第5話 冒険者ギルド長の回想
1
結局、新たなパーティーを派遣できないまま夜を迎えたローガンは、翌朝になってギルドに出勤すると、ミノタウロスに関して手を打とうした。
ところがこの日は用務が立て込んで、それをこなしているうちに時間が過ぎ、夕刻となってしまった。
日帰りで浅い階層を探索していた冒険者たちが帰還し、報告が上がってくる。
今日は六階層でミノタウロスが目撃されている。人間との戦闘は発生していない。ミノタウロスがモンスターを倒していたという目撃情報はあったが。
ここ数日で、ミノタウロスの噂もだいぶ広まったようだ。ただし、こちらから攻撃しないかぎりあちらからは襲ってこないということで、この異常な出来事を深刻にとらえている者は少ないようだ。
次の日の朝、衝撃的な知らせがローガンのもとに届けられる。
死亡ドロップと思われる冒険者メダルとアイテムが受付に持ち込まれ、鑑定により、メダルの持ち主はパーシヴァル・メルクリウスと判定されたというのである。
2
ローガンは、一階に降りて受付に行った。
受付前の床に、天剣の死亡ドロップらしい品々が無造作に積み上げられている。とんでもない量だ。
ちらとみただけで、めまいのするほど希少なアイテムもあるのがわかる。
その周りを取り巻くように、二十人ほどの若い冒険者が立っている。
「あ、ギルド長。この冒険者メダルです。あのかたのものにまちがいありません」
「こいつらが拾ったのか?」
「はい」
「リーダーは?」
「こちらのモランさんです」
ギルド長はモランをみた。たしかDクラスのスカウトだ。
「リーダーってわけじゃねえ。俺がみつけたんだ。だけど持ちきれなかった。どういうわけか〈ザック〉に入らねえアイテムもあったし。だから通りがかった冒険者に手伝いを頼んだんだ」
「そうか。モラン。悪いが少しだけ待ってくれ。おい。このメダルをわしの前でもう一度鑑定してくれ」
目の前で鑑定させたが、やはりパーシヴァルのメダルに間違いなかった。
(それにしても、レベル九十八か)
(相当高いだろうとは思っていたが)
(まさかこれほどとはなあ)
迷宮で冒険者が死ねば、メダルとアイテムが残る。
メダルとアイテムを拾った者は、ギルドに届け出ることが義務づけられている。
拾ってから一か月たっても所有者本人が現れなければ、拾ったアイテムの半分は拾った人間のものとなり、もう半分はギルドのものになる。
所有者の遺族から願い出があった場合は優先的に買い戻しの権利が与えられるが、冒険者の遺族が金銭に余裕があることは、まれである。買い戻すとしても、ごく安価な物を形見として引き取るのが精一杯ということがほとんどであり、優良なアイテムが買い戻されることはあまりない。
ギルドの取り分を金銭で納めるか物納するかは拾得者に決定権があり、物納の場合でもアイテム選択の優先権は拾得者にある。
高価なアイテムには魔法による所有印が刻まれるのが普通であり、横領も横流しも調べられれば判然とする。
届け出さえすれば、まず間違いなく欲しいアイテムは合法的に手に入れられるのであるから、希少なアイテムほどちゃんと届けられるものなのである。
それにしても、ずいぶん量が多い。
レベルが上がるほどに、〈ザック〉の容量は増える。
この量は、尋常な冒険者ではとても収納しきれない量だ。
(やはり、死んだのか、天剣は)
ローガンは、モランとほかの冒険者から、メダルとアイテム発見の状況についてくわしく話を聞いた。
第一発見者がモランであるということに異議を唱える者はなかった。ほかの者は、一人金貨十枚の報酬を約束されて、アイテムの運搬を引き受けたのだ。
(金貨十枚か)
数えてみたら、モラン以外の冒険者は十八人いた。つまり金貨百八十枚という大金を支払うことを約束したわけだ。
本当にすぐれた品は、みかけが派手でないことが多い。たぶんこの若者たちは、このアイテムの数々が宝の山だと気づいていない。
モランは、早く鑑定をしてくれとせっついていた。無理もないことだ。本当に金貨百八十枚が支払えるのかどうか、気が気でないのでろう。だが鑑定と査定の結果を聞いたら、この若者たちは卒倒するかもしれない。
受付の係員に、取得者の権利について説明し規定通りに手続きを進めるよう指示をした。
また、アイテム鑑定の結果が出たら一覧表の写しを提出するよう命じた。
ギルド長の部屋に戻るべく階段に向かったが、その足は重かった。
急に老人になったように感じた。
(六階層だと?)
(あり得ん)
天剣が六階層を通ったこと自体は不思議ではない。
そもそも天剣は一度も転送サービスを使ったことがない。迷宮の深層まで走って降り、走って上ってくるのである。
しかし、天剣ほどの冒険者を倒せるモンスターが六階層にいるなど、あり得ない。
迷宮は何が起こるかわからない場所である。
迷宮深層では、天剣といえど単独では危険だ。
最下層のメタルドラゴンには、一対一ではさしもの天剣も敵わないだろう。
(だが、六階層だと?)
(ちがう)
(絶対にちがう)
モンスター相手におくれを取ったとは考えられない。ということは、相手はモンスターではないのだ。モンスター以外の何者かが天剣を殺した。おそらくは卑劣な罠や、仕掛けを使って。
まともに戦えば、何十人の敵といえど、さばけない剣士ではない。そして迷宮は、軍隊を一度に投入できる場所ではない。そこでは、一人一人の技と心が生死を決める。権力によって兵員や武器を大量投入して勝てる場所ではないのだ。
(だからこそ天剣は、迷宮を愛したのに)
(そこを唯一のすみかと定め、地上の栄華にも醜い諍《いさか》いにも背を向け)
(ただ冒険者であろうとしたのに)
(そんな天剣を殺しやがった)
(くそっ)
(どこのどいつが、どんな手で天剣をはめやがった?)
3
「ローガン! いるんじゃろう?」
はっとした。
ギルの声である。どうも何度か呼ばれていたようだ。
「す、すまん、ギル。入ってくれ」
ギル・リンクスが、扉を開けて部屋に入って来る。
ローガンは、立ち上がってギルをソファーに座らせ、自分もその向かいに座った。
「すまんな、来るのが遅くなって。王のほうでも、いろいろ、わしに用事があってな。話も長くなった。そのあと王宮に泊まり込んで、丸一日かけて、急ぐ用事だけ片づけてきたのじゃ」
しずかな声だった。聞いているうちに、激していたローガンの心も落ち着いてきた。
「そうか。あんたも大変だな。朝食は?」
「すませてきたよ。王と一緒にな。王子たちも同席した」
「たち?」
「うむ。最初は第二王子だけじゃったが、第一王子はお元気かとわしが聞いたら、王が召された」
「へえ! さすがはギルだ。王妃たちはご陪席かい?」
「第二王妃だけじゃったな。王が、第一王妃は風邪ぎみで今朝は遠慮している、と仰せられた」
「今朝も、だろう。それと、『第二王妃の申すには』ってのが抜けてるぜ」
「ふむ。おぬしの耳には、そのように届いておるのか」
「ちがうっていうのか?」
「それは知らん。ただ、第一王妃も第二王妃も心根は優しいかたじゃと思う。宮廷に、権力とその使い方をめぐって、さまざまな思いや立場があり、軋轢が生まれるのも無理からぬことではあるが、人を決めつけてみるのは、思考の放棄じゃ」
「う。同じようなことを、何十年か前に言われた記憶があるな」
「はは。人からみればあちらがモンスターだが、あちらからみれば人がモンスターだ、という話のことかの」
「それそれ。あんときは、ちょっとショックを受けたなあ。一番悪辣な盗賊より、人間がモンスターを扱うやり方のほうが非道だって、納得させられたんだからなあ」
「人が思う非道の基準からすれば、の話じゃ。モンスターにとっての幸不幸、正義と非道、善と悪、成功と失敗、獲得と喪失。それが人間と同じであるとは、わしも思わん。けれど、それでいて、人とモンスターとに共通することわりや価値も、どこかにあるとは思うておる」
「あんたは、人間以外とずいぶん付き合いがあるらしいからなあ。というか、あんたは、まだ人間なのか?」
「こりゃ、ひどいな。うむ。これを非道いというのじゃ」
二人は一緒に声を上げて笑った。いつのまにか、ローガンの気鬱も怒りも鎮まり、普段通りの明晰な思考力を取り戻していた。
「ところで、一階の受付近くで、殴り合いの喧嘩が起きておったが、あれは何じゃ?」
「は? 殴り合いの喧嘩? いや、聞いてない。今か?」
「何やら、荷物の運搬で、約束した金額では足りないから現物をよこせ、などと言っておったの」
「ああ。なるほどな。よくわかる話だ。あれはもめて当然だ」
「もめて当然とは、ギルド長の珍しい発言を聞くものじゃ」
「そうだ。そのことを聞いてもらわなくちゃならん。実は」
ローガンは事情を説明した。
そのうえで、天剣を罠にはめた卑劣な陰謀をどう暴けばいいのか、ギルに相談した。
「いや。それは順序がちがう」
「何の順序がちがう?」
「よく考えてみよ。事の発端は、妙なふるまいをするミノタウロスが目撃されたことじゃ。そのミノタウロスは確かに実在し、段々と上の階層に上ってきておる。アイゼルの娘たちのパーティや、パーシヴァル殿の行方不明も、その流れのなかで起きておる」
「それはそうだが」
「アイゼルの娘たちのパーティも、パーシヴァル殿も、ミノタウロスごときに倒されるとは思えぬが、かといって、今のところミノタウロス以外に探索すべき対象が明らかになったわけではない」
「いや、しかし」
「おぬしの言うように、パーシヴァル殿のことは人間世界の問題かもしれぬ。じゃがその場合、迷宮の外を調べることになる。おぬしの本務はどちらにあるのじゃ」
「う」
「いずれにしても、ミノタウロスが本来の活動場所を離れて移動しているのは異常なことにはちがいなく、放置できぬ。そうではないか?」
ローガンは返事をしなかった。ミノタウロスの奇妙なふるまいなど、パーシヴァルが殺されたことに比べればたいした問題とは思えなかったのだ。
「まずは、ミノタウロスを発見するのじゃ。そして、倒すのじゃ。そうしてみて、パーシヴァル殿の件との関連性がそこにみえなければ、そのときあらためて探索と検証を進めればよいのじゃ」
この言葉を消化するには、いささか時間が必要だった。長い沈黙のあと、ローガンはしっかりした声音で返事をした。
「おっしゃる通りだ。まずはミノタウロスに当たらねばならない」
「うむ。今からわしが迷宮に入る。一階層から順に十階層までを探索し、ミノタウロスを探し出して撃滅する」
ありがとうとも、申し訳ないとも、ローガンは言わなかった。この人物に対しては、逆に失礼に当たると思ったからである。
ただ深く頭を下げた。
「これを渡しておこうかの」
ギルの右手には、耳ほどの大きさの、多層殻を持つ貝殻が握られていた。
「これは……セルリア貝?」
「そうじゃ。セルリアの花によく似た色をしておるじゃろう。セルリアの花言葉は、乙女の恋心というらしい。まこと恋する乙女のような、淡く、切なく、はかない色をしておる」
「おおお? 急に詩人だな。何か、思い出でも?」
冷やかしのように尋ねるローガンに、昔な、と心のなかで返すと、ギルは、虹色に輝く貝殻を顔に寄せ、白い口ひげを揺らして、ふっと息を吹き込んだ。
すると、貝殻の内側に青紫に輝く光の球が生じた。
「今、この貝に、わしの命の波動を記憶させた。この光の球が輝くかぎり、わしは生きておる」
「おいおい。わしより早く死ぬつもりか? というか、あんた、冥界の王に恩を売って、死なない体にしてもらったんじゃないのか?」
「ははは。噂とは面白いものじゃな」
この置き土産はローガンに安堵を与えた。
安堵する自分の心をみつめて、ローガンは、自分が天剣の死に、いかに動揺していたかを知った。同時に、ギルの思いやりをかみしめた。
「ありがとう、ギル」
にっこり笑って瞬間移動を発動させかけた大魔法使いは、ふと思いついたように言った。
「幸せな死に方があるかどうかは、わしは知らん。けれども、このように生きたいという生き方をみつけることができ、死に至る最後の瞬間まで、そのように生き切ることができたとしたら、それは幸せな人生であったといえるじゃろう。人生の値段は、本人以外にはつけられぬ。他人がつける値段は、死体の値段か、さもなくばその他人にとっての思い出の値段じゃ」
まるで遺言のように言い残し、ギル・リンクスは戦いにおもむいた。
4
ローガンがギル・リンクスと出会ったのは、およそ四十年も昔のことである。
大陸南部のシェラダン辺境伯領の小さな街のギルドで、報酬をめぐってギルド職員ともめごとを起こしていたローガンに、助け船を出してくれたのがギルだった。
ギルはそのころすでにSクラスだった。冒険者としての常識を丁寧に教えてくれたので、ローガンも自分の間違いに気づき、謝罪した。
そのうえでギルは、ギルドが予定外の依頼をあとで付け加えた事実を指摘し、報酬を増額させた。ギルド職員がギルのような一介の冒険者にへりくだった態度をとるのが不思議だったが、その後Sクラス冒険者というものがどういうものかを知った。
Sクラス冒険者というのは、特別な存在なのだ。
Sクラス冒険者となるには、冒険者レベルが六十一以上か、あるいは、五十一以上で格別の功績を挙げている必要がある。レベル五十一以上ということは、戦闘力において大国の上級騎士なみの力がある、ということである。
名の通ったSクラス冒険者は、複数の国の利害がからむ問題で、使者や調停者としての役割を担うこともある。一時的に部隊の指揮を任されることもあるし、参謀のような役割を期待されることもある。
Sクラス冒険者は数が少ない。王家も諸侯もSクラス冒険者を召し抱えたいと考えることが多い。自由な立場を守りたいSクラス冒険者は、ギルドの庇護を求めることになる。
冒険者ギルドにとり、Sクラス冒険者は最大の商品であると同時に、ギルドが高い自立性を保ち、あらゆる干渉をはねのけて存立し続けるための切り札である。であるから、緊急度の高い案件については義務に近い形で依頼の斡旋をすることがあるかわり、国家に対してさえSクラス冒険者の権利を守る防波堤となるのである。
それからしばらくギルはローガンを連れ回して冒険をした。
たぶんギルには最初からローガンの正体がわかっていたのだ。
ローガンは、人間ではない。ドワーフ・ハーフなのだ。
ドワーフなどというものは古代に滅びてしまったと、人間の世界では思われている。だが実際には、大陸中央部のやや南東寄りに広がる広大な高地のなかに、ドワーフの国がある。その国に迷い込んできた人間の一家があり、一家の末娘はドワーフの国で成長し、ドワーフの夫を持った。そのこどもがローガンなのだ。
ドワーフは、人間より身長は低いが、骨格も筋肉もずっとたくましい。持久力は驚異的であり、長時間の戦闘では無類の強さを発揮する。そして、人間のおよそ三倍程度の寿命を持つ。
ローガンは放浪者気質であり、一度国を出て人間の世界に行けば戻ることができないにもかかわらず、ふらりと旅に出た。
人間の言葉は母から教わっていたが、実際に人間の文化文物にふれたことはなく、人間の慣習や価値観も充分に理解しているとはいえなかった。
そんなローガンに、ギルは人間世界の常識と、冒険者としての生き方を教えてくれた。
二年一緒に冒険したあと別れ、さらに四年後再会した。
それは、ロアル教国のとある高位神官の館に監禁されている巫女を救出するという秘密依頼での、偶然の再会だった。
行動をともにした冒険者たちは次々脱落し、最後にはギルとローガンが残った。神殿騎士四人を二人で相手するはめになったが、ギルはなんと魔法を使わず、短剣二本を両手に持って、二人の神殿騎士をあしらってみせた。
(そういえば、なぜあのとき魔法を使わなんだのか、聞きそびれたままじゃったわい)
それから五年近く一緒に冒険した。
ギルはこのころには瞬間移動の魔法を習得しており、大陸のあちこちに移動拠点を作りたいということで、この五年間は世界をめぐる旅となった。
瞬間移動といえば、この旅のなかで驚嘆した場面があった。
ある地方領主から二人は命を狙われ、騎士団に追われた。ギルは草むらにローガンを隠すと、追っ手の目に届くように迷宮に逃げ込んだ。
すると当然ながら、追っ手は迷宮の入り口を封鎖した。
ローガンはぎょっとした。
瞬間移動では迷宮から外の空間には跳べない。迷宮内を瞬間移動で移動することは可能だが、迷宮と外の世界は魔法的にはつながっておらず、迷宮の一階から外へは歩いて出るほかないのだ。
この場合、追っ手がギルが瞬間移動の能力を持っていることを知っているかどうかは関係ない。どんな能力を持っていようと、なかに入った以上、必ず入り口から出てくるのだ。
「おいおい、ギルよ。迷宮のなかで持久戦をやるつもりか? そんならわしも連れていってくれたらよかったのに」
「そんな悠長なことをする気はないね」
「ギル! いったい、どうやって?」
「はは。お待ちどう。さて、次の街に行くか」
「お、おい。迷宮のなかから外には瞬間移動はできないんじゃないか?」
「そういわれてるね」
「たしか、魔法的にはつながってないとか聞いたぞ」
「うん。つながっていない。だから、つなげてあげればいいんだよ」
「はあ?」
ギルは、旅のあいだにも次々と魔法を工夫し進化させていった。本当の意味で天才だった。
再び別れたあと、ギルはバルデモスト王国に活動の拠点を移し、王の信任を得、魔法院に招かれた。
ローガンはアルダナに腰を落ち着け、Sクラスに昇格したが、そうなると周りがやたらにローガンを拘束しようとしたし、有象無象が関係を結びたいと詰めかけてきた。
うんざりしていたところにギルが訪ねてきてくれたので、瞬間移動の魔法でバルデモスト王国に連れてきてもらった。人一人を連れてアルダナからバルデモストに一気に飛ぶというのは空前の離れ業なのだが、ローガンはもう驚きもしなかった。
ギルは当時のミケーヌ冒険者ギルド長に引き合わせてくれ、ギルド長はパーティーメンバーを斡旋してくれた。
バトルハンマーのローガン。
大剣のゾーン。
付与魔術師のサイカ。
シーフのメジアナ。
これにのちに攻撃魔術師のガーゴスと神官のゾフが加わり、パーティーは完成した。
すばらしいパーティーだった。
リーダーのローガンはSクラス。
ゾーンは最初はAクラスだったが、のちにSクラスとなった。
サイカとメジアナとガーゴスは、パーティーに加入したときにはBクラスだったが、のちにAクラスになった。ゾフはCクラスからAクラスになった。
十年近く、楽しい迷宮探索が続いた。
臨時メンバーを二人加えて最下層のメタルドラゴンも二度討伐した。
また、地上での依頼もこなした。いずれも難易度の高い依頼だった。
やがて黄金時代は過ぎ、ゾーンは死に、サイカとメジアナは引退した。ガーゴスも現場を退き後進の指導にあたるようになった。ゾフは神の啓示を受けて辺境に旅立った。
ギルド長は、あまり迷宮にもぐらなくなったローガンを副ギルド長にして仕事を教え込んだ。そして長年のあいだにため込んだ情報をローガンに渡すと、あっさりと死んでしまった。後任のギルド長にローガンを推薦して。
ローガンがミケーヌの街の冒険者ギルド長に就任して十年以上になるはずだ。細かな年限は忘れた。
この暮らしにもそろそろ飽きてきた。それに、いくらなんでも一か所にとどまりすぎた。この街に来たときローガンは壮年のたくましい戦士であったが、今も老人と呼ぶには若々しすぎる。
後任に仕事を託して、旅を再開する時期が来ているのかもしれない。
ローガンは、机の一番上の引き出しを開けた。
セルリア貝の虹色に輝く貝殻の内側に、青紫のやわらかな光の玉がともっている。
心の温かくなる光だった。
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