第2話 天剣パーシヴァル
1
十階層にユニークモンスターが誕生したその日、ミケーヌの街の冒険者ギルドに一人の剣士がふらりと立ち寄った。
「ギルド長」
「ああん? 何じゃ?」
「パーシヴァル様がおみえです」
「なにっ。すぐにお通しせんかっ」
「はい」
ギルド長ローガンは客を迎えるために立ち上がり、事務長のイアドールが剣士を部屋のなかに招き入れた。
「失礼する」
「これはパーシヴァル様。これから迷宮ですかな」
「うむ。九十階層台なかばまで降りてみようと思う」
常識のある人間なら、いったい何人のパーティーで探索するのかと質問するところだが、ローガンは聞かずとも答えを知っていた。
一人だ。
この剣士はソロで九十階層台にもぐるのである。
「そうですかい。転送サービスは使われますか?」
「いや。走るということは何より大切な訓練と心得ておるゆえ」
「相変わらずですな。ああ、お茶が入りました」
「かたじけない。馳走になる」
どうしてこんな短い時間で準備できたのかわからないが、事務長のイアドールは、お茶を持った女子事務員を連れて部屋に入ってきた。そしてお茶がテーブルの上に並べられると、女子事務員を連れて部屋を出た。立て付けのよくないドアを無音で閉めて。
ローガンは、パーシヴァルが茶を口に運ぶのをみまもった。
飾り気のない所作である。だが、美しい。
身にまとう装備も、派手ではないが、目の利く人間ならあっと驚く逸品ぞろいだ。
パーシヴァル・メルクリウス。
直閲貴族メルクリウス家の当主である。
直閲貴族というのは、いついかなるときも王に会い意見具申ができる身分である。
バルデモスト王国の始祖王に付き従って邪竜カルダンを打ち倒した二十四人の英雄は、建国とともに王国守護騎士に叙せられた。その身分は一代限りで継承できない代わりに、二十四家は直閲貴族家となった。十七家が現存するが、そのなかでもメルクリウス家の武名はひときわ高い。
(その直閲貴族家の当主が冒険者なんぞをやって)
(迷宮にもぐってるんだからな)
(物好きにもほどがあるというもんだ)
だが、その物好きな貴族の青年を、ローガンはきらいではなかった。
2
パーシヴァルは、わずか十二歳にして冒険者の世界に足を踏み入れ、十四歳でAクラスとなり、十五歳のときゾアハルド山賊団の討伐に参加し、圧倒的な武勲を挙げてSクラス冒険者となった。
十六歳のとき、父の死により家と身分を継いだが、めったに朝議にも出ず、一年のほとんどを各地の迷宮にもぐって過ごす孤高の剣士である。
メルクリウス家は直轄領を持たない。ただし、メルクリウス家を宗家と仰ぐ貴族家は少なくなく、また、国から多額の年金を受け取る立場である。家格も高い。だから顕職について国に奉仕すべきであるのに、パーシヴァルは名ばかりの役職を得て、気ままに暮らしている。
本来そのようなことは許されないのだが、なぜか王は、
「あの者は好きにさせておいてやれ」
と放任の構えである。
これには、パーシヴァルが十八歳のとき、他国の使節に紛れ込んだ刺客の凶刃が王を襲ったとき、見事に取り押さえた功績が関係しているというのが、もっぱらの噂だ。
〈天剣〉という異名は、パーシヴァルの剣の師が、
「この少年の剣才、並ぶ者なし。天与の才なり。まさに天剣」
とたたえたことによるらしい。
人づきあいをきらうし、上流階級の出身であるので、反感を持つ冒険者も多いが、悪い人物ではない。
仕事のえり好みは激しいが、いったん交わした約束を破ったことはない。
人の邪魔をしたり、悪口を言うことはない。
ただただ強い敵と出遭って戦い、倒してさらに強くなることにしか興味がなく、死に直面する危険のなかでしか、おのれの生の充実をかみしめることができない、そんな不器用な人間なのだろうと思っている。
十九歳のとき天覧武闘会で優勝したが、その後は出場していない。そのわけを聞いたことがある。
「パーシヴァル様は、一度優勝したのち天覧武闘会に出場されていないようだが、理由をお聞きしてもよろしいか」
「ふむ。あのとき準決勝で魔法使いと戦った」
「そうでしたな」
「魔法使いは、目くらましと補助魔法を駆使して私を近寄せず、なんとサモン・コメットを使ってきた」
「はっはっは。すごいやつもいたもんです」
サモン・コメットは最大級の破壊力を誇る火系の範囲殲滅魔法だ。威力は絶大であり、そのぶん準備詠唱に時間もかかるし、大量の魔力を消費する。武闘大会の個人戦でこれを使うというのは、まったく常識をはずれている。
「〈アレストラの腕輪〉を使っても発動を妨げることはできなかった。大地は揺れ、瓦礫は飛来し、砂塵は吹き上げられ、私はわずかな時間ではあるが、攻撃も防御もできがたい状態となった」
「いや。あんな魔法で攻撃されたのに、ほとんど無傷でかわしてのけたことが驚きですぜ」
「相手には、私を直撃する気などなかった」
「ほう?」
「あとであらためてよく調べ、よく考えて得心した。サモン・コメットは発動点が遠い。発動点がもっと近い魔法か、私の体を直撃する攻撃であれば、アレストラの腕輪で消せた」
アレストラの腕輪は、メルクリウス家の秘宝だ。始祖王が女神ファラから授かり、メルクリウス家の初代に下賜した。あらゆる魔法攻撃を吸収し無効化するという。
「私の体でなく周囲の地面が狙いとわかっていれば、ほかにやりようがあった。だが、攪乱と弾幕と高速な詠唱と破天荒な戦術により、何を狙っているか私に悟らせなかった。見事であった。私はおくれを取った。とはいえ、まだ反撃は可能であった」
そうだ。あの意外な展開に、闘技場を埋め尽くした観衆がかたずをのんだ。次に何が起きるか予想不可能な局面だった。
ところが試合は突然終わった。審判がパーシヴァルの勝利を宣告したのだ。相手の反則負けである。武闘会では相手を殺してはならない。また死んでしまうような攻撃をすることは、大会規則で禁じられている。
「まったく不可解な判定であった。どのような攻撃が死ぬほど危険かは、相手と攻撃のしかたによる。こちらは刃引きさえせぬ剣をつかっているのだし、現にろくに怪我などしておらなんだ」
自分の勝利に不満を並べるパーシヴァルを、ローガンは不思議なものをみる目でみた。
「高速戦闘を得意とする私から、サモン・コメットなどという大型魔法を撃てる時間を確保したことは、相手の技量の高さを示す以外の何物でもない。こちらの能力や反応、そして所持アイテムを読み切ったうえで、サモン・コメットという決戦魔法の余波を使って有利な場面を作り上げたセンスのよさには、最高の賛辞が与えられてしかるべきではないか」
やっとわくわくするような戦いに出合った。このあと相手はどのような攻撃を仕掛けてくるのか。それは自分を打ち倒せるほどのものかもしれない。そう思えてしまうほどにすばらしい敵手だった。
「それなのに、相手の勝利と判定するならともかく、私の勝ちだというのだ。これを不可解と言わずして何を不可解と言えばよい」
それほど不満があるなら審判に異議を申し立てればよかったではないですか、とは言わなかった。それはパーシヴァルの流儀ではない。
「理不尽さに耐え、翌日の決勝にのぞんだが、何の意味も喜びもない戦いとなった。あれほど弱い剣士がなぜ決勝に残れたのか、準決勝の判定以上に不可解であった」
「ご本人を目の前にして失礼ですが、ひどい決勝でしたなあ」
「ははは。私もそう思う。とはいえ、準決勝での魔法使いとの対戦は有益な経験であった」
「ほう? 何か収穫でも?」
「うむ。あれ以来、どのような人間と、あるいはモンスターと対決していても、心のどこかで思うのだ。次の瞬間には彗星が落ちてくるかもしれないと」
それが珍しくも天剣の言い放ったジョークだと気が付いたのは、扉が閉まったあとだった。
この会話からしばらくのち、ローガンは手を回していくつかの情報を得た。
まず、準決勝の審判はある貴族家お抱えの武術師範なのだが、なぜかその貴族家はパーシヴァルに恩を売ったと思い込んでいたようである。
次に、決勝の相手が王の当時の愛妾の兄であったことは周知の事実だが、気を利かせた宮廷雀の一人が、控室のパーシヴァルを訪ね、相手に勝ちを譲るよう勧めたというのである。
もちろん、パーシヴァル自身はそのようなことを語らない。語らないが、心のなかでは怒っている。二度と天覧武闘会には出場しないという身の処し方によって、その怒りを表現したのだ。それがパーシヴァルの流儀なのである。
(なるほどなあ。あほらしい話だが、ありそうな話だ)
そのありそうな話を不快に思い、自分の勝利は不当だと憤るパーシヴァルに、ローガンは好ましいものを感じたのである。
3
「ここの茶はうまい」
「そりゃ、どうも」
パーシヴァルの言葉に、ローガンは回想から引き戻された。
メルクリウス家で使う茶葉に比べたら、ギルドの茶葉など茶葉ともいえないような代物だ。それで高位貴族の舌に合うような茶を淹れられるとしたら、やはりあの事務長はただものではない。
そのようにローガンは考えたのだが、ずっとあとになって気づいた。
パーシヴァルがうまいと言ったのは、ここのギルドでローガンと一緒に飲む茶がうまいという意味だったのだ。
しばらく無言で茶の香りと味を楽しんだあと、パーシヴァルは最後の一口を飲み干し、すっと立ち上がった。
ローガンも立ち上がった。
「どうぞ、ご無事で」
「うむ」
Sクラス冒険者であっても、ソロなら適正階数はせいぜい五十階層だ。ところがこの寡黙な貴族は、九十階層より深くもぐるのだという。むろんそれはメルクリウス家が襲蔵する強力な秘宝の数々があってのことでもあるが、この名剣士の強さは異常といわねばならない。
このときローガンは、再びパーシヴァルに会えることを疑っていなかった。
4
ミノタウロスは、両手に斧を持ってボス部屋を出た。
あれほど強硬に通過を拒んだ出入り口が、あっけなく通れた。
出入り口をくぐり抜けると、左右に岩の回廊が続いていた。
左側に向かって歩く。
ほどなく道は左右に分かれた。
右の道を選ぶ。
いくつかの分岐を過ぎたあと、前方に気配があった。
薄暗い通路の向こうに、一対の眼が光っている。
相手が駆けて来た。
灰色狼である。
攻撃しようとしているのは明らかだ。
ミノタウロスは身をかがめ、右手の斧を狼の頭にたたきつけた。
だが、当たると思った打撃は空を切った。
狼は半歩手前で身をひるがえし、右足をかすめて通り過ぎたのである。
反転して攻撃してくるであろう狼を迎え撃つため素早く振り向いたとき、右足に痛みが走った。
右膝からくるぶしにかけての肉が、えぐられている。
ちっぽけな狼に傷をつけられ、ミノタウロスの視界は怒りで真っ赤にそまった。
飛びかかって来た狼を迎撃すべく、斧を横なぎに振るう。
しかし、今度も敵をとらえることはできなかった。
狼はミノタウロスに跳びかかるのではなく、壁面に飛びついたのだ。そして突き出た岩を踏み台にしてミノタウロスの喉笛に噛みつこうとしたのである。
普通の相手であれば勝負を決したであろうこの一撃は、しかし狼の失策となった。
ミノタウロスは、恐るべき反射神経で顎を伏せて喉を守った。
狼がミノタウロスの頑丈な顎をかみ砕きかねた一瞬、ミノタウロスは斧を手放すと、両の手で狼の頭をつかみ、そのまま岩壁に突進した。
「ギャイン!」
岩壁にたたきつけられた狼は悲鳴を上げた。
すかさず、狼を抱え上げ、頭突きで狼を岩壁にたたきつける。
鋼鉄をねじり合わせたような二本の角が、狼の腹部をあっさりと貫いた。
狼の体液が顔と体に降りそそぐのもかまわず、繰り返し、繰り返し、狼を岩壁にたたきつけ続けた。
どすっ。どすっ。
びちゃっ。びちゃっ。
狼の腹は大きく裂け、内臓があふれだしてきた。
なおもミノタウロスは、頭突きを続けた。
もがく狼の爪に腕や胸をえぐられても、ひるむようすもない
やがて狼は、あがきをやめ、痙攣を始めた。
その痙攣も、ほどなく止まり、狼はまったく動かなくなった。
それでもミノタウロスは頭突きを続ける。
と、急に狼の姿が消え、ミノタウロスは、したたかに岩に頭を打ち付けた。
狼は、いったいどこに行ったのか。
ふと下をみると、赤い小さなポーションと、銀貨が何枚か落ちていた。
俺が欲しいのは、こんな物ではない。
ミノタウロスは、とまどい、怒った。
勝利の報酬は、あの狼の肉でなくてはならない。
肉だ。肉だ。
あの肉を食らわねばならなかったのに。
あれは俺の物だったのに。
飢えはいっそうひどくなるばかりだった。
ミノタウロスは、斧を拾い上げ、迷宮の奥へ進んだ。
5
いた。
先ほどと同じ灰色狼である。
その俊敏性と狡猾さは、すでに学習した。
ミノタウロスは、左手の斧を喉の前に構え、右手の斧を敵のほうに向け、油断なく狼の動きをみつめた。
すばらしい速度で走り寄った狼は、接触する直前に左に身をかわした。
そこに、すっと右手の斧を突き出す。
斧の切っ先が、狼の右頬に食い込む。
刹那、左手の斧を狼の首に振り下ろした。
狼の首が跳ね飛び、胴体は床の岩盤に打ち付けられた。
肉だ。
ミノタウロスの眼が歓喜の色をたたえた。
しかし、今度も、絶命した狼の姿は消え去り、あとには青い小さなポーションと、数枚の銀貨が残された。
ミノタウロスの顔が、怒りにゆがむ。
何だ、これは!
またも俺から戦利品を取り上げるのか!
ふざけるな!
肉をよこせ!
ミノタウロスは、青いポーションを踏みつぶすと、さらに奥へと進んだ。
すぐに三匹目の狼に出遭った。
今度は、こちらから駆け寄った。
左手でフェイントの攻撃を仕掛け、狼を右側に誘導して、その鼻面に右手の斧をたたき込んだ。
狼は、真っ二つに切り裂かれた。
肉だ。肉だ。
肉をよこせ。
変な物に変わるんじゃないぞ。
お前の肉を、俺によこせ。
相手をみかけた瞬間から、心のなかで叫び続けた。
今度の狼は、姿を消すことなく、血だまりのなかに沈んでいる。
斧で肉を切り取り、口に運んだ。
かみしめて飲み込んだとき、何とも言えない充足感がミノタウロスをひたした。
肉だ。
肉だ。
狼の肉をむさぼった。
半分ほどの肉を腹に納めたとき、またも狼の姿は消え、数枚の銀貨が残された。
腹はくちた。
それなのに飢えが治まっていないことに、ミノタウロスは気づいた。
斧を両手に持って立ち上がると、次の敵を探して歩き始めた。
繰り返し繰り返し、ミノタウロスは狼と戦った。
たいてい狼は一匹であったが、時には群れで行動していた。
五匹の群れに出遭ったときには、連携攻撃にとまどい、たくさんの傷を受けた。
狼が死ぬと、赤いポーションか青いポーションと銀貨が残る。
死骸は血痕もろとも消え失せてしまう。
しかし、死骸が残るよう念じながら殺すと、しばらくのあいだは死骸が残る。
幾度かは肉を食らった。
食べることに飽きると、ただ戦うために戦った。
戦い続けることで、ミノタウロスの強さは磨かれていった。
6
次の敵を求めて歩いていると、前方から戦闘の気配がした。
近づいてみると、人間が狼と戦っていた。
人間は一人である。
革の鎧を身に着け、剣で戦っている。
回廊には、二匹の狼が血まみれになって転がっている。剣士が倒したのであろう。
二匹の狼は、動くこともできないほどダメージを受けている。
三匹の群れと遭遇し、二匹を倒し、最後の一匹と戦っているのだ。
だが、剣士も相当に傷ついている。
顔には幾筋もの裂傷が走り、服は血にそまっている。左手は動かせないほど傷を受けているのか、だらんと垂れている。
いっぽう、狼のほうも相当な痛手を受けているが、動きは素早い。低い位置から威嚇すると、すきをみては剣士に飛びかかり、肉を削り取る。
剣士がミノタウロスに気づく。
目が驚愕にみひらかれた。
現在の敵でさえようやくしのいでいるのに、新たな強敵が近づいてきたのである。この場にいるはずのない恐るべき敵が。絶望を感じて当然ではある。
しかし、ミノタウロスには、この戦いに参戦するつもりはなかった。
弱っている獲物を倒してもしかたがない。
それよりも、人間が灰色狼と戦っている、そのわざに興味があった。
剣士は、刃先を狼のほうに向けてはずさない。
狼が爪や牙で攻撃をすると、手首をひねり、剣の角度を変えて攻撃を受け、そらす。最低限の動きで、攻めをしのいでいる。
体力を温存するためでもあろうが、あれならば大きく態勢が崩れることもない。
体の端をかすめるような攻撃は無視している。
そのため、傷は少しずつ増えているが、体の中心に来る攻撃は防ぎきっている。
ミノタウロスに、分析的に男の動きを理解できるほどの知力があったわけではないが、学ぶものがあると感じ、戦いのゆくえをみまもった。
決着は突然であった。
剣士の体がぐらりと揺れたのをみのがさず、狼が飛びかかった。
ミノタウロスは、それが人間の仕掛けた罠であると気がついていた。
剣士は、剣で小石をはじいて狼の顔に当てた。
狼がわずかにひるんだ瞬間、動かないはずの左手を狼の喉に突き込む。
手の骨がかみ砕かれる音が聞こえる。
その瞬間、右手の剣は狼の腹部に差し込まれ、びりびりと音を立てて股までを一気に斬り裂く。
狼の飛びかかった勢いに押され、剣士は仰向けに倒れ込んだ。
その体の上にのしかかった狼は、すでに事切れていたのであろう。
剣士の腹に、赤いポーションと数枚の銀貨が残された。
剣士は、剣を手放して、赤いポーションを右手でつかむと、仰向けのままミノタウロスのほうをみながら飲み干した。
全身の傷がみるみる癒やされていく。
ぐしゃぐしゃになった左手さえ修復されていく。
剣士は、剣を杖に起き上がり、瀕死の二匹にとどめをさした。
一匹は銀貨と赤ポーションに、一匹は銀貨と青ポーションになった。
剣士は、二つのポーションをすぐにあおった。
傷はさらに治り、気力さえ取り戻したようにみえる。
そうした行動を取るあいだ、注意をミノタウロスからそらすことはなかった。
ミノタウロスのほうでは、戦いが終わるとともに、剣士に対する興味を失っていた。
剣士が完全には復調していないのは明らかであり、殺すに値する強さを感じなかったのである。
続いて剣士は、落ちていた銀貨を拾い集めた。
抜き身の剣を右手に持ち、巨大な敵をにらみながら、回廊の奥に後ずさってゆく。
と、剣士の姿が横穴に消えた。
ほどなく気配が消えてしまう。
不審に思って近づくと、横穴とみえたものは、上方に続く階段であった。
階段の先には、新しい戦いが待っているのだろうか。
だがまず必要なの休息だ。
ミノタウロスはきびすを返し、生まれた部屋に戻ると、眠りについた。
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