挿話2
ミノタウロスは、じりじりと焼けつくようないら立たしさを感じていた。
原因は、はっきりしている。
あの人間は、どうしたのか。
俺の首をへし折り俺に打ち勝った、あの人間は、どうしたのか。
あの人間があれ以来戻ってこないというのは、いったいどうしたことなのか。
あれは、すぐにも戻ってくるはずなのだ。
やつにふさわしい敵は俺しかいない。
俺にふさわしい敵はやつしかいない。
だから、やつはここに来るしかない。
なのに、なぜ戻ってこない。
この待ち遠しさが、いら立ちの一つ目の原因である。
だが、いら立ちの原因は、それだけではない。
あの人間の戦いぶりを思い出してみる。
いや、思い出すまでもない。
あの戦い以来、いつもいつも、ほかの人間たちと戦っている最中でさえ、あの人間の戦いぶりは、この怪物の脳裏に繰り返し繰り返し映し出される。
反芻されるその戦いのなかで、あの人間は、いつもミノタウロスを打ち負かす。
剣の技において。
筋肉の力において。
素手の武技において。
先を読んで戦術を組み立て、相手をそこに誘導していく技術において。
戦いへの幅広い知識と視野において。
あの人間は、ミノタウロスを打ち負かし続ける。
このまま、もう一度やつと戦っても、俺は勝てない。
その思いがよぎるたびに、頭を乱暴に振り、周囲の岩や壁を殴り飛ばして、否定する。
だが、自らの敗北の予感は、ミノタウロスの戦いへの嗅覚が鋭ければ鋭いほど、のがれられぬ運命として目の前に立ちはだかる。
あの人間と戦ってから、長い時が流れた。
むろんミノタウロスには時刻や日にちを数えるという発想がないのだから、あれから何年たったのか、あるいは何十年たったのかなどわからない。
だが、あの人間と戦ってから長い時が流れたことはわかる。
はじめのうちは時が過ぎるのが楽しみだった。
時々やってくる人間のつわものどもを打ち倒しながら、あの人間との戦いに向け、おのれを磨き、人間の戦いのわざを学んだ。戦いの学びを積み重ねるのは喜びだった。
だが、あまりに長い時が流れた。
ということはである。
やつもそれだけ強くなっているということだ。
まぶしい光の向こうの人間の世界で、あの人間はあまたの戦いを繰り返し、ミノタウロスが想像もつかないほどの高みに登っているだろう。
もはやミノタウロスは、襲いかかる人間たちとの戦いでは、これ以上自分が成長しないことを知っている。
だめだ。
だめだ。
ここでは、だめだ。
やつと戦うために。よい戦いをするために。やつをちゃんと殺すために。
ここではないどこかで、俺は新たな戦いを積み上げねばならぬ。
だが、そんな場所がどこにあるのか、この怪物には見当もつかなかった。
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