迷宮の王 | 第2章 勇者誕生
shienbis

15話 エルストラン迷宮の亡霊

1

最初に目を覚ましたのは僧侶のゴンドナだった。

夜明け少し前である。

少し遅れてザーラとボランテとヒマトラが、ほぼ同時に起きた。

驚いたことに、体が痛くない。気分は爽快で、肉体は生気に満ちている。

冒険者メダルにさわって確認すると、なんと七十九レベルになっていた。

戦闘前のレベルアップで七十二になっていたが、それから七つも上がっているのである。たしかに山ほどの敵を倒したが、それにしても、あり得ないほどのレベルアップである。

最近、このようなことが何度か起きている。

「ゴンドナ殿。レベルアップというものは、敵を倒して得られる経験値によってのみ起こるものと思っていました。ちがうのでしょうか」

「ふむ。冒険者の実践的理解としては、とてもすっきりした、わかりやすい考え方じゃのう。間違いではない。じゃが、より本質的にいえば、レベルアップというのは、神々の感謝が生き物を成長させる出来事なのじゃ」

「神様の感謝ですか 意味がよくわかりません」

「ここに饅頭屋がおるとする。饅頭に一個いくらと値段をつけて、それを売る。じゃがのう。かわいい孫が来たら、饅頭屋は金を取らずに饅頭をやるかもしれん」

「はい」

「そのかわいい孫が川でおぼれて、それを助けてくれた人がいたら、お金を取らずに饅頭をどっさりあげるかもしれん」

「饅頭屋が神様で、饅頭が経験値ですか」

「そうじゃ。このモンスターを倒したら経験値がどのくらい。レベルいくつだから、あと経験値どのくらいで次のレベル。これはの、一個いくらで饅頭を買うようなものじゃ。対価と見返りが常に釣り合っているようにみえるから、法則のように人は思う。しかし、そんな保証は本当はないのじゃがな。饅頭屋が客の態度に怒って饅頭を売らんこともあるかもしれん。店をやめてしまうかもしれん」

「そうであるなら、なぜ、一個いくらで饅頭を買えるようなレベルアップが、現在あるのでしょうか」

「それは、わしにもわからんがの。神が人に恩寵としてくだされたのか。人が求めて神が応えたもうたのか。いずれにしても、そうすることによって大きな意味で神の御心にかなうような何かがあったのじゃろうな」

「私はどこかで、神様のお孫さんを助けたのでしょうか」

「助けたんじゃろうな。実現したいが神の力だけではなしえず、人がこれをしてくれたらと神が願っておられる事柄がある。それをなしてくれた人間は、神にとって孫を助けてくれた恩人にひとしい。神はその人間に感謝なさる。その感謝がそのまま経験値という恩寵となるのじゃ。神の側から働きかけが起きるので、あらためて請願をせずともレベルアップが起きるわけじゃな」

「なるほど。そういわれてみると、ふに落ちる点もあります」

ボランテもヒマトラも大幅なレベルアップをしていたようで、二人の会話を興味深げに聞いていたが、

「その話は、そのへんでいいわ。あたしが倒れたあと何が起きたか、教えて。それから」

傍らの白い子竜のほうをみてザーラに聞いた。

「こ、これって、やっぱり、あれ

「地上で最後と思われる竜の御子みこです」

ボランテとヒマトラが、宙に浮く竜の周りを回ってをじろじろ観察する。

竜の子のほうでも、これをおもしろがって、ボランテとヒマトラをみつめながら、その周りをふわりと一周する。ボランテとヒマトラは、さらに回り込もうとする。そして互いに相手の周りをぐるぐる回り始めたのだが、やがてヒマトラが足をもつれさせて転んだ。

竜の子が、きゅいきゅいと喜びながら、ヒマトラの上空で勝利の踊りを踊っている。

静かで平和な浜辺に朝の日が昇ろうとしていた。

2

ザーラは、皆が倒れてからのことをできるだけ正確に語った。

そのあと、一同は白姫の墓を作った。

その前で祈祷を捧げたあと、報酬を分配した。

「ゴンドナ殿。竜の命名をパクサリマナ殿から頼まれたのですが、どうすればよいのでしょうか」

「そうじゃなあ。決まった様式などないと思うが、王の長子の命名式になぞらえてやってみるかのう。よし、皆、供物を差し出せ」

ゴンドナは、ありあわせの素材で見事な祭壇を組み上げてみせた。

「さあ始めるか」

ゴンドナが聖衣を取り出して身に着けたときには、みんな声を失った。

「か、枢機卿カーデイナルの正服う

「ご、ゴンちゃん、あんた」

ではゴンドナは僧侶ではなく神官だったのだ。

神あるいは神々に仕えて秘儀を行うのが神官であり、寺院に奉仕し教えに従って修行と救済を行うのが僧侶である。僧侶には、寺院の職級は別として位階クラスはない。神官には、見習い神官、平神官、助祭、司祭、司教、枢機卿という位階がある。枢機卿は神官の最高位なのである。

まるで神官のようなスキル構成だなとは思っていたのだが、祈祷書や神官杖を使わないので、やはり僧侶なのかなとも思っていたのだ。

ゴンドナの采配にしたがって命名式は進められ、ザーラは竜の子にフレアという名をつけた。大陸南部の古い言葉で宝物という意味がある。ゴンドナによれば竜の子は女性だというので、それにふさわしい名を選んだつもりだ。

一同は、天に手を差し伸べて、命名の出来事を証言し、寿いだ。

それから宴会になった。

供えられた食材が料理され、供えられた酒を飲んだ。供えられていなかった酒も飲んだ。

ゴンドナが最高位の聖職者であると知って、ヒマトラは敬称をつけて呼ぶようになった。

「ゴン猊下げいか、そっちの肉取って。あ、そのワイン、こっちにちょうだい。ちがうわよ。瓶ごとよこしなさい。ありがと。さすが枢機卿ねえ。いーワインだわー。猊下〜、このワイン、あとで十本ちょうだいね」

相変わらず敬意はこもっていないが。

ボランテは、ある国の騎士団でそれなりの地位にいたらしいが、別の国との戦争で上司の判断に異議を申し立て、すったもんだのあげく上司をぶちのめして出奔してきたらしい。

ヒマトラは、ある国で宮廷魔術師見習いだったが、手込めにしようとした上司を黒こげにして出奔してきたそうだ。

ザーラは、自分は親の遺志を継いで強敵と戦うために修業の旅をしていると言った。

ゴンドナは自分の経歴を語らなかった。だがボランテとヒマトラには、ゴンドナが儀式の際に着用した神官服の意匠に心当たりがあるようだった。

このあとどうするかという話になった。

ゴンドナは海の神殿に行くという。竜の子も連れていってくれることになった。

ボランテとヒマトラは、五人が出会った街に戻るという。ぎゃふんと言わせたい相手がいるんでね、とはボランテの弁だ。

ザーラは、ギル・リンクスのふるさとを一目みてから南に行く、と言った。

「あんたねえ。お金が入ったからといって葉巻はだめよ」

「お前にそんなこと言われる筋合いはねえよ」

ヒマトラは自分自身に筋力上昇の呪文をかけ、ゴンドナからメイスを借り、ボランテを張り倒した。

そのとき、ボランテは、確かにごつんと派手な音を立ててメイスに当たって倒れながら、ほとんどダメージは受けていないという絶妙の見切りをみせ、ザーラをうならせた。

使えないと言っていた支援魔法をヒマトラが使ったことを、あえて指摘する者はなかった。

竜の子は、エッテナの燻製が、ひどくお気に召したようだ。

しっかりいぶされた端の固いところを、竜の子のブレスで軽くあぶると、極上の珍味になることを、ゴンドナが発見した。

最高に楽しい夜となった。

3

翌朝、一同は別れた。

まず、馬に乗ってボランテとヒマトラが去った。二頭の馬は砂浜から少ししか離れていない林のなかにいて、ボランテが口笛を吹くと戻ってきたのである。

二人の姿が峠の向こう側に消えるころ、ゴンドナが言った。

「実は、わしも、目が覚めたらレベルが上がっておってなあ。それだけではないのじゃ。コンヴィクション・ハンマーを使うとき、寿命の半分を差し出したのじゃが、今朝みてみると、半分減るどころかもとより少し増えておったようじゃ。大きな饅頭を頂いた、ということかの」

(寿命の半分というのは、残り寿命の半分なのだろうか。それとも、全寿命の半分なのだろうか。そもそも自分の寿命をみることができるのか

疑問には思ったが、聞くことはしなかった。とんでもない答えが返ってきそうで怖かったのだ。

竜の子は、はじめはザーラのそばを離れなかったが、ザーラが持ち合わせている燻製肉をすべてゴンドナに渡すと、今度はゴンドナのそばを離れなくなった。

「わしは、これからしばらく神殿で祈念を込める。ザーラ殿のことも祈っておるからのう。神のみわざはむべきかな。若き冒険者の旅に、さち多かれ」

ザーラは、頭を垂れて祝福を受け、旅立った。

ユトの島を訪れて感慨を深め、大陸に戻って、半島を海沿いに南下した。

モンスターに襲われている隊商をみかけて助力したところ、乞われて護衛に加わることになった。

アルダナに入った辺りで別れようとしたが、隊商のおさが、ロアル教国まで来てほしいと言う。この辺りは盗賊が多いというのだ。

ザーラはロアル教国に入るつもりはなかった。ロアル教国はアルダナ国のなかにある宗教国家で、形式的にはアルダナから自治を許された小領主領といった立場であるが、諸国の神殿の本山にあたる大神殿をいくつも抱え、大陸全体から聖地とみなされている。

その反面、世俗化した聖職者が横暴なふるまいをしたり、異なる神を奉ずる神殿同士のあいだで権力闘争が盛んであるなどといった噂もあり、ザーラとしてはあまり足を踏み入れたい気持ちではなかった。

入国審査が厳しいらしいというのも、ロアル教国に入りたくない理由の一つだった。

だが、別にやましいところがあるわけでもない。

とにかく関所まで送ることにした。

関所というのは、巨大な砦だった。砦の両横には、長く高い壁が築かれており、砦を過ぎれば、もうそこが街であるという。

入国審査待ちの長い列ができているのをみて、ここで別れようかと思ったが、せっかくここまで来たのだから少し町をみてみるかという気になり、列に並んだ。

審査を受けるまで、ずいぶんかかった。

冒険者メダルを審査した係官が、大きな声で言った。

「おお Sクラスの冒険者殿ですか。ようこそ、ロアル教国に。神々と教主様との御名において、あなたを歓迎します。神々の栄光は永遠なり」

周り中の視線を集めた。護衛してきた隊商の長までが、目をみはっている。

それからが、大変だった。

報酬をもらって別れようとしたが、隊商の長は、護衛の専属契約をしつこく迫ってくる。断っても、今日の宿はどうしますかとか、よかったらお世話しますと言われ、それも断ると、案内の人間をつけると言う。

隊商の長だけではない。さまざまな人々がザーラを取り巻き、親切がましく話しかけては、何とか関係を結ぼうとしてくる。

「私は冒険者ギルドに行くので、用事があればそちらに」

そう宣言して何とか包囲網を脱出した。案内しようと申し出る人々を振り切って冒険者ギルドに到着したが、それからが、さらに大変だった。

冒険者ギルドに行くと言ったのは、まとわりつく人々を振り払うための口実だったのだが、せっかく来たのだからと、ロアル教国にどんな迷宮があるかについて情報を求めると、冒険者メダルを提示するよう言われた。

冒険者メダルを鑑定した職員がぎょっとした表情になり、しばらく席をはずしたあと、ギルド長が面接に加わった。

これまでの業績を細かに聞かれたが、バルデモスト王国のサザードン迷宮で冒険を続け、その後思うところあって旅に出たことを話した。

旅に出てからいくつかの依頼を受けたことを話したが、依頼主の秘密に関わるからという理由で詳しい説明は拒んだ。

ギルド長がザーラに強い興味を示したのも無理はない。

冒険者ギルドにとりSクラス冒険者は、最大の商品であると同時に、ギルドが高い自立性を保ちあらゆる干渉をはねのけて存立し続けるための切り札である。

であるから、常にその所在を把握し、緊急度の高い案件については義務に近い形で依頼の斡旋をすることがあるかわり、国家に対してさえSクラス冒険者の権利を守る防波堤となるのである。

新しいSクラス冒険者は、誕生した直後にその国のギルドや権力者に囲い込まれるものだ。ところが、今ロアル教国に、一人のSクラス冒険者がふらりと現れた。なんと、そのレベル、七十九。しかも十六歳という信じられない若さである。そのうえ、どこの組織に属するわけでもなく、修業の旅をしているという。

ギルド長は、この若者を縛りつけるために手段は選ばない、と決心していた。

今、こうして必要事項の確認という名目で足止めしつつ、裏では、目端の利く職員に命じて、酒、宿、女、観光案内、魅力的な仕事、地位、高性能武具の提供など、ありとあらゆる懐柔作戦を立案準備させているところなのである。

引き留めようとするギルド長を振り切って、ザーラは応接室を出た。

それからが、あらためて大変だった。

ロビーは、人で埋め尽くされていて、その誰もがザーラに用事があった。

冒険者が、商人が、役人が、彗星のように現れた若きSクラス冒険者と縁故を結ばんとして、ザーラを取り囲んで話しかけてくる。

手や体を引っ張る者もある。髪の毛をつかむ者もある。いつしかマントもはぎ取られ、髪はぐしゃぐしゃになり、体には、擦り傷やあざが増えていく。

(サハギンなら、近いところから順番に斬り捨てていけばよいのだが)

(人間には、どう対処すればよいのか)

ザーラは修業に明け暮れてきたので、対人スキルは磨かれていない。また、高位の貴族家の生まれなので、群衆に取り囲まれて無遠慮に要求や質問を突きつけられるという経験がない。そんなザーラにとって、これはまさに集団攻撃である。すさまじい言葉の嵐と人間の密集で、意識が怪しく明滅し始める。

(ああ……毒蜂に……似てる……な)

五十レベルのモンスターを危なげなく倒す冒険者が、五レベルとか六レベルの昆虫や小型爬虫類モンスター多数に囲まれて命を落とすことがある。一匹一匹の毒はたいしたことがなくても、敵の大軍に包囲されて連続的に刺され続ければ大きなダメージとなるのだ。

そんなときザーラの耳に飛び込んできた声がある。

「これから迷宮に行くんだが、一緒にどうだい」

ザーラはとっさにその声の主の手をつかんだ。

「行きましょう、迷宮に

「まずは、外に出るぜっ」

叫んだ相手の言葉に従い、ザーラは人波をかき分けてギルドの外に出た。

行動方針さえ決まれば、あとは技術の問題である。敵が押し寄せてくる渦のなかで、押して、引いて、層の薄い部分を作り、そこをすり抜けていくことは、戦闘技術の一種だ。

迷宮探索を呼びかけてきた青年もギルドを出てきた。

「こっちだ

その青年は、なかなか機敏な動きをみせた。たぶんスカウトだ。

道を走り、路地を抜け、壁を上がって屋根を越え、二人は追跡者たちを振り切った。

「さすが、やるな。俺にあっさりついてくるなんて」

汗を拭いながら、少し息を乱して、相手の男が手を差し伸べてくる。

「ポリアプルだ。よろしくな」

二人は握手を交わした。

4

ポリアプルと名乗ったスカウトは、仲間が待っている安宿にザーラを連れてきた。

合流した仲間たちと共に、ポリアプルはザーラを伴って食堂に行き、一同に飲み物が行き渡るとまずは乾杯をして、一同の紹介をした。ザーラがSクラスの剣士だと知って、仲間たちは大いに盛り上がった。

迷宮の名はエルストラン迷宮といい、多重型迷宮であるという。

多重型迷宮というのは、入り口を入ると他の冒険者たちとはちがう位相に放り込まれる迷宮である。パーティーを組んでいる仲間以外とは、出会いたくても出会えない。

例えば、Aというパーティーが、第一階層のボスを倒したとする。同時刻に、Bというパーティーが同じボス部屋に行く。そこには、ちゃんとボスがいるのである。

つまり、入っているパーティーと同じ数だけの、同じ中身を持った別々の迷宮があるようなものだ。

多重型迷宮では、一度入ってしまえば、パーティーの仲間以外の人間と遭うことはない。今のザーラにとって、まさに願ったりかなったりの迷宮である。

ポリアプルと仲間たちは、ロアル教国の、こことは別の街に生まれ、固定パーティーを組んで迷宮探索やクエストをしてきた。

しばらく前からこの街で情報収集をしていて、大変な値打ちのある古文書を運よく入手した。それには、ある特定条件下でのエルストラン迷宮の攻略方法が書かれているというのである。

「あんたは、エルストラン迷宮を知らないんだな。この国じゃ有名なんだけどな。別名を幽霊迷宮。階層は一つだけ。八つの部屋がある。モンスターは、スケルトンのみ。通常のスケルトンと、レッド・スケルトンと、ブラック・スケルトンがいる。ある条件を満たすやり方でこのスケルトンどもを倒していくと、ボス部屋に飛べる。このボスというのが幽霊なんだが、賞品をくれる。とても珍しくて高性能の武器なんだ。パーティーが何人であろうと、そのそれぞれが、自分に合った武器をもらえる。その武器をもらうのを拒否すると、幽霊と戦うことになるらしいんだが、ここは戦っちゃいかん。武器を手に入れるのが目的だからな」

エールで喉をうるおして、説明を続ける。

「クリアのヒントは、入り口の岩に表示されている。入り口の手前に、細長い岩が突き立っていてな。上の部分は、斜めにすぱっと切れてる。そこに宝玉が十二個埋められているんだが、これが、色とりどりに輝いている。この宝玉は、誰かが迷宮をクリアするたびに配色が変わるんだ。その配色は、どういうふうにスケルトンどもを倒せばいいかを示している、といわれてるが、それを読み取る方法は、誰も知らない。結局、手当たり次第にスケルトンどもを倒していって、運がよければボス部屋に飛べる、ってのが、みんながやってるやり方さ。ま、あんまり」

もう一度、ぐいっとエールをあおる。

「利口なやり方とはいえねえがな。それでも、二年か三年に一度は、ボス部屋に飛べるやつが出る。確かにそのたんびに宝玉の色は変わる。けども、その色が何を示してるのか、わかるやつはいなかった。今まではな」

ポリアプルが、思わせぶりに、ザックから古文書を出して、あるページをザーラにみせた。

「ここに、十二の宝玉の配色が描かれてるだろう。これを描いた冒険者は、この配色だったときに迷宮をクリアした。そのクリアの条件を次のページに書いてあるんだが」

ぐっと身をザーラに寄せ、ささやくように続ける。

「いいか。普通のスケルトンと、ブラック・スケルトンは関係ねえ。倒してもいいし、倒さなくてもいいし、何体倒してもかまわねえ。問題はレッド・スケルトンさ。こいつは倒すべき数が部屋ごとに決まってる。それ以上でも、それ以下でも、だめなんだ。その数ぴったりを倒して回ったとき、クリアって寸法なのさ。そして、この古文書には、各部屋で倒すべきレッド・スケルトンの数が、ちゃんと描かれている。そして」

にやっと笑って、古文書を指ではじく。

「この配色は、ただ今現在の入り口の岩の配色と、まったく同じなのさ」

クリアの仕方がわかっているのなら、さっさとクリアしてしまえばよいのに、とザーラは思ったが、倒す数が決まっているというのは、存外むずかしいらしい。何度も挑戦したが、相手が何体も一緒に出てくるため、つい倒しすぎてしまうらしい。どうしても乱戦になりがちで、全体で倒した数がわからなくなるという。それで、決定力がある仲間を探していた、というのである。

5

(枯れ木をたくさん打ち鳴らすような音だな)

十何体目かのレッド・スケルトンを倒しての感想である。

今日は、ローガンから餞別にもらったバトルハンマーを使っている。とても重たいが破壊力は抜群で、レッド・スケルトンはおろか、ブラック・スケルトンでさえ一撃で粉砕できる。そのブラック・スケルトンが、後ろから近づいてくる。

(なぜ、誰も補助してくれないのだろうか)

(これではパーティー戦ではなく個人戦ではないか)

せっかく、スカウト、剣士、戦士、支援魔法使い、攻撃魔法使い、施療神官という理想的といっていい編成なのに、それがまったく生かされていない。

スカウトは、倒したレッド・スケルトンの数を数える以外のことをしない。

戦士は、普通のスケルトンを引きつけると言っていたが、三体を相手にするだけで精一杯なので、危なくて任せられない。

攻撃魔法使いは、余分なレッド・スケルトンを倒してしまってはいけないからと、まったく戦闘に参加しない。

支援魔法使いは、一生懸命支援をしてくれようとはしているが、スケルトンがうじゃうじゃいるなかでザーラにうまく近づけず、支援を切らしたままである。

施療神官は、不要なときに回復をするかと思えば、必要なときにはほかのことに気を取られている。

(ソロだと思えばいい)

(仲間がいると思うから寂しいんだ)

6

迷宮攻略は進んだ。

すでに、八つの部屋のうち五つまでは、指定された数のレッド・スケルトンを倒してきている。

もう、ほかのメンバーから攻撃の協力を得ることは、諦めていた。今さら下手に手を出されて余分のレッド・スケルトンを倒され、振り出しに戻ったのではやりきれない。

(とっとと踏破してしまおう)

それでも、ザーラは支援魔法使いに声をかけた。

「次の部屋に入ったら、拘束魔法をお願いできるかな」

うん、頑張るね、という支援魔法使いのかわいい笑顔には、ささくれかけた神経をなだめるものがあった。

そして、部屋に入った。

この部屋には、ずいぶんブラック・スケルトンが多い。

ザーラは、拘束魔法の予約をした自分を、褒めてあげたい気持ちになった。

そして、呪文が発せられる。

「アース・バインド

魔法は、ちゃんとかかった。

ザーラに。

足を動かせない状態のまま、ザーラは敵を倒し続けた。

この部屋で、ザーラは、二つのことを学んだ。

一つ、アース・バインドは、同じパーティーの仲間にもかけることができる。

一つ、一度かけたアース・バインドは、時間が来るまでかけた本人にも解除できない。

できれば二度と役に立ってほしくない知識である。

7

最後の部屋である。

最後のレッド・スケルトンを、ザーラのバトル・ハンマーが粉砕する。

すると、ぶうん、と音がして、風景がかすんだ。

気がつけば、今までとまったくちがう部屋にいた。

パーティーメンバー全員が、一緒に移動してきている。部屋の中央にはテーブルがあり、武器が置かれている。その向こうには幽霊がいて、静かに笑っている。

「やった。ついに、俺たちは、やったんだ

「あたしたち、やったのね

「そうですよ。やっと努力が実ったんだです

せっかく、みんなが喜び合っているのに、自分だけがこんなに冷めた気持ちでいてはいけないと思うのだが、ザーラには達成感のかけらもない。わずかに、これで終わったという解放感のようなものがあるだけだ。

ふと気がつけば、パーティーが解散されている。

この部屋に飛ぶと、自動的に解散になるのだろう。ということは、ボスと戦うかどうかは一人一人が個別に選択できるのかもしれない。

仲間たちはテーブルに駆け寄り、気に入った武器に手を伸ばす。そして、武器を手に取った人間は、そこから消えた。迷宮の入り口にでも送り返されるのだろうか。そのことについては聞くのを忘れていた。

パー手イーを組んでいた仲間たちは次々に消えてゆき、ザーラだけが残った。

しかし、今のザーラは、そんなことに興味を持ってはいなかった。

今、ザーラの関心は、テーブルの向こうにいる幽霊に向けられている。

8

(男でも麗人と呼んでいいのだったか)

長くまっすぐな銀色の髪。

卵型の小さな顔。

優しげな青色の目。

銀色の貫頭衣は、絹のような光沢を持ち、たっぷりとひだを作りながら床に届いている。

腰の辺りに紫色のサッシュをゆったりと巻きつけている。

左腰の上では高い位置に細く、右腰の上では低い位置に広く、サッシュは貫頭衣を押さえ、上品な結び目を作って、右腰の横に垂れている。

顔と肌の色は、ほんの少し黄色を含んだ白色である。

目は深い青色をして、口には笑みをたたえている。

細長く繊細な手と指は、それだけみれば女性のようである。

その全身は半透明で、背後の壁が透けてみえるので、幽霊というのにふさわしい。

「今さら、私を呼び出す人がいるとは、驚いたな。でも、呼び出されたからには、仕事はしようか。それで、どこの迷宮に行けばいいのかな

「どこの迷宮、というのは何のことですか

「うん 迷宮の調整で私を呼び出したのではないのかな

「私は、あなたがどなたかも知りません。私は、ここエルストラン迷宮の攻略をするために、人に頼まれてパーティーに参加したのです」

「攻略 攻略とは何のことかな」

「しかるべき手順を踏んで、この部屋にたどり着くことです」

「ああ、なるほどね。それは攻略というようなものなのかな それで、何のために攻略をするの

「褒賞の武器を得るためだそうです」

銀髪の男は、しばらくきょとんとして、それから、笑い出した。

「それは愉快だ。ああ、なるほどね。たぶん、だいぶ時間がたってるんだろうね。あれは私を呼び出す資格を持っていない人がこの部屋に来たときに、まあご足労のお駄賃として出現するようにしていたものなんだ。わざわざそれを目的にするような物じゃないんだけどね」

「私の聞いたところでは、この部屋にたどり着くと幽霊と武器が現れ、武器を選択すればそれは自分の物となり、選択しなければ幽霊と戦うことになる、ということでした」

「戦えないよ、あれとは。いつもなら出るあれは単なる映し絵にすぎない。姿は私と同じだけれどね。あなたは条件を満たしていないのでご要望をお聞きすることはできません、と伝えることしかできないんだ。君は依頼者としての条件を満たしている。それで私が呼び出されたというわけだ」

「あなたとは、戦えるのですか」

「うん 戦いたいのかい 戦えなくはないけれど、私を倒すことはできないよ。私は、霊体だからね。それも、本来の意識を持たない影絵のような霊体だね。まあ、私が出現できたということは、本体のほうも生きているということだけど」

「本体は、どこにおられるのですか

「うーん。これは、答えにくい質問だなあ。そうだなあ、君が、絶対に訪ねてこず、人にも教えないと誓ってくれるなら、こっそり教えてあげてもいい」

「では、お聞きしないことにします」

「ははは。君は愉快な人だね。私は戦闘力は低いので、実際に戦ったらがっかりすること請け合いなんだが。……うん

何に気がついたのか、幽霊の様子が変わった。

「それは、まさか

幽霊が、ザーラのほうに右手をかざした。

すると、ザーラのルームの操作画面が表示され、アイテムの検索が始まった。

(馬鹿な 私は操作画面を表示させていないぞ

他人のルームの操作画面を勝手に表示させるなどということは、絶対に不可能だ。その不可能なことをこの幽霊は行った。

次々と画面の表示が変わる。

つまり持ち主でもない人物が、画面を操作しているのだ。あり得ざる事態である。ザーラが驚きのあまり硬直していると、ルームのなかに収納されている五点のアイテムが表示された。

それらは、別々のカテゴリーに分類され、別々の引き出しに格納されており、共通の検索項目を持たないのだから、検索画面で同時に表示されることはない。

にもかかわらず、まさにその五点、すなわちメルクリウス家から貸与されている五つの恩寵品が、今同時に表示されている。

「この五つの恩寵品を、どこで手に入れた 返事によっては、君は私が自ら殺す最初の人間になる」

9

青かった幽霊の目は、今や金色に輝いている。まなざしからは先ほどまでの優しげな雰囲気が消え、氷のように冷たい。

ザーラは、大きく息を吸って、答えた。

「この五つの恩寵品は、バルデモスト王国のメルクリウス家が襲蔵しているものです。メルクリウス家の初代が、神竜カルダン様より武勇と忠誠を賞せられて賜ったと聞いております。メルクリウス家の現当主が、サザードン迷宮のミノタウロスを倒すまでとの約束で、私に貸与くださったのです」

ひと呼吸かふた呼吸のあいだ、幽霊はザーラを探るように、じっとみつめた。そのあと、急に表情を和らげた。

「君のまとう空気は、君の言葉が心からのものであると告げている。脅かしてすまなかったね。許してくれたまえ」

幽霊から殺気が消え、目も青色に戻る。

ザーラは、汗が吹き出すのを感じた。この実在ならざる相手が、いかに強い圧力を発していたかということである。

「サザードン迷宮は、もちろん知っているよ。だが、ミノタウロス なぜ君ほどの剣士が、ミノタウロスなどを目標にするのかな それにその五つの恩寵品は、ミノタウロス相手に必要になるようなものじゃないよ」

「三十年と少し前より、サザードン迷宮では、第十階層で生まれたミノタウロスが、各階層のモンスターたちを撃破して最下層に至り、メタルドラゴンを数えきれぬほど倒し続け、替わって最下層の主として君臨しているのです」

「は ミノタウロスが そんな馬鹿な。ああ、失礼。君の言葉を疑っているわけじゃないんだ。ただ、あの迷宮は、そんなイレギュラーが起こるような、不安定な作りにはなっていなかったはずなんだ。だが、よりによって第十階層か。偶然、なわけはないな。ああ、ちょっと待って。いろいろ教えてほしいこともあるし。おわびもしたいし。場所を変えよう。ここでは、お茶も出せない」

幽霊は、しばらく目を閉じて何事かを考えているようであった。

「なんてことだ。どこもかしこも荒れ果ててる。今、いったい何年なんだろう」

「王国暦では千百十四年です」

「王国暦 どこの王国かな

「バルデモスト王国です。女神カルダン様が、その、お亡くなりになった年が、王国暦元年とされております」

「……ほう。これは驚いた。ずいぶん時が流れているね。うーん。あそこなら大丈夫かな。ああ、大丈夫だった。失礼。移動するよ」

一瞬で、景色が変わった。瞬間移動したのだろう。しかし、瞬間移動につきものの、引っ張られるような感じや、内臓がねじれるような不快感はなかった。

そこは花が咲き乱れる庭園のあずまやで、大理石のテーブルと、材質はわからないが、白くて豪奢な飾り彫りがほどこされた椅子が二脚置いてある。

「どうぞ、座って。悪いが、お茶は準備できない。自分で飲み物を持っているなら、遠慮なく飲んでくれればいい。私は、飲んだり食べたりできないからね。まあ、立ったままでもいいけど、演出的に、座るとしよう」

幽霊は、椅子に座った。その動作も座る姿も、みとれるほど優美なものだった。

「そうだ。私は、迷宮のラスボスということになっているんだったね。では、千二百年ぶりの正式攻略者に、賞品を与えないといけない。何が欲しい

「何が、と言われても、今すぐに欲しいものはありません」

「いやいや。それでは、ラスボスとしての私のめんつが立たないね。うん。これなんかどうだろう」

幽霊がテーブルの上に置いたのはショートソードだった。ショートソードというにも少し短いが、短剣というほど短くもない。まるでオリハルコンで作られたかのような高貴な色合いだが、刃先が赤い色に染めてあるのが、いささか不気味だ。

「これは、小さく振れば、半径十歩ほどの、大きく振れば、半径五百歩ほどの、すべてを破壊する魔法陣を生み出す。振り方しだいで、近くにでも遠くにでも魔法陣を作れるので、とても便利だよ。ただ、持ち主自身の手で一年に十人以上の人間の命を捧げないといけない」

「そんなカースド・アイテムは要りません」

「いや、呪いはないんだ。ちゃんと使ってる限りはね。十人殺すのを忘れると、そのときはじめて、持ち主が呪われるんだ」

「要りません」

「それは残念。では、こちらはどうだろう」

次にテーブルに置かれたのは、宝石を埋め込んだ指輪だった。

赤黒い宝石は、高級にはみえるが、どうにも毒々しい。

「リザレクション・リングの一種でね。冥王の指輪の劣化版、といったところだ。これを着けていると大怪我もただちに治るし、死んでもすぐ生き返る。ただ、冥王の指輪のように老化をとめる機能はないので、不老不死というわけにはいかないけどね。それと、聖属性の攻撃に、ちょっぴり弱くなる。あと、これを装着すると、下級悪魔の一人を主人に定め、永久に仕えなくてはならない」

「要りません」

「悪魔のことなら心配はいらない。あらかじめ封印しておけばいいんだ。なんなら、アフターケアとして手伝うよ。悪魔を自分の体とか服のどこかに封印しておくと、なかなか便利だよ。持ち主が死んだ瞬間に封印が解けるから、自分を殺した相手や、遺産を持っていこうとする不心得者たちを皆殺しにしてくれる」

「要りません」

「うーん。君はなかなか好みがむずかしいようだね」

幽霊は、そのあと、みた者の心を支配できる鏡と、一日後に百倍の攻撃を反射するヘルムを出して説明したが、ザーラは、どちらも欲しくないと答えた。

「しかたないね。欲しい物ができたら、そのとき言いなさい。さて、では、少し話を聞きたいんだが、いいかな」

10

最初に聞かれたのは、今、世界にはどんな国があるかということだった。

次に、サザードン迷宮のミノタウロスについて聞かれた。

ザーラは、知っている限りのことを説明した。

「待ってくれたまえ。冒険者というのは、いったい何かな ほう。そういう恩寵職なのか」

「ポーションというのは、ものすごいものみたいだね。もし今持っていたら、みせてもらえないかな。おお、こりゃ、よくできてる。へえ」

「迷宮では、よほど成長の効率がいいんだろうね。なるほど。神霊が減った穴埋めを、そういう形でしたわけか。うまい手だ。人も増え、国々も栄えているようだから、効果は高かったんだろうね。だが、その方法だと、よどみはたまるばかりなんじゃないのかな。ああ、失礼。これは君への質問じゃあない。ふむ。あとで調べてみないといけないなあ」

「冒険者メダルというのをみせてもらえるかな。これは驚いた。強さや能力を擬似的に数値で表すのか。このレベルというのはすごい発明だなあ。これに応じて神々の加護があるわけか。うーん。やるなあ。これだと、みんな争ってレベル上げをするだろうね」

「神殿で発行するわけだね、この冒険者メダルは。なるほど、なるほど。これが目印になるわけだ。冒険者メダルを携行せずに迷宮に潜っても、レベルは上がらないんじゃないかな わからないって たぶんそのはずだよ」

「このクラスというのは何 これが上がると、どんないいことがあるのかな ほう、ほう。それは面白い。よくできてる。しかし、レベルだけでなく、ギルドとやらの依頼を達成しても加味されるというのがよくわからないなあ。もしかして、クエストとかいうものと関係なく善行を積んだときにもクラスが上がりやすくなったりしないかな ああ、やっぱり」

「ということは、罪のない人間を殺したりすると、クラスが下がったりしないかな うん、うん。そうだろうね。よく考えられている。そうやって、力を濫用しないよう方向付けをしているわけだ。そうでないと世界は殺伐とする一方だろうからね」

幽霊は、いろいろな質問をしたあと、表情を改めてこんな質問をした。

「ところで君は、この千年のあいだに竜が目撃されたというような話は聞いていないだろうか。もちろん、迷宮の外での話だ」

この質問に答えてよいのか、わずかな時間、ザーラは悩んだ。

その結果、告げるべきであるという強い思いが湧いてきた。

「はい。つい先日、女神カルダン様とご夫君の御子みこである、白い竜が生まれました。私は、不思議なえにしにより、その場に立ち会い、名付け親とならせていただきました」

幽霊が急に立ち上がった。

そして、両手をテーブルに突いて頭を下げた。

「まことに失礼なことを言うが、君の記憶をみせてもらえないだろうか。頼む」

ザーラは、下腹に力を入れて答えた。

「どうぞ」

「ありがとう」

幽霊は、礼を言いながら右手を伸ばしてザーラの額にふれた。

そして目を閉じて何事かをつぶやいた。

一瞬めまいがしたように思った。

気がつけば、幽霊の手はもう額から離れていた。

幽霊は、目を閉じたまま何かの思いにひたっている。

その閉じた目からは涙がこぼれている。顎をつたってしたたった涙は、テーブルも床も塗らすことなく空中で消えてしまうのだが。

どれほどの時間がたったろうか。

幽霊は、まっすぐ背を伸ばし、右手を自分の心臓の位置に当て、ザーラに対して深々とおじぎをした。長い銀髪が、さらりと垂れる。

「ザーラ殿。お礼を申し上げる。わが子を、よくぞお守りくださった。感謝の言葉もない。そのうえ、よき名をお付けくださり、このうえなく適切な場所に導いてくださった。さらにパクサリマナとナーリリアに対して貴殿がしてくださったこと、決して忘れぬ。いつか必ずこのご恩はお返しする」

突然の幽霊の言葉に、ザーラは驚いたが、それでも、それが相手の真摯な思いの発露であり、真剣に受けるべきものだとわかった。

ザーラは、立ち上がって、礼を返した。

「お役に立てて幸いでした。しかしこれは、神々の導きにより神々の助けを受けてなされたこと。この身はすでに過分の恩恵を受けております」

幽霊は、にっこり笑った。

「うん。君が心からそう思っていることはわかった。もう少し話も聞きたいけど、今はすぐに行きたい所があるので、これでお別れする。あ」

何が起きたのか、幽霊の姿が一段と薄くなっている。

「しまった。心を震わせすぎたので、霊体が壊れてしまった。うーん。残念だ。娘の姿を一目みたかったのに」

みるまに、その姿は透明度を増している。

「ああ、そんな心配そうな顔はしなくていいよ。本体は無事みたいだから、時間がたてばまた霊体も復活するからね。本体の意識がない状態でのことだから、時間はかかるだろうけど。まあ、いいさ。再び目が覚めるときの楽しみができた。君にも、ちゃんとまじめな賞品をあげないといけないし、恩返しをしなくてはね。とりあえず、テーブルの上の物は持って行ってくれていいから。では、ザーラ殿。また、いつの日か」

そう言い残して、幽霊は消えた。

一人残されたザーラは、途方にくれた。

(ここはどこで、私はどうやって帰ればよいのだろうか)

(このテーブルの上の、ふれることもできない危険物の数々は、いったいどうしたらよいのだろうか)

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