挿話5
かつて、ミノタウロスが、百体目のメタルドラゴンを倒したときのことである。
百階層最外周回廊の、ボス部屋と正反対の位置に、小さな入り口が出現した。
だが、ミノタウロスは、それから以後ここまで来ていない。
いや、正確には一度来た。大勢の人間たちが攻めてきたときのことだ。そのときはあちこちを走り回り、一度この近くを通り過ぎたのだが、入り口には気づかなかったのである。
そして資格を得ていない者が通りかかっても、この入り口をみることはできない。
さて、第百階層のボス部屋を出たミノタウロスは、あれからさらに三体のヒュドラを倒して、回廊を進んでいた。
どこか行く当てがあったわけではない。
少しは体を動かしてみたかった。
少しはあがいてみたかったのである。
そして、ミノタウロスは、小さな入り口の前に来た。
何だ、これは?
ここは、以前、何度か通ったはずである。
しかし、こんなものがあれば、気づかないはずがない。
とすれば、これは、自分がメタルドラゴンの部屋に閉じこもってからできたもの、ということになる。
入り口から先には、長い回廊が徐々に下りながら続いている。
この長い回廊の向こうには、何があるのか。
ひょっとすると、ないと諦めていた、さらに下の階層への階段なのか。
ミノタウロスは入り口に足を踏み入れ、みたことのない回廊に入った。
回廊は長く先へと伸びている。
歩き始めた。
歩いても、歩いても、回廊にはまだ先がある。
第九十九階層から第百階層に下りる階段も恐ろしく長かったが、これは、それよりずっと長い。
回廊は真っ暗だったが、優秀な暗視スキルと各種の探知スキルがあるミノタウロスにとっては、進むさまたげとはならない。
気配探知の範囲を広げてみる。
しかし、何もひっかからない。
近くに生き物はいない、ということである。
ミノタウロスは、歩き続けた。
どれほど歩いたろうか。
おそらくは、サザードン迷宮の第一階層から第百階層まで下りるよりも長い距離を、ミノタウロスは歩いた。
どこにも行き着かない道なのかもしれん。
そう思い始めたとき、先にぼんやりと光がみえた。
その場にたどりつくと、回廊の先に小さな広場がある。
みたところその広場には、どこに行く通路もない。
軽い失望を覚えながら、その広場に踏み込んだ瞬間、広場の中央に置かれた円形の平たい石が青く発光した。
深い闇のなかで、地から照らす青い光に映し出されるミノタウロスの姿は、まるで神話に登場する異形の神のようだった。
あそこに乗れ、ということなのか。
そうミノタウロスは判断し、無造作に近寄って、青く発光する平たい石の上に乗った。
その瞬間、ミノタウロスの姿は消えた。
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