複合所有権
「いやー盾の勇者様。どうかしましたですか? ハイ」
「お前がこの前、俺と視線を合わせなかった件に関して、心当たりはないのか?」
奴隷商の所へ行き、腕を組んで尋ねる。
信用なんてしてはいないが、元康の騒動の原因の一つである奴隷商に相応のクレームを言っておかねばな。
「まったくないです。ハイ」
「……はぁ」
コイツは商魂逞しすぎて呆れるな。
いや、わかっていてとぼけているなこれは。
「そろそろ俺の食いしん坊フィロリアルをお前の所に預からせるか考えているんだ」
「そ、それは――」
「もちろん、全部お前持ちでだ。イヤとは言わせないぞ」
俺の権力もあるが、コイツは俺に奴隷を売って儲けている。
その俺が、遠まわしに嫌がらせをするぞと言っているのを奴隷商が察知できないはずはない。
「わかりましたです。ハイ。確かに槍の勇者様にフィロリアルを提供したのは私です」
「やっと自白したか」
「盾の勇者様のフィロリアルの名前を連呼しながら私のテントに入ってきたので、実験にと提供させていただきました」
そういえば、奴隷商はフィロリアル・クイーンの変化条件の模索を俺に提案していた。
だが、俺は食いしん坊であるフィーロ一匹で手に負えないからと断った。
で、次にフィロリアルを受け取ったのは随分後で、フィーロに管理させた状態で抑えている。
これは……俺が原因でもあるのか?
イヤイヤ。
研究に協力しなかったというだけで、俺に責任は無い。
商売で言えば、奴隷商が行なったのは欲しがった人に商品を提供したに過ぎない。
時期的には何時頃だったんだろう。
元康を見なくなったのは……キール達のクラスアップの頃だったか?
ポータルシールドを覚えた辺りだ。
あの時、奴隷商はいなかった。
いや、俺と入れ違いで元康と遭遇したのかも。
そこまで調べる必要はないか。
「その件で一つ、盾の勇者様に進言しなくてはいけない事がありまして」
「なんだ?」
「槍の勇者様が今朝方来訪し、帰ったのですが、その後から盾の勇者様用の契約インクが無いのですよ」
「なんだと!?」
村の生き残りを集めている手前、事前に渡してある物だ。
奴隷もタダじゃないし、こちら側で解放できるので、別に偽者が混じっていても問題は無い。
そもそも普通、奴隷を無料で与えるなんて愚かな事をする奴がいる訳ないし。
しかし元康が持っていったとすると話は別だ。
「契約インクの保管していた場所には数枚の金貨が置かれており、槍とフィロリアルを模したサインが書かれておりました」
そ、そういえば悪事を働くなとは言っていない。
フィーロの口に言わせたのは、誠実で優しくてズルをしない、だ。
金を置いていったとはいえ、盗みをしてはいけないとは言って無いんだ……。
俺の中では誠実がそれに入るつもりだったんだが、誠実って言葉は確か私利私欲が入らない真面目に物事に取り組む事だったはず。
つまり元康は誠実にフィロリアルを育てて、俺と共同で扱おうとしているという事か。
まったくもって意味がわからないが、アイツの中でソレが誠実になる……のか?
「チッ!」
俺は急いで魔物の管理画面を確認する。
……思いっきり見覚えの無い奴が増えている!
あの馬鹿! 俺のインクで魔物を契約しやがったな!
「複合での所有権の持ち方を執拗に聞いておりましたので……おそらく」
勝手な事をするなと言い忘れた!
元康の奴を捕まえないとフィロリアル・クイーンが量産され続ける。
確か女王から貰って、奴隷商からも買って行ったとか言っていた。
急いで村に戻らねば!
「所有権は御自身で破棄できるので問題ありませんが、槍の勇者様は盾の勇者様の所へ向かうと仰っていました」
アイツ……女王も言っていたが、俺の村に来て何をするつもりだ。
しかもフィロリアルを大量につれて。
冗談じゃない。直に対策を取らなければ。
「わかった! 俺は急いで村に帰る! じゃあな」
「亜人奴隷はどういたしましょうです? ハイ」
「継続して頼む」
「わかりましたです。ハイ」
それ所では無い、俺は急いでテントから出てポータルで飛んだ。
ああ、忘れていたが、元康の取り巻きはクラスアップさせたらしいのを女王から聞いた。
ポータルで戻った村を急いで一瞥する。
よし。元康の奴は来てないな。
あの馬鹿が何処へ行ったかを考えないとなぁ。
じゃないと……?
よく考えてみれば世話をするのは元康じゃないか。俺に責任はない。
むしろ共同で管理すると言う所を察するに、加護だけ掛けれると言う事だ。
もちろん、反旗を翻されたら元も子もないが、フィーロ大好き元康が俺に逆らうか?
いや。確かに勝手な事をされたら困るけど、出会った時に注意すれば……良いよな!
「なあ尚文。聞いているのか?」
「ん?」
気がつくと錬が俺に声を掛けていた。
「どうした?」
「いやな。村の外の方が騒がしいのだけど、俺は出られないからさ」
「外が騒がしい?」
「ああ、遠くからしか見えないのだけど、あれ……元康じゃないか?」
何?
全身からイヤな汗が流れるような気がした。
女騎士も錬と一緒に村の外……フィロリアル舎を建てた辺りを指差す。
村の奴隷共もそっちに集まっているようだった。
俺は恐る恐る近づく。
「あ、兄ちゃん――ってうわっ! 凄い格好してるな!」
キールが俺の格好を見て、若干引いている。
そういえば、この村を作り始めてからは蛮族の鎧を付けていなかったな。
むしろ、以前はこの格好の方が自然だったんだが。
「気にするな」
「いや……気になるよ。兄ちゃん、それ気に入ってんの?」
「好きか嫌いかと言われれば微妙だが、性能が高い事もさる事ながら、俺に良くしてくれる人が作った物だからな」
「そうなのか?」
蛮族の鎧の話題はもう良い。
今はフィロリアル舎で何が起こっているのか、だ。
「尚文様」
「今、帰った。どうしたんだ?」
「兄ちゃんが出かけた直ぐ後かな? それよりも前だったのかな? フィロリアル舎に侵入者が居たみたいなんだ」
「そ、そうか」
「みんなで追い出すか話をしていたのだけど、兄ちゃんがいないから、下手に出られなくて……」
「はい。サディナさんもいらっしゃいませんし、町にいるメルティちゃんに報告へ行かせた所、フィーロちゃんが来たくないと駄々を捏ねまして」
俺は非常にイヤな予感を胸に宿しながら話を聞く。
これ、絶対に元康がいるって事だよな。
「どういたしますか?」
「一応、俺が確認してくる」
話せば通じるはずだ。
俺は恐る恐る、フィロリアル舎に近づき、大きな扉に手を掛ける。
なんか中が騒がしい。
確かフィーロの配下が一匹だけしかいなかったはず。いずれは増やしていく予定だったのだけど。
何だ? 全身からイヤな汗が噴き出す。
この扉を開けてはいけないと本能が囁いている。
だが、問題を先送りにしても解決などするはずもない。
俺は勇気を出して扉を開けた。
「な――!?」
舎の中は真っ暗だった。
いや……違う。フィロリアルが多くて、暗く見えただけだ。
「ああ、フィロリアル様のかほり……くんかくんか」
視線の先には元康がフィロリアル・クイーンに一匹、抱き寄って匂いを嗅いでいる図。
その手前には大量のフィロリアル・クイーンの群れ。
物音に一斉に振り向く。
その目の数々。
「「「だれ?」」」
「あー確かモトくんが言ってたゴシュジンサマだよ確か」
「そうだね。なんか目つきは怖いけど、優しそう」
「うん。きっとそうだよ」
「わかるわかる。なんか見てるだけで元気が出てくるね」
「そうそう、モトピーよりも一緒に居たいなぁ。頑張りたくなる」
全身から鳥肌が立つのを感じた。
「「「ゴシュジンサマー! 遊んでー!」」」
バン!
俺は勢いよく扉を閉めて逃げ出す。
僅か数秒後、扉を開けて、フィロリアルの群れが俺に向かって突っ込んでくるのは語りたくもない事実だ。
「元康ぅうううう! 出て行けぇえええええええええええええ!」
俺の無情な叫びが木霊した。
ちなみに俺の危機にフィーロが勇気を振り絞って駆けつけてきたのをここに記載しておく。
被害はフィーロが俺を助けるまでもみくちゃにされたとだけ伝えておこう。