押井:そういうもんだよ、初監督というのは。やっぱり思わず「ぴあ」を見てにやけちゃう。他愛もないというか。だって30かそこらだもん。
いろいろ思い出すなあ。映画は歴史の記憶装置だというのは個人史にも当てはまるね。その映画を見た時代丸ごと、自己史として思い出すね。だから時代の記憶装置というだけじゃなくて、個人史の記憶装置でもある。芋づる式に思い出す。あの映画を見た帰りにどこで飯食ったっけとか。
そういうことはありますね。
押井:そういう意味では「仁義なき戦い」は場末の映画館の記憶しかないね。場末で目を凝らして、一生懸命息を飲んで見た映画の典型。今、家で4Kの画面で見るというのはなんかちょっと違う気がする。
新宿昭和館とか、浅草名画座とかで見たかったです。
押井:ブルーレイのボックス持ってるんだけど、そう言えば買ってから1回も見てない。映画館ではずいぶん見たけど、あまりテレビにはなじまない映画なんだよ。それは暴力がどうこうじゃなくてね。もちろん今の時代にも明らかになじまないけどね。
確かに。
押井:とはいえ「仁義なき戦い」は間違いなく面白いので、ぜひ見てほしい。まだ日本がダメになる前の時期だからね。高度成長期の終わりぐらいかな。今ほどリッチじゃないし、これからまだまだ行けるぜという元気な時代。日本映画は元気なくなりつつあったけど、それでもまだまだ東映はやる気まんまんだし、イケイケだったし、日活もロマンポルノで復活して。あとは安定の東宝があって、という時代だった。
今の若い子にこの映画はどう映るのか
押井:でもそういう意味で言うと、あの時代になぜ「仁義なき戦い」みたいな映画が大ヒットしたのか、当時の人間にはわからなかったと思う。僕もわからなかった。
時代はイケイケなのに、なぜあんな反動的な映画が当たったのか、と。
押井:あの当時の大学生とか、みんな結構やる気まんまんだった。やる気まんまんじゃなかったのは70年安保闘争で敗北してやさぐれてた僕ぐらいのもんで(笑)。「やっぱり日本じゃ革命は無理だな。革命戦争で死ぬという野望は崩れたから、あとは好きなことやって生きるしかないな」と思ってて、だから映画浸りになってた。でもそういうのと無関係な学生たちが大半などころか9割でさ、要するに公務員を目指したりとか、僕がいた東京学芸大学は教員養成だったからみんな先生になったりしたけどさ、基本的にはこれからまたいい目を見るだろうなという。
今の学生とは大違いですね。
押井:今の学生とは全然違うよ。今の学生たちって「これからどうなっちゃうんだろう」という予感の中で生きてるわけでさ。
不安を抱えてますよね。我々おっさんだって不安ですから。
押井:でも「仁義なき戦い」を今の若い子が見たらどう思うんだろう。珍品になっちゃうのかな。
そんなことないんじゃないですか。
押井:例えば、今の若い子が「アウトレイジ」(2010)を見るときは、明らかに「面白がってる」よね、間違いなく。共感とかじゃない。(北野)たけしの映画というよりも役者たちの演技を面白がってるよ。「釣りバカ」のおっさんが悪いヤクザやってる、とか。だから「アウトレイジ」は東映の現代ヤクザシリーズとはかなり違う受容のされ方をしている気がする。誰も思い入れとか共感とかないと思うよ。刺激的ではあるから面白がってるだけ。
確かにそうかもしれません。
押井:たけしって本当に役者の使い方がうまいなと感心するんだけど、「アウトレイジ」というのはたけしの映画の中ではあまりいいとは思わない。「ソナチネ」(93)とかあっちの方があの人の本領だよ。いつだったか、加瀬(亮)君に「『アウトレイジ』どうだった?」って聞いたら、あいつはクレバーな役者だから「うーん、特に何もないし。でもヤクザやるんでいろいろ考えてやりました」って。初めてヤクザやったんじゃない?
クールですね。
押井:多分たけしだってそういう色眼鏡で見られてることはわかってたはず。結果的に3本も作っちゃって。プロデューサーとどういう取引したか知らないけど、2本目3本目はあまりやる気ないよね。1本目はそれなりにやる気があった。妙な虚無感みたいなのはやっぱりちょっとすごいなと思ったから。最後の風車が回ってるのはいいシーンだったし。だけど2本目3本目は要するにただの暴力映画。気合も入ってない。「ソナチネ」とは全然格が違いますよ。でも監督ってそういうもんじゃん。
たけしが本当に撮りたいものは、評価は高くても当たらないという印象です。
押井:「Dolls」(2002)とか私は好きだったしいい映画だと思うんだけど、全然ダメだったもんね。まあ「ソナチネ」はわかりやすい。「3-4x10月」(1990)とか「その男、凶暴につき」(89)とかみんな好きなんだけどね。でも「アウトレイジ」は1回見たら終わりだもん。
だから今の学生とか20代の子が「仁義なき戦い」見たらどう思うんだろう、というのはちょっと興味ある。「なんだろうこの人たち?」というだけなのか、「これが『アウトレイジ』の原点か」と思うのか。面白がりはするかもしれない。でもああいう日本が見たいかといったら、多分誰も見たくないんじゃない? ましてあの日本の焼け跡っぽいところに可能性を感じるとかは多分ゼロだと思う。
自分と関係のある世界だとは感じられないでしょうね。
押井:僕なんかはもともと廃虚願望の男だから。焼け跡とか闇市とかさ、「立喰師」をやった男だから嫌いなわけないじゃん。
それでは今回はこの辺で。ありがとうございました。
コメント3件
rootadm
>志穂美悦子をせめてもう少し露出の激しい衣装にすればよかったのに
確かに思った。ww
あい~だ
映像作家としては「訳わかんない」作品ばっかりの押井監督ですが解説させると判りやすいですね。(聞き手の野田真外さんが凄いのか。)
(監督の作品で一番判らなかったのは「天使のたまご」最初VHSで見たときは画面が真っ暗で何が動いているか判らず、後
にLDでやっと判った(画面だけは、だが)ストーリーはぜんぜん把握できませんでした)...続きを読む春
私は10代の反抗期に「私をスキーに連れてって」で衝撃を受けた世代なので、
【自主製作映画を5本製作したピータージャクソン】みたいな馬場康夫さんの映画経験を日経ビジネスに連載できれば嬉しいと思っています。
彼は日立製作所社員時代の1985年に
出した本でこう書いています。...続きを読む「人は理想や夢を追わずに生きていくことはできない。だが、現実の厳しい生活の中で、わたしたちは夢や理想を次々と失っていく。(中略)
豊かな感受性と想像力を持ち続ける限り、大人は純粋に夢を見、人生に歓びと輝きを見出すことが出来る」
これは35年を経た2020年のコロナ禍の今、まさに私たちが意識しなければならない考えだと思います。
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