古き死の王の目覚め   作:流星カナリア

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終わりと始まり。


第10話 終戦

 逃げ惑う兵士達を捕まえては殺し、そうかと思えばわざと逃がすなどを繰り返している間に、アインズは遂に本陣近くまで到着した。そろそろブレインを呼ぶかと考えた時、視界に見慣れた鮮やかな青が映り込んだ。

「ブレイン!」

 思わず叫ぶ。すると、ブレインはこちらの声に気付いたらしい。足元に転がる死体を避けながら、刀を鞘に戻しつつアインズの元へ駆け寄ってきた。

「よぉ陛下! 丁度合流出来たみたいだな。あんたは遠目からでもかなり目立つから、見失わずに済んで良かったぜ」

 にしても、と彼は続ける。

「アンタ、随分派手に殺しまくってたな。漆黒の鎧が今じゃ真っ赤じゃねぇか」

 笑いながらそう指摘されて、アインズはふと自分の鎧を見下ろした。

 確かに、今までの戦闘で浴びた返り血が鎧の大部分を赤く染め上げている。グレートソードには血糊と共に肉片が付着していた。それを乱暴に振り落とす。

「面目ない。どうも綺麗に殺すのが苦手みたいだ」

 そう伝えると、ブレインはだろうなとばかりにアインズの体をまじまじと見つめた。

「……アンタの場合、力加減ってのが難しいだろうし、俺が教えた通りに殺したとしても、相手の肉体が派手にブッ飛んじまうしなぁ」

「お前、見てたのか」

「まぁな。面白ぇ位に首が吹っ飛んでったのには、流石の俺も唖然としちまったぜ。流石は魔導王陛下だ」

 ニヤッと笑うブレインに、アインズも釣られて笑ってしまった。

「さてと。お喋りはこれ位にしておいて――もう直ぐ本陣に着く。今更特に準備する事も無いが、何かやり残してる事とか無いか?」

 一応確認を取ると、ブレインは素早く首を横に振った。

「いんや。無いな。このままさっさと王様ん所に突撃しようぜ。と言っても、今回こそ俺は付き添いって形で良いんだよな?」

 ブレインの問いにアインズは頷く。

「あぁ。今回は私が全て動く。それについてお前がどうこう動く必要は無い。もしガゼフが何かしそうだったら、お前が相手をしてくれ」

 それも全て計画の内だ。ラナーにもそう伝えてある。後は無事に計画通り進むことを祈るしかない。

「では、行こうか」

「おうよ!」

 そして二人は、混乱極まる王国軍の中を悠々と歩き出した。

 

 

 ランポッサⅢ世のいる本陣は、王国軍の最も奥深くに位置する。

 先程までは無数の貴族達がいたのだが、アインズが戦士として戦場に現れたと、レエブン候が慌てて伝えに来た事で状況は一変した。それを聞いた貴族達の殆どが逃げ出したのだ。だが、それを責められる訳も無い。

 それらの情報を、ラナーは影の悪魔(シャドウ・デーモン)を通じてアインズに事細かに伝えていた。なので、王国本陣の状況は全てアインズに筒抜けだった。

 

 勿論ランポッサⅢ世らはそれを知らない。

 

「陛下、早くお逃げください! あの魔導王は戦士としての能力もまさに人外。我々には最早どうする事も出来ません! 今直ぐにでもエ・ランテルに戻るべきです!」

 レエブン候が必死に訴える。だが、王は静かに首を横に振った。

「王たる私が逃げてどうする? 逃げるのならばお前達の方だ。こんな愚かな私に、今まで仕えてくれたお前達こそ、生き延びて欲しい」

 その言葉にガゼフが声を荒げた。

「陛下、そのような事を仰らないで下さい! それに、お言葉ですが陛下が今この場にお残りになられても、何も出来る事はありません。レエブン候が仰ったように、この場から逃げてエ・ランテルに戻った方が懸命かと……」

「父上」

 第二王子であるザナックがランポッサⅢ世を促す。その横でラナーもコクリと頷いていた。彼女の直ぐ後ろに控えたクライムは、不安げにラナーを見つめている。

「……分かった。では、逃げるとしよう」

 そう、ランポッサⅢ世が告げたその時だった。

 

「お前達に逃げ場などは無いぞ」

 

――噎せ返る血の匂いと共に、死の王が現れた。

 

 

   ・

 

 

「久し振りだな。こうして直接会うのはカルネ村の一件以来か?」

 アインズはゆっくりと彼らを見渡した。隣に立つブレインは、チラリとガゼフへ視線を向ける。ガゼフもまた、ブレインへ射貫くような強い眼差しを送っていた。

「……アインズ・ウール・ゴウン魔導王」

 絞り出すようにランポッサⅢ世が呟く。アインズの視線が彼を見据えた。

「愚かな王。お前のせいで王国の兵士達は死んだ」

「何を言う!! それは魔導王、貴様の魔法のせいだろう!? あんな――あんな悍ましい魔法を使うだなんて……ッ」

 レエブン候が悲鳴をあげたが、アインズはそれを一蹴した。

「原因を作ったのはお前達だ。それ位は分かっているだろう?」

「――ッ」

 そう言われたレエブン候は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「私が眠りについていたこの300年の間に、王国は滅びへと突き進んでいった。その結果がこれだ。国王とは名ばかりで、何も選択が出来ない。それではバルブロが帝国側に寝返るのも無理は無い話だ」

 やれやれと溜息を吐く。無論、アインズはアンデッドなので肺など無いが。

「それに、レエブン候のような有能な部下がいても、それを上手く扱えなければ意味が無い。だろう? ブレイン」

 そうブレインに問いかけると、ブレインはニヤッと口角を上げた。

「そういうこった。俺は魔導王陛下の配下になって正解だったと思うぜ。陛下は俺の力を認めてくれて思う存分暴れる事が出来る。王国と違って身分の差によるしがらみも無い。対等に意見を交わし合えるのさ。陛下は俺の技術を学んで、より強くなろうとしているし、そんな姿勢を見せられれば、俺ももっと強くなりたいと素直に思える。王国にいた頃はただの用心棒だった俺だが、魔導国では陛下の直ぐ側で思い切り好きなように動けるんだ。それは俺の性に合っているしな」

 その言葉を聞いて、ガゼフは静かに口を開いた。

「――その話しぶりから察するに、どうやら魅了などの魔法をかけられている訳では無いようだな。ブレイン、お前は本気で魔導王殿の側についたのか」

 ブレインは、力強く頷いた。

 そんなブレインをアインズは満足そうに見つめる。

「さてと。そういうわけだ。ブレインは自分の意思で私に従ってくれている。ならば君らがそれに対してとやかく言う筋合いはないだろう? 出来れば彼のような人間が、もっと増えてくれると嬉しいんだがね」

 そう告げるアインズに対し、ランポッサⅢ世はそれを強く否定した。

「有り得ん。我々と貴殿はあまりにも違い過ぎる。多くの民は貴殿を否定するだろう。アンデッドの王など恐怖でしかない。今の貴殿の姿がまさにそうだ」

 ランポッサⅢ世の枯れ枝のような指が、アインズを指した。一同の視線がアインズに集まる。アインズの漆黒の鎧は、今や返り血で赤く染め上げられている。拭いきれない死臭が、アインズからは漂っていた。

 だが、アインズはそれを一切気にする様子は無い。有象無象の返り血を浴びたところで、アインズは痛くも痒くもないからだ。

「人間じゃないから? だが、それでも私を理解してくれる者達はいるぞ? カルネ村の住民や、ブレインがそうだ。今後もそんな人間達が出てこないとは言い切れんだろう。そもそもお前達は勘違いをしている」

「勘違いだと?」

 訝し気に問うランポッサⅢ世に、アインズは不敵に笑った。

「私がしている事は帝国と同じような理念だ。不要な者を排除し、有能な者達を引き入れ国を豊かにする。そこに違いは無い。違うのは、人間か人間じゃないか、ただそれだけだ」

 その違いこそが、彼らが憤る要因なのだろう。

 だが、アインズにしてみればそれはほんの些細な違いでしかなかった。人間だって戦争を引き起こし、そこで大勢の同族達を殺す。ただ、アインズは少しだけ殺し方が違っただけだ。

「お前らだって人殺しだろう? ならば私と同じだ」

 その言葉に、誰も反論出来なかった。

 所詮、彼らは綺麗事を述べているだけだとアインズは思う。人間ではないアインズの残酷な殺し方を見て、このままでは人間という種が滅ぼされると考えたのだろう。だからこそ、アインズを否定する。お前は存在してはならないと。だが、時には人間だって残酷な殺しをすることは多い。金の為、欲の為に多くの人間を殺す者だっている。

(人間という種族は面倒だ。私にはもうそんな欲など無い。だからこそ、こうして客観的に考える事が出来るのだろうがな)

 

 正直言って、アインズは人間を滅ぼす気など無い。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「言いたい事はそれだけか? では、諸君らにはこの王国をここまで衰退させた責任を取って貰おう」

「何を――」

 何をする気だ、と続く筈だった言葉は、途中で掻き消える。

 アインズが、化け物じみた速度でランポッサⅢ世に剣を振り翳したからだ。

 その速度はあまりにも早過ぎた。ガゼフでさえ、反応が遅れた程。

 だが、アインズはその行動を行う前に、ラナーにだけ分かるように合図を送っていた。アインズの影が、ぐにゃりと蠢く。そのたった一瞬を、ラナーは見逃さなかった。

「お父様!!」

 止めるザナック達を押し退け、ラナーはランポッサⅢ世の前へと躍り出る。

「ラナー!?」

 驚愕に目を見開くランポッサⅢ世。直ぐに彼女を庇おうと動いたが、既に遅かった。

 アインズはそのままの速度で、ラナーの首を撥ね飛ばしたのだ。

 噴き上がる鮮血。

 ゴトン、と床に落ちるラナーの首。それから少し遅れるように、彼女の体もまた床に倒れ伏した。

 

 一瞬の沈黙。

 

「あ、ぁ、あああああああ!!!!」

 真っ先に叫んだのはクライムだった。

 床に転がったラナーの首を抱きしめ絶叫する。それと同時に、弾かれたように世界が動き出した。

「そ、そんな……」

 ランポッサⅢ世は現実を受け止めきれず、呆然と娘の亡骸を見つめる事しか出来ない。力無く崩れ落ちた彼を、ザナックとレエブン候が素早く支えた。だがその二人も、目の前で唐突に行われた殺人行為に対し、恐怖で体が震え上がるのを必死に抑えていた。

 そしてガゼフは、アインズへと素早く剣を構えた。その体からは、目に見える闘志が沸き上がっている。

 彼は今、王国の秘宝で身を包んでいた。その一つ、剃刀の刃(レイザーエッジ)は魔化された鎧すらもバターのように切り裂く魔法の剣だ。もしかしたら、アインズにこの刃が届くかも知れない。そう思いガゼフは力強く踏み込み、アインズ目掛け剣を振り落とした。だが、それはアインズに届く前に阻まれる。

「――ブレインッ!?」

「悪ぃなガゼフ。陛下にゃ指一本触れさせるワケにはいかねぇんだわ」

 ブレインの刀が、剃刀の刃(レイザーエッジ)を受け止める。勿論それは、剃刀の刃(レイザーエッジ)の性能によって真っ二つに割れてしまった。

 だが、その刃が自身に届く前に、ブレインはガゼフの腹部目掛けて蹴りを繰り出す。咄嗟の行動にガゼフは身を引くが、一歩遅かった。ガゼフはブレインの蹴りをもろに食らい、勢い良く吹っ飛ぶ。その拍子に持っていた剃刀の刃(レイザーエッジ)が地面へと転がった。

「こいつは俺が貰っておくぜ」

「なッ」

 ツカツカと歩み寄ると、ブレインは剃刀の刃(レイザーエッジ)を拾い上げた。ついでに、起き上がろうとするガゼフから、無理矢理鞘も奪い取る。この剣は特殊な剣なので、それ専用の鞘でなければその刃によって切り裂いてしまうからだ。

「ブレイン、よくやった」

 一連の流れを見守っていたアインズは上機嫌にブレインを褒めた。

 王国の秘宝の一つ、剃刀の刃(レイザーエッジ)。ラナーから話を聞いた時、もしもそれが自分に向けられた場合、無傷では済まないだろうと考えていた。

 アインズには上位物理無効化という常時発動型のスキルがある。低位のモンスターの攻撃や、低威力の武器からの攻撃による負傷を完全に無効化するスキルだ。だが、剃刀の刃(レイザーエッジ)の性能は恐らくそれを突破する恐れがあった。なので、前もってブレインに奪えそうなら奪えと命じていたのだ。

「これで最早お前達に勝機は無い」

 アインズの言葉が、重くその場に圧し掛かる。

「――しかし、その娘の我が身を犠牲にしてまで父を救いたいという想い、それは称賛に値するものだ。私にも嘗て家族がいたからな。気持ちは分かるぞ」

「何が、言いたい?」

 力無くランポッサⅢ世が問う。

 アインズは、グレートソードに付着した血糊を払うと、それを鞘へと納めた。

「ランポッサⅢ世。エ・ランテルを明け渡すのならば、そこの娘、復活させてやっても構わんぞ?」

「!!?」

 ガバッと、クライムが顔を上げた。ランポッサⅢ世は、信じられないとばかりに目を見開いている。ガゼフ達もそうだ。

「しかしその代わり、娘は我が魔導国に連れて行く。王族という立場を捨て、ただの一般人としてカルネ村で生きて貰おう。要するに、戦利品として彼女を貰い受ける」

「ま、待ってくれ、お主、本当にラナーを生き返らせることが出来るのか!?」

 ランポッサⅢ世が声を荒げる。無理もない。今しがた娘を殺した張本人が、その娘を生き返らせると言っているのだから。ただし、その為にエ・ランテルを犠牲にしなければならないが。ガゼフ達も、本当にそんな事が可能なのか半信半疑だった。

「可能だ。私は生と死を司る存在。お前がエ・ランテルを私に寄越せば、娘の命は助けてやろう」

「陛下……ッ」

 クライムが、縋るようにランポッサⅢ世の腕を掴んだ。

 クライムの気持ちは痛い程よく分かった。自分の娘の命と、エ・ランテルの未来。王としてならば、エ・ランテルを取るべきだ。

 しかし王の前に、自分は一人の父親だった。

 ゆっくりと息を吐き、ザナックとレエブン候、そしてガゼフを見つめる。三人は、王の決意を察したのだろう。様々な感情を含んだ表情を浮かべていた。だが、誰が彼を責められようか。誰だって、家族の命を優先させるに決まっている。

 

 その為に大勢の人間の命が、魔導王の手中に収められたとしても。

 

「――分かった。エ・ランテルを貴殿に明け渡そう。その代わり、ラナーを復活させてくれ……ッ」

 絞り出すようにそう嘆願するランポッサⅢ世を見て、アインズは全てが上手くいったとほくそ笑む。

「良かろう。では、ラナーの遺体をこちらへ」

 クライムが彼女の首を、ランポッサⅢ世が彼女の体をアインズの目の前に横たえた。

 それを確認すると、アインズは鎧姿からいつもの漆黒のローブ姿へと戻る。そして、懐から小振りな杖を取り出した。その杖をラナーの亡骸へと翳して口を開く。

<蘇生>(リザレクション)

 その言葉と共に、ラナーの亡骸が淡い光を放った。そして、切り捨てられた頭部が体と融合する。それと同時に光は消え、ラナーの瞼がゆっくりと開いた。それを見た一同は驚きの声を上げる。

 ラナーは本当に生き返ったのだ。

 つまり魔導王は、大掛かりな儀式をせずとも復活魔法を使用出来るという事。その事実はあまりにも衝撃的だった。

「ラナー様!!!」

 クライムが感極まって彼女を抱きしめる。

「クラ、イム?」

 ラナーは自分を抱きしめるクライムの背に、おずおずと手を回した。その視線の先に、静かに涙を流すランポッサⅢ世がいる。

「あぁ、お父様。ご無事だったのですね。良かった……」

「お前が身を挺して庇ってくれたお陰だよ、ラナー。そして、お前は一度死んだ。だが、魔導王の力で再び生き返ったのだ」

 父の言葉に、ラナーは大きく目を見開いた。そして、アインズへと振り返る。

「まさか」

「そう、そのまさかさ。君を復活させる代わりに、エ・ランテルを私へと明け渡す。そう君の父と契約を交わした。そして、その他にも幾つか要求がある」

 アインズの言葉に、クライムはラナーを抱きしめる力を強くさせた。そして、真っ直ぐにアインズへ視線を向ける。

「魔導王陛下。ラナー様を魔導国に連れて行くのであれば、私も共に連れて行って頂きたい。私はラナー様の従者であり、ラナー様によって、命を救われました。であればこの命、最期までラナー様に捧げるまで。どうかこの願い、聞き届けては頂けないでしょうか?」

「ほぉ?」

 物怖じせず力強くアインズを射貫くその瞳は、燃え盛る炎のようだ。

(成程な。彼女が気に入るのも何となくだが分かる)

 元より、ラナーの願いもあってクライムも共に連れて行くつもりだった。だが、こうして本人が命をかけて自分に乞う姿は、他の王族達には見られなかった『真の覚悟』を感じた。

 そういう人間は嫌いではない。

 どうやらブレインも彼を気に入ったらしい。隣で興味深そうにクライムを観察しているのが分かった。

「……良かろう。その願い、叶えてやる。彼を連れて行っても良いな?」

「元より、我らに選択肢は無い。貴殿の好きなようにしてくれ」

 ラナーを復活させた事で、エ・ランテルはアインズの物になるのは確定した。

 実質この戦争は、王国対帝国ではなく、王国対魔導国だった。そして、アインズはその戦いに勝利したのである。これ以上、王国側が何か意見を言えるような立場ではないのは、誰の目から見ても明らかだった。

「では、ラナーとその従者クライムを魔導国の民として受け入れよう。それとあと一つ。ガゼフ・ストロノーフ」

「!!」

 突然己の名を呼ばれたガゼフが、ビクッと肩を震わせた。

 アインズはガゼフに近付くと、静かに肩に手を乗せる。彼の重圧が、ガゼフの身を固くさせた。

「王国が今後どうなるかは、全て帝国に任せるつもりだ。ただ一つハッキリしている事は、ランポッサⅢ世は皇帝の命で処刑される。城の地下に幽閉されている第一王子も、そして第二王子であるザナックもだ。他の貴族達がどうなるかは分からんがな。そしてストロノーフ殿。君は、私の元へ来て貰いたい」

「それは――」

 ガゼフは言い淀む。それは、以前も言われた事だ。

 だが、自分はランポッサⅢ世に仕える身。彼が処刑されるというのならば、自分も共に死ぬべきだ。そう口を開こうとする前に、ランポッサⅢ世がガゼフに声をかけてきた。

「ガゼフ。お主は生きろ。生きて、魔導国の行く末を我々の代わりに見届けてはくれまいか?」

 久しく見ていなかった王の柔らかな笑みを見て、ガゼフは彼が本気でそう願っているのだと理解した。その両脇で、ザナックとレエブン候も頷いている。

 

 彼らは自らの終わりを受け入れていた。

 

 ならばその決意を、無駄にするわけにはいかない。

 

 ガゼフは意を決して、アインズに向き直る。

 そして、アインズの提案を了承した。

 

「分かった。貴殿の申し入れ、受け入れよう」

 アインズは、望む結果を得られた事にとても満足していた。やはりラナーと早めに接触出来た事が全ての要因だったと言えよう。

 ラナーの知識があれば、カルネ村をより発展させることが出来る。ガゼフもいれば、ブレインと二人、最強の戦力になるだろう。クライムはまだ剣士としては頼りないが、ブレインが気に入ったようだし、上手くいけば彼を鍛えてくれるかもしれない。将来の戦力を育てるという意味では彼もまた期待値が高かった。

(良し。後は全部帝国に丸投げしよう。ジルクニフ殿が上手い事やってくれる筈だ)

 無責任かも知れないが、そもそも自分は色々と実験する為にこの戦争に参加したのだ。そして、必要な人材を引き抜く為にも。それが今叶ったのだから、この戦場に長居する理由は最早無かった。

「あぁそうだ。言い忘れていた。王国軍の死体は私が持ち帰る。何、全てとは言わん。構わんな?」

「……」

 何に使うのか、とは聞けないかった。

 しかしここで拒否等出来る筈も無い。無言で頷く。

「では、エ・ランテルの明け渡し、近日中に速やかに頼むぞ。手続き等はジルクニフ殿が行う事になっている。なので彼に書状を送れ。あと、やり残した事があるのならば、死ぬ前にやっておく事だな。王国は帝国に併合される。その際に王族らは処刑されるだろう。それがいつ頃になるかは分からんがね」

 淡々と告げられる内容に、彼らは王国が本当に終わってしまったのだと実感せざるを得ない。そして、アインズがその事実を、本当にどうでも良いと思っている事も分かった。

「ブレイン、帝国軍の本陣に戻るぞ。全ては終わったと伝えなければ」

「了解っと。んじゃ、ガゼフ。お前とはまた後で会う事になるが……俺はお前が陛下に選ばれて本当に良かったって思ってるぜ? お前さんから見れば、陛下は恐ろしい存在だって思うかも知れねぇが、カルネ村で暫く過ごせばそれだけの人じゃないって分かる筈だ。だから、あんま気構えなくても良いからな?」

 先を歩くアインズを追いかけながら、ブレインはガゼフにそう伝えた。ガゼフが何と返事をすれば良いのか悩む間に、彼はさっさとアインズの隣へ駆けて行く。

 結局何も言えないまま、ガゼフは二人を見送るしかなかった。

 

 

  ・

 

 

 帝国軍の本陣に戻ったアインズ達は、王国軍の本陣で行った事全てをジルクニフに報告した。

「――つまり、全ては君の計画通りという事か?」

「そうなるな。ラナーも無事王国から引き抜く事が出来たし、ガゼフも魔導国の一員となる。剃刀の刃(レイザーエッジ)も手に入った。これで魔導国の戦力は一気に増強出来たわけだ」

 しかし、だからと言って気を緩めてはいけない。油断していると思わぬところで足を掬われてしまうものだ。

「後の事は帝国側に任せよう。諸々の手続き等は君が行ってくれるそうだが、私が顔を出さなければならない時は、遠慮なく呼んでくれ」

 そう告げると、ジルクニフは心得たとばかりに頷いた。

「では、我々は帝国に戻るとしよう。ゴウン殿はどうなさるおつもりか?」

「うむ。王国軍の死体を幾つか持ち帰りたいのだが、可能かな?」

 アインズの問いに、周囲の騎士達がざわりと反応した。それをジルクニフは視線で黙らせる。

「勿論、構わんよ。今回の戦争の貢献者は君だ。戦利品として自由に扱えば良い」

 その答えに、アインズは安堵の息を漏らした。

「それは助かる。一応、ランポッサⅢ世から許可は取っていたんだが、もし君に駄目だと言われれば諦めるしかなかったからな。では、幾つか死体は我が城へ持ち帰らせて頂く」

 あの惨状を引き起こした張本人から「死体を持ち帰っても良いか?」と問われたランポッサⅢ世の心情を察すると、悉く人間の心を折るのが上手いとジルクニフは思った。しかし、そんなジルクニフの内心を知らないアインズは、どんな死体を持ち帰ろうかとブレインと相談を始める。

「お前が殺した死体ならばそこそこ綺麗な筈だし、そいつらを幾つか持ち帰るか」

「その方が良いんじゃないか? アンタが殺した奴らは原型留めてないのが殆どだしな。あれ? でも、確か死の騎士(デス・ナイト)にするんだったら、別に死体の損傷度が高くても問題は無いんじゃなかったっけ?」

「それはそうなんだが、今回はエンリにも手伝って貰うつもりだからな。あまり見た目が酷いのは止めておこうかと」

 その言葉に、ブレインが「あー……」と苦笑を浮かべた。

「成程な。だったら確かに損傷度が低い奴を持ち帰った方が良いわ」

「だろう?」

 二人は楽し気に話しているが、その内容は死体の話だ。一同は必死で何も聞かないフリをしていた。

「では、我々は先に戻らせて頂こう」

 ジルクニフがそう言うと、二人はようやく会話を止めた。

「分かった。私達は死体を回収次第、我が居城へ戻る。先程も言ったが、今後の方針について何かあれば直ぐに連絡を入れてくれ」

「あぁ。恐らく色々と今後について話し合わねばならない事も多いだろうからね。お互いの城を行き来する機会も増えるだろう。その時は宜しく頼むよ」

 

 

 こうして、帝国と王国の戦争は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の参戦により、帝国の圧倒的勝利で終わった。

 その後、帝国は王国を併合。王国はバハルス帝国リ・エスティーゼ領と名を変え、帝国の領地となった。当初は流石に混乱もあったものの、ジルクニフの手腕によって、想定していた以上の混乱や暴動は起きなかった。

 むしろ、王国の民達は度重なる重税により、王家への反発を強めていた矢先の併合だった。そして、帝国の発展具合は王国の民達も知っている。その為、ジルクニフが考えていたよりも彼の統治は広く受け入れられる事となった。

 

――それは、エ・ランテルも同様である。

 

 あの戦場から生還した者達から、どれだけ悍ましい魔法が使われたのかを人々は聞いた。だからこそ、アインズ・ウール・ゴウン魔導王に対し強い恐怖心を抱いていた。

 だが、アインズとジルクニフがエ・ランテルで演説をした際、その恐怖心は僅かだが和らいだのだ。

 

 それは、第三王女ラナーが関わってくる。

 

 ジルクニフは王国を併合した際、王族や貴族達を大勢処刑した。だが、その中にラナーの姿はなかった。彼女の従者であるクライムや、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの姿もない。彼らは何処へ消えたのか――そう、国民達が考えている矢先に、アインズとジルクニフが演説を行ったのである。

 その内容はこうだ。

 

 王族や貴族達は、王国の民達の救いの声を聞かず、醜い勢力争いばかりを繰り広げていた。そんな中、第三王女であるラナーは、平民の声を聞き届け、それを政策として実行しようと動いていた。だが、それをやっかんだ貴族達から妨害を受け、彼女の案は悉く潰されてしまう。それを知ったアインズは、彼女に手を差し伸べたのである。それは、魔導国への亡命だった。アインズは民の為に国があると考えている。その民を思い行動した者が疎まれる事を、アインズは良しとしなかった。

 王家は既に落ちぶれている。このまま、民を思う彼女をその波に落としてしまうのは忍びない。だからこそ、アインズは彼女を魔導国へと誘った。

 そして、同じようにガゼフ・ストロノーフにもアインズは声をかける。平民上がりの彼は、政治の場で意見を言う事が出来なかったらしい。周囲の貴族達からは虐げられ、頼みの綱である王も彼らに強くは言えない。ガゼフの存在は、貴族達からしてみれば邪魔な存在だったようだ。

 アインズは元々貴族である。だが、アインズの父親が治めていたカルネ村とは対等な関係だった。困った事があれば村人達は父に相談しに来たし、父もまた、民の意見に耳を傾け、出来る限り問題を解決しようと動いていた。

 

 しかし、現在の王族や貴族達からは、それを感じられなかったとアインズは語る。

 

 だからこそ、心から民を思うラナーと、そんなラナーに救われ、自分のように路地裏で死を待つだけの民を無くそうと決意したクライム。そして、平民上がりであり、彼らの立場を理解し、民を救いたいと願っていたガゼフ。この三人を、アインズは選んだ。

 

 その演説を聞いた人々は、彼はおとぎ話で伝えられていた通り、確かに元々人間だったのだと理解した。

 アンデッドは生ある者を憎む存在。

 だが、アインズは違う。民を思う心を持っている。でなければ、彼らに手を差し伸べたりはしないだろう。

 先の戦争は、王国の未来の為にも帝国が圧倒的な勝利を収める必要があった。

 だからこそアインズは、強大な魔法を使ったのだと人々は結論付ける。

 

 全てはこうなるまで現状を変える事の出来なかった、ランポッサⅢ世の責任だ。

 

 人々はこうも思った。

 それ程の力があるのならば、エ・ランテルだけでなく王国全てをアインズが支配下におけば良かったのではないかと。だが、そう質問した民に対し、アインズはそれを否定した。

 あくまでも、自分は私情で参戦したまでに過ぎないと。

 元々例年の戦争は王国と帝国の争いだ。だったら帝国が王国を終わらせ、支配するのが相応しい。そうアインズは判断したそうだ。

 その代わり、参戦した報酬として、自分は王の直轄領だったエ・ランテルを受け取る。それで丁度良かったとアインズは告げる。

 

 アインズの言葉は、不思議と人々の心にするりと入り込んだ。

 彼の言葉が正しいと、何故かそう思ってしまう。

 

 これは人々の与り知らぬところだったが、この時アインズは、こっそりと魅了の魔法を少しだが使っていた。その方が人々が混乱せずに話を聞くと、フールーダから進言されたこともある。最初はそれはどうなのかと頭を捻っていたが、こうして真剣に話を聞く人々を前にすると、魅了系魔法も割と役に立つのだなとアインズは思った。

 

 そんな風にアインズが思っているなど気付く事なく、元王国の民達はアインズへの警戒心を薄めた。大事なのは嘘の中に真実を混ぜる事だと、ラナーが語っていたのを思い出す。

(まぁ今回の場合、概ね真実だったがな)

 人々の視線を集めながら、アインズは小さく溜息を吐いた。

 

 この演説の筋書きは、ラナーとジルクニフが考案してくれたものだ。

 もうその時点で成功するとアインズは分かっていたが。

 結果は上々。アインズへ集まる視線からは、恐怖の色はかなり薄れたと思って良い。流石頭脳派二人だと、アインズは舌を巻いた。

 

 

――こうしてジルクニフによる王国併合と、アインズへのエ・ランテル割譲は、周辺国家が驚くほど円滑に行われたのだった。

 

 




ジルクニフ「色々任され過ぎて禿げそう」

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