迷宮の王 | 第1章 ミノタウロスの咆哮
shienbis

8話 下層への挑戦

 

 1

 

 「ローガン殿。ここで着替えさせてもらってよいかな」

 「は、はあ どうぞ」

  メルクリウス家の家宰は、主君に会釈すると、その場で上着とズボンを脱ぎ、ザックから軽鎧を出して手際よく着替えた。

 (ザックだと

 (この家宰は冒険者上がりか

 (いや。そんなはずはない)

 (こいつからは骨の髄まで貴族だという匂いがただよってくる)

 (つまり貴族であり騎士でありながら)

 (あえて恩寵職に冒険者を選んだわけか)

 (おっと)

 (ぐずぐずしている場合じゃない)

 「わしも失礼させてもらいますわい」

 ユリウスとパン=ジャに会釈すると、ローガンも服とズボンをザックにしまい、革鎧を出して身に着けた。

 パン=ジャはラックに掛けられた外套と帽子もザックに収納した。そしてユリウスの外套を手に取り、ユリウスを立たせた。

 

 2

 

 ギルドの前にメルクリウス家の馬車が止まっていた。

 馬車の横には騎士が控えている。相当腕利きの騎士だ。

 「ローガン殿も馬車に乗られよ」

 「いや、迷宮はすぐそこですからな。わしは歩きますわい」

 「そうであるか」

 少年と家宰が馬車に乗ると、ローガンは先導して歩き始めた。騎士は何も言わず馬車の斜め後ろについた。

 迷宮の入り口に近い場所で、人の邪魔にならない場所に馬車を誘導した。

 馬車からは家宰と魔術師風の男が降りてきた。御者は御者台から動かないし、騎士は馬車のドアの前に立った。つまりユリウス少年はここで待つのだ。

 「ローガン殿。この者はスカントと申す。刻印術師だが、多少は攻撃魔術も使えるし、対魔法防御魔法が使える」

 「それは心強いですな」

 家宰はザックから長剣を取り出していた。

 (すごい風格だのう)

 (Aクラス上位)

 (いや、ひょっとするとSクラスなみかもしれん)

 ローガンもザックからバトルハンマーを取り出した。

 「さて。行きましょうか」

 「うむ」

 ローガンが迷宮の入り口目指して歩き始めると、斜め後ろに家宰がつき、その後ろに刻印術師がついた。不思議なことに、三人の歩みにはある種の一体感がある。

 (この三人なら)

 (六階層どころか)

 (九十階層でも探索できるかもしれんて)

 (久しぶりに血が騒ぐわい)

 「おおっ」

 突然、刻印術師が声を上げた。

 迷宮から誰かが出て来た。その影はひどく小さい。

 (なんであんなこどもが

 迷宮一階層には恩寵職がなくても入れる。だから食い詰め者が銅貨めあてに一階層に踏み込むことはある。

 そういう者は、たいてい死ぬ。

 一階層のモンスターであるとげねずみは、敵意を向ける相手に襲いかかる。よほど戦いに慣れた者でなければ、のべつまくなしに敵意を振りまいて、無数のとげねずみにたかられてかじり殺される。

 ミケーヌの街では、親がこどもを叱るのに、言うことを聞かないと迷宮の一階層に放り込むぞ、と言うのである。

 ローガンがいぶかるうちに、刻印術師がこどもに駆け寄る。

 黒い目と黒い髪をした、七歳か八歳くらいの少年だ。顔も体も薄汚れて傷だらけである。右手にぼろぼろのナイフを、左手に腕輪を持っている。

 「あった ありましたぞっ」

 こどものそばに駆け寄った刻印術師が叫ぶ。ローガンと家宰もこどものすぐそばまで歩み寄った。

 (ほう)

 (このこども)

 (三人のこわもてに取り囲まれてるってのに)

 (警戒はしていても)

 (おびえがないわい)

 家宰が身をかがめてこどもと目線を合わせた。

 「すまんが、その腕輪をみせてもらえぬか」

 少年は、すっ、と腕輪を差し出してきた。

 それをひとしきり眺めた家宰は、腕輪をいったんこどもに返し、立ち上がって馬車のほうに合図をした。

 騎士がユリウス少年を連れてやってくる。

 家宰は若い主君に礼をした。

 「この少年がアレストラの腕輪を持っておりました」

 ユリウスの目が輝いた。

 家宰は片膝をついてしゃがみ、目線を少年に近づけて言った。

 「私はパン=ジャ・ラバンという。そなたの名は

 「パンゼルといいます」

 少しも臆するところのない、しかし礼儀正しい物腰である。

 かすかに家宰の口元がゆるんだような気がした。

 「そなたは迷宮でその腕輪を手に入れたのだな

 「はい」

 「どのようにして手に入れたのか、教えてもらえるかな」

 「ぼくは、病気の母さんのために銅貨が欲しくて、迷宮の一階層に入っています。今日が三度目です」

 (三度目だと

 (なら偶然生きて出られたわけじゃない)

 (ということはこのガキは)

 (ターゲットにしたとげねずみには敵意を向けながら)

 (周りにいるとげねずみは無視してのけたことになる)

 「今日二匹目のとげねずみを倒すと、二枚も銅貨が落ちました。それを拾って顔を上げると、目の前にいたんです」

 「何がいたのかな」

 「怪物です。たくましい人間のような体を持ち、牛のような頭と角を持っていました」

 「それはミノタウロスと呼ばれているモンスターではないかな」

 「そうなんですか 名前は知りません。右手に短剣を、左手にこの腕輪を持っていました」

 「短剣と腕輪……か。それで、どうなったのだね」

 「戦わなければ殺されると思いました。だからナイフを構えて飛びかかりました」

 「ほう」

 (飛びかかっただと

 (普通のミノタウロスでも)

 (一般人がみたら小便ちびる恐ろしさだ)

 (しかも今回のミノタウロスはどう考えても特殊個体だ)

 (それに飛びかかっていったってのか

 「ぼくの身長では、足のこのあたりにしか届きませんでした」

 こどもは、自分の足のふくらはぎを腕輪でたたいてみせた。

 「力を使い果たしたぼくは、そのまま気を失ってしまいました」

 「なに それで

 「目が覚めると、台のようになった岩の上に寝ていて、おなかの上にこの腕輪があったんです。高そうな腕輪なのでお金になるかなと思って、迷宮の外に出たら、あなたたちに話しかけられました」

 こどもの話はそれで終わりのようだった。

 「この腕輪はそなたが迷宮から持ち帰った物ゆえ、迷宮の習いにより、そなたの所有物となる。が、この腕輪は、これなる若様の父君ご愛用の品にして、わが家の家宝たるべき品なのだ。しかるべきあたいで譲り受けたいが、いかがであろうか」

 パンゼルと名乗ったこどもは家宰の目をみつめ返し、次にユリウスをみた。

 「この腕輪は、あなたのお父さんの物ですか

 ユリウスは、うなずきつつ、うん、と返事をした。

 ユリウスはパンゼルより少し体が大きいし、たぶん年も少し上だ。だが、パンゼルのほうがおとなびてみえる。

 「では、腕輪はあなたにお返しします。お金はいりません」

 パンゼルはユリウスに腕輪を差し出した。

 ユリウスは、はじけるような笑顔をみせて、腕輪を受け取った。

 「ありがと、パンゼル殿」

 家宰がローガンに目配せをして、少し離れた場所に誘導し、小声で話しかけた。

 「ローガン殿。腕輪が戻った。助力に感謝する」

 「いえ。わしは何もしとりません」

 「貴殿の協力でしかるべく対処をするなかでこの結果が得られたのだから、やはり貴殿の助力には価値があった。ところで、腕輪が戻ったことを取り急ぎ家に戻ってご報告せねばならぬ」

 誰に報告するのかといえば、たぶん天剣の妻だろう。つまりユリウスの母親だ。王家の血を引く姫のはずである。いやす

 「なるほど。ごもっともです」

 「パーシヴァル様が亡くなられたことは、もう多くの冒険者が知っているのであろうな」

 「いえ。アイテムを拾った冒険者たちには、落とし主の情報は与えておりません。ギルドの職員たちには箝口令かんこうれいを出しております。なんといってもパーシヴァル様が亡くなられたとしたら大事件です。もしまちがいだったりしたらえらいことになる」

 「なんと。それはかたじけない。痛み入る」

 「ただ、こういうことは隠していても段々と噂になるもんです。あのアイテムの落とし主が相当な身分のかただということは、隠しようがありません。貴族で冒険者なんてやってる人は、そうはおりませんから、推測するやつはするでしょう」

 「それはかまわぬ。ただ、パーシヴァル様の死はギルドから正式には発表しないでいただけるとありがたい」

 噂はどれほど広がっても噂だ。ギルドが公式に天剣の死を認め、それが王宮に知られると、メルクリウス家は困るのだろう。

 「それはいいんですが、遺族からアイテム買い取りの申し出があったことは、拾得者たちに言わんわけにいかんです。名前を伏せることはできます」

 「ローガン殿。当家では病死として届け出る。そして、ユリウス様が問題なく家督を継承なされるよう、多少の根回しをする」

 「なるほど。わかりました。パーシヴァル様が迷宮で亡くなられたことを、うちのギルドが公式に認めることはいたしません」

 「かたじけない」

 家宰は深々と頭を下げたあと、言葉を継いだ。

 「明日、家臣を二名差し向ける。刻印術師のスカントも一緒に。その者たちを六階層まで案内してくれる冒険者を手配してもらいたい」

 「承知しました」

 ローガンは天剣本人から聞いたことがあるのだが、これまで公式行事や参内をさぼるについては、病気のためと理由を届け出ており、パーシヴァルは書類上「病弱」ということになっているらしい。迷宮に籠もっていたことは、宮廷でも周知の事実であるだろうけれども。

 

 3

 

 家宰はパンゼルに住まいの場所を聞き、生活ぶりを聞きだしていた。そして、腕輪の礼はあらためてするがこれは約束のしるしだと言って銀貨を一枚渡していた。

 それにしても、どうしてお金はいらないのかという質問に、パンゼル少年は、

 「だって、お父さんの物が人の物になっていたら、悲しいです」

 と答えていたが、そんな経験があるのだろうか。

 いずれにしても、この家宰なら悪いようにはしないだろうとローガンは思った。

 そのあといくつか打ち合わせをして一行と別れ、ギルド事務所に戻った。

 ギルド長執務室の机には、これでもかとばかりに書類が積まれていた。

 (俺がいなくても事務長なら)

 (こんな仕事の八割は片をつけられるはずなんだがなあ)

 その夜は遅くまでかかって仕事をこなした。

 翌日の朝となった。

 出勤したローガンを、メルクリウス家の使いが待っていた。

 使いは、買い戻し品のリストを持ってきていた。

 家宰は、消耗品以外のほとんどを買い戻す気になったようだ。

 (あのユリウスってぼうやが)

 (お父さまの遺品はみんな取り戻してください)

 (か何か言ったんだろうな)

 査定を待たず、金額まで書き添えてあった。普通に査定するより高い値段を付けている。めんどくさいことはいいから早く買い戻したいということだろう。

 (すげえ値段を付けてるなあ)

 (これなら拾得者から文句は上がらんだろう)

 そのなかでもライカの指輪、エンデの盾、ボルトンの護符の三つの恩寵品には、びっくりするような高い値が付けられている。だが、ローガンは、それでも本来の価値からすればずいぶん安い値なのではないかと思った。

 (エンデ)

 (エンデ)

 (どっかで聞いたことがあるような気がするんだがなあ)

 (待てよ)

 (ゴルエンザ帝国の東方で信仰されている竜神が)

 (たしかそんな名じゃなかったか

 約束の時間通りに、メルクリウス家の騎士二人と刻印術師がやってきたので、待たせておいたベテランスカウトに引き合わせた。中層なみの手間賃を払うことに家宰が同意したので、よい案内役をすぐにみつけることができたのだ。

 一行を送り出したあと、書類の山に向かった。だが、いろいろなことが心をよぎって、仕事に集中できなかった。

 パンゼル少年の証言からすると、アレストラの腕輪はやはりミノタウロスが持っていたと考えられる。不思議な話ではあるが、考えてみれば一番納得できる結末でもある。

 もっとも、そうすると、やはりパーシヴァルを倒したのはミノタウロスなのか、ということになってくる。

 ミノタウロスが持っていたという短剣がカルダンの短剣なのだろうか。

 斧ではなく短剣を持つミノタウロスというのは、ひどく想像しにくい。

 思いをめぐせらせていると、いつのまにか夕刻になっており、メルクリウス家の騎士があいさつに来た。

 結局十一階層まで探索したが、刻印をほどこしたアイテムはみつからなかったという。

 「ギル・リンクス殿から、探索のご報告はありませぬか」

 「まだ何も言ってきませんわい。王宮にいろいろ用事があったようだし、こちらに顔を出す時間が取れんのでしょう。何か言ってきたら、家宰様にご報告します」

 「よろしくお願いする」

 ユリウスの命で、一行は六階層に花束を置いてきたという。

 結局何もわかっていない。

 何も解決していない。

 だが、ありがたいことに、このミノタウロスは、めったに人を襲わないようだ。

 何しろ、数多い目撃証言のすべてで襲ってこなかったことが確認されている。

 攻撃を仕掛けたパンゼル少年さえ無事だったのだ。

 人を襲わないミノタウロスというのは、それはそれで奇怪であるが。

 とにかく、あせってもしかたがない。

 「一杯飲るか」

 棚から焼き酒を出し、わんの入った引き出しを開けた。

 椀の手前に、セルリア貝が置いてある。忙しさにかまけて結局まったく確認していなかった。ギルが死ぬわけはないから、確認するといっても、むだなことなのだが。

 引き出しを開けた瞬間、ローガンは凍りついた。

 そこには確かにセルリア貝があった。

 そして、ギルの命を映す青紫の光は失われていた。

 愕然としたローガンは、震える手で貝殻を持ち上げようとした。

 力加減を間違えたか、その指先で貝殻は砕け散った。

 世界が崩れていくような気がした。

 

 4

 

 パン=ジャ・ラバンの心は喜びと期待に満ちていた。

 当主パーシヴァルを失ったことは痛恨の極みではある。しかしパーシヴァルは、その思考もありようも巨大にすぎて、パン=ジャのような常識人には推し量ることさえできなかった。

 戦うことしかできない無骨な貴族だとパーシヴァルをみる者は多い。その者たちは、何もわかっていない。パーシヴァルほどすぐれた洞察力と政治感覚を持った貴族は、この国にいないのではないかと思えるほどの人物だった。ただし熟慮のすえ、パーシヴァルはその能力を発揮しない道を選んだのだ。それがこの国の安寧のためだと判断したからだ。

 迷宮探索はパーシヴァルの趣味であり、隠れ蓑だった。趣味に生き、趣味に死ねたのだから、本望だろう。とにかくパーシヴァルは、あれこれパン=ジャが心配して守らねばならないような存在ではなかった。

 パン=ジャの最も重要な使命の一つは、ユリウスを支える家臣団の養成にある。それなりの陣容が整ってきてはいる。武芸や知力や知識にすぐれた者、何らかの技術に長じた者たちが集ってきており、全体としての連携もできるようになってきている。しかし家臣団全体をみわたしたとき、いまひとつ線の細さが不満だった。

 そこに現れたのがパンゼル少年だ。

 まだ幼くはある。どのような能力を開花させるか未知数ではある。しかしこの少年こそ自分が探し求めていた人物だと、パン=ジャは直感していた。

 パーシヴァルが死に、その遺品のなかにアレストラの腕輪がみあたらないと知ったとき、パン=ジャは困惑を覚えた。

 パーシヴァルが、そのようなことをするわけがないのだ。腕輪を紛失し、愛しいユリウスを窮地においやるようなことを、あのパーシヴァルがするわけがないのだ。

 だから迷宮の入り口でアレストラの腕輪を持ったパンゼル少年と出会ったとき、ああ、これはパーシヴァル様が差し向けてくださった少年なのだ、腕輪はその証しなのだと知った。迷宮を愛したパーシヴァルが、迷宮でみつけた少年なのだと思った。

 少し話をしただけで、少年の人品がすぐれたものだとわかった。そして今パン=ジャは、少年をメルクリウス家の家臣として迎えるため、少年の母に会おうとしている。

 パンゼル少年は留守だった。

 家には母が一人でいた。

 母親はベッドから起き上がり、パン=ジャを迎え入れた。そしてパン=ジャが名乗ると、主君に対する礼をもってパン=ジャを拝したのである。

 「お会いできることがあろうとは思っておりませんでした。アドル・ス・ラ・ヴァルド様」

 パン=ジャは、天と地が逆さになったかと思うほど驚いた。

 その名を覚えている者がいることが、まず不思議であり、まだ生きていると考える者がいることは、さらに不思議だ。

 まして自分がそうだと知る者など、いるはずがなかった。

 だがこの女性は知っている。

 「わが夫は、エイシャ・ゴランの孫にございました」

 なんということだ。では、パンゼル少年は、エイシャ・ゴランの曾孫なのだ。すべてをなげうってパン=ジャを生き延びさせてくれた、あのエイシャ・ゴランの。

 さしものパン=ジャ・ラバンも言葉を失い、しばし呆然ぼうぜんとたたずんだのである。

 

 5

 

 ミノタウロスは、五十階層のボス部屋にいた。

 最上階層にたどりつき、下層を目指すことを決意したとき、短剣は左肩の上の収納庫にしまい、人間三人と戦ったときに得た長剣を取り出して右手に持ち、進撃を開始した。

 とにかく階段を探して下に降りてきた。

 いくつかの階ではボス部屋に足を踏み入れたが、ミノタウロスの飢えを癒やす強敵はおらず、やっと手応えが出てきたのは、三十階層あたりからだった。

 この五十階層のボスは、巨大なリザードマンだった。

 両手に曲刀を持ち、威力と速度と技巧のある連続攻撃を仕掛けてきた。すきあらば足蹴りや頭突きも飛び出すし、尻尾は恐るべき威力を秘めていた。

 ミノタウロスは、ひどくこの敵が気に入った。長時間の戦いを楽しむうちに長剣が折れたので、三十階層のボスから得た巨大な棍棒で、とどめを刺した。

 棍棒も悪くない。しかし、ミノタウロスの興味は、剣に向いていた。

 あの剣士のわざが目に焼き付いて離れない。剣こそは高みを目指すものの武器だと得心せざるを得ないわざだった。

 だが剣は、刃先がもろい。棍棒との打ち合いで相当刃こぼれが生じていた。

 そして折れやすい。ミノタウロスが渾身の力を込めて振れば、普通の剣では折れるしかない。

 大きく、重く、頑丈で、思いっきり振り回して相手をたたき切ることのできる剣が欲しいと思った。

 リザードマンが消えたとき、持っていた二本の曲刀も一緒に消えたが、あとに、より大きく、より美しい曲刀が現れた。

 ミノタウロスは、座り込んで、しげしげと戦利品を眺めた。

 もう少し大きく、もう少し重ければなあ。

 だが、美しい剣だ。

 強い力を感じる。

 ミノタウロスは、その曲刀を、当面の武器にすることに決めた。

 少し考えたあと、右手に曲刀を持ったまま、地面に置いていた棍棒を左手に取った。

 右手に、刀。

 左手に、棍棒。

 ミノタウロスは、リザードマンの二刀流の剣技を思い出しながら、この二つの武器を両手に持って戦うおのれの姿を思い描いてみた。

 気配がした。

 ミノタウロスが首をめぐらせて入り口のほうをみると、六人組の冒険者が部屋に入ってくるところだった。

 盗賊剣士、剣士、魔法使い、アーチャー、神官戦士、魔法戦士という組み合わせである。油断なく戦闘隊形をとりながら、言葉を交わしている。

 「おい。あの転送屋、五十階層と十階層を、間違えやがった」

 「いや、そんなはずないって。部屋の外は確かに五十階層だったよ」

 「じゃ、なんで、牛頭がいるんだよっ」

 「うーん。持ち場を交換したのかなあ」

 「お、なるほど。モンスターだって、同じ部屋で同じように殺され続けたら飽きるもんなあ。たまには、ちがう部屋で、ちがうレベルの冒険者に殺されたいよなあ。って、あほかっ」

 「どうでもいいけど、こいつ、ミノタウロスと思えない強さだわ」

 「そうだねえ。それに、くれる物くれるんなら、牛頭だろうがトカゲ野郎だろうが、どっちでもいいさね」

 「いや、ミノは、ドロップしょぼいですから」

 「ほっほっほ。そうでもないようじゃ。みなされや。右手には鮮血のシミターを、左手にはタートルクラッシャーを持っておる」

 「恩寵品が二つですか。しかも、片方は、レアドロップ。なかなか、もてなしの心を知ったミノタウロスですね。アースバインド」

 冒険者たちは、むだ口をたたきながら、じりじりとミノタウロスとの距離を詰め、最適な距離に入った瞬間、いきなり戦闘を開始した。

 指示も打ち合わせもなくこうした行動が可能であるのは、このパーティーの連携が練り上げられていることを示している。

 ミノタウロスは、足止めの魔法が発動する瞬間に、ごく小さく跳躍し、発動を不発に終わらせる。

 魔法使いは、短く詠唱して、まず盗賊戦士に、次に剣士にヘイストをかける。

 攻撃速度と移動速度を上昇させる付与魔法である。

 盗賊剣士は、ミノタウロスの左側に回り込むと、左手でフラッシュ・パンチを投げ付け、右手で脇腹めがけてサーベルの小刻みな突きを仕掛ける。

 神官戦士は、奉ずる神に祈りを捧げつつ、剣士に息を吹きかけた。わずかな時間、魔法防御と物理防御を大きく上昇させる魔法である。

 ぱぱぱぱぱぱっ。

 ミノタウロスの、顔のすぐそばでフラッシュ・パンチが発動し、続けざまに破裂音を発しつつ小さな閃光がはじける。ただそれだけのアイテムであるが、動物系のモンスターはこれをいやがる。

 ところがこのミノタウロスは、閃光にも破裂音にもまったく頓着せず、左手の棍棒を振って盗賊戦士を牽制けんせいした。

 同時に右手の曲刀を斜めに振り下ろし、剣士の首を斬り飛ばす。

 曲刀の軌道が空中で直角に曲がり、神官戦士の左肩を切り裂く。

 ミノタウロスが頭をかがめ、その頭上を魔法矢が通り過ぎる。

 しゃがんだ反動で前方に飛び出す。

 魔法戦士の放ったファイアー・ダガーが顔と胸に突き立つが、かわしも防ぎもせず、これを受け止める。あまりダメージも受けていない。

 ずっと後方で、魔法矢が泉に着弾し、巨大な水柱が上がり、大量の蒸気を生み出した。

 棍棒が石ころをはね飛ばす。

 低く突進して、二本の角で魔法戦士の体をとらえる。

 石ころの弾丸が、青ポーションを補給しようとしていた魔法使いの腹を直撃する。

 魔法戦士を頭に縫い止めたまま、なおも前に突進する。

 追いついた盗賊剣士のダガーが背中に刺さるが、すぐに抜け落ちた。

 ミノタウロスは、ポーションを取り落とした魔法使いにシミターを向ける。

 アーチャーが二本目の魔法矢の魔力を発動させ終わた。

 ミノタウロスが、直進から右前方へと、進行方向を急転換する。

 ミノタウロスの前の魔法使いと、頭にかつがれた魔法剣士が邪魔で、アーチャーは矢を発射できない。

 シミターが魔法使いの胴体を上下に斬り分ける。

 棍棒が唸りを上げて、アーチャー目指して投擲とうてきされる。

 「コール

 後ろで、神官戦士が唱えた。

 すると、アーチャー、魔法戦士、盗賊戦士が、神官戦士のもとに瞬間移動する。

 近距離限定のパーティーメンバー召喚スキルである。

 あっというまに二人を失ったパーティーは、この敵には勝てないと判断する。

 四人は手持ちの目くらましアイテムを総動員して、戦線を離脱して逃げたのであった。

 

 6

 

 「何言ってるんだい こっちは二人も仲間を殺されたんだよ あんな危険なやつがボスになってるんなら、なんで五十階層への転送を頼んだときに教えてくれなかったんだ

 「まことにお気の毒です。あらかじめ迷宮全般の情報を買っていただければ、当然、最近話題になっているミノタウロスのことは、お教えしました」

 「なら、なおさらさ 情報を買えって、ひと言教えてくれたらよかったじゃないか」

 「今このミケーヌの街では、子どもでもミノタウロスのことは知っております。まして冒険者となれば、どんな駆け出しでも情報を持っております。あのミノタウロスは、こちらから攻撃しない限り襲ってくることはないというのは、すでに常識となっております」

 「知らないよ、そんなことは こちとら、この迷宮に入るのは二年ぶりなんだ

 「五十階層に達していることは、当ギルドでも把握しておりませんでしたが、それもおそらく一時的なことで、順次下の階層に移動していくものと思われます。たまたまミノタウロスが五十階層のボス部屋にいたときにそこに突入なさったのは、不幸なことでした」

 「そのせいで、こちらは、強敵と知らずに突っかかっていったんだよ どうしてくれるのさっ」

 「では、はっきり申し上げます。これは、久しぶりにこの街に来たのに、何の下調べもせずいきなり五十階層に挑んだ、あなたがたの油断による失敗です。ボス部屋にいたのがリザードマンではないと気づいた時点で、引き返すこともできたはずです。あなたがたが攻撃するまで、ミノタウロスからは仕掛けてこなかったでしょう これは、あなたがたがご自分で選び取った危険です。迷宮への挑戦は自己責任で行うものなのです」

 アーチャーのディーディットには、事務長に言い返す言葉がなかった。

 このパーティーは、もともとこの街で腕を上げ、五十階層のボスを倒したのを機に、他の迷宮を探索しに旅に出たのだ。

 迷宮探索のほか、さまざまな依頼もこなした。経験を積み、クラスを上げ、よい装備も手に入れた。

 久々にこの街に帰ってきて、帰還の景気づけにと、ギルドを訪ねるなり、いきなり五十階層への転送サービスを頼んだのだ。

 負けるはずがないと思い込んでいた。

 自分たちは強くなったと信じていた。

 だから、どこに行っても最初に行う情報収集を、今回だけ、まったく行わなかった。

 五十階層のボスのことは、よく知っているから。

 油断があった。

 慢心があった。

 そのせいで、ずっと一緒に冒険をしてきた二人の友が死んだ。

 ディーディットは抗議と非難の言葉を失い、じっとこぶしを握り締めながら悔しさをかみしめるほかなかった。

 

 7

 

 そのころ、ミノタウロスはといえば、まだ五十階層のボス部屋にいた。

 リザードマンとの戦いが気に入ったのと、もう一本シミターが欲しかったので、再出現を待っているのである。

 岩壁にもたれて、先ほど戦ったパーティーのことを思い出していた。

 やつらは油断していた。

 こちらの力を低く考えていた。

 だから戦いを有利に進められた。

 しかし、油断していなかったら、どうだったろう。

 一人一人はそれほどの強さでもなかったが、あの連携というものはまことにたいしたものだ。

 人間は、わざの種類も多い。

 新しいわざを、いろいろみせてもらった。

 やはり人間は面白い敵だ。

 ミノタウロスは、次の人間との対戦を楽しみに待つことにした。

 相変わらず飢えは感じていたが、その飢えすらも楽しみの一部となっていた。

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