迷宮の王 | 第1章 ミノタウロスの咆哮
shienbis

9話 討伐依頼

 

 1

 

 結局、それから五回、ミノタウロスはリザードマンを倒した。

 ドロップはいずれも、切れ味はよいが恩寵のない平凡なシミターであった。

 しかしスキルドロップがあった。人間が、武人の守りと呼ぶスキルだ。意識して停止しないかぎり常に発動していて、身体の強度と魔法抵抗を強め一定の割合で体力が回復していくという、使い勝手のよいスキルである。

 それ以上にミノタウロスは、剣のわざを学べたことに満足していた。人間以外で、剣の奥深さをはじめて教えてくれた敵であった。

 死んだ人間からは良質な長剣と、各種のポーションなどが得られた。

 それからミノタウロスは、下へ下へと階層を降りていった。

 五十階層から下では、すべてのボスと闘った。

 人間たちとも戦いになることが多かった。

 しばらくは、鮮血のシミターとリザードマンシミターの二刀流で闘った。

 リザードマンの動きを思い出しながら、さまざまなわざを工夫した。

 五十二階層では三人組の人間と戦い、一人を殺し、ハルバードなどを手に入れた。

 五十五階層のボスを撃破したときには、突進チャージというスキルを手に入れた。ミノタウロスに非常に相性のよいスキルであり、突破力が格段に増大した。

 また四人組の人間と戦い全員を殺して、炸裂弾などのアイテムを得た。

 いささかシミターに飽きてきたころ、収納庫をあさっていて、冒険者を倒して得た恩寵付きバスタードソードが目についた。

 なぜかひどくなじむ気がして、この武器を使うことにした。

 なじむのも当然である。なぜなら、この恩寵付きバスタードソードは、ミノタウロスからごくまれにドロップする品なのだ。ミノタウロスはほかのミノタウロスに出会うことはないのだから、自力では決して手に入れられない武器である。

 階層ボスが相手であれ、人間が相手であれ、五十階層から下ではらくな戦いなどなかった。時には死ぬ寸前まで追い詰められ、傷つき倒れながら敵を倒し、新たな力を手に入れていった。

 六十二階の回遊モンスターであるワンアイド・ゴーストは倒し方がわからず苦戦した。何度も何度も敗退を繰り返し、ついに収納庫のなかから取り出した属性付きの武器で倒せることを発見した。この少し下の階層で砕け散る息というスキルを手に入れてからは、非実態系のモンスターに苦戦することはなくなった。

 六十二階層で出会った人間には苦戦した。盾というものの恐ろしさ有用さを教えてくれた戦いだった。

 八十階層ボスのマンティコアから恩寵付きツヴァイヘンダーがドロップしてからは、これが主武器となった。

 重量感と破壊力は申し分なかったが、重心が先に寄りすぎ、また、全体の作りも大味で、微妙なコントロールがしにくいと感じた。自分に本当にふさわしい武器は、まだほかにあるような気がしていた。

 鎧や小手、盾、靴を始め、冒険者たちが目の色を変えるような恩寵品をいくつも獲得したが、ミノタウロスは防具にはまったく関心がなく、無造作に収納庫に放り込むばかりだった。

 首輪や指輪、腕輪などの装飾品や、剣以外の武器なども同様である。

 ポーションや各種のブーストアイテムには興味を示し、使うこともあった。

 防具を使わず戦い続けることで、ミノタウロス自身の物理防御力と魔法防御力は強化され続けた。

 襲ってくる冒険者たちの遺品も、目についた物は収納していた。

 冒険者から得たアイテムのなかでミノタウロスが長く愛用したのは、一本のベルトである。

 あるパーティーと闘ったとき、魔法戦士が、ベルトのホルダーからポーションを次々に取り出して飲んでいた。どうしてあんなにたくさん入れられるのかと不思議に思ったので、相手を殺してから調べてみた。

 そのベルトは、ホルダーに消耗品を入れてそれを使うと、収納庫に同じ品があった場合自動的に補給する機能を持っていたのである。

 そのうえ、このベルトには、移動速度を一割、体力を二割増加させる恩寵がついていた。ミノタウロスはひどくこのベルトが気に入り、以後常用した。

 ホルダーのうち二つには、炸裂弾を入れた。

 投げつけたら爆発するというだけの投擲武器であるが、下層に来る人間がよく所持しているので、補給がしやすかった。これを人間相手に使用すると、相手がびっくりするのが楽しかった。乱戦の中で後衛の魔法使いにうまく当てられるように技術を磨いた。

 その後九十階層のボスであるキメラと戦った。キメラの通常ドロップは爆砕剣である。要するに剣の形をした爆弾なのだが、炸裂弾より威力が強く、より遠くにより正確に投擲することができる。人間の冒険者からははずれドロップと呼ばれているこのアイテムを気に入って、ミノタウロスは立て続けに二十回以上キメラを殺して爆砕剣をストックした。

 人間がモンスターを倒せば経験値が入るが、人間が人間を倒しても経験値は入らない。

 ミノタウロスの場合、ちょうどこの逆で、人間を倒せば経験値が入ったが、モンスターを倒しても経験値は入らなかった。

 しかし、レベルアップをもらたす経験値は入らなかったとしても、モンスターとの対戦は、武器やスキルの熟練度を上げ、さらに判断力などの総合能力を上げてくれた。

 モンスターは、それぞれまったくありようがちがう。

 相手の攻撃を受け止めて耐え、あるいはかわし、相手の特性を分析し有効な攻撃を選び、その精度や威力を研ぎ澄ます。そして、殺す。

 強力な敵に出遭い、それを倒せる自分になることは、ミノタウロスの喜びであり、存在する意味そのものであった。

 また、モンスターからのスキルドロップという恩寵は、ミノタウロスにも与えられた。

 高熱の息を吐くスキル。

 クリティカル攻撃を受ける確率を減らすスキル。

 クリティカル攻撃の確率を上げるスキル。

 階層内の敵の位置や種類を探知するスキル。

 そのほか多くのスキルを身につけていった。

 人間が習得できないスキルも多かった。

 ハウリングもランクアップを重ね、別物と思えるほどの強力な攻撃になった。

 人間との戦闘は、経験値の獲得という以外にも貴重な勉強の機会であった。剣の使い方はもちろん、多種多様な魔法、さまざまな武器と攻撃方法、連携のしかたなどを、ミノタウロスは人間から貪欲に吸収していった。

 

 2

 

 「くそっ。あの野郎」

 いまいましげにつぶやきながら、ローガンは荒々しく赤ポーションを胸の傷にすりつけた。赤ポーションは迷宮の外では劇的な効果は持たないが、まったく効かないというわけではない。実のところローガンのザックには、こんな傷はたちどころに治せるアイテムもしまってあるのだが、今は使う気にならなかった。

 ことの起こりは天剣の息子と家宰がやってきた日から七日ほどのちのことだ。

 メルクリウス家の夕食に招待された。

 使者の口上によると、パーシヴァルの思い出話を聞かせてもらいたいということだった。

 それはたぶん、ユリウス自身が望んだことなのだろう。

 ローガンはこの申し出を承諾し、メルクリウス家を訪ねてパーシヴァルの若いころの活躍について語った。ユリウスは目を輝かせながら聴き入っていた。酒も料理もうまかった。

 その部屋にはパンゼルもいた。やはりメルクリウス家で雇用したようだ。いや、ただの雇い人ではない。家宰はこの少年を常に手元に置いているようだ。鍛えればものになる素材だと考えたにちがいない。その点、ローガンもまったく同感だった。

 招きは一度ではすまず、二度、三度と重なった。ユリウス少年は、毎日でもローガンを呼びたいようだったが、いくら王都とミケーヌが目と鼻の先の近間だといっても、ギルド長の仕事は多く、そうそう出かけてはいられない。せいぜい七日に一度か十日に一度の訪問となった。もう十回は越えているだろう。

 前回の訪問のとき、ローガンの武器がバトルハンマーだと聞いたユリウスが質問した。

 「バトルハンマーとは、どういう武器なのですか

 家宰の許しを得て、ローガンは現物を出してみせた。それに家宰が解説を加えた。

 「わざはいりませんが、威力はすさまじく、大力たいりきの戦士でなくては扱えません」

 この言い方に、ローガンはかちんときた。

 「へえ。わざはいりませんが、だと。そんならわざをみせてやろうか」

 闘技場に場所を変え、ローガンはパン=ジャ・ラバンと対峙した。パン=ジャは長剣を使った。

 もちろん勝負はローガンの勝ちだった。剣を三本たたき折ってやり、あばら骨を二、三本へし折ったところで、家宰は降参した。

 ところが昨夜、食事のあと、家宰は性懲りもなく挑戦してきた。しかもおとなげなく、家宝だか何だか知らないが、やたら頑丈な長剣を持ち出してきた。

 信じられないことに、その長剣は、ローガンのバトルハンマーとまともに打ち合わせても折れなかった。それで剣を折ることにむきになったのがいけなかった。すきを突かれて胸を大きく斬り裂かれ、今度はローガンが降参するはめになったのである。

 もちろん次回はこうはいかない。バトルハンマーのわざの本当のすごみを、あのくそじじいに思い知らせてやるのだ。

 「ギルド長」

 「あとにしろ、事務長。今わしは機嫌が悪いんだ」

 「勅使です」

 「はあ

 「国王陛下よりの密勅を携え、スティンガー子爵がご来訪なさいました」

 

 3

 

 スティンガー子爵は、奇怪なミノタウロスについてギルド長の知るところを聞きたいと言った。

 ローガンは知っていることを話した。

 子爵は、行方不明となっているギル・リンクスについて、ことさらにくわしい情報提示を求めた。そして、ギル・リンクスはミノタウロスに命を奪われたと考えるかどうか聞いた。

 ローガンは今回のいきさつについて知っていることを隠さず伝え、あのミノタウロスが大魔法使いを倒したとは思えない、と意見を述べた。

 ミノタウロスがいかに特殊個体の強者であっても、ギルなら遠距離からの攻撃魔法一撃で勝負をつけることができる。防ぎようがない。

 アレストラの腕輪を、ちょうどそのころミノタウロスが所持していたように思われるが、あれは天剣とその息子以外の人間には使えない。ましてモンスターには仕えない。

 かりに使えたとしても、直接攻撃以外にもギルにはいくらでも魔法の使い方がある。

 さらにいえば、ギルは近接戦闘においても達人である。

 こうしたことを述べ立てた。

 「だが、ギル殿の命の波動は失われたのであろう」

 「それはそうです。けれどわしには、ギルが死んだとはどうしても思えんのです。わしの目にみえないどこかに行ってるんだと思うことにしたんです」

 この日は密勅の中身は明らかにならなかった。

 翌日再度子爵がやってきて、王命を伝えた。ミケーヌ冒険者ギルド長の名でミノタウロス討伐依頼を出べし、という内容だ。実際に金を出すのは王であるが、王の名は出してはならない。提示された報酬は、ギルドをいくつも買い取れるような金額であった。また、ローガンが受け取る手数料もとてつもなく高額だ。

 討伐の表向きの理由は、ギル・リンクスを殺害したと思われるモンスターを討伐し、その遺産を回収することとなっていたが、おそらく本当の理由はほかのところにあるとローガンは推測した。

 スティンガー子爵の話だけでは情報が充分でないと考えたローガンは、ご命は承ったがその報酬は金額が高すぎて不審や不和を呼びかねないので、無理のない実施内容を考えるあいだ二日ほど待ってほしいと述べた。子爵は詳細については一任すると告げて帰っていった。

 王宮のなかのことは、すぐには探りにくい。ローガンは、パン=ジャ・ラバンに質問の手紙を出した。するとただちにパン=ジャ自身がギルドを訪ねてきた。

 「パーシヴァル様の命の波動が水晶球から失われて六十日ほどして、当家は死亡を届け出、家督相続を願い出た」

 根回しなどにそれだけ時間がかかったのだろう。

 「早ければ五日、遅ければ七日程度で、その願書は陛下のもとに届いたはずだ」

 「てことは、およそ十日ぐらい前だな」

 「八日ほど前であろうな」

 「ふん。それで

 「このことについて理解してもらうには、いささかいきさつを知ってもらわねばならぬ」

 家宰の目つきは厳しい。他言無用だと念を押しているのだ。

 ローガンは、しっかりした目つきで家宰の目をみつめかえし、うなずいた。

 それから家宰は、推測を交えつつ、一つの物語を物語った。

 

 4

 

 先王の第二王妃は、娘を産んだあと王の勘気にふれ、謹慎を命じられた。

 以後、後宮の奥まった一角に、こどもともども押し込められたが、これは実は母娘に平穏な暮らしをさせようとする先王のはからいであった。

 その思いを現王も引き継いでおり、表面上はこの異母妹をうとんじる態を装いながら、実際には深い愛情を抱いていた。

 後宮の奥深くでひっそりと生涯を終えるはずの異母妹が、奇跡のような出会いをして、若者と恋に落ちた。

 なんと、その若者は、現王がその武勇と清廉を愛してやまぬ、メルクリウス家の若き当主であった。

 若者が、恋人の正体を知らぬまま王の前に額づいて結婚の許しを懇願したとき、王は生きていることの楽しさを生まれてはじめて味わう思いがした。

 王は、王家からの正式の降嫁という形を取らず、妹が有していた従属家名を使って結婚させた。王家の一族として扱わないという王の意志を示すために。

 二人のあいだに男の子が生まれたと聞いたときには、喜びのあまり勅使を発しようとして、側近にいさめられた。

 万一にも、その赤子が、いくつかの条件さえ整えば王位継承権第六位を主張できる立場であると、大貴族たちに思い出させてはならなかったからである。

 そんな王のもとに、パーシヴァル・メルクリウスが病死したという知らせが届いた。

 王は仰天して、ひそかに事情を調べさせた。

 そして、パーシヴァルをミノタウロスが殺したと知った。

 あの幸せそうだった妹が、未亡人となった。

 今まで会うことのできなかったかわいいおいは、父のない子となった。

 王にとってミノタウロスは、仇敵きゆうてきそのものとなった。

 しかし、一貴族のあだを討つために騎士団を差し向けることはできない。

 そもそも、パーシヴァルが迷宮でモンスターに殺されたなどと、公に言うことはできない。

 そこで、王家に対しても王国に対しても功績のあるギル・リンクスの死に関わったと思われるという理由で、王の資産から賞金を出してミノタウロスを討伐することになったのだ。むろん、内々のこととしてである。

 「なるほどねえ」

 ローガンは討伐報酬をほどのよい金額に設定して、ギルド一階の依頼版に依頼票を張り付けた。

 ほどのよい金額とはいっても、たった一体のモンスターを討伐する報酬としては破格であり、受注者は次々に現れた。

 このときローガンは、近いうちにミノタウロスは討伐されるだろうと思い込んでいたのである。

 

 5

 

 下層に降りるほどに戦闘は苛烈になり、ミノタウロスは何度も死にかけた。

 特に、最下層である百階層のボスと戦ったときは、無残な敗北を続けた。

 それでも、鍛え直して再挑戦を続け、ついには、このメタルドラゴンを倒すことができた。

 ありがたいことに、いつのころからか強い人間たちのパーティーが、立て続けにミノタウロスを襲うようになっていた。ミノタウロスは、彼らを殺し続けることでレベルを上げていくことができ、わざを学び、アイテムを充実させ消耗品を補給することができたのである。

 一度倒したあとも、何度もメタルドラゴンと戦った。

 強敵である、ということもさることながら、このメタルドラゴンは、倒すたびにちがう種類のすばらしい剣をドロップした。

 次々と出てくる剣を楽しみに、殺して、殺して、殺し続けた。

 長剣での戦い。

 短剣での戦い。

 スキルを多用した戦い。

 長期戦。

 超短期戦。

 さまざまな戦い方を試した。

 百回目に殺してから、メタルドラゴンは湧かなくなった。

 まるで、迷宮が、メタルドラゴンに変わってミノタウロスが最下層のボス部屋の主となることを認めたかのように。

 ミノタウロスは、最下層のボス部屋にとどまった。

 もはや戦いたいモンスターはいない。

 戦うべき相手がいるとすれば、それは人間である。

 人間は、次々にやって来た。

 だが、ミノタウロスの飢えは、まだ治まっていない。

 本当に戦うべき敵、本当に倒すべき敵は、まだやってきていない。

 その敵と戦うときのために、もっともっと強くならなくてはならない。

 

 6

 

 ミノタウロスが最下層のボス部屋に君臨していることが判明したのは、最初にこの怪物が出現してから二年後のことである。

 高額な報酬にひかれて、ミノタウロス討伐に挑む冒険者は尽きることがなかった。

 不敗のモンスターの噂は次第に広まってゆき、遠方からも挑戦者はやってきた。

 ミノタウロスに敗れて死んだ冒険者が三百人を越えたとき、ギルド長の立場上、さすがに討伐依頼を取り下げざるを得なかった。

 そしてこのことの責任をとるという名目で、ギルド長を引退した。後任は事務長のイアドールである。

 冒険者出身でないギルド長の誕生に冒険者たちは驚いたが、ギルド職員のあいだには、この人事をあやしむ声はなかった。

 ローガンはメルクリウス家に身を寄せた。冒険者ギルド長などという忙しい仕事はやめて、メルクリウス家の食客になれと、ずいぶん前からパン=ジャ・ラバンに誘われていたのである。成長著しいパンゼルに稽古をつけてやる楽しみもある。何よりメルクリウス家は居心地がいい。

 新ギルド長のもと、時を置いて再び賞金が掛けられた。

 いくつもの強力なパーティーが、この大いなるモンスターの討伐を志した。

 倒れた者もあり、引き下がった者もある。

 とりわけ執念を燃やしたのは、アイゼルという魔法使いである。

 結局、彼も死んだ。

 ミノタウロスは、サザードン迷宮最下層に、いまだ健在である。

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257pt

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