間は家で調合でもしておこう。
尚、しばらくして鬼の形相で走ってきたメルティが俺の居る家に向かって魔法をぶっ放した。
しかも魔力が切れるまで全力で連続詠唱までする始末。
その所為で俺の家は大破してしまった。
まあ、少々やりすぎたとは思うからしょうがない。
フィーロの扱いでは避けて通れぬ道だったし。
ただ、元康の奴、女であり、青子豚であるはずのメルティと会話が成立したらしい。
元康がメルティの容姿に関してちゃんと言ったから間違いない。
「『フィーロちゃんをアンタなんかにやらない!』とは……絶対に認めさせます! あんな不純な関係からフィーロたんを救いだしてみせますよ!」
「メルティと話が通じたのか?」
「はは、最初は青い子豚かと思いましたがね。フィーロたんに仲良くしたいと思わせる、素晴らしい人物が豚なはず無いじゃないですか。悔しいですが、さすが次期女王と思っておきますよ」
ふむ、フィーロが関わると女でも人に見えるのか。
元康の舵取りはちゃんと考えないと危ないな。
てっきりフィーロが青子豚とイチャイチャしていて話が通じなかった、とか言うと思っていた。
「ですが、私は諦めた訳ではありません」
「……さいですか」
フィーロがメルティに洗脳されているという発想は無いんだな。
元康も成長しているのか?
いやいや。洗脳の専売特許は元康にこそ相応しいだろう。
良かったな、メルティ。
元康の中ではお前が唯一人間の女として認識してもらえているようだぞ。
さすがは次期女王だ。勇者とライバルとか、相性も抜群だな。
「どうでも良いけど、早くカルミラ島のポータルを取りに行けよ」
「わかりました、お義父さん。私こそが婚約者に相応しいと証明してみせますよ」
俺の言葉に元康は本格的に出かけて行った。
実験の結果、勇者同士でも味方ならポータルを使用する事は可能だと判明した。
システムメッセージみたいのが出て、拒む事も可能だったけどな。
どちらにしても、これで村も静かになる。
一応は取り巻きの三匹に長くカルミラ島に滞在しろとは言っておいたけど、捨てセリフからあまり期待できなさそうだ。