第三王女の婚約者   作:NEW WINDのN

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ラナーのお願い

 

 

「ふー·····それにしても長い一日だったな·····」

 部屋でラナーとゆっくりとふたりっきりで食事を済ませた悟は、そのラナーが湯浴みに出たこともあって長々と深い溜め息をつく。

 いきなりラナーのベッドで目覚めてから、王族との朝食会、義兄になる予定らしいバルブロとの剣での対決。昼を挟んでザナック達とのお茶会·····さらに細々としたものを消化しての、先程のバルブロとのある意味再対決·····。

 こんなに色々とあった一日なんて記憶にない。忙しく大変ではあったが楽しい一日でもあった。

 

「しかし、ユグドラシルの最終日のラストまでログインしていたら、何故か違う世界の貴族様·····それも王女様の婚約者になるなんて·····誰も信じないだろうな。みんなならどんな反応をするだろうか·····」

 懐かしいギルドメンバー達を思い浮かべながら、楽しかった思い出を振り返る。

 

「うーん、ペロロンチーノさんは羨ましがるだろうな。"モ、モモンガさん! か、代わってくれー!! "って言い出しそうだ」

 仲の良かったバードマンの姿を思い浮かべる。エロゲーイズマイライフな彼にとって、この状況は美味しすぎるだろう。たぶん。

 

「まあ、絶対に代わらないけど。·····うん。·····茶釜さんには··········考えるの止めておこうかな」

 ピンクの肉棒という見た目に似合わない、ドスの効いた凄みのある声を思い出して、おもわず身を竦める。

「声優さんだけあって、茶釜さんの低音マジで怖いからな。ロリボイスも出来るし、幅広いよな。さすがだ·····」

 ぶくぶく茶釜は、ペロロンチーノの実の姉だ。凄みのある低音ボイスっ弟を叱責する姉の姿はある意味ギルド名物だった。何度見たことか。

 懐かしいなぁ·····などと思いつつ、悟は窓から見える星空へと視線を移す。悟のいたギルド"アインズ・ウール・ゴウン"の本拠地であるナザリック大墳墓にはギルメンがこだわって作った星空がある。

 

「ねえ、ブループラネットさん·····貴方にこの世界を見てもらいたかった。貴方が愛した自然がここにあります。今なら、貴方の気持ちがよくわかりますよ。·····美しい自然と、この星が瞬く夜空·····本当に素晴らしいですよ、ブループラネットさん」

 それをデザインした彼·····そう心から自然を愛したブループラネットなら、この世界をきっと気に入っただろう。間違いなくそう思えた。

 

「ブループラネットさんって何方ですの?」

 不意に美しい声がする。

「古い友達·····だよ。ってラナーいつの間に····って·····うっ·····」

 湯上りでほんのりと紅に染まった肌が色っぽく、ラナーの美しさにさらに魅力を加えている。欲望が刺激され、悟は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

「少し前からですよ。サトルが夜空ばかり見ていて、私にまったく無関心だからです。私より、夜空の方が大事かしら?」

「あ、いや。そ、そんな事はないです」

 動揺しまくる悟を見ていたラナーはクスクスと笑い出す。

 

「もう。サトルって可愛いんだからっ」

「えっ!?」

「でも、私に気づかなかった罰は必要ですね·····」

 ラナーは思案顔になった後にニヤリとする。驚くほど美しく、そして悪い笑みだった。しかし悟は美しさに目を奪われそこに気がつかない。

「え、ええっ?」

「だから罰として、私のお願いを一つ聞いてもらいます。いいですね?」

「は、はいっ」

 悟は逆らえない。いや逆らう気持ちもなかった。ラナーのお願いならなんでも叶えてあげたい。幸せな笑顔をずっと向けて欲しいと思っている。

(俺、完全にラナーの虜って奴なんだな·····ああ、惚れたよ·····大事にしたい。こんな気持ちは初めて·····かもしれない)

 ぶくぶく茶釜の事も·····今思えば多分好きだったのだが、ラナーへの想いはより強いものだ。たぶんライクとラブの違いなかもしれないが、恋愛経験レベル1の悟はにはよくわからない。

 

「·····ではお願いです。ねえ、サトル·····」

 ラナーは悟の目をじっと見る。

「は、はい」

 どんなお願いかとドキドキしながら、悟は続きを待つ。

「私を夜のデイトに連れて行ってください」

「えっ、夜のデイトは危険すぎる·····のでは?」

 悟の認識ではそうだ。経験不足のせいか思考が一世紀以上前の人間のようだった。

「まあ、まるで少女のような事をいいますのね。ふふっ、サトル可愛い」

「あ、いや、え、ああ·····」

 どう返して良いかわからず、悟は口をモゴモゴさせてしまう。これでは立場が逆だ。

「さあ、デイトにしましょう。どこに連れて行ってくださいます?」

 これは決定事項であり拒否権はない。

「えっと·····じゃあ夜空を飛ぶなんてどうかな?」

 悟はラナーにプレゼントした飛行のネックレスの事を思い出す。

 

「夜空を飛ぶ?」

 ラナーはゆっくりと言葉を反芻し、考え込む。

(と、突飛すぎたかな? デイトといえば、レストランで食事をしたり、映画をみたりするやつだろ? 食事はしたばかりだし、映画なんかなさそうだし。車でドライブ·····なんて出来ないし。だいたいこの世界は、ファンタジーによくある中世ヨーロッパ風だから、どう考えても馬車になってしまうよね·····)

 そもそも女性と二人でデイトなんて、悟の人生であったかどうか。

(茶釜さんをオフ会の後に送っていったくらいかなぁ·····)

 あの時、悟に勇気があれば·····ペロロンチーノとの友人関係などを考えて躊躇せず、あと一歩踏み込んでいたら、また人生はきっと違ったのだろうと思う時はあった。そうしたらもしかしたら最後まで彼女はユグドラシルを去る事はなかったかもしれない。

 

「それ面白いです。さすがサトル、私の魔法使いですね」

 ラナーはニッコリと微笑む。それを見て、悟はホッとした気持ちになっていた。

「あ、うん。じゃあ行こうか。飛び方は多分わかるよ」

 悟自身もそうだったのだが、この世界では魔法のアイテムを身につけると使い方が頭に流れこんでくるような感じがして、自然と使い方がわかるようになるのだ。

 

「こうかしら·····」

「うっ·····」

 フワッ·····とラナーの体が浮き上がり、スカートの裾がふわりとなる。無駄な肉のない美しい足首がチラリと見えて、悟はドキドキしてしまう。

「·····おーそうそう、上手いよラナー」

 拍手を送って誤魔化すが悟のドキドキは止まらない。

「不思議な感じですわね。でも、新鮮でわくわくします」

「そ、そう。俺もドキドキするよ」

 もちろん違う意味でだが。

 

 しばらく練習して、ラナーが慣れて制御できると判断したところで、悟はラナーの手をとり、窓へと向かう。

 

「さあ、ラナー行って」

「え、私が先にいくのですか?」

 ラナーは戸惑いを隠せない。

「うん。俺が先に行ったら、ラナーに何かあった時に助けられないからね」

 悟に他意はない。純粋にラナーを心配しているのだ。

「そう。わかりました。でも、サトル一つだけ約束してくださいね」

「約束?」

 悟は予想外の返しに戸惑う。だからラナーが一瞬だけまた悪い笑みをみせた事に気がつかなかった。

「下から覗かないでくださいね·····」

「そんなつもりないよ」

 勿論悟も男だ。興味は多いにある。

「それならいいのですけど。実はスカートの下をはいていないので」

 ラナーは真っ赤になって俯いてしまった。若干だが肩が震えている。

 

「えっ、ええっ·····」

 悟は頭をハンマーで殴られたような錯覚を覚える。

(は、はいてないって事は、ノーバン! いや、の、のうぱん? と、い言うことはそこにはひ、秘密の花園が·····)

 悟は未だ見ぬ秘境·····秘密の花園を想像してしまう。いや、しないのは無理だろう。

『モモンガさん、アンダーって金髪の女の子はやっぱり金色なのかな。モモンガさんらどう思う? まあ、シャルティアはアンダーはナシにするけどさ』

 不意にペロロンチーノの言葉が脳裏に蘇る。

(き、金髪のラナーのひ、秘密の花園はやっぱり金? やべぇ·····)

 ペロロンチーノのせいで想像が広がり、悟の興奮がどんどん高まっていく。オーバーロードだったモモンガならともかく、生身の悟では抑えるのは難しいだろう。

 

「·····サトルのえっち。·····今絶対想像してましたよね?」

 ラナーはスカートの上から両手で大事な部分を隠しつつ、抗議の目線を送る。

「え、いやその·····」

 動揺しまくる悟は、ラナーが笑いを堪えている事にまったく気づかない。

 

「ふふっ、サトル·····。安心してください、ちゃんとはいてますよ」

 ラナーは堪えきれずに、お腹を抱えて笑い出す。

「プハッ、からかったのかっ!?」

 自分の動揺はなんだったのかと、安心する反面残念でもあった。

 

「ご、ごめんなさい。反応が面白すぎて·····」

「も、もう! 悪戯っ子だなラナーは!」

「ごめんなさーい。てへ」

 窓から飛び出し夜空へと上昇していくラナーを悟は追う。ラナーのスカートの中は確かにはいていた。

(白っ! やっぱ王女は白が似合う·····って、俺はペロロンさんじゃないっ!)

 頭をブンブンと振って邪念を振り払い、ラナーに追いつくとまた自然と手を繋ぎ合う。

「見て、サトル! 王宮があんなに小さく」

 二人の眼下には王宮、王城·····そして王都が小さく見えていた。

「こうやってみると古臭くてちっぽけなものだな·····」

 悟は思わずそんなふうに呟いてしまう。それを聞いたラナーの瞳がキラリと輝いた。

「ですね。それに比べて·····この夜空はどう? 美しく·····」

「そして広いですね。星がいや、星々がとても美しい。·····まるで星々の宝石箱や!」

 何故か浮かんだフレーズを口にする。

(ってロマンチストか俺は·····しかしなんで関西弁風になったのだろう)

 自分でも不思議なのだ。誰にも答えはわからないだろう。

 

「そうですね。王国は古臭くてちっぽけな国です。私もそう思います」

「ラナー、君の立場で·····」

「ふふっ、そんな事を口にしてはいけませんか? でも、サトル·····これが私の思いです。サトル、今日見たでしょう? 私の二人の兄を。·····貴方はどう思います? あの二人に国を任せられますか?」

 悟は、バルブロとザナック·····ラナーの二人の兄の事を考える。

「·····バルブロは論外だな。ハッキリ言ってザナックの方が良いだろう」

「·····本当にザナックお兄様でよいと思いますか?」

 ラナーは真剣な眼差しで悟の目を覗き込んでくる。

「·····ザナックの方がはるかにマシだよ」

「そうですか。でも、この国の将来を思えば、ザナック兄様では力不足です。このちっぽけな王国に魂を引かれ、囚われている限り」

「バルブロは論外·····ザナックでは力不足·····じゃあ誰がこの国を·····」

 ラナーは右手の人差し指を左右に可愛く振って無言で悟を指さした。

「この俺かっ! ··········っておいおい、なんでそーなるのっ!」

 さすがにそれはないだろう。悟はただのサラリーマンなのだ。

 

「違いますよ、サトル」

「なんだ。冗談かビックリした」

 ホッとして息を吐く。

「サトルは、この王国ではなく、この世界の王になるのです。私を世界一の王妃にしてください」

「え、ええっ!!?」

 ラナーのぶっとんだお願いに悟は口をアングリとするしかない。

「これが朝約束した、私のお願いです」

「あ、う。そう来るのか·····」

 両手を組み合わせ、潤んだ瞳で見つめるラナー。悟は頷く意外の選択肢がなかった。

「わかったよ。俺が王に相応しいとは思えないけど、ラナー·····君の支えがあれば·····たぶん大丈夫な気もする。だから俺は、ラナーの望む者になるよ。例え俺ではない何かになろうとも、君の夢を汚す者は許さない。もし、邪魔をする者がいたら、"お前はこの国を·····ラナーの夢を汚した·····"と俺が成敗してみせる。ラナー、君のためにできることを俺はすると誓うよ」

 自分でもとんでもない事を口にしている自覚はあるが、ラナーの為ならと自らを奮い立たせる。

 

「サトル、ありがとう」

 ラナーの瞳から涙が滲む。それを悟は指で拭ってあげながら·····。

「ラナー、俺は君を愛している·····」

 昼間バルブロのせいで、言えなかった言葉をさらりと言えてしまう自分に悟は内心驚いているが、これは本心だ。だから言えたのだろう。

「サトル、私も貴方を愛しています」

 ラナーは微笑み、そしてもう一度涙を零しながらそう告げた。

「ラナー、この宝石箱を君に捧げるよ」

 二人の距離は自然と近づき、最後は悟がギュッとラナーを抱きしめる形になる。その勢いで二人はゆっくりと円を描いて時計回りに回り出す。

 

「サトル·····」

「ラナー」

 そして、ようやく二人は唇を重ね合わせた。夜空に瞬く星々が静かに見守る中で、長く口づけを交わしながら、二人はクルクルと回り続ける。

 

 

 星空のダンスタイム·····もちろん誰も邪魔をする者はいなかった。ただ静かに無数の星々が二人を見守っていた。

 

 

 

 

 





あえて、デートではなく、デイト表記です。誤字とかでは無く意図的なものです。


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