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【社説】

コロナ禍に考える 波は一度でないのかも

 「世界的流行の原因については全然無知なり。病原体が毒力を増大する理由も全く不明なり。感染の予防は目下の医学的知識にては密居を避くること、マスクの使用等を可とし、ワクチンは将来の研究を要す。口腔(こうくう)鼻咽腔の洗浄は有効なるべし」(東洋文庫「流行性感冒」より)

 これは大正時代のスペイン風邪について、厚生労働省の前身である内務省衛生局が刊行した本の記述です。流行性感冒(インフルエンザ)をコロナに変えれば、今とさほど変わりません。

◆荒れ狂う新型ウイルス

 細菌を原因とする感染症は、多くを克服できるようになりましたが、新型ウイルスへの対抗手段は限られ、百年前の本から数々の示唆が得られます。このころウイルスを見ることのできる電子顕微鏡はなくラジオ放送もまだ。電話も普及していませんでした。国産の大型蒸気機関車がようやくでき、道路には路面電車とわずかなクラシックカーが走っていました。

 一九一八(大正七)年八月下旬に日本に上陸したスペイン風邪は十一月に一気に大流行し、いったん収まった後、翌一九年も半月の患者数が五十万人に達するほど荒れ狂いました。ようやく三月に感染者が減り始め、六月には月間八千人程度に。このシーズンの患者は二千百十七万人、死者は二十六万人となりました。

 これで終わったかと思ったら、同年の十月末から流行が再燃しました。二〇年二月まで猛威を振るい、患者は二百四十一万人、死者は十三万人でした。衛生局は「本回における患者数は前流行に比し十分の一に過ぎざるも、病性ははるかに猛烈にして、死亡率非常に高く、前回の四倍半にあたれり」と記しています。

 大流行といえる期間は、それぞれ三~四カ月も続きました。

◆寒いと爆発的に大流行

 スペイン風邪により海外では社会学者のマックス・ウェーバー、画家のグスタフ・クリムトら、日本では、東京駅を設計した辰野金吾、陸軍元帥大山巌の妻・捨松、劇作家の島村抱月、野口英世の母シカらが命を落としました。当時の日本の人口は五千六百万人くらいですから、計二千四百万人の感染者は43%に当たります。世界では数億人が感染し、四千万人が死亡したと考えられています。

 スペイン風邪からは、数々の教訓が読み取れますが、最大の教えは「波は一度ではない」ということでしょう。

 ウイルスの種類は違っても、飛沫(ひまつ)により呼吸器に感染するウイルスということで、似ている点も多いのです。インフルエンザには季節性があり、冬から春にかけて流行します。従来のコロナウイルスにも季節性はみられ、やはり冬に風邪をはやらせます。

 新型コロナウイルスも、中国の冬に爆発的な流行を起こし、寒い欧州や米国東海岸で大流行しました。一方、暖かい地域での流行は比較的小規模です。

 スペイン風邪は、二冬目の方がパワーアップしました。毒性が強くなったのは、ウイルスの遺伝子がわずかに変異したのが原因とみられています。必ずしも強毒だから恐ろしく、弱毒だからくみしやすいとはいえません。弱毒のウイルスは宿主を死なせないので、拡散が大規模になりがちです。

 相違点は、スペイン風邪は二十代、三十代の人々が高齢者よりもずっと多く死亡したことです。高齢者が持っていた免疫が影響した可能性があります。

 欧米の感染拡大は、すでにペースを落としており、夏に一服するという見方も出ています。しかし南半球は、今後寒い季節に入り、北半球にもいずれ冬がやってきます。次の感染拡大までの準備期間ととらえるべきかもしれません。衛生局は二度目の傾向として「前回の流行時にかからなかった人が重症となる」「前回激しく流行しなかった地方で、本回は激しく流行した」と記述しています。

 新型コロナの流行には油断がありました。世界保健機関は今年初め「人から人へと感染する証拠はない。中国からの渡航制限はしないように」と言っていました。

◆異なる道を進むために

 欧州諸国もひとごとととらえ、ロンドン市長候補が日本に代わってオリンピック開催の用意があると豪語しました。いざ流行が始まると、中世さながらの方法、つまり隔離によって感染拡大を防ぐということしかできませんでした。

 二回目はそれではいけません。救命の技術は百年前とは段違いであり、これから治療薬とワクチン開発に注力することで、スペイン風邪の第二波とは異なる道を進むことができるでしょう。

 スペイン風邪が終息した百年前は、黄金の二〇年代ともいわれるほど世界的に繁栄した時代になりました。今の辛抱を、近い将来の楽しみにつなげたいものです。

 

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